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十八章ならず者国家

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「なあ、いつまでそうしてるつもりだ」

 オイラが呆れながら目の前で廃人になっている銀髪男を見おろしている。

 甲斐ちゃんが白井の元へ自ら旅立ってから三日ほど。こいつは全く動こうとはせず、こうして死んだように床で寝転がりながらぼうっとどこかを見据えている。うつろな瞳は少し前の生き急いでいた頃を思い出すが、その頃よりひどいかもしれない。

 生き急いでいた頃はまだ自分で動ける元気はあったし、将来を悲観しながらも自らの立場を受け入れる事も出来ていた。しかし、今はどうだ。
  
 ここで何も口にせず、動きもせず、飲まず食わずで死んだ顔をしてぐったりしている。なんだこれ。まじで病んでるな。

「甲斐ちゃんが自らお前に別れを告げて去って行ったのは演技だって言ってんだろ」

 オイラも甲斐ちゃんの香り成分でまんまと騙されてしまいそうになったけど、微かに匂い耐性があったおかげで全てを把握している。甲斐ちゃんがわざとみんなに嫌われる演技をして、Eクラスを助けるために単身白井の元へ乗り込んでいったという事。

 そして、家族もEクラス以外の仲間も全て捨てたという所を見ると、甲斐ちゃんは死ぬつもりで向かったという事。

 そんな事、させるわけないじゃない。一人だけ死地に赴かせるなんて許さないんだから。オイラはどこまでも甲斐ちゃんについていくんだからねーだ。


「甲斐ちゃんは全てを捨ててでも白井を斃すために向かって行った。いつものお前なら我先にと甲斐ちゃんのために動くと思っていたのに、とんだ腑抜けになったもんだな」

 そう挑発じみて言っても、この腑抜けた野郎は一寸たりとも動こうとはしない。うつろな顔はなんの反応も示さず、何も映さない。

 ああ、こいつはメンタル豆腐なんだったな。これしきの事で。

 甲斐ちゃんが自ら進んで白井の元へ行ったのがショックというより、甲斐ちゃんが苦しんでいる時に気持ちに寄り添えなかった事に傷ついているのか。

 まあ何にせよ、今の甲斐ちゃんより昔の甲斐ちゃんにすらいい顔するなんて、ある意味二股みたいでムカつくだろうね。甲斐ちゃんが傷つくのもわかる。オイラが甲斐ちゃんだったらキレてたね。

 いくら150年前のカサタニカイ相手とはいえ、それは自分が惚れた甲斐ちゃんではないし、別人。どちらも選べないなんて現在も昔も蔑ろにしているも同然なんだよね。そこは反省してくれないと困る。

 オイラにとってのカサタニカイは現在以外考えられないから、直のある意味二股かけている状況だって気に食わない。オイラが現代の甲斐ちゃんを略奪したいくらいだ。目の前の二股野郎からも、白井からも。


「お前がその程度で落ちぶれる脆い奴だとは思わなかったよ。失望したわ。そんなんだから甲斐ちゃんに捨てられるんだよ。豆腐メンタル野郎」

 お前がそんな状態なら、オイラが甲斐ちゃんを助けてお前から略奪してやるよ。後悔しても知らねーから。
 

 *


「はあ……私ったら香りの術に引っかかって、甲斐の演技に騙されちゃうなんてまだまだだわ。ばーちゃんに話してもらって気づくなんて……息子に次会った時に合わせる顔がないね」
「むぅ……わしもそんな甲斐君にひどい事を言ってしまったよ……」

 みんなが甲斐の演技に騙されてしまい、彼を見限った。それが全て茶番だったと知った時は後の祭り。全員がひどく後悔し、お通夜のような空気だ。

 しかも直様があんな状態なので、私は私で誠一郎様と独自に調査を始めようと架谷一家に協力を仰いでいる。


「久瀬、直の様子はどうだ?」
「ダメですね……抜け殻のようになっており全く動く気配がありません。さすがに何か食べないと危ないので、無理やり点滴させたり水は飲ませています」
「そちらも相当ショックのようだな。互いに」
「ええ……気づけない自分達が情けないです。南先生や甲夜さんは気づいていたようなのに。甲斐さんが全てを捨ててでもクラスメートを助けに行く演技にも、甲斐さん自身の闇にも」


 確かに私も甲斐さんの迫真の演技に騙されてしまった一人ですが、甲斐さんほどの実力者だからこそ見破れなかったようなもの。甲斐さんの実力は今や白井を除いて最強に近い実力の持ち主。その甲斐さんが白井相手に手も足も出なかったところを見て、白井の強さは規格外というべきなのだろう。

「そういえば相沢先生はどこへ行ってしまったんだろう。甲斐さんが白井に連れて行かれた日から見かけていませんが……」
「多分……甲斐の後を追ったんだと思います」

 南先生が知ったように言う。彼女は匂いの耐性があったので甲斐さんの演技には騙されなかったそうだ。甲斐さんのお祖母様や甲夜さんも見抜いていたという。

「どうやって?」
「甲斐が白井と邂逅を果たす前、相沢先生は甲斐の護衛についていましたから。彼は私以上に隠密活動に優れていて、気配を消すことも可能で動けます。今、姿が見えないという事はそれしか考えられません」

 彼女はよく相沢先生の事を知っている。過去、寵愛園で共に育った過去があり、知り合いレベルでは顔見知りだったらしい。

 彼のスパイとしての実力は組織ナンバーワンだったと話し、今やあの気配に聡い甲斐さんですら背後に気付けないレベルであるのだとか。果たしてのそのレベルが、白井の本アジトを見つからずに探れるレベルなのかはわからない。

「彼はある意味、直より甲斐君のそばにずっとおったからな。何か掴んでいればいいのだが」
「しかし、白井の本アジトは、我々が青龍会と協力しても全く手がかり一つ出て来ません。裏社会に通じる者に金銭と引き替えに情報提供を呼び掛けても口を割らないどころか、割ろうとすればその者が後日消されているという徹底ぶり。相沢先生ですらそう簡単にはいかないかと」
「そうだな。何十年と追ってきたというのに、未だに奴らのアジトの痕跡すらつかめていない現実。この日本にはない事は確かだろう。世界中のブローカーにさらに協力要請を広げるよう手配を頼む」
「了解しました。希望がある限り、白井のアジト……いえ、甲斐さんやEクラスの捜索を全力で続けます」
「ああ、頼む。このまま謝罪もできずに甲斐君達と今生の別れだなんて死に切れんからの」

 みんなが後悔し、そして甲斐さんやEクラスの皆を助け出すため、改めて全力で捜査に当たる事を決意した。この広い空のどこかで必ず彼らが無事でいる事を信じて動く。



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