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冬を乗り切れ 7
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夜、家に帰ってこいと言われる電話が入るまで俺は一人暮らしをしていたマンションで映画を見ていた。多紀さんのここ何本か前の作品で、俺が俳優になる前の作品だった。
既に役者をしている父と母を通して多紀さんとは面識があり、今回の映画は二本目で主役をもらうことができた。
親の七光、なんとでも言えだ。
こっちは生まれる前からずっとプライベートなく全てが常に見られて育ったのだ。
人から見られる事には慣れている。
どう見られるか、好感を持たれるか、反感を買わないか。いい子を演じるのはお手の物だし、それで散々痛い目も見てきたからこそ人を見る目もある。
前回の時、多紀さんの撮る映画のチームに迎え入れられた。ほんの少ししかセリフのない本当に一瞬しか出番がなかった役だったけど、その後多紀さんにもっといろんな役をやらせてみたいなあなんて言ってもらえた。事務所は俺に歌を歌わせたがったりとマルチに育てたかったみたいだったけど多紀さんの一言で俺は役者一本に絞る決意をした。
その後、多紀さんのお気に入りの鷺宮波瑠さんに絡まれるようになり、瞬く間に映画の仕事が入るようになった。勿論CMやドラマも、チーム多紀がらみの俳優、女優からの声かけという実践を兼ねての勉強会が舞い込むようになった話し。
だけど現実は一気にスターダムに駆け上がって俺はあっという間にトップクラスの仲間入りを果たし、気がつけばテレビで見ない日はない状態になっていた。
生活は華やかになるにつれて、スケジュールはタイトになり疲れはするも充実感の方が満ちていた。これを幸せな日々というのだろう。
そして招致された多紀さんとの二回目の映画。
若者の青春映画だった。
どこかノスタルジックに、古き良き伝統と人生舐め切った若者の真っ向対決人情映画。主役は若手の四人。国営放送のヒロイン出身の力派と言われる女優と急成長中の映画の主人公と実年齢の二人と大守映画二度目の俺。
前回から三年経ってるのだ。波瑠さんからも俺が三人をこのチーム多紀の礼儀を教えろと厳命が降った。
ベテラン、実力はと言った顔ぶれに少し怖気付く三人に俺は距離感を図ろうとする三人の中に飛び込んであれこれと世話をして、またたくまにこのチーム多紀に染め上げるのに成功した。
これと言ったトラブルもなく撮影も順調に進み、地方ロケであわやお蔵入り危機に見舞われたものの、波瑠さんの機転というか、謎の人脈で乗り切ることができた。
かなり変わった人で、俺より年下で、立派な古民家の旅館を経営してると思ったら離れの完成のお祝いに俺たちが招待客でもないのに参加した挙句に泊まってご飯までいただくという、睨まれるには当然な事をしていた事を後から聞くのだった。
今回の映画関係者にとって恩人とも言える人だが、撮影からしばらくして再会したその人は早朝から斧を構えて俺を出迎えるという出立ちになんでここにと、ここに来る経緯を全て忘れさせてくれたのだった。
この山奥にきた理由。
親父と結婚していたお袋が浮気をして、俺を身籠ったお袋は親父に一切告げずにそのまま俺を産んで育て、成長すればするほど親父とは似つかない俺を見てきたからこそ密かにDNA検査をして事実を知るのだった。
お袋は気づいていたみたいで、相手は今は芸能界から足を洗ったミュージシャンだと言った。出演していたドラマの主題歌を歌ったバンドのギタリストでバンド解散と共に故郷に帰って小さなステージのあるバーを経営していると言う。バンド名を聞けば有名な曲を幾つか思い出すが、思い出すのは今もシンガーで歌うボーカルの人で、ギタリストの人は思い出せなかった。
家に来いと言われて久しぶりに帰ればこんな告白に気分が悪いと言ってトイレで密かにググって顔を見れば確かに俺に似てると思いながらなんで調べたんだと後悔をする。確かに親父の子じゃないなと涙を流しながら泣き声をあげるのだった。
