上 下
163 / 319
十章対決!悪女と刺客

10-7

しおりを挟む
「あー……うー……」

 彼女は唸り声をあげるだけで俺の言葉が通用しないかもしれない。

「あー……うー……だ、だれ」

 わかる単語を聞いて、なんとなく意思疎通が出来そうな気がして俺は続けて話しかける。

「日本語、きみ、わかるんだな?」
「……あー……う、うー……あなた、だれ」

 少女は俺を怯えながら見る。

「俺は、甲斐。架谷甲斐だ。君が考えているような悪い奴じゃない。さっきの変な奴らを追って隠れてる」
「え……ほんと?あなた、こわい、こと、いたい、こと、しない?」
「しないよ。俺はただの高校生だから。友達を助けたいんだ。もちろん君も。君の名前は?」

 子供を落ち着かせるように優しげに質問をする。

「あ、あ、の、わたし……あんな。……きりたに」

 やはり、奴らが言っていた通りこの女の子が本物の桐谷杏奈だ。たどたどしいしゃべり方ではあるが、ちゃんと話すことはできるようだ。

「だけど……、わたし、その、名前、嫌い。嫌い、なった。わたし、痛めつけた女、つかってる、から。だから、女も、名前も、嫌い」
「……そうか。そうだよな。あの女が君の名前を乗っ取ったようなものなんだよな。そりゃ呼ばれたくないよな」

 俺もあの女は嫌いだ。というかあの手の女を好きになるような奴はあまりいないだろう。外見だけは美女かもしれないが、すこぶる性格が悪そうだ。

「きみはどうしてここにいるんだい?」
「わたし、あの女に、飼われてた。最初、殺される、思ってた。だけど、私、利用価値、ある、思われて、こうして、生かされてる。ずっと、幽閉、されてた。7年も、あの女の家、いた」
「七年も……幽閉か」

 随分長いな。あんな女との生活は地獄だっただろう。

「でも、久しぶりに、会話、できた。言葉、久しぶり、すぎて、うまく、話せ、ない。だけど、嬉しい」

 少女は少し落ち着いたようでニコッと笑う。きっと、幽閉される前はかなりの美少女だったんだろうな。

「七年の間に会話すらできなかったのか?」
「あの女、殴る、蹴る、ばかり、だった。会話、ほとんど、ない。しゃべると、殴られた」
「……最低最悪な女だな」

 あの女の性格の悪さと気性の激しさが改めてわかってきた。なんであんな女に強姦魔として陥れられちゃったんだろ。

「本当に、最低。あの女、私のパパ、ママ、殺した。憎い」

 少女の顔が鋭く歪む。

「……え」
「パパ、ママ、権威ある、遺伝子工学、研究員、だった。白井の、仲間になれって、もっと、研究しろって。でも断った。にげたら、殺された。女と、白井の奴らに」

 少女が悲しみと殺意を滲ませて言う。彼女がこうしてボロボロな姿で幽閉されていたからこそ、真実味のある言葉に思えて受け止める。

「そう、か。そうなんだな……。あの女に、白井の連中に、両親は殺されたのか……」

 殺しもあっさりするような組織なのは知っていたが、実際にその被害を聞くと居た堪れない。こんな小さな少女の両親を……っ。最低最悪な組織だ。許せねえ。

「若返り薬作れって」
「え……?」
「若返り薬、特効薬、兵器、作るため……協力、断った。逃げた。だから、パパ、ママ、殺された」

 まるで二次元のような話だ。若返りだとか兵器だとか。

 現実ではなかなか聞けないキーワードの数々にスケールの大きさを感じる。彼女の両親はそんな途方もない悪事の研究をさせられそうになって怖くなったんだろうな。でも、断ったら殺されるなんて話にならない。理不尽すぎる。

「研究、するには、特殊な、人間の血、必要だから。その人間の血、命、兵器や薬に、なる。よくない。だから、断った」
「人間の血が兵器や薬になるのか?」

 こくんと少女は頷く。そりゃあ断るだろう。

 人間の血を私利私欲などの人間のエゴのために利用するのだ。人を救うためならいざ知らず、悪事のために利用するなどその人の命を弄ぶ行為に等しい。普通はあってはならない事。

