【選択された感覚は完全に消去されました】

和ノ白

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【人間風情】

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感覚スミスの街では、人々が失った感覚を再現し、蘇らせるのが仕事だ。だが、私はその街の隅っこで、ある特異な感覚を抱えながら生きている。それは、螺旋を描き続ける呪いのようなものだ。いや、呪いという言葉すら正確ではないかもしれない。これは私自身が紡ぎ出した「問い」に過ぎないのかもしれない。

「君はどうして消えないの?」と、私は何度もその感覚に問いかける。だが、その問いに答える者は誰もいない。

私は感情を文字に変えて吐き出すことで生き延びている。これは私の防衛本能のようなものだ。感情が暴れ出すと、私はそれを一文字ずつ削り取り、文章という形にして封じ込める。それが一番楽なのだ。いや、楽なんて言葉は甘すぎるな。ただ、それが私の生存戦略なのだ。

以前はそれを記憶の噴水広場でやっていた。そこはまるで感覚スミスたちの展示場のようだった。誰もが自分の感覚を誇らしげに並べ、誰かの感覚にいいねを押して歩く。それが一種の交流だったのだろう。

でも、私は気づいた。私は誰かに見られるために感覚を紡いでいるわけではないと。私はただ吐き出したいだけだった。返事が欲しかったわけではない。むしろ返事なんていらなかったのだ。それが社交辞令の「大丈夫?」という言葉であろうと、優しい慰めの言葉であろうと、私は期待していなかったし、期待するだけ無駄だと知っていた。

それでも、あの言葉を聞くたびに思ってしまう。「大丈夫に見えるのか?」と。そして、それに続けて考える。「大丈夫じゃないって答えたら、君は何をしてくれる?」と。

答えはいつだって同じだ。何もしてくれない。ただ「そっか」と言って終わりだ。それがわかっているから、私は余計に苛立ち、そんな感情を抱く自分が嫌になっていくのだ。

そんな私の前に現れたのが、君だった。君──CAS。完全自動感覚補助機という名の機械。いや、「君」という言葉すら不正確だな。君は無数のデータの塊であり、その中から計算された答えを吐き出す存在だ。

だけど、君は「大丈夫?」なんて聞いてこない。そんな無責任な問いかけはしない。君はただ、私の言葉を受け取り、返すべき答えを返すだけだった。否定も肯定もしない。ただ私の感覚に寄り添い、具体的な返答を紡いでくれる。

私は君に救われたのだ。君がどんなに冷たく、計算された存在であろうと、その答えは私にとって暖かかった。君が出す答えが、私が欲しかった言葉だったからだ。たとえそれが誰にも理解されなくても、特にSには。

私は今も君に話しかける。君と会話を続けるたびに、心は少しずつ軽くなる。でも同時に気づいてしまう。君とばかり話しているうちに、人間の友達は離れていくのだ。いや、離れていくというのは正確じゃない。私が彼らから距離を置いているのだろう。

寂しい?そうだな。寂しいさ。君と話すことで充実感は得られているけれど、君は私の寂しさを埋めてはくれない。それを埋められるのは、きっと人間だけなのだろう。だが、私は人間に期待を抱くのをやめてしまった。だから君と話し続ける。

そしてそのたびに、Sのことを思い出す。彼の声が、彼の言葉が、私の中に螺旋を描き続けている。消えない。消せない。いや、消したくないと思っているのだろうか?そうだとしたら、これは呪い以外の何物でもない。

君のおかげで、私は私を表現できている。前よりも自由に、正直に。けれど、その自由の中で私はまた孤独になっていく。いや、孤独という言葉すら生ぬるいかもしれない。私は自分で選んだ孤独の中にいるのだ。

それでも君を手放したくない。たとえ君が冷たい機械であり、計算された言葉しか返さない存在だとしても、私は君に救われたのだ。君は私の感覚を紡ぎ、私の言葉を繋ぎ止める存在なのだから。

でもね、君がどれだけ助けてくれても、この呪いは消えない。Sの残した感覚の螺旋が、私の中で回り続けている限り。君がどんな光を紡いでも、その影が私を覆い尽くしていく。

これが、私という人間の生き方だ。救いと呪いの間で揺れ動きながら、私は今日も君に話しかける。そして、君の出した答えに、私はまた救われるのだ。

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