トイレの扉越しに親父が立って小さなノックの音が響く。
「お前は何一つ悪くない。
だけど何も知らずにあいつの子をずっと自分の息子だと思って育ててきた間抜けな俺はお前をみてあの野郎を思い出して何をしでかすかわからない」
涙と嗚咽に返事ができない長い間、親父は沈黙を貫いた後
「俺は家を出る。悪いがもう息子とは呼べない」
涙混じりの決別はそのまま踵を返して家を出ていく音だけが小さく耳に響いた。俺はトイレに閉じこまったまま捨てないでくれと声に出せない叫びを上げながら、止める事はできずに見送ることも追いかける事も出来ないまま泣いていた。
トイレから出ると事務所の社長達と弁護士さん達と多紀さんがいた。
トイレにこもっている間に話は随分と進んでいたようだった。
既にこの一件はネットのニュースで流れていて止められないらしい。なんせ記事の内容に間違いは何一つないのだ。記事を読めば血縁の父親のインタビューもあり、バーの経営が上手くいかないからこの事を売ったらしい。
どのみちゲロるのが先か検査が先かの話だったようで、母を含めて誰も俺のことを考えてくれていない事だけは分かった。
事務所の社長から俺に一切の不備はないがしばらく仕事を休もうと諭される。契約にも一切触れてないから心配する事はない。とは言え口には出さないが仕事を干されるのは確実だ。ケチのついた俺を企業イメージとして取り上げる会社はないだろうし、ちょうど季節の切り替わりの時期だ。撮影の仕事はほとんどなく、長い冬休みが始まると思えば良い。
そんなふうに諭された俺はもう終わったなと乾いた笑い声がこぼれ落ちたが
「だけど復帰はこの間の映画の舞台挨拶だ。それが終わったら次の映画の撮影入るから準備しておいてね」
多紀さんのまさかの発言に俯いてばかりの俺は顔をあげる。
まさか、そんな……
「僕は宇佐見蓮司と言う俳優に惚れこんでいるんだ。君の生い立ちや周囲の評価なんて関係ない。
むしろこの出来事を乗り越えた蓮司を僕は期待したいる」
手をぎゅっと握られて、真っ直ぐ目を向けられた視線は俺だけを写していた。
「蓮司はいい子を演じるのが誰よりも上手く、好青年で光の中に立つ俳優そのもの。だけど僕はね、もっと泥臭く踠いて足掻いて、生臭いまでに生に執着する這い上がるような君の生き様を見たいんだ。この間の地方ロケの時に確信した。
次の撮影は君を主役の映画を作る。構想はもうできているし、脚本も既に作り始めている。波瑠ちゃんが既に動いてくれているから、絶対帰っておいで」
まさかの言葉だった。
俳優人生終わったかと思ったのに、次の仕事がもう入るなんて……
「だけど誰もが大守監督のようにお前を評価してくれているわけじゃない。そこは間違えるんじゃないぞ」
社長も俺の肩を抱き締めて力強く励ましてくれる中ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。自室にこもってしまった母が出てこないので俺がインターフォンを見れば
「波瑠さん?」
「蓮司くん?多紀さんに頼まれてきたんだけど多紀さんちゃんとそこにいる?」
「ええ……」
チラリと見れば入れてもらえると聞かれるも波瑠さんを追い出すわけにはいかない。どうぞと玄関のキーを開ければすぐにドアが開いて入ってきた足音は二人ぶん。
「もー、多紀さんったら無茶なお願いしないでよ。
ずーっと仕事終わるの待つの大変だったんだよ?」
「波瑠ちゃん説明は?」
「勿論したわよ。多紀さんに説明させると肝心のところが抜けるから。
それよりもネットで記事が流れてるけどって、もうこんな時間?!」
いつの間にか深夜というべき時間に驚くも表情はついていかない。と言うかその前にだ。
「なんか見た事があるけど……」
なんていう人だったか思い出せずにいれば
「多紀さん。飯田君に何をさせるつもり?」
聞き覚えがない名前だと確信をするも
