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十五章因縁の対決

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「やっとお目覚めのようだな、直」

 重力感ありそうな足音は、察しの通り元義父であったはずの化け物だった。五メートルはある体でよくここまで来れたものだと逆に感心する。頭が天井に付くか付かないかの大きさだ。

「ひえっ」

 そんな真白は異形の化け物を見て恐怖に抱き着く。当然の反応だろう。あんなのを初めて見た者は誰しも腰を抜かして怯えてしまうだろう。ホラー映画によくあるような気持ちの悪いゾンビの顔そのものなのだから。

 反対に甲夜は年の功から驚きはしたが怯えていない。150年も生きている中でいろんな経験を積んでいたおかげで動揺は少ないようだ。それでもオレは二人に奴の顔を見ないようにと促してより強く抱き込んだ。可愛い娘にあんな醜悪な存在を視界にすら入れてほしくなかった。

「あの爆発でよく生きていたものだ」
「しぶとさには定評があるようなので。そんな貴様はそんな姿になってまで何がしたい。見た目ですら人間でなくなって、人の世にこれからものうのうと生きていけるとお思いか」
「思いはしない。思いはしないが、こうして理性だけは残っている。こんな姿でもやれることはあるのだよ」

 おぞましい顔がニヤリと笑う。顔と体も凶悪なゾンビのようだが、普通に話せる分まだ思考力と理性はあるようだ。だからと言って、その身になった者の末路は醜く朽ち果てるだけ。長らくは生命力を維持できまい。

「死が近いくせにしぶといな。それで?オレと娘を捕まえて何をする気で」
「そのガキ二人はお前の娘なのか」
「本当の娘であるはずがないでしょう。仮にそうだとしてオレがいくつにデキたとお思いで。親代わり、みたいなもの」

 別世界の娘の真白はともかく、甲夜とは本当に血の繋がりがあるなんて知られたら厄介だ。前世の黒崎大和が先祖返りした肉体を持つ自分が、仮にDNA鑑定などをさせられたら百パー親子関係が認知されてしまう。だからここはあえてさりげなく否定はしておく。

「ふぅん。まあいい。生き残れたお前は確かに霊薬の血ではなくなったようだ」

 何か腑に落ちない様子であったが、別な話題に移った事にホッとする。

「だが、完全に霊薬の血でなくなったわけではないだろう」
「…………」
「その成分……お前のその生命力と身体能力が上がった力の源の事が知りたい。あれだけ死にかけだったお前の劇的な変わりようは凄まじいし、驚嘆に値する。もしそれがわかったとなれば、歴史的発見も同然。霊薬の血より莫大な利益を生み、そして、ゆくゆくはその血で白井様と天下をとる」

 まだそんな浅ましい野望と願望に縋ろうとしているのか。私腹を肥やす化け物め。オレは心底この男を失望を通り越してあきれ果てて見る。

「相変わらず利己的で卑しい考えしか思い浮かばない男だ。厚顔無恥そのものだな。まあたしかに、オレの体内に流れる血に霊薬の血の成分は少なからず入ってはいるだろう。だが、お前がオレの血を悪用できる事は一生こない」
「何?」

 はっきりとした断定的な言い方にこの化け物は訝しむ。

「普通のB型の血液に変わるからだ」
「……どういうことだ」
「どういう作用が働いているかわからんが、オレの血の成分を調べようと血液検査を実施した所、何度調べてもB型の血の成分しか検知されなかった。どんなに特殊な検査をしようとも、だ」

 まるでこの血が悪用されないよう自ら隠れるように、この体を守ってくれているように、普通の人の身に偽ってくれているようなのだ。この身体能力と生命力の向上も、この身を守るために与えられた恩恵。オレは初めて自分の体に感謝したくなった。

