人生負け組のスローライフ

雪那 由多

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山の音楽家が奏でる山の景色 4 

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 スマホとキーボードを持って綾人は先生の二階の部屋へと上がりこんだ。
 先生がこの家の一番の未練のある部屋は向かいの山の中腹に走る駅が正面に見える二階のこの部屋、眺めは最高だ。
 山の家から見える景色も申し分ない。だけどこの家から見える景色は古いくすんだ色合いの町を一望する望郷と言うにふさわしい景色。先生の実家は県庁所在地だが、思い浮かべるべき街並みとしては理想を描いている。
 昭和臭さ漂うノスタルジックな景色を眺めながら暖かな陽だまりの一角でスマホの画面を覗く。
 ノスタルジックな景色とは縁遠い文字と数字の羅列。
 何だか家を乗っ取られた気がしてこっちまで来た理由がメール各種の返信。
 圭斗に指摘されて夏樹と陽菜にメールを送っておく。俺にも食わせろ。干物で良いから送れと送信。
 ふー、これでこいつらに関してはおっけーだ。
 そして、無事引っ越し先の定時制高校に潜り込めた事のお祝いを伝えておく。
 後は色々たまったメールを書いて、東京の弁護士さんとも連絡を取る。
 俺がちょくちょく東京に足を運ぶ理由の弁護士さん。東京を離れてずいぶん経つが、その弁護士さんと連絡を取り続ける理由はただ一つ。 
 オヤジの監視の為。
 檻暮らしのオヤジの様子をちょくちょく連絡を貰う依頼をしている。いつ出てくるか判らないからその時の為と、俺の代わりに面会に行ってもらっている。職場訓練で僅かな収入はあるとはいえ、差し入れは許されている。全く持ってほしい物を差し入れした事はないが、時間はあるだろうからと自分達が題材になった週刊誌を送りつけてやった事はあった。腹立たしい手紙を送りつけられた事もあったが、弁護士経由にしたらピタリと手紙は来なくなった。つまり害意のある内容で、発送すら認められなかったもの。電話も家の番号を変えてしまったのでもう知らないだろうし、指定した番号以外鳴らないようにしてある。昔の電話の無茶苦茶で凄い便利ー。
 東京の家も俺の記憶の限りケータイとスマホメインなので家電いえでんもなかったし、不思議な事にスマホどこに置いたっけってあるあるは家電ではどこ置いたっけと言う事はない。本体から受話器も有線だからなと納得の性もない理由だが、そのおかげで電話が鳴った時だけはバアちゃんが電話の線が伸びる範囲だけで大人しくして明るく笑い声を立てながらおしゃべりを楽しんでくれたので、すっかりならなくなった電話だけど捨てれずに今も置いてある。
 おおーっと話がそれた。
 つまりこっちから親父との連絡を断ったが、いつ突撃して来てばったり会うかと思えば監視を付けておいた方が精神上安心だ。
 そんなわけで月一で定期的に連絡が来ちゃったりする。こうなると来ないよりましだけど、塀の中でも反省しているオヤジはした事の内容の大きさの割には刑期を短縮されると言うバッドな報告。保釈金払ってくれるようなお友達とか親族はいないのザマアなんて思うも、俺の友達も俺の保釈金を気前よく払ってくれるような人は……微妙だ。
 こんな所で親子の繋がりを思い出すなんてと悲しくなってしまうも、肉体的な暴力を受けた事はないので警察にも訴える事が出来ない。地味にめんどくさいんだよと最低限の対策として弁護士の沢村さんに監視してもらってると言うわけだ。
 そう、東京の沢村さん、いつもお世話になってる沢村さんの息子さんなのだ。
 親子で弁護士ってなんて勝ち組親子www なんて思いながらお二人とお仕事をしている俺って何なんだよと思うも、田舎に引きこもった両親の安定した収入=安定した生活にホッとしているのが息子さんなので、こちらはまだ面倒を見ると言う様子ではない物の任せておくれと親父担当になってもらっている。
 そんな沢村息子さんのレポートを読みながら代わり映えしない内容にホッとしている自分が居る。そしてその端にはオヤジの餌食になった母子の顛末もあった。

 息子は無事進級を果たし、母親は何度かの転職の後に港町なので漁港の事務職に無事ありついたと書いてあった。
 色々な紆余曲折を描いた母子はまだ距離があれど祖父母の家で共に生活していると言う。

 こちらの内容は簡単な物のもう心配はないと、こちらの調査の継続はこれで終了してもらう事にした。
 カチャカチャとキーボードを叩きながら読み直した文面に納得をすればタンとひときわ大きな音を立ててエンターを押して送信。
「さて……」
 鞄にキーボードとスマホを片付けて階段を下りる。
「圭斗!ご飯作りに帰るな!」
「おう!気を付けて帰れよ!」
「んで、飯食べたらまた来るわ」
 さすがに内田さん親子も何があったかと思う様に圭斗の背後で進めていた仕事の手が止まる。ああ、また心配かけたかと思えば
「だったらうちに行ってくれ。陸斗が帰ってるはずだから」
「おぅ、今日がテスト最終日か」
「俺も家で一緒に飯を食べる予定だったけど、午後あいつの面倒を見てくれ」
「山田と葉山が来るだろう……」
「だから、遊び過ぎないように面倒を見てくれって事」
 あー……
 あいつら仲良いよなーと常に三人一組だった事を思いだせば
「じゃあ邪魔してくるな!」
 なんとなく楽しそうで足取り軽く帰る様を不安げな三組の瞳が見送るのを気づかない俺だった。



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