「飯田君。大変迷惑をかけますが、しばらく蓮司を預かって下さい」
「多紀さんお久しぶりです。ですが預かる理由もないし冬休みに入るとは言え俺には仕事があります」
やんわりと断る俺よりも長身の男から何だかいい匂いが漂ってきて、ぐーと腹が鳴った。
だけど誰も気づかないように無視をして
「君のことだから今から綾人君のお家に行くんだろ」
全身で不快感と言わんばかりの気配に変わり
「綾人君をどうか説得して春まであの山の家までなんとか蓮司を匿って欲しい」
「断ります」
気持ちいいくらいの即答だった。
「綾人君は複雑で難しい子だと僕も思ってるよ。だけどどこまでも懐の広い子だから。今の蓮司にはそういう厳しい人ぐらいがちょうどいいから。
蓮司の周囲に居ない子だし、これからの蓮司には綾人君のような子が必要になる。それは勿論綾人君にとってもだ」
卑怯だと飯田は思った。綾人の事を考えたらもっと人との触れ合いを増やすべきだと分かっているだけに多紀の提案はずるいとさえ思う。大工チームとの出会いから資格会得の世話など綾人は見事こなして見せた。もともと頭はずば抜けて良いだけに、人の動かし方も知っている。何より寂しがりやなことも相まって、人との繋がりを大切にしようとし始めてるところにこの提案はあまりよろしくない。
だけどだ。
「ここで逃げ出さないと蓮司は外にも出れなくなる生活になる。空港も見張られているだろうし、マスコミが押し寄せるだろうから友人の家も行かせるわけにいかない。なら一番予想外の綾人君の家で匿って欲しい。勿論報酬ではないがビジネスとしての賃金は約束する」
事務所の社長に視線を向ければ力強く頷くのを見る。逃げられないと悟る飯田だが一つだけ提案をする。
「もし行くとなると綾人さんはこの日をすごく楽しみにしているので、あっさり情報を流すぐらいの不機嫌になるでしょう」
それは隠れる意味はあるのだろうか?小首を傾げる弁護士だが
「綾人さんにはひたすら耐えて下さい。綾人さんから見ればなんでいい歳こいた社会的立場を持つ大人が親に捨てられたくらいで何落ち込んでいるんだ。甘えるのも大概にしろと言うはずなので、八つ当たりは受け止めてあげて下さい」
何という提案だと思うも
「中学三年で親に夢どころか育児もお金も何もかもを見捨てられた愛情を与えられなかった綾人さんにここまで幸せに周囲からも育ててもらってガキみたいに腐って笑えるななんて言いますから。
長い雪に閉ざされた冬に僅かな交流のできる楽しみにしている正月を部外者が混ざってぶち壊しになるのだから。
多紀さんが蓮司君の味方であるように俺は綾人さんの味方です。連れては行きますが期待はしない、その覚悟があるならすぐに行きましょう」
「すぐ?」
「はい、すぐです。
六時には日の出時間なのでそれまでに向こうに行かなくては綾人さんの朝食に間に合わなくなります」
???
「年末作るお餅も毎年好評なので準備もしてくれているのに遅れたらおいしいお餅がつけないじゃないですか」
??????
「宇佐見さん一人でこの至福の時間を狂わせるわけにはいかないので直ぐなのです。五分後には出ますよ」
「嘘だろ?」
「既に出発時間は遅れてます。行くのなら急いでください。置いてきます」
「ほら蓮司君。準備して。最悪財布だけでも何とかなるでしょ?」
「スノボーのウエアとかあれば一式持って下さい。靴のかえとかブーツがあるといいです。雪まみれと泥まみれになるので、着替えもしっかりと温かいものを。洗濯は出来るので、常備薬があればお持ちください。救急車呼んでもすぐにはきません」
「まって!すぐ準備する!」
「貴金属にアクセサリーは凍傷の元なので必要ありません」
「時計は?!」
「スマホで十分。では行きましょうか?」
「後五分待ってー!!!」
ニヤニヤと自宅に関してはマネージャーにお願いして実家に置きっぱなしの着替えや古いスノボウエアをカバンに押し詰める。
わずか十分ちょっとで準備した荷物はカバン二つ分。よく収まったというべきか?