 だけど、白井には普通はまかり通らない。罪のない人々を殺したり利用する組織だ。悪どい企みが日常的に行われていてもおかしくはない。

「世界に、約45人、いる、特殊な、血液型、持つ、人間の、こと。A型でも、B型でも、O型でも、AB型でも、ない、血液型。それが、黄金の血」
「黄金の、血?」

 彼女が頷く。

「その中で、さらに、希少な、血液型。それを、言う。その研究を、パパ、ママ、してた。白井に、無理やり、やらされてた」
「霊薬の血……?なんか名前通り万能薬みたいな名前だな」
「その通り、一滴で、なんでも、治る。輸血した人間、一生、風邪、ひかなく、なる。それ、どころか、病気に、ならなく、なる。だから、霊薬、言われてる」
「途方もない血液型なんだな。その霊薬の血っていうのは」
「わたし、霊薬の血、ほどじゃない、けど、黄金の血、だから……。あの女に、利用価値、ある思われた、から、生かされ、てる」
「そうだったのか」

 なんなんだよ、その霊薬の血って。

 黄金の血っていうのもすごいらしいが、さらにそれをアップグレードした血が霊薬の血ってわけか。そりゃあそんな万能薬みたいな血液があるなら、世界中の悪どい奴らが利用して金巻き上げたくもなるわな。さぞや喉から手が出るほど欲しい代物だろう。研究して特効薬の開発でもすればノーベル賞も待ったなしか。

 そんな金のなる木を白井がまず狙わないはずがないだろうし、二次元でいえば新世界の神になる!が、薬になったようなもの。世界の均衡すら乱れそうな血液である。

「霊薬の血、一滴、あれば、世界、乗っ取れる。世界中、悪い奴、ほしがる。戦争にすら、なる。それくらい、万能薬。だから、恐ろしくなった、パパ、ママ、研究断った。悪事に手を、染めたくなかった。研究所から逃げた。だって、その一滴の、血が、人間を、欲望に、狂わせる。万能すぎて、みんな、ほしがる。悪いこと、しちゃう。怖い。霊薬の血……なくなればいい。死ねばいい」

 少女はぼろぼろと泣き始める。その血のせいで白井の野心に巻き込まれた被害者と言うべきか。反抗したら両親を殺されて、ずっと幽閉されてたなんて可哀想だ。マジ許せない。

「えーと……あんな、じゃなくて……真白ましろかな」
「真白……?」

 二次元からとったような名前だが、彼女の雰囲気からしてそんな感じがしたのだ。幽閉されてボロボロで薄汚れた姿だけど、真っ白な髪や肌がそう思わせた。

「キミの名前だ。今日からそう名乗るといい。あんななんて呼ばれたくないだろうからさ。真白で……いいか?」
「……ましろ。ましろ。うん。そ、それで、いい。あの女の名前、嫌い」
「よし。じゃあ今日から真白だ。よろしくな」

 そんな時、向こうから鬼瓦の姿がこちらに向かってくるのが見えた。

「あ、やべ!あいつらが戻ってきた。一先ず元に戻るな。必ず助けるから。だから、あとちょっと我慢しててくれ」
「甲斐」
「ん」
「ありが、とう」
「もう少しの辛抱だからな、真白」

 真白の微笑みと奴らが戻って来たのを確認して、俺はまた縄に拘束されたふりをして横になる。

 きっとこれから、篠宮がさらわれた場所へと連れて行ってくれることだろう。

 必ず、篠宮も真白も助ける。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

不撓不屈

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:1

アムネーシス 離れられない番

BL / 完結 24h.ポイント:85pt お気に入り:1,223

天獄パラドクス~夢魔と不良とギリギリライフ

BL / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:54

ブラザー・キス

BL / 連載中 24h.ポイント:7pt お気に入り:32

僕がアイツに捕まった話

BL / 完結 24h.ポイント:35pt お気に入り:501

処理中です...