「つまり、体に流れている間は特殊な血液のままではあるが、一度体外に出てしまうと普通の人間の血液成分しか検知されなくなる。お前の知りたい成分も欲しい効力も、体外に出た瞬間に消えてしまうという事だ。残念だったな」

 自分の血がもう悪用されなくなる事は喜ばしい事だ。どんなにオレの体を調べようとも、平凡な人間の数値と成分しか検知されないものだから、結果と成果を気にするこの男にとってこれ以上の落胆はあるまい。

「お前の身から出た欲望が白井汚郎を呼び寄せたんだ。そして付け込まれ、お前は人の身を捨てた。そうまでして白井に気に入られようとするお前ほど浅ましくて惨めな奴を知らんよ。まだ人間であったならまだ救いようがあっただろうに。お前はもう人間ですらなくなった欲望にとりつかれた亡者だ」
「っ、お前に何がわかるッ!!私は……私は社長になったばかりの頃から追い詰められていた。白井様に気に入られなければ矢崎財閥を潰されていたのだ!あの人の前では逆らえない。どうあがいても私は……私はあの人の掌の上で踊らされる……」

 それだけ白井の圧倒的権力の前では、矢崎財閥社長もお手上げという事。矢崎財閥を潰せるレベル――すなわち日本どころか世界の裏側を掌握した者に限られる。150年も日本の裏側と世界を牛耳ってきた男なのだ。この男の小者さがますます浮き彫りとなった。

 白井汚郎は恐るべき権力者であり、人類史上最大の怪物。この矢崎正之が恐怖にビビってしまうほどに。

「そんなお前は白井汚郎の恐ろしさを知らんのだ!だからそんな事が言えるのだ!」

 たしかに白井汚郎の恐ろしさは知らない。150年前の前世であるならうっすら記憶に残っているが、それはまだ奴が人間であった時の話だ。今はきっと人間ではないだろう。何らかの力で長生きし、この150年で矢崎財閥すら格下にできるほどの権力を手に入れた。そして、オレの愛する甲斐を手に入れるために手ぐすね引いて待っている事だろう。

「白井汚郎がどんな者かは知らん。だが、貴様に言われるまでもなく奴はとんでもない巨悪だろう事はわかっている」
「そんな相手を前にお前は必ず跪いて命乞いをするだろう。どんな相手でさえ、白井様に楯突くことは許されない。無様に死にたくなければ私の元にいた方が安心だぞ、直」
「なぜ。なぜお前の元にいなくちゃならない。言ったはずだ。もうオレは間違えないと。お前の庇護下におかれるのもコリゴリだと。オレはもう弱いままのお坊ちゃんじゃない。お前を滅ぼした後に白井も滅ぼす」

 それが黒崎大和の記憶を持つ自分の使命でもある。150年前からの因縁を断ち切って見せる。

「この……言わせておけばっ」

 正之の化け物じみた触手が牢を壊し、オレに危害を加えようとした寸前、その攻撃は千切れていた。

「お兄様とその子達に手を出したら許しませんよ……お父様」

 かつかつとゆっくり足音を立てて歩いてくる人影に見覚えがあった。そしてその声も。

「……いや、化け物、かしら」
「お前は……友里香!」

 まさかの義理の妹の登場に、オレも義父だった化け物も驚く。そして、かつて見たことがないほどに冷たい目を宿している事にも。

「この身にお前と同じ血が流れていると思うと、いつも私は自分自身が呪われている気分だった。なぜ、どうして、お前が父親なのかと。なぜ、お前の間に私が生まれたのかと。私腹を肥やすばかりで、人を人とも思わないお前に赤い血が流れているのかと。いや、もう赤い血どころか薄汚れた液体を流す化け物となり果てましたけれど」

 友里香は携えている槍を両手でくるくるとまわしてガツンと床に打ちつける。

「そんな私とお前の呪われた血も今日で終わりにする」
「友里香……お前」
「覚悟なさい。矢崎正之。いえ、白井汚郎の下僕め」


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