「では、どうなるか知りませんよ?」
「飯田君よろしくお願いします」
不安げな顔の飯田君と身体を二つに折ってお願いする多紀さんと波瑠さんとそれに見習う社長達。
俺はお袋に何も挨拶を言えないまま大きな荷物を持ってたくさんの美味しそうな匂いのする飯田君の車に乗って今日の出来事に不眠症になりかけながら数ヶ月前に一月ほど滞在した街へと向かうのだった。
既に役者をしている父と母を通して多紀さんとは面識があり、今回の映画は二本目で主役をもらうことができた。
親の七光、なんとでも言えだ。
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どう見られるか、好感を持たれるか、反感を買わないか。いい子を演じるのはお手の物だし、それで散々痛い目も見てきたからこそ人を見る目もある。
前回の時、多紀さんの撮る映画のチームに迎え入れられた。ほんの少ししかセリフのない本当に一瞬しか出番がなかった役だったけど、その後多紀さんにもっといろんな役をやらせてみたいなあなんて言ってもらえた。事務所は俺に歌を歌わせたがったりとマルチに育てたかったみたいだったけど多紀さんの一言で俺は役者一本に絞る決意をした。
その後、多紀さんのお気に入りの鷺宮波瑠さんに絡まれるようになり、瞬く間に映画の仕事が入るようになった。勿論CMやドラマも、チーム多紀がらみの俳優、女優からの声かけという実践を兼ねての勉強会が舞い込むようになった話し。
だけど現実は一気にスターダムに駆け上がって俺はあっという間にトップクラスの仲間入りを果たし、気がつけばテレビで見ない日はない状態になっていた。
生活は華やかになるにつれて、スケジュールはタイトになり疲れはするも充実感の方が満ちていた。これを幸せな日々というのだろう。
そして招致された多紀さんとの二回目の映画。
若者の青春映画だった。
どこかノスタルジックに、古き良き伝統と人生舐め切った若者の真っ向対決人情映画。主役は若手の四人。国営放送のヒロイン出身の力派と言われる女優と急成長中の映画の主人公と実年齢の二人と大守映画二度目の俺。
前回から三年経ってるのだ。波瑠さんからも俺が三人をこのチーム多紀の礼儀を教えろと厳命が降った。
ベテラン、実力はと言った顔ぶれに少し怖気付く三人に俺は距離感を図ろうとする三人の中に飛び込んであれこれと世話をして、またたくまにこのチーム多紀に染め上げるのに成功した。
これと言ったトラブルもなく撮影も順調に進み、地方ロケであわやお蔵入り危機に見舞われたものの、波瑠さんの機転というか、謎の人脈で乗り切ることができた。
かなり変わった人で、俺より年下で、立派な古民家の旅館を経営してると思ったら離れの完成のお祝いに俺たちが招待客でもないのに参加した挙句に泊まってご飯までいただくという、睨まれるには当然な事をしていた事を後から聞くのだった。
今回の映画関係者にとって恩人とも言える人だが、撮影からしばらくして再会したその人は早朝から斧を構えて俺を出迎えるという出立ちになんでここにと、ここに来る経緯を全て忘れさせてくれたのだった。
この山奥にきた理由。
親父と結婚していたお袋が浮気をして、俺を身籠ったお袋は親父に一切告げずにそのまま俺を産んで育て、成長すればするほど親父とは似つかない俺を見てきたからこそ密かにDNA検査をして事実を知るのだった。
お袋は気づいていたみたいで、相手は今は芸能界から足を洗ったミュージシャンだと言った。出演していたドラマの主題歌を歌ったバンドのギタリストでバンド解散と共に故郷に帰って小さなステージのあるバーを経営していると言う。バンド名を聞けば有名な曲を幾つか思い出すが、思い出すのは今もシンガーで歌うボーカルの人で、ギタリストの人は思い出せなかった。
家に来いと言われて久しぶりに帰ればこんな告白に気分が悪いと言ってトイレで密かにググって顔を見れば確かに俺に似てると思いながらなんで調べたんだと後悔をする。確かに親父の子じゃないなと涙を流しながら泣き声をあげるのだった。
トイレの扉越しに親父が立って小さなノックの音が響く。
