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十五章因縁の対決

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「くそう、直の馬鹿野郎め……腰がいてて」

 直に気絶するまで抱きつぶされた俺は目が覚めたばかり。すぐに動けなかったが、腰が痛いのを我慢してゆっくり布団から這い出る。時計を見ればまだ早朝の時間帯。直の奴は俺が寝ている間に共用の大浴場へ向かったようだ。

 自分だけ風呂に入りに行くとかずるいぞ全く。しかし、この体中のキスマーク痕だらけで風呂場に行くなんて公開処刑もいい所なので、部屋のシャワーで身を清めるしかない。俺も大浴場の露天風呂を堪能したかったよ、ちくしょう。


 ピンポーン

 部屋のシャワーで簡単に身を清めた後、旅館備え付けの来訪を知らせるチャイムが鳴った。

 誰だこんな朝っぱらから。濡れた髪のまま黒のタンクトップ姿で玄関へ向かう。最近何かと物騒で用心に越したことはないので、自然と気配探知で扉の向こうの存在を探る。これは、篠宮達か?

「甲斐!」
 
 やっぱり彼女達だった。篠宮と雛と南先生と浜野園長がいる。なんか切羽詰まった様子だ。

「どうしたんだよ女性陣みんなおそろいで」

 そういえば女性陣はみんな一緒の部屋がいいという事で娘達を任せていたんだが、その娘達の姿が見えないような……

「真白ちゃんと甲夜ちゃんがいないんだよ!」
「え!?娘達がいない!?いないってどういう事だよ!一緒な部屋じゃなかったのかよ!」
「まだ眠いって言ってたから、そのまま寝かしてアタシらだけで風呂に入りに行ったのがよくなかったんだ」
「その間に忽然といなくなってて、どこを探してもいなくてっ。それで……枕元にこれが……」

 雛が浅黒い何かの欠片を手渡して見せてきた。これは見た人が見れば何かわからないが、俺には見覚えがあった。これはかつて皮膚の塊。人間を捨てた者の一部だ。

 あいつか――!!

 この皮膚の欠片だけで娘達をさらった相手が誰なのかがよくわかった。

 俺はその欠片をぐしゃりと握りつぶし、ゆらゆらと陽炎が見えるほどの殺気を漂わせて着替えの衣服を引っ掴む。首や鎖骨のキスマーク痕を見られたがそれどころではない。あまりに強い殺気を漂わせている俺に驚いて怯える篠宮達。

 悪いな。こんな釣り目顔な俺を見せて。でも大事な愛娘達の心配と不安はもちろんの事、俺の弱点を人質に取ろうとする卑怯者に腹が立って仕方がないんだよ。

「架谷君!!」

 そこへ少し傷だらけの相沢先生が姿を現した。みんな以上に切羽詰まった様子で、その怪我を見れば何があったかを瞬時に察する。一足早く奴らと一戦を交えていたようだ。

「矢崎正之とその部下達が女の子二人を連れ去って北の方へ。まだそう遠くへ行っていないはず。一緒に行きますか!?」
「当然だ!あんたは運転を頼む!」

 俺は車の鍵を持った相沢先生についていく。南先生も同行し、篠宮と雛と園長は連絡係として待機。あとで話を聞きつけた直や誠一郎さんも追ってきてくれるはずだ。

 矢崎正之っ――!娘達に何かしやがったらただじゃ済まねえからな!






 *



「あの男の人、大丈夫、かな」
「大丈夫だ。あの程度の傷、致命傷じゃない」

 この異様に大人びた子供達が架谷甲斐の弱点だという情報を聞きつけたのは昨日の事。

 部下の一人が架谷甲斐には矢崎直以外に大切な存在が二人いる。しかもその二人は霊薬の血の秘密をよく知る子供だというのだから、これ幸いと架谷甲斐がいる旅館に潜入してさらってきた。ちょうど二人は眠っていたので、そのまま連れ去る寸前に背後から攻撃を受けた。

 ちゃちなナイフが背中に刺さったが、人間を超えた身の肉体にこのダメージなど無意味。

『温泉に入らずに待機していてよかった。怪しい気配をうっすら感じていたので。アサシンを生業にしていないと気づかないほどのごくわずかな気配でしたが、何か御用でしょうか。正之社長』

 この男は我が組織の暗殺者だったはず。組織を裏切ったのか。

 まあいい。どちらにせよ私の姿をここで見たからには口封じに殺すまで。人間を捨てた部下に二人のガキを託し、この暗殺者の相手をする。

 それなりの強さのようだが私の相手ではない。が、なかなかに粘り強く意外に手強いのが腹立たしい。そろそろ他の連中が気づく頃なので、悔しいが煙幕であえなく退散。きっと追ってくる事を見越し、手筈を整えておく。



「私と真白を連れてきてどうするつもりだ?つまらないことを」
「ほんと、やめといた方が、いいのに」

 それにしてもこの子供二人は忌々しい架谷甲斐によく似ている。直にもとても……。まあそんなことはどうでもいい。

 この子供は奴らの弱点。架谷甲斐を苦しめる材料であり、直が霊薬の血でなくなった事についても知っていそうだから後で吐かせるとしよう。子供だからと容赦ない尋問でな。私は子供だろうと女だろうと目的のためには手段は選ばないのだから。

 秘書の牧田だけが「お二人に手を出すのはやめた方がよいのでは?白井様の命令に背くことになりますよ」と、苦言をこぼしていたがそうも言っていられない。

 私にはもう後がないのだ。まわりの部下や他所の反応を見る限り、白井様に見限られかかっているという事実に焦燥感がわいている。

 そんな中で、汚名返上をするには架谷甲斐を苦しめる事だと答えを出した。

 たしかに白井様から架谷甲斐は殺すなとおっしゃられていたが、架谷甲斐そのものが我々の最大の敵であり危険因子。

 この先奴がいる限り、我々矢崎財閥も白井様の天下も危ぶまれる事だけは想像に難しくない。だから、白井様からお叱りを受けようとも、奴だけは苦しませて殺さないと気が済まないのだ。

 我々の邪魔立てばかりし、息子の直を私から奪っただけでなく、霊薬の血の存在をも消した忌々しい存在。息子の純血の霊薬の血を採取できなくなった事が極めて残念でならない。

 奴を苦しめて殺す。長年の計画が無駄になった報いを受けてもらわなければならない。




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