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四章急接近
4ー18
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「おい、ブス。なに勝手に抜け駆けしてんだよ」
それを面白くないとばかりに矢崎が鬼のような顔で彼女を睨み付けている。
おい、そんな怖い顔すんなっつうの。あと神山さんは絶世の美少女だと思うのでブスではないだろ。彼女がビビって……あれ。
「私たち、ライバルだって言わなかった?」
神山さんは矢崎の鬼のような顔などにビビるわけでもなく、逆に微笑み返しているではないか。え、神山さん?
「もう戦いは始まってる。負けないって言ったよね」
そして矢崎相手に宣戦布告である。こんな彼女に驚きで俺の目は点になっている。
どうなってんの。この二人にどういうやり取りがあったわけ?
「……言うようになったじゃねーかブス。その言葉通りこれからは容赦なく落としに行く」
「望むところだよ。それはそうとね、ブスって言うのやめてくれないかな?私、悠里って名前なんだよ。傲慢男さん」
「お前もオレの事傲慢男だとか言ってるじゃねーか」
「あなたがブスって言うからだよ。人を見下す人間とは仲良くやっていけないから」
「泥棒猫がよく言う。大人しいを装って実は計算高い所が仲良くできそうもない」
「じゃあお互い様だよね」
「お前とは一緒にされたくない」
「それはこっちの台詞」
俺の存在を無視して二人は言い争っている。なんだこれ。この二人息ぴったりじゃね?
こうして並んでいるとすごく絵になるんだけど、言い争っている内容は口喧嘩のようなもの。
案外、この二人仲良くなれそうじゃね?
俺も矢崎と初期の頃はこんな風に口喧嘩ばかりしていて、よく相田や穂高に喧嘩するほど仲がいいとか言われていたけど、当時の俺はふざけんな状態。でも、実際に客観的に見るとなんとなく相田や穂高がそう言うのも納得してしまえるよ。息ぴったりだってな。
「あのーいつの間に二人は仲良くなってんの。間にいる俺としてはほっとしたよ」
俺が笑顔でそう言うと、二人は同時にこちらに視線を向けて憤慨。
「これが仲良くしているように見えるのか?」
「そう見えたならとんだ勘違いだよ」
やっぱそう反応するよね。俺もそうだったから仲良しにされるのは心外だった。でも、本当に仲が悪いと会話すらままならないし、視線すらあわせない事が多いので、これはこれで不仲とは言いがたい。
ふむ、意外と身近に矢崎の理解者っていうのは存在するのかもしれない。これは良いことだぞ。
その後、黒崎夫婦も戻ってきて俺の部屋は賑やかな空間になった。
矢崎も神山さんも楽しそうに会話に混ざり、二人にとって有意義な時間が流れていく。神山さんはともかく、矢崎なんて普段笑顔をあまり見せないから少し笑っていたのが印象的だった。楽しいって感じているみたいでよかった。笑うことはいい事だから存分に笑いたまえ。
「ねえ、悠里ちゃん」
ある程度楽しい会話もそこそこに、早苗さんが一樹さんと視線を一度合わせてから一間おいて、急に真剣な表情になった。
「早苗さん?」
「あのね、私たちと一緒に暮らさないかな?」
「え……」
「女中のパートとして働いていた時からあなたの家の事情はなんとなくわかっていたわ。両親の醜聞は前から知っていたけれど、好きでもない男性と婚約を迫られていた事は甲斐くんのお母さんから聞いた。詳しくは知らないけれど、あなたが苦しんでいる事も」
今知ったけど、神山さんの世話になった女中さんて早苗さんだったのか。驚きだけど納得だ。
あの変な両親とは違っていい子に育ったわけだし、早苗さんは本当に優しくて厳しくて出来た人だもんな。俺の母ちゃんは最近怒りんぼなので、ちょっとは早苗さんみたいに慈愛の精神を身に付け……なんて言えば一本背負いされるのでノーコメント。とにかく、早苗さんに教育されたなら間違いないって事だ。
「もうそんな所にあなたを置いてはおけない。女中の時からこうすべきだったのに、神山家の圧力であなたに近づけなかった。何度も助けようとあなたの家に行ったけれど門前払いされたわ。あなたが中学になる頃にすぐに引っ越しまでされて、行方すらわからなくなってしまってね……。言い訳にすぎないけれど、なんとかしてあなたを神山家から救ってあげたかったの」
「早苗さん……」
「言い訳なんかじゃないですよ」
自社の内情をよくわかっている矢崎が横から口を挟んだ。
「少なくとも神山父は本社で働く人間です。オレからすればただの平社員にすぎませんが、庶民からすれば上級国民のエリート。つまりはお役所官僚と立場が同じです。もし無理に逆らおうものなら逆にあなたの立場が悪くなるだけ。嘘八百の醜聞を世間にばらまかれたり、権力の圧力により僻地に送られるなど……どんなひどいことも平気でする連中も中にはいます。特に神山父は頭はバカですが人を陥れる事に長ける人間。むしろ無理強いしなくてよかったと思います」
矢崎がまるでそれを経験したかのように説明する。こいつも親友を権力で引き離されたんだもんな。その辛さをよくわかっていると思う。
「直くん……気遣ってくれているのね」
早苗さんがありがとうと微笑むと、矢崎は照れたようにそっぽを向く。ふふ、かわいい奴だな。
「でもね……苦しんでいる悠里ちゃんをそのままにしていた事には変わりないわ。もっと工夫していればとか、あの時ああしていればもっと早く助け出せたのにとか、後悔はつきないの。だからこそ、今こそあなたをあの家から救い出したい。もちろん最終的にどうしたいか決めるのはあなただけれどね」
早苗さんの話は丁度よい話だと思う。
あんな両親の……しかも最低な父親のそばにいさせるわけにはいかない。神山さんがあの両親の影響を受けずにまともでいい子に育ったのは早苗さんのおかげ。ある意味、早苗さんが神山さんのお母さんも同然だ。
「ありがとうございます。でも……私が急に黒崎家になってもいいんでしょうか。私がそちらの家でお世話になる事によって、黒崎家が城山の連中から目をつけられないか心配で……」
「それなら心配いらない」
腕を組んでいる矢崎が自信満々に言う。
「城山は黒崎家などに手出しどころかあんたに近づく暇すらなくなる。いろいろ神山夫婦と悪さをしていたようだし、神山夫婦がホワイトコーポと裏で癒着があったのもどうやら本当のようだった。正之……いや、社長が絡んでいるかは依然と不明だが、他の反社の人間が城山らに対してまず黙っちゃいないだろうしな。詳細は伏せるが。神山夫婦に至ってはいずれ公になれば賄賂や横領、私文書偽造等で逮捕が濃厚だろう」
「逮捕……」
あんな両親だけど神山さんの表情が暗くなる。ひどい両親だったのに心配する辺り優しいよな。
それを面白くないとばかりに矢崎が鬼のような顔で彼女を睨み付けている。
おい、そんな怖い顔すんなっつうの。あと神山さんは絶世の美少女だと思うのでブスではないだろ。彼女がビビって……あれ。
「私たち、ライバルだって言わなかった?」
神山さんは矢崎の鬼のような顔などにビビるわけでもなく、逆に微笑み返しているではないか。え、神山さん?
「もう戦いは始まってる。負けないって言ったよね」
そして矢崎相手に宣戦布告である。こんな彼女に驚きで俺の目は点になっている。
どうなってんの。この二人にどういうやり取りがあったわけ?
「……言うようになったじゃねーかブス。その言葉通りこれからは容赦なく落としに行く」
「望むところだよ。それはそうとね、ブスって言うのやめてくれないかな?私、悠里って名前なんだよ。傲慢男さん」
「お前もオレの事傲慢男だとか言ってるじゃねーか」
「あなたがブスって言うからだよ。人を見下す人間とは仲良くやっていけないから」
「泥棒猫がよく言う。大人しいを装って実は計算高い所が仲良くできそうもない」
「じゃあお互い様だよね」
「お前とは一緒にされたくない」
「それはこっちの台詞」
俺の存在を無視して二人は言い争っている。なんだこれ。この二人息ぴったりじゃね?
こうして並んでいるとすごく絵になるんだけど、言い争っている内容は口喧嘩のようなもの。
案外、この二人仲良くなれそうじゃね?
俺も矢崎と初期の頃はこんな風に口喧嘩ばかりしていて、よく相田や穂高に喧嘩するほど仲がいいとか言われていたけど、当時の俺はふざけんな状態。でも、実際に客観的に見るとなんとなく相田や穂高がそう言うのも納得してしまえるよ。息ぴったりだってな。
「あのーいつの間に二人は仲良くなってんの。間にいる俺としてはほっとしたよ」
俺が笑顔でそう言うと、二人は同時にこちらに視線を向けて憤慨。
「これが仲良くしているように見えるのか?」
「そう見えたならとんだ勘違いだよ」
やっぱそう反応するよね。俺もそうだったから仲良しにされるのは心外だった。でも、本当に仲が悪いと会話すらままならないし、視線すらあわせない事が多いので、これはこれで不仲とは言いがたい。
ふむ、意外と身近に矢崎の理解者っていうのは存在するのかもしれない。これは良いことだぞ。
その後、黒崎夫婦も戻ってきて俺の部屋は賑やかな空間になった。
矢崎も神山さんも楽しそうに会話に混ざり、二人にとって有意義な時間が流れていく。神山さんはともかく、矢崎なんて普段笑顔をあまり見せないから少し笑っていたのが印象的だった。楽しいって感じているみたいでよかった。笑うことはいい事だから存分に笑いたまえ。
「ねえ、悠里ちゃん」
ある程度楽しい会話もそこそこに、早苗さんが一樹さんと視線を一度合わせてから一間おいて、急に真剣な表情になった。
「早苗さん?」
「あのね、私たちと一緒に暮らさないかな?」
「え……」
「女中のパートとして働いていた時からあなたの家の事情はなんとなくわかっていたわ。両親の醜聞は前から知っていたけれど、好きでもない男性と婚約を迫られていた事は甲斐くんのお母さんから聞いた。詳しくは知らないけれど、あなたが苦しんでいる事も」
今知ったけど、神山さんの世話になった女中さんて早苗さんだったのか。驚きだけど納得だ。
あの変な両親とは違っていい子に育ったわけだし、早苗さんは本当に優しくて厳しくて出来た人だもんな。俺の母ちゃんは最近怒りんぼなので、ちょっとは早苗さんみたいに慈愛の精神を身に付け……なんて言えば一本背負いされるのでノーコメント。とにかく、早苗さんに教育されたなら間違いないって事だ。
「もうそんな所にあなたを置いてはおけない。女中の時からこうすべきだったのに、神山家の圧力であなたに近づけなかった。何度も助けようとあなたの家に行ったけれど門前払いされたわ。あなたが中学になる頃にすぐに引っ越しまでされて、行方すらわからなくなってしまってね……。言い訳にすぎないけれど、なんとかしてあなたを神山家から救ってあげたかったの」
「早苗さん……」
「言い訳なんかじゃないですよ」
自社の内情をよくわかっている矢崎が横から口を挟んだ。
「少なくとも神山父は本社で働く人間です。オレからすればただの平社員にすぎませんが、庶民からすれば上級国民のエリート。つまりはお役所官僚と立場が同じです。もし無理に逆らおうものなら逆にあなたの立場が悪くなるだけ。嘘八百の醜聞を世間にばらまかれたり、権力の圧力により僻地に送られるなど……どんなひどいことも平気でする連中も中にはいます。特に神山父は頭はバカですが人を陥れる事に長ける人間。むしろ無理強いしなくてよかったと思います」
矢崎がまるでそれを経験したかのように説明する。こいつも親友を権力で引き離されたんだもんな。その辛さをよくわかっていると思う。
「直くん……気遣ってくれているのね」
早苗さんがありがとうと微笑むと、矢崎は照れたようにそっぽを向く。ふふ、かわいい奴だな。
「でもね……苦しんでいる悠里ちゃんをそのままにしていた事には変わりないわ。もっと工夫していればとか、あの時ああしていればもっと早く助け出せたのにとか、後悔はつきないの。だからこそ、今こそあなたをあの家から救い出したい。もちろん最終的にどうしたいか決めるのはあなただけれどね」
早苗さんの話は丁度よい話だと思う。
あんな両親の……しかも最低な父親のそばにいさせるわけにはいかない。神山さんがあの両親の影響を受けずにまともでいい子に育ったのは早苗さんのおかげ。ある意味、早苗さんが神山さんのお母さんも同然だ。
「ありがとうございます。でも……私が急に黒崎家になってもいいんでしょうか。私がそちらの家でお世話になる事によって、黒崎家が城山の連中から目をつけられないか心配で……」
「それなら心配いらない」
腕を組んでいる矢崎が自信満々に言う。
「城山は黒崎家などに手出しどころかあんたに近づく暇すらなくなる。いろいろ神山夫婦と悪さをしていたようだし、神山夫婦がホワイトコーポと裏で癒着があったのもどうやら本当のようだった。正之……いや、社長が絡んでいるかは依然と不明だが、他の反社の人間が城山らに対してまず黙っちゃいないだろうしな。詳細は伏せるが。神山夫婦に至ってはいずれ公になれば賄賂や横領、私文書偽造等で逮捕が濃厚だろう」
「逮捕……」
あんな両親だけど神山さんの表情が暗くなる。ひどい両親だったのに心配する辺り優しいよな。
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