「お前は何一つ悪くない。
だけど何も知らずにあいつの子をずっと自分の息子だと思って育ててきた間抜けな俺はお前をみてあの野郎を思い出して何をしでかすかわからない」
涙と嗚咽に返事ができない長い間、親父は沈黙を貫いた後
「俺は家を出る。悪いがもう息子とは呼べない」
涙混じりの決別はそのまま踵を返して家を出ていく音だけが小さく耳に響いた。俺はトイレに閉じこまったまま捨てないでくれと声に出せない叫びを上げながら、止める事はできずに見送ることも追いかける事も出来ないまま泣いていた。
トイレから出ると事務所の社長達と弁護士さん達と多紀さんがいた。
トイレにこもっている間に話は随分と進んでいたようだった。
既にこの一件はネットのニュースで流れていて止められないらしい。なんせ記事の内容に間違いは何一つないのだ。記事を読めば血縁の父親のインタビューもあり、バーの経営が上手くいかないからこの事を売ったらしい。
どのみちゲロるのが先か検査が先かの話だったようで、母を含めて誰も俺のことを考えてくれていない事だけは分かった。
事務所の社長から俺に一切の不備はないがしばらく仕事を休もうと諭される。契約にも一切触れてないから心配する事はない。とは言え口には出さないが仕事を干されるのは確実だ。ケチのついた俺を企業イメージとして取り上げる会社はないだろうし、ちょうど季節の切り替わりの時期だ。撮影の仕事はほとんどなく、長い冬休みが始まると思えば良い。
そんなふうに諭された俺はもう終わったなと乾いた笑い声がこぼれ落ちたが
「だけど復帰はこの間の映画の舞台挨拶だ。それが終わったら次の映画の撮影入るから準備しておいてね」
多紀さんのまさかの発言に俯いてばかりの俺は顔をあげる。
まさか、そんな……
「僕は宇佐見蓮司と言う俳優に惚れこんでいるんだ。君の生い立ちや周囲の評価なんて関係ない。
むしろこの出来事を乗り越えた蓮司を僕は期待したいる」
手をぎゅっと握られて、真っ直ぐ目を向けられた視線は俺だけを写していた。
「蓮司はいい子を演じるのが誰よりも上手く、好青年で光の中に立つ俳優そのもの。だけど僕はね、もっと泥臭く踠いて足掻いて、生臭いまでに生に執着する這い上がるような君の生き様を見たいんだ。この間の地方ロケの時に確信した。
次の撮影は君を主役の映画を作る。構想はもうできているし、脚本も既に作り始めている。波瑠ちゃんが既に動いてくれているから、絶対帰っておいで」
まさかの言葉だった。
俳優人生終わったかと思ったのに、次の仕事がもう入るなんて……
「だけど誰もが大守監督のようにお前を評価してくれているわけじゃない。そこは間違えるんじゃないぞ」
社長も俺の肩を抱き締めて力強く励ましてくれる中ピンポンと玄関のチャイムが鳴る。自室にこもってしまった母が出てこないので俺がインターフォンを見れば
「波瑠さん?」
「蓮司くん?多紀さんに頼まれてきたんだけど多紀さんちゃんとそこにいる?」
「ええ……」
チラリと見れば入れてもらえると聞かれるも波瑠さんを追い出すわけにはいかない。どうぞと玄関のキーを開ければすぐにドアが開いて入ってきた足音は二人ぶん。
「もー、多紀さんったら無茶なお願いしないでよ。
ずーっと仕事終わるの待つの大変だったんだよ?」
「波瑠ちゃん説明は?」
「勿論したわよ。多紀さんに説明させると肝心のところが抜けるから。
それよりもネットで記事が流れてるけどって、もうこんな時間?!」
いつの間にか深夜というべき時間に驚くも表情はついていかない。と言うかその前にだ。
「なんか見た事があるけど……」
なんていう人だったか思い出せずにいれば
「多紀さん。飯田君に何をさせるつもり?」
聞き覚えがない名前だと確信をするも
「飯田君。大変迷惑をかけますが、しばらく蓮司を預かって下さい」
「多紀さんお久しぶりです。ですが預かる理由もないし冬休みに入るとは言え俺には仕事があります」
やんわりと断る俺よりも長身の男から何だかいい匂いが漂ってきて、ぐーと腹が鳴った。
だけど誰も気づかないように無視をして
「君のことだから今から綾人君のお家に行くんだろ」
