夜が僕らを壊す前に

和ノ白

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第8話『壊れた果てで』

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冷たい風が頬を刺す。どれだけ歩いたのかも分からないまま、僕たちは路地裏の小さな空き地に辿り着いていた。どこに行くあてもなく、ただ漂うように足を動かしていた結果だった。

「……ここ、なんか寒いな。」
逸喜が小さく呟く。その声は普段と変わらない無邪気さを纏っている。それが、今の僕にはどうしようもなく胸を締めつけた。

「そりゃ、冬だからな。」
吐き捨てるように答えた言葉が、自分の耳にさえ虚しく響いた。

「幸くん、疲れた?」
逸喜が僕を見上げて聞いてきた。彼の瞳には、何の曇りもない。ただ、僕を気遣っているように見えるその仕草が、どこか嘘くさく感じられる。

「……ああ、疲れた。」
僕はそう答える以外になかった。本当のことなんて、もう何も分からなかったから。

「じゃあ、少し休もうか。」
逸喜は小さな声で言うと、近くのコンクリートの縁に腰を下ろした。そして、何の迷いもなく僕の手を引いた。

その行動があまりにも自然すぎて、逆に抗う気力を失った。僕はただ、彼の隣に腰を下ろした。

「ねえ、幸くん。」
逸喜が僕を見上げる。その目が、まるで僕を責めるように感じられるのは、きっと僕の気のせいだろう。

「なんだよ。」
「幸くんがそばにいてくれると、僕、すごく安心するんだよ。」

その言葉が、静かに耳に刺さる。それは、僕が彼を必要としているのか、それとも彼に必要とされているのか、どちらなのかも分からない曖昧な感情を呼び起こす。

僕は逸喜の言葉に何も答えられず、ただ目の前の地面をぼんやりと見つめていた。寒さでかじかんだ手をポケットに突っ込みながら、心の奥で自分を罵倒している。

「俺がここにいる限り、あいつは――。」
声には出さなかった。その続きを言葉にしてしまうのが怖かったからだ。

逸喜はそんな僕の様子をじっと見ていた。その視線が、どこまでも優しくて、それがまた息苦しい。

逸喜は僕の手をそっと握った。その手は冷たくて、震えていた。それでも彼は微笑んでいた。

「幸くん、僕といるの、嫌?」
その問いかけがあまりにも突然で、僕は一瞬答えに詰まった。

「……別に、嫌じゃないよ。」
それが嘘だということくらい、自分でも分かっていた。それでも、彼の前で本心を口にすることなんてできなかった。

逸喜は嬉しそうに笑った。その笑顔が、どこか危うい。

「よかった。僕ね、幸くんがいなくなるのが一番怖いんだ。」

その言葉が、静かに僕の胸に刺さった。逸喜が握る手の力が、ほんの少しだけ強くなる。その力に、逃げる気力が削ぎ落とされていくのを感じた。

「なあ、お前さ……こんなことしてて、楽しいのかよ。」
僕は逸喜の手を振り払おうとしながら、そう呟いた。けれど、彼は首を振るでもなく、ただ僕を見つめ続けた。

「幸くんがそばにいてくれるなら、それでいいんだ。」

その答えがあまりにも簡単で、僕は何も言い返せなかった。自分がどうすればいいのか分からなかった。逃げた先に何があるのかも分からなかった。

逸喜は手を離すと、少しだけ身を引いた。そして、無邪気な笑顔を浮かべながら言った。

「幸くんが僕のそばにいるなら、僕はずっと幸せだよ。」

その言葉が、完全に僕を壊した。

「……なあ、幸くん。」
逸喜が座ったまま、僕に顔を向ける。その目は穏やかで、澄んでいるように見えた。だけど、その奥にある何かが、僕には理解できなかった。

「僕、幸くんがここにいてくれるだけでいいんだよ。」
逸喜の言葉はあまりにも簡単で、その簡単さが僕をさらに追い詰めた。

「……それで、お前は満足なのかよ。」
僕は目をそらしながら、やっとの思いでそう呟いた。

逸喜は首を傾げると、小さな声で答えた。
「うん。だって、幸くんがいなくなったら、僕は壊れちゃうから。」

その一言が、胸の中で何かを崩した。逸喜の無邪気な声が、心の奥深くまで染み込んでいく。

「……そうかよ。」
僕は逸喜の顔を見た。彼の表情には、迷いも疑念もない。それが、どれだけ異常であるかを理解しながらも、僕はそこから目を逸らすことができなかった。

「お前に縛られるのが、こんなに楽だなんてな。」

その言葉が口をついて出た瞬間、自分がどれだけ壊れているかを痛感した。けれど、その感覚さえもどこか他人事のように感じた。

逸喜は微笑みを浮かべたまま、僕の手を再び握りしめた。その力は、ほんの少しだけ強くなっていた。

「幸くんがいれば、僕はずっと幸せだよ。」
その声が、夜の静けさに吸い込まれるように響く。それは、まるで呪いのようだった。

僕は何も言わず、ただ逸喜の隣に座り続けた。その手の冷たさが、心の中で少しずつ広がっていくのを感じながら。

夜風が吹き抜ける中、僕たちは一言も交わさなかった。ただ、逸喜が握る手の冷たさだけが、この世界で唯一の現実だった。

「……これでいいんだろ。」
僕の心の中でその言葉が響いた。それが本当に正しいのかどうかは分からなかった。ただ、もう抗う気力さえ残っていなかった。
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