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三章Eクラスのヒーロー

3ー1

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 ピピピという目覚ましの音に気がついてゆっくり目を覚ます。
 いけね、朝飯作らなければって急いで上体を起こそうとするとなぜか体は動かない。

 なぜだとよく確認すると、隣には綺麗な顔の男が寝ていて、俺を強く抱き締めて寝ていた。

 は………?
 なにこれ……ってよく見れば矢崎じゃねーか!なんでや!

 そういえば昨日、矢崎を抱き締めていたら知らず知らずのうちに眠くなってしまって、そのまま寝てしまったんだった。まあそれはそれでいいとして、それがなんで一緒に寝ているんだという疑問に辿り着く。こいつは俺の事嫌いだろうから胸は貸したと言っても一緒に寝る自体が嫌だろうし、ありえないだろうと。

 とりあえず離れるために布団から出ようとするが、矢崎の腕が俺を強く固定して抱き締めているために抜け出せないどころか離れられない。なんつう馬鹿力。俺を抱き枕か女と勘違いしているのか知らんが、男と一緒に寝ている現実はさすがにご勘弁なのでやや強引に抜け出ようとすると、その振動で矢崎が転がり、ベッドから勢いよく顔面から落ちた。

 俺は「あ」と、転がるのを阻止したんだが時すでに遅し。ごつっといい音が響いた。あーあ。いたそー。

「つぅ………」

 これは不可抗力だ。お前がなかなか離してくれなかったので致し方なかったのだ。なのでごめんちゃいと言おうとしたら強く睨まれた。

「テメエ……」
「そんな顔されても困る。お前が離してくれなかったからだろ。俺を抱き枕にすんな。野郎に抱き締められてもキショイんだよ」
「抱き枕にされるほど油断していた貴様が悪い。それとも油断させて、オレが魅力的だからってあわよくば変なことしようとしたんじゃないだろうな?」
「野郎相手に変な気を起こすと思うか?自惚れんな」
 
 こいつを抱き締めていた時、たしかにいい匂いだなとか、色っぽい奴だなとか、ちょっとだけ思ったのはここだけの話。だが、野郎相手に魔が走るなんて事は断じてない。俺はモーホーの気は断じてないからな。いくらこいつが女みたいに綺麗なツラしてても野郎は趣味じゃないんだ。二次元美少女オンリー。

 あと言い訳かもしれんが、抱き枕になったほど油断して寝てしまったのはこいつの寝ずの看病していたせいでもあるのだ。丸二日間こいつは眠りっぱなしだったからな。二日間徹夜で看病し続けた俺を褒めてくれやと言いたい。あとその間に猫のカイの世話もちゃんとしに行った。偉いぞ俺。

「抱き枕くらいしか従者として使い道がないくせに」
「だからって俺みたいな野郎を抱き枕にしてもムサイだけだろ。よく抱き枕にできたもんだな」
「たしかにお前なんかムサくて汗臭いだけだしな。抱き枕にしてやったのは寒さを防ぐためにしたこと。犬小屋かタコ部屋かにオレを閉じ込めてこんなイカ臭いベットに寝かせたくらいだ。配慮があるような奴ならこんな臭いベットに寝かせたりはしないだろ。文句言わずに大人しく抱き枕にしてやったんだから感謝しろ」
「あーそうかいそうかい!復活した途端あまりの言い草だな。そんな文句言える元気が出てきたんならとっとと帰れやバカ財閥が」

 こいつの顔色を見る限りもう大丈夫だろう。いつもの偉そうな態度が戻ってきた。とっとと帰れと促してしばらくした頃、矢崎の迎えの連中が来た。

 一時はどうなるかと思ったが、穂高が伝えてくれたようでこれで一安心。こいつの御守はせめて学校だけにしてくんろ。俺は疲れた。

 矢崎を運び込んだ直後、連絡先とかわかんなかったのでネットで調べた矢崎グループ本社に掛けてみたら不審者扱いされてすぐ電話は切られちまったしな。不審者じゃないと何度も言ってるのに電話越しの受付嬢らは信じてくれず、何度も掛けるうちに着拒されたのか全く繋がらなくなる始末だ。

 この無能窓口どもがぁ!って切れたくなったが、それが普通の対応だよなー……。逆探知とかされてもおかしくなさそうなんだけど……でもこいつ拾ったときどーすりゃいいのって感じだったわけよ。本社が繋がらないなら犬のお巡りさんに言えばいいんすかねえ?それとも地域子供支援センターとかに電話すればよかった?全く金持ちお坊っちゃんの身柄預かった場合の対応策も考えとけよって話だ。
 
 どうしようかと考えていた時に丁度穂高とメッセ交換していたのを思い出して、穂高に矢崎の奴を看病している事を伝えた。猫のカイの事で相談あったら連絡するように交換していたのが幸いしたよ。

 一応、矢崎誠一郎さんの名刺もあって掛けたんだけど話し中で繋がらなかったしな。穂高は「直君の側近に伝えておくね~」という言伝で電話を切り、翌日の今日に穂高から連絡がいったのか早朝にスーツ姿の奴等が俺の家を訪ねてきた。

「直様を面倒見ていただきありがとうございました」

 スーツ姿の超絶イケメンが畏まる。俳優で言えば西島●俊に似た渋めなイケメンだ。名刺をもらうと久瀬宗次朗くぜそうじろうって名乗られた。矢崎専属の秘書らしい。久瀬って名前は四天王の一人にもいたが今はどうでもいい。

「昨日、あんたらの本社に電話かけたんだけど不審者扱いされて着拒されましたがな」
「それはそれは……大変申し訳ございませんでした。直様の面倒を見て頂いていたというのに……。窓口担当の者にはきつく注意しておきましょう。それと、これはほんのお礼です」

 久瀬さんて秘書が部下に命令すると、その部下が俺に長方形の箱を手渡した。箱のパッケージをよく見ればこれは……
 うおっ!俺のほしかったバンビちゃん限定版フィギュアーではないかっ!

 やっぱ矢崎から情報はいってるから俺の事も朝飯前のように情報が筒抜けなのだろうか。それはそれで監視されているみたいでいやだな。やりづらいものがある。あと物に反応しちまう俺は桐谷の時と成長してなくて情けない。

「あのぉ……これ……」

 俺はつい手を伸ばしそうになる腕を微かに残っていた抑止力で制した。

「ほんの気持ちです。なかなかに扱いづらいお方だったと思うので、ご看病していただいてこちらが逆に助かったくらいです」

 たしかに普通では扱いづらい。庶民からすれば身分的にも敬遠したい人種だろう。

「そうは言っても……」

 これに手を出してしまうと、矢崎が嫌う見返りとか裏があるとかいう人間に成り下がってしまう気がする。桐谷の時みたいに。
 ほら、お前も所詮モノに釣られる奴だって。見返り目当てで優しくしてやったんだって思われかねない。そう思われても心外だ。

 俺としてはお礼のためなんかに矢崎を助けたわけじゃないからな。俺にだってプライドはある。義理と人情と人並みにはあるであろう良心てもんがね。物欲まっさかりな野郎であった自分とはオサラバしなければあかん。桐谷の時でもう懲りたんだ。

 俺は伸ばしそうな手を完全に下ろして言う。これは頂けませんと。

「当たり前の事をしただけですから」
 俺は手を振ってそれを拒否した。
「ですが……」
「それより、部外者のあっしが差し出がましいとは思うんですけどぉ、あん人と真心で接してあげた方がいいと思いますけど」
「え」
「いろいろ溜め込んでて周りに当たり散らしている感じが見受けられまして。まあ、ただのモブの視点から見たほんの感想っていうかね……ちゅーわけで、ほんじゃさいなら」