全身で不快感と言わんばかりの気配に変わり
「綾人君をどうか説得して春まであの山の家までなんとか蓮司を匿って欲しい」
「断ります」
気持ちいいくらいの即答だった。
「綾人君は複雑で難しい子だと僕も思ってるよ。だけどどこまでも懐の広い子だから。今の蓮司にはそういう厳しい人ぐらいがちょうどいいから。
蓮司の周囲に居ない子だし、これからの蓮司には綾人君のような子が必要になる。それは勿論綾人君にとってもだ」
卑怯だと飯田は思った。綾人の事を考えたらもっと人との触れ合いを増やすべきだと分かっているだけに多紀の提案はずるいとさえ思う。大工チームとの出会いから資格会得の世話など綾人は見事こなして見せた。もともと頭はずば抜けて良いだけに、人の動かし方も知っている。何より寂しがりやなことも相まって、人との繋がりを大切にしようとし始めてるところにこの提案はあまりよろしくない。
だけどだ。
「ここで逃げ出さないと蓮司は外にも出れなくなる生活になる。空港も見張られているだろうし、マスコミが押し寄せるだろうから友人の家も行かせるわけにいかない。なら一番予想外の綾人君の家で匿って欲しい。勿論報酬ではないがビジネスとしての賃金は約束する」
事務所の社長に視線を向ければ力強く頷くのを見る。逃げられないと悟る飯田だが一つだけ提案をする。
「もし行くとなると綾人さんはこの日をすごく楽しみにしているので、あっさり情報を流すぐらいの不機嫌になるでしょう」
それは隠れる意味はあるのだろうか?小首を傾げる弁護士だが
「綾人さんにはひたすら耐えて下さい。綾人さんから見ればなんでいい歳こいた社会的立場を持つ大人が親に捨てられたくらいで何落ち込んでいるんだ。甘えるのも大概にしろと言うはずなので、八つ当たりは受け止めてあげて下さい」
何という提案だと思うも
「中学三年で親に夢どころか育児もお金も何もかもを見捨てられた愛情を与えられなかった綾人さんにここまで幸せに周囲からも育ててもらってガキみたいに腐って笑えるななんて言いますから。
長い雪に閉ざされた冬に僅かな交流のできる楽しみにしている正月を部外者が混ざってぶち壊しになるのだから。
多紀さんが蓮司君の味方であるように俺は綾人さんの味方です。連れては行きますが期待はしない、その覚悟があるならすぐに行きましょう」
「すぐ?」
「はい、すぐです。
六時には日の出時間なのでそれまでに向こうに行かなくては綾人さんの朝食に間に合わなくなります」
???
「年末作るお餅も毎年好評なので準備もしてくれているのに遅れたらおいしいお餅がつけないじゃないですか」
??????
「宇佐見さん一人でこの至福の時間を狂わせるわけにはいかないので直ぐなのです。五分後には出ますよ」
「嘘だろ?」
「既に出発時間は遅れてます。行くのなら急いでください。置いてきます」
「ほら蓮司君。準備して。最悪財布だけでも何とかなるでしょ?」
「スノボーのウエアとかあれば一式持って下さい。靴のかえとかブーツがあるといいです。雪まみれと泥まみれになるので、着替えもしっかりと温かいものを。洗濯は出来るので、常備薬があればお持ちください。救急車呼んでもすぐにはきません」
「まって!すぐ準備する!」
「貴金属にアクセサリーは凍傷の元なので必要ありません」
「時計は?!」
「スマホで十分。では行きましょうか?」
「後五分待ってー!!!」
ニヤニヤと自宅に関してはマネージャーにお願いして実家に置きっぱなしの着替えや古いスノボウエアをカバンに押し詰める。
わずか十分ちょっとで準備した荷物はカバン二つ分。よく収まったというべきか?
「では、どうなるか知りませんよ?」
「飯田君よろしくお願いします」
不安げな顔の飯田君と身体を二つに折ってお願いする多紀さんと波瑠さんとそれに見習う社長達。
俺はお袋に何も挨拶を言えないまま大きな荷物を持ってたくさんの美味しそうな匂いのする飯田君の車に乗って今日の出来事に不眠症になりかけながら数ヶ月前に一月ほど滞在した街へと向かうのだった。
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