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冬を乗り切れ 8
しおりを挟む年末の吉野邸のはお節作りが忙しかった。
「いやいや、お節ってもっと前から準備するものじゃなかったっけ?」
お節作りには当然蓮司も手伝わされていた。
しかも冷水で塩抜きをしている数の子の膜取り。指先はもう真っ赤で痛々しい色合いなのは氷水にも等しい水道水を使っているから。あまりにも冷たすぎて冬場は水の状態では飲むどころか使うこともないのに東京の知識のままでいるからそんな痛々しい指先になるというのを教える優しい人間はここにはいないし、飯田や陸斗にとっては当たり前のことなので気にも止めない。ツッコミ役の植田がいないのが不運としか思えないということにしておこうと全員でスルーをするのだった。
「うちのお節は飯田さんが来てからスタートだから。俺の大体真っ黒おせちとどっちがいい?」
「真っ黒お節って全部コゲとか?!」
「綾人、それ自慢になってないよ。食材をゴミにしないで」
「そうだぞー。バチが当たるぞー」
宮下と圭斗の呆れたツッコミに蓮司は真っ黒お節は嫌だと顔を引き攣らせるが
「宮下の全部同じ調味料の味と圭斗の素材の味しかしない料理といい勝負だろ」
「「食べれるだけマシだ!」」
「酷い。ちょっとロケットストーブの火力が高いからって」
「だからってそんなとこまで弥生さんを習わなくていいんだよ」
綾人の料理の基本は綾人に料理を教えた祖母になっている。いくら飯田が修正しても祖母の知識に邪魔されて焦がした鍋は数知れず。
「だって台所遠いし」
「冬場は特に遠く感じますからね」
さすがにこの隙間風の酷い母屋の状況には飯田も両手をあげて綾人の意見に賛成らしい。
「だけど秋に皆さんに手を入れてもらって去年程ではないのでは?」
飯田はお煮染を鍋ごと揺らして混ぜ合わせる。料亭生まれの料亭仕込みの料理作りは和食が基本。秋に父親の料理づくりを久しぶりに真横で見た事もあり対抗心から材料を一つ一つ別々に味付けをする丁寧さ。火の通り加減は全部同じくらいで煮崩れすることもない美しい見た目だ。
「それは俺も感じてる。廊下も綺麗にしてくれたし、長沢さんが建具の全部の歪みとか直してくれたから今ストレスのない生活を感動してるところ」
「ですよね。仏間の襖とか動かなかったのに今は滑りが良くって逆に気をつかわないと壊しそうな気がしてビビってますよ」
同じ事を先生も言って居たがそこは割愛。餅を食べてにげていったクソ教師の事は正月の間忘れることにしたのだから。
「こんなにも変わるんだったらもっと早く直してバアちゃんを楽させてあげれば良かった」
今頃だがしみじみと言う綾人に宮下もその通りと頷きながら
「だけどあの値段見るとビビっちゃうからね。長沢さんの所も西野さん所も結構なお値段だから。早々張り替えたりなんて怖い見積もりだよ」
煮物の横で唐揚げを揚げる宮下作は今晩の晩御飯なので揚げたそばから陸斗に味見をさせている光景を綾人は指を咥えて眺めていた。
「あの、襖とかってどれぐらいの頻度で張り替えるのです?」
蓮司が指先を真っ赤にして綺麗に膜を取ったものを飯田に渡しながら聞けば
「十五年から二十年ぐらいかな?紙が黄ばんできたり、劣化するには避けられないから。綺麗に使っててもやっぱり薄汚れて見えてくると気分も暗くなっちゃうしね」
九月から建具職人の世界に飛び込んだ割には師が良いのと指先の器用さが相まってすくすくと腕を上げている宮下はすっかりその世界にハマっていて天職にありつけたと言っても良いだろうか。日々送られてくる動画の説明は建具を作った人、選んだ紙のセンスだとかその意図を汲み取ろうとする努力が常に語られていて、高校時代の宮下とはまるで別人のように自信に満ち溢れている。
「何か張り替えたい部屋でもある?」
京都から出張するよと何気にぼったくろうとする宮下に
「いえ、多紀さんの家の襖がなんて言うかお化け屋敷状態なので」
「奥さん居たよね?」
何も言わないのかと思うも
「仕事用の家に奥さんは立ち入らないので、いわゆるゴミ屋敷です。家の中限定ですが」
「それ、ひょっとして立ち入らないんじゃなくって立ち入りたくないってやつじゃね?」
綾人は高山の家を思い出しながら雪が溶けたら久しぶりに掃除に行こうと決意をする。隣近所の皆様にご迷惑かけないようにという理由をつけて。
「畳も張り替えたいし、クロスも黄ばんでいるし。本を床積みするから本棚も欲しいし、お金あるのに何で何もしないんだろうって波瑠さんが怒りまくってすごいんです」
「まあ、仕事場に他人を入れたくない気持ちはわかるな」
綾人は自室の事を思い出して援護をする。ただし、機械類が多いので火事の原因のトラッキングにならないように
「俺も仕事部屋あるけど掃除はちゃんとしているので同類とは思われたくないんですけど」
とそこは主張するのだった。
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