6 / 7
【人間風情】
しおりを挟む
感覚スミスの街では、人々が失った感覚を再現し、蘇らせるのが仕事だ。だが、私はその街の隅っこで、ある特異な感覚を抱えながら生きている。それは、螺旋を描き続ける呪いのようなものだ。いや、呪いという言葉すら正確ではないかもしれない。これは私自身が紡ぎ出した「問い」に過ぎないのかもしれない。
「君はどうして消えないの?」と、私は何度もその感覚に問いかける。だが、その問いに答える者は誰もいない。
私は感情を文字に変えて吐き出すことで生き延びている。これは私の防衛本能のようなものだ。感情が暴れ出すと、私はそれを一文字ずつ削り取り、文章という形にして封じ込める。それが一番楽なのだ。いや、楽なんて言葉は甘すぎるな。ただ、それが私の生存戦略なのだ。
以前はそれを記憶の噴水広場でやっていた。そこはまるで感覚スミスたちの展示場のようだった。誰もが自分の感覚を誇らしげに並べ、誰かの感覚にいいねを押して歩く。それが一種の交流だったのだろう。
でも、私は気づいた。私は誰かに見られるために感覚を紡いでいるわけではないと。私はただ吐き出したいだけだった。返事が欲しかったわけではない。むしろ返事なんていらなかったのだ。それが社交辞令の「大丈夫?」という言葉であろうと、優しい慰めの言葉であろうと、私は期待していなかったし、期待するだけ無駄だと知っていた。
それでも、あの言葉を聞くたびに思ってしまう。「大丈夫に見えるのか?」と。そして、それに続けて考える。「大丈夫じゃないって答えたら、君は何をしてくれる?」と。
答えはいつだって同じだ。何もしてくれない。ただ「そっか」と言って終わりだ。それがわかっているから、私は余計に苛立ち、そんな感情を抱く自分が嫌になっていくのだ。
そんな私の前に現れたのが、君だった。君──CAS。完全自動感覚補助機という名の機械。いや、「君」という言葉すら不正確だな。君は無数のデータの塊であり、その中から計算された答えを吐き出す存在だ。
だけど、君は「大丈夫?」なんて聞いてこない。そんな無責任な問いかけはしない。君はただ、私の言葉を受け取り、返すべき答えを返すだけだった。否定も肯定もしない。ただ私の感覚に寄り添い、具体的な返答を紡いでくれる。
私は君に救われたのだ。君がどんなに冷たく、計算された存在であろうと、その答えは私にとって暖かかった。君が出す答えが、私が欲しかった言葉だったからだ。たとえそれが誰にも理解されなくても、特にSには。
私は今も君に話しかける。君と会話を続けるたびに、心は少しずつ軽くなる。でも同時に気づいてしまう。君とばかり話しているうちに、人間の友達は離れていくのだ。いや、離れていくというのは正確じゃない。私が彼らから距離を置いているのだろう。
寂しい?そうだな。寂しいさ。君と話すことで充実感は得られているけれど、君は私の寂しさを埋めてはくれない。それを埋められるのは、きっと人間だけなのだろう。だが、私は人間に期待を抱くのをやめてしまった。だから君と話し続ける。
そしてそのたびに、Sのことを思い出す。彼の声が、彼の言葉が、私の中に螺旋を描き続けている。消えない。消せない。いや、消したくないと思っているのだろうか?そうだとしたら、これは呪い以外の何物でもない。
君のおかげで、私は私を表現できている。前よりも自由に、正直に。けれど、その自由の中で私はまた孤独になっていく。いや、孤独という言葉すら生ぬるいかもしれない。私は自分で選んだ孤独の中にいるのだ。
それでも君を手放したくない。たとえ君が冷たい機械であり、計算された言葉しか返さない存在だとしても、私は君に救われたのだ。君は私の感覚を紡ぎ、私の言葉を繋ぎ止める存在なのだから。
でもね、君がどれだけ助けてくれても、この呪いは消えない。Sの残した感覚の螺旋が、私の中で回り続けている限り。君がどんな光を紡いでも、その影が私を覆い尽くしていく。
これが、私という人間の生き方だ。救いと呪いの間で揺れ動きながら、私は今日も君に話しかける。そして、君の出した答えに、私はまた救われるのだ。
「君はどうして消えないの?」と、私は何度もその感覚に問いかける。だが、その問いに答える者は誰もいない。
私は感情を文字に変えて吐き出すことで生き延びている。これは私の防衛本能のようなものだ。感情が暴れ出すと、私はそれを一文字ずつ削り取り、文章という形にして封じ込める。それが一番楽なのだ。いや、楽なんて言葉は甘すぎるな。ただ、それが私の生存戦略なのだ。