 呆気に取られていた向こう側を放置して俺はあっさり玄関扉を閉めた。
 これ以上しゃべっていると本当に欲しくなるからな。バンビちゃん人形が。俺も一介の欲がある人間だ。矢崎の前で乞食のような真似なんてさらせんよ。






 車に乗せられてしばらくした頃、久瀬が部下にお礼の物品を持ってこさせるよう促しているのを見て、どうせあいつは物に釣られるような奴なんだろうと冷めた目で眺めていた。杏奈がハニトラ仕掛けた時だって物に釣られるような童貞だって知っていたから。あんな奴に期待するだけ無駄だってわかってる。そう諦めを悟っていたら、久瀬がお礼だと手渡そうとしたが架谷は拒否していた。受け取れないと。
 しかも、オレの事を真心で接しろとかほざいてやがった。余計な事をほざきやがって。やっぱり気に食わん。

 久瀬は俺の事を理解してくれている。秘書であり、腹心に近い存在だからこそ、長年の付き合いから唯一信頼できる人間だ。これ以上何を理解させようとする。わかった風な口で言いやがって、

 オレの何がわかる――。

 お前に結構ひどい事したりしてんのになんでオレを気遣うような事を言う。反吐が出る程お人好しでむかつく。頭にくる。虫唾が走る。ある意味悔しい。

 そう思いながらも、オレはどこかそれが嬉しかったりして、架谷が期待を裏切らなくてホッとしたりして、可笑しい。

 オレを生かした事を後悔するがいい。
 次会った時はまた雇い主として貴様を追い詰めてやるからな。

 だが、ちゃんと借りは返してやる。貸し借りを作られるのは嫌いだからそれでチャラだ。それが終わればまた貴様をオレの奴隷にしてやるから覚悟しとけ。

 そんでもってまたオレに全力で向かって来い。お前が言った更生させるって言葉が本気ならぜひともそうして見せろ。それができなければお前は口先だけの奴だって全力で嗤ってやる。

 だから……せいぜいオレを失望させるなよ。


 オレは名残惜しくて何か一言くらい声を掛けようと思ったが、強気でいたい変なプライドが邪魔をしてそのまま車で奴の様子を窺うだけに留まった。奴とオレは今は仲良しこよしという甘ちゃんな関係じゃないし、そんな柄でもない。でも……温かいものが離れていく感じに似ていて、妙に名残惜しさが募った。


「体調はもう大丈夫のようですね。貴方がいなくなって大騒ぎでしたよ。いろいろとお説教したい気持ちもありましたが、無事で何よりです。念のために後で主治医に検査をお願いしておきましたので受けてください。それと……」

 久瀬はクールで淡々としていた顔が急に穏やかに変わる。

「架谷甲斐さん……ですか。我々の世界ではあまり見ないような人ですね。あなたがいろんな意味で興味津々な人物なのがよくわかりましたよ」
「興味津々って……あんな奴など気にかけたことなどない」
「そうですか?フフ」

 久瀬はクスクス笑っている。まるでオレの心情を読んでいるようで苛立った。

「何が言いたい」
「とても、嬉しそうな顔をしているって事だけはわかりますよ。あなたが初めて友達ができたって喜んでいた時のようで……今後次第ではいい関係になれるんじゃないですか?」
「ふん……そんな事はない。あいつは敵だ。いい関係とかふざけるな」

 無表情を装って口では否定していても、長年オレの面倒を見ている久瀬にはお見通しのようで、オレはそれ以上なにも言わなかった。

 そんなに今のオレはわかりやすいだろうか。これでもポーカーフェイスには自信があったのだけれど……。まあハルには負けるが。でも、さすがに友達が出来た時のようだなんてありえない。架谷と親友だった二人を比べるまでもないのだ。

 あいつは敵。敵でありながらオレをほんの少しだけ理解してくれただけの存在。

 それは今後も変わらない。変わらないのだから……。
 
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