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山の音楽家が奏でる山の景色 5

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 昼ご飯を作りに行けば離れから産みの苦しみに呻く喚き声と閉ざされたままの烏骨鶏ハウスの裏口。
 長閑に庭を闊歩する烏骨鶏を引き連れながらミルワームのおやつを与えればようやく解放される。一応烏骨鶏に懐かれてるんだなと妙な関心を覚えるも、ミルワームをまき散らせばもう俺なんて関係ないと言う様に一心不乱に貪る様は、もう俺が逃げ出したい惨状だ。とりあえず烏骨鶏にかこまれた輪を潜り抜けて昼食作りに励む。
 オリヴィエは驚くぐらいの偏食家だ。
 朝はグラノーラとかオートミールと言ったもので済ましお昼は近くのパン屋のパンと惣菜。夜は演奏会の主催者が用意してくれた軽食やパン屋のパンと惣菜で、親の手料理と言う物はほとんど口にした事がないと言う。好きなものばかり食べていたので好き嫌いも激しく、野菜は基本ノーサンキュー。最初の日に用意した鍋は食べなかったのではなく食べれなかったと言う物。お菓子やインスタントヌードルだったらまだ食べれると言うくせに飯田さんが作った料理はその美しい見た目と手際の良さに口に運んでみたらおいしいと言う事を知ったと言うくらいの食わず嫌いと言う強敵だった。
 とは言え飯田さんの料理を口に運んで案外世の中美味しい物があると言う事を知ったオリヴィエは少しずつ挑戦する様にしている。
 飯田さんオンリーで。
 失礼にもほどがあるだろうと思うも、先日庭先でバーベキューをした時に焼いただけの野菜を好奇心からか口にしてみせた。目を見開いて、それからは当たり外れは在れど気に入った野菜をひたすら黙々と食べる素晴らしい出会いがあったようだ。
 ふふふ、醤油美味しいだろ。
 ハウス栽培のトウモロコシを皮ごと焼いて、剥いた物に十と醤油をかけてからまた焼くと言うバーベキュー定番の食べ方はお子様には絶対だと、香ばしい醤油の焦げる匂いとトウモロコシの爆ぜる音に勝てる物はないと正直な胃袋は醤油が無くても齧りつくレベルに到達していた。
 途中ししとうで涙目なオリヴィエにチョリさんと共に笑ってしまったが、それでも十五歳。お肉は常に取り皿で確保するその根性は立派だと思った。
 そんな食育を施さなくてはならないオリヴィエの食事のメニューを考えるのは楽しい。ただ食べないのは腹立たしい。しかも
『綾人、これ美味しくない』
 はっきり言える子供ほど腹立たしい物はない。
『納豆は日本が誇る発酵食品だ!日本に来てこれを一度は食べないと言う選択はないぞ!!!』
『いやいやいや!これは無理!
 何かねちょねちょしてるし糸引くし!これ絶対腐ってる!』
『腐ってるんじゃない。ブルーチーズとかと同類だよ。乳製品か豆類かの差だ』
『うん。綾人君の言うとおりだが、俺も納豆苦手なんだ。だから無理する事はないぞ』
 あっさりとチョリさんが日本人の納豆事情をゲロってしまったために納豆嫌いの人の臭いと言う文句を同様に喚きながら叫ぶオリヴィエを無視して仕方がないと代わりに納豆を食べるのだった。
『納豆の天ぷらとかスパゲティとかサンドイッチとか、悪くないぞ?』
『綾人君、君意外と味覚音痴とか言われない?』
『言われた事はないけど、ほら、俺のオフクロって奴、料理下手じゃないくせに作る情熱のない人だったから。あれこれ料理して食べると言うよりこう言った簡単な物で終了って事が多かったからね』
『綾人君の家も家庭放棄のお母さんだったね』
『人の視線がある所だけ健気な母親やるくせにね』
 見えない家庭の中での育児放棄。料理作って選択して掃除してくれればいいと思っている愛情を一切くれなかった母親を思い出して頭が痛い問題を思い出した。
『チョリさん、明日出かけて来るけどいいかな?』
 納豆を俺へと差し出すチョリさんとオリヴィエはきょとんと首をかしげて
『お昼ぐらい俺が作るから問題ないよ?』
『じゃあ晩御飯とか次の朝とか?』
『ん?向こうに行けば一人暮らしだから問題ないけど……
 何かあったの?』
 納豆をストレートで食べる俺をオリヴィエは顔を引き攣らせて少しずつ距離を取り出すが、俺は食べていた納豆を呑み込んで

『オフクロが入院している病院に顔を出さないといけない年に一度の約束だから』

 言えば二人とも顔をこわばらせるのだった。
 なんとなく俺とオフクロの中の悪さを察した俺と同じように複雑な家庭環境下で暮してきたオリヴィエと、あのオヤジを見た事のあるチョリさんならオフクロの事をざっと話した事があってもある程度想像できるクレイジーさなんてまだ想像の入り口だ。
『年に一度の病院の入院の更新だからね。毎月オフクロの兄貴、つまり叔父さんが一緒にカウンセリングに受けてるらしいけど、年に一度病院の方針で家族として顔を出さなくちゃいけなくてね。
 ちょっとしんどくなったらおじさんの家に泊まる事にしてるから帰って来れないかもって話し。下の宮下商店の大和さんって人に様子を見てもらう約束してあるから。天気が良ければ長谷川さん達も来るし、いつもと同じように過ごして貰えればいいから』
 言い終えて二つ目の納豆をストレートで食べる俺にチョリさんは納豆を食べる姿を見守るではなく複雑そうな顔を浮かべて
『なら、お言葉に甘えさせてもらうよ』
 それが良いと頷くも、さすがに納豆三杯は多すぎだと当面納豆は買わない事を心に決めた。

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