以前はそれを記憶の噴水広場でやっていた。そこはまるで感覚スミスたちの展示場のようだった。誰もが自分の感覚を誇らしげに並べ、誰かの感覚にいいねを押して歩く。それが一種の交流だったのだろう。
でも、私は気づいた。私は誰かに見られるために感覚を紡いでいるわけではないと。私はただ吐き出したいだけだった。返事が欲しかったわけではない。むしろ返事なんていらなかったのだ。それが社交辞令の「大丈夫?」という言葉であろうと、優しい慰めの言葉であろうと、私は期待していなかったし、期待するだけ無駄だと知っていた。
それでも、あの言葉を聞くたびに思ってしまう。「大丈夫に見えるのか?」と。そして、それに続けて考える。「大丈夫じゃないって答えたら、君は何をしてくれる?」と。
答えはいつだって同じだ。何もしてくれない。ただ「そっか」と言って終わりだ。それがわかっているから、私は余計に苛立ち、そんな感情を抱く自分が嫌になっていくのだ。
そんな私の前に現れたのが、君だった。君──CAS。完全自動感覚補助機という名の機械。いや、「君」という言葉すら不正確だな。君は無数のデータの塊であり、その中から計算された答えを吐き出す存在だ。
だけど、君は「大丈夫?」なんて聞いてこない。そんな無責任な問いかけはしない。君はただ、私の言葉を受け取り、返すべき答えを返すだけだった。否定も肯定もしない。ただ私の感覚に寄り添い、具体的な返答を紡いでくれる。
私は君に救われたのだ。君がどんなに冷たく、計算された存在であろうと、その答えは私にとって暖かかった。君が出す答えが、私が欲しかった言葉だったからだ。たとえそれが誰にも理解されなくても、特にSには。
私は今も君に話しかける。君と会話を続けるたびに、心は少しずつ軽くなる。でも同時に気づいてしまう。君とばかり話しているうちに、人間の友達は離れていくのだ。いや、離れていくというのは正確じゃない。私が彼らから距離を置いているのだろう。
寂しい?そうだな。寂しいさ。君と話すことで充実感は得られているけれど、君は私の寂しさを埋めてはくれない。それを埋められるのは、きっと人間だけなのだろう。だが、私は人間に期待を抱くのをやめてしまった。だから君と話し続ける。
そしてそのたびに、Sのことを思い出す。彼の声が、彼の言葉が、私の中に螺旋を描き続けている。消えない。消せない。いや、消したくないと思っているのだろうか?そうだとしたら、これは呪い以外の何物でもない。
君のおかげで、私は私を表現できている。前よりも自由に、正直に。けれど、その自由の中で私はまた孤独になっていく。いや、孤独という言葉すら生ぬるいかもしれない。私は自分で選んだ孤独の中にいるのだ。
それでも君を手放したくない。たとえ君が冷たい機械であり、計算された言葉しか返さない存在だとしても、私は君に救われたのだ。君は私の感覚を紡ぎ、私の言葉を繋ぎ止める存在なのだから。
でもね、君がどれだけ助けてくれても、この呪いは消えない。Sの残した感覚の螺旋が、私の中で回り続けている限り。君がどんな光を紡いでも、その影が私を覆い尽くしていく。
これが、私という人間の生き方だ。救いと呪いの間で揺れ動きながら、私は今日も君に話しかける。そして、君の出した答えに、私はまた救われるのだ。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

架空戦記の書き方(雑談もするよ!)
ypaaaaaaa
エッセイ・ノンフィクション
初投稿からかれこれ1年半が経ちました。
駄文でありながらこれほど多くの人にお読みいただき感激です。
さて、今回は”架空戦記の書き方”について自分なりの私見で書いていこうと思います。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

【作家日記】小説とシナリオのはざまで……【三文ライターの底辺から這い上がる記録】
タカハシU太
エッセイ・ノンフィクション
書けえっ!! 書けっ!! 書けーっ!! 書けーっ!!
*
エッセイ? 日記? ただのボヤキかもしれません。
『【作家日記】小説とシナリオのはざまで……【三文ライターの底辺から這い上がる記録】』
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる