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第13章 脆い絆
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茉莉花と目を合わせ美織が誇らしげに笑う。赤ん坊を抱いたまま社長室の革張りのソファーにでんと座る彼女の姿は異様としか言えなかった。
ゾッとする悪寒が身体を駆け回り、跳ね上がる心臓の音が茉莉花を恐怖に導く。
「こちらのお嬢さんは茉莉花の同級生ですってね。」
母の藍咲はしれっと目を細め、美織を見据えた。
「ええ、高校の同級生よ……晃輔とも知り合いなの。」
名前を出された晃輔は、チラチラと茉莉花と義母の様子をうかがった。
「あら、ただのお知り合い?」
「ですから私と晃輔はお付き合いをしているんです!そしてこの子は晃輔の子供です!」
「あなたはここに強請にいらしたの?高塔財閥の次期社長の夫の愛人になって慰謝料でもふんだくるおつもり?」
「違います!私はただ晃輔を返して欲しいだけ!私たちは愛しあっているんです!」
美織は必死に訴えたが、晃輔は全く無反応だ。茉莉花はクラクラとめまいに襲われ、それでも足を突っ張り挫けそうになるのを堪えた。
藍咲はフッと鼻で嗤い、考え込むように顎に手をやりムッと口を結んだ。
「それで晃輔、このお嬢さんの言う通り、この赤ん坊はあなたの子?」
青ざめた顔をハッと持ち上げ、晃輔はふるふると頭を横に振った。
「晃輔は自分の子では無いと言っているわよ。」
「しっかりしてよ!高塔の家には居たくない、お義母さんの顔なんか見たくないって言ったじゃない!」
「黙れ美織!」
晃輔は立ち上がり、美織を怒鳴りつけた。思わぬ事態に美織はポカンと口を開ける。
「だって……だって……私のことを愛しているって、言ったじゃない!」
「それとこれとは話が違う!子供のことだって、今日まで俺は知らなかった……知っていたら……」
「知っていたらどうしたの?」
義母の冷たい声音に晃輔は怯えた。そして膝を折ると茉莉花と藍咲の前で土下座した。
「すみません、俺が悪かったんです!お義母さんに怒られて不貞腐れていた時に、飲み屋でたまたま逢った美織に声を掛けられて……そういう関係を持ってしまいました。でも、俺は茉莉花と別れるつもりはありません。ですから!」
「そうね、まだ安住の会社は高塔に頼り切りだものね。今あなたの裏切りで業務提携が解消されれば、あなたのご両親もご兄弟もさぞお困りでしょうね。」
藍咲は嘲るように晃輔を見下ろした。床すれすれに堕ちた頭がふるふると震えている。茉莉花は思わず跪き、夫の肩を抱いた。
「それで、この子はあなたの子に間違いないのね?」
容赦なく藍咲は追い立てた。晃輔は小さく唸るとコクリと頷いた。
「あなたと血が繋がっているなら、赤ん坊をこのお嬢さんに押し付ける訳には行かないわ。高塔家で引き取って育てて行くことにしましょうか。」
母の言葉に茉莉花は唖然とした。
「美織から赤ちゃんを奪うの!?」
「だって女一人でどうやって育てるのよ。知っているのよ、この女は無職でしょう?それにこの女の親は高塔の系列会社の社員なの。いつ首を切られるか分からないわよ。だから、高塔家の次期当主の夫である晃輔の血を引く子供をこの女に任せることは出来ません。」
「でも……でも!」
「晃輔、赤ん坊を預かって。」
項垂れていた晃輔は藍咲の言葉に突き動かされ美織から赤ん坊を奪った。抵抗する美織は悲鳴を上げながら警備員に連行されていった。
「お母さんは、知っていたの?晃輔が……浮気していたこと……」
「当たり前じゃない。結婚前からずっと身辺調査はさせているの。晃輔、これに懲りて愚かな真似は慎みなさい。茉莉花、足元を見られてはダメよ。あの女は赤ん坊を盾に取って何を言い出すか分からないんだから。」
冷やかな視線を娘夫婦に投げつけ、藍咲は社長室を後にした。
呆然と、茉莉花は赤ん坊を抱きしめる晃輔を眺めた。
「本当に……晃輔の、子供?」
「ごめん……ごめん……アイツ、絶対、待ち伏せていたんだ、俺が隙を見せるのを……いつも通っていた飲み屋で偶然を装って俺を誘って……それから何度も逢ってセックスして、薬を飲んでいるから大丈夫だって言われて避妊もしなくて……しばらくしたらプッツリ連絡してこなくなって、正直ホッとしていたんだ……」
「……私のお腹に華音がいる間に、美織と寄りを戻していたのね。」
晃輔はただ平謝りに「ごめん」と繰り返すばかり。茉莉花は自分でも驚くほど冷静になり、うずくまり赤ん坊を抱きつぶしそうになる晃輔から子供をもらいうけた。可愛らしい顔をしたその子は母を探しているのか小さな手をそわそわと揺さぶる。
生まれた子供に罪は無い。だけど、だけど……
カチャリとドアが開いた。青ざめた恭弥が中を覗いていた。
「晃輔に隠し子がいたって本当か?」
「ええ、美織との子供。」
茉莉花の言葉に弾かれるように恭弥は突進し、晃輔の胸倉を掴むと握り拳をその顔に打ち付けた。勢い余った晃輔は床を転がった。
「言ったよなぁ!マリを泣かせるようなら殺してやるってっ!」
這いつくばる晃輔をなおも掴んで恭弥は更に殴り続けた。されるがままになっていた晃輔は、恭弥が一瞬手を止めた隙にどんと彼を押しやった。
「そんなにマリが大事ならアンタが結婚すりゃあ良かっただろうがっ!」
掴みかかる恭弥の腕を振り払うと、晃輔は社長室を飛び出して行った。
「待て晃輔!」
「やめて、キョウ……もういいよ、晃輔を責めないで……」
「だって、マリが……!」
「晃輔と美織の間を引き裂いたのは、私だもの……」
これは天罰かもしれない。
茉莉花は腕の中の赤ん坊をぼんやりと見つめた。
子供を連れて高塔の屋敷に帰り、半年ほど早くに生まれた華音と並べてベッドに寝かしつけた。
事情を聴いた家政婦の美智代は我がことのようにハラハラ涙を流した。
「それで、晃輔さんは?」
「分からない……会社を飛び出して行ったきりです。」
「悪い人じゃないのに……少しばかりお心が弱いだけなのに……」
そのことが母にとっては許し難い最大の理由。しかし、安住と高塔の業務提携のために結婚を勧めたのだ。
「茉莉花さんの旦那さまが余所に子供を作ったって本当なの?」
隣りの屋敷から使用人を引き連れて梢子がやってきた。口々に「可哀想!」と囁くものの、みんな目が嘲り笑っている。
「元気を出して。晃輔くんも考え直して、きっとやり直せるわよ!」
茉莉花を励ますと、意気揚々と梢子は帰って行った。
夜が更けても晃輔は屋敷に戻ってこなかった。心配した美智代が居残ってくれたが、遅くなるので帰ってもらい、茉莉花は広い屋敷の中でぽつんと一人きりになった。
赤ん坊は火がついたように泣き出した。あやしても泣き止まない。母を探しているのだろうか……
「マリ?」
カチャリとドアが開いて、彬智が入ってきた。
「アキ……この子、泣き止まないの……」
「お腹が空いているんじゃない?それともおむつが濡れているのかな?」
彬智は茉莉花の腕から赤ん坊を受け取ると手早くおむつを替え、予備で置いてあった哺乳瓶にミルクを用意し抱きかかえて飲ませてやった。
「話は聞いたよ……晃輔が、こんなことをするなんて。」
「私のせいよ……」
「自分を責めることは無い。晃輔は、元々浮気者だった。大学時代だって、女をとっかえひっかえしていたじゃないか。」
満腹になり大人しくなった赤ん坊を脇に寝かしつけ、彬智は茉莉花の横に腰を下ろした。
「マリ、泣いた方がいい。じゃないとお前が壊れてしまう。」
そっと抱き寄せ胸元に茉莉花の頭を抱えた。
「俺がいるから泣きなさい。大丈夫、マリが落ち着くまでそばにいる。」
「アキ……アキっ!」
涙が留まることなく流れ落ちた。嗚咽が胸を揺さぶる。花のような香りに心が安らぐ。茉莉花は抑えることなく彬智の胸で泣きじゃくった。
「……つか何なの、マリとアキ先輩、なんで抱き合っているの。」
「晃輔!」
茉莉花は慌てて立ち上がった。ドアを開け、蔑むように笑う晃輔が佇んでいた。
「ねえ晃輔、ちゃんと話し合おう、これからのことを!」
「俺はもういいよ。つか、キョウ先輩も、アキ先輩も、何なんだよ。マリの夫はこの俺なんだぜ?」
「だったらもっと自覚しろよ、晃輔。マリを泣かせるなら容赦はしない。」
彬智が低い声で威嚇した。
「俺ってマリの何?……形ばっかりの夫なんて、もうこりごりだ。」
晃輔はくるりと背を向けた。そのまま家を飛び出して帰ってこなかった。
数日後、茉莉花の元に手紙が届いた。中には一通の書類が入っていた。
それは、晃輔の署名が入った離婚届だった。
ゾッとする悪寒が身体を駆け回り、跳ね上がる心臓の音が茉莉花を恐怖に導く。
「こちらのお嬢さんは茉莉花の同級生ですってね。」
母の藍咲はしれっと目を細め、美織を見据えた。
「ええ、高校の同級生よ……晃輔とも知り合いなの。」
名前を出された晃輔は、チラチラと茉莉花と義母の様子をうかがった。
「あら、ただのお知り合い?」
「ですから私と晃輔はお付き合いをしているんです!そしてこの子は晃輔の子供です!」
「あなたはここに強請にいらしたの?高塔財閥の次期社長の夫の愛人になって慰謝料でもふんだくるおつもり?」
「違います!私はただ晃輔を返して欲しいだけ!私たちは愛しあっているんです!」
美織は必死に訴えたが、晃輔は全く無反応だ。茉莉花はクラクラとめまいに襲われ、それでも足を突っ張り挫けそうになるのを堪えた。
藍咲はフッと鼻で嗤い、考え込むように顎に手をやりムッと口を結んだ。
「それで晃輔、このお嬢さんの言う通り、この赤ん坊はあなたの子?」
青ざめた顔をハッと持ち上げ、晃輔はふるふると頭を横に振った。
「晃輔は自分の子では無いと言っているわよ。」
「しっかりしてよ!高塔の家には居たくない、お義母さんの顔なんか見たくないって言ったじゃない!」
「黙れ美織!」
晃輔は立ち上がり、美織を怒鳴りつけた。思わぬ事態に美織はポカンと口を開ける。
「だって……だって……私のことを愛しているって、言ったじゃない!」
「それとこれとは話が違う!子供のことだって、今日まで俺は知らなかった……知っていたら……」
「知っていたらどうしたの?」
義母の冷たい声音に晃輔は怯えた。そして膝を折ると茉莉花と藍咲の前で土下座した。
「すみません、俺が悪かったんです!お義母さんに怒られて不貞腐れていた時に、飲み屋でたまたま逢った美織に声を掛けられて……そういう関係を持ってしまいました。でも、俺は茉莉花と別れるつもりはありません。ですから!」
「そうね、まだ安住の会社は高塔に頼り切りだものね。今あなたの裏切りで業務提携が解消されれば、あなたのご両親もご兄弟もさぞお困りでしょうね。」
藍咲は嘲るように晃輔を見下ろした。床すれすれに堕ちた頭がふるふると震えている。茉莉花は思わず跪き、夫の肩を抱いた。
「それで、この子はあなたの子に間違いないのね?」
容赦なく藍咲は追い立てた。晃輔は小さく唸るとコクリと頷いた。
「あなたと血が繋がっているなら、赤ん坊をこのお嬢さんに押し付ける訳には行かないわ。高塔家で引き取って育てて行くことにしましょうか。」
母の言葉に茉莉花は唖然とした。
「美織から赤ちゃんを奪うの!?」
「だって女一人でどうやって育てるのよ。知っているのよ、この女は無職でしょう?それにこの女の親は高塔の系列会社の社員なの。いつ首を切られるか分からないわよ。だから、高塔家の次期当主の夫である晃輔の血を引く子供をこの女に任せることは出来ません。」
「でも……でも!」
「晃輔、赤ん坊を預かって。」
項垂れていた晃輔は藍咲の言葉に突き動かされ美織から赤ん坊を奪った。抵抗する美織は悲鳴を上げながら警備員に連行されていった。
「お母さんは、知っていたの?晃輔が……浮気していたこと……」
「当たり前じゃない。結婚前からずっと身辺調査はさせているの。晃輔、これに懲りて愚かな真似は慎みなさい。茉莉花、足元を見られてはダメよ。あの女は赤ん坊を盾に取って何を言い出すか分からないんだから。」
冷やかな視線を娘夫婦に投げつけ、藍咲は社長室を後にした。
呆然と、茉莉花は赤ん坊を抱きしめる晃輔を眺めた。
「本当に……晃輔の、子供?」
「ごめん……ごめん……アイツ、絶対、待ち伏せていたんだ、俺が隙を見せるのを……いつも通っていた飲み屋で偶然を装って俺を誘って……それから何度も逢ってセックスして、薬を飲んでいるから大丈夫だって言われて避妊もしなくて……しばらくしたらプッツリ連絡してこなくなって、正直ホッとしていたんだ……」
「……私のお腹に華音がいる間に、美織と寄りを戻していたのね。」
晃輔はただ平謝りに「ごめん」と繰り返すばかり。茉莉花は自分でも驚くほど冷静になり、うずくまり赤ん坊を抱きつぶしそうになる晃輔から子供をもらいうけた。可愛らしい顔をしたその子は母を探しているのか小さな手をそわそわと揺さぶる。
生まれた子供に罪は無い。だけど、だけど……
カチャリとドアが開いた。青ざめた恭弥が中を覗いていた。
「晃輔に隠し子がいたって本当か?」
「ええ、美織との子供。」
茉莉花の言葉に弾かれるように恭弥は突進し、晃輔の胸倉を掴むと握り拳をその顔に打ち付けた。勢い余った晃輔は床を転がった。
「言ったよなぁ!マリを泣かせるようなら殺してやるってっ!」
這いつくばる晃輔をなおも掴んで恭弥は更に殴り続けた。されるがままになっていた晃輔は、恭弥が一瞬手を止めた隙にどんと彼を押しやった。
「そんなにマリが大事ならアンタが結婚すりゃあ良かっただろうがっ!」
掴みかかる恭弥の腕を振り払うと、晃輔は社長室を飛び出して行った。
「待て晃輔!」
「やめて、キョウ……もういいよ、晃輔を責めないで……」
「だって、マリが……!」
「晃輔と美織の間を引き裂いたのは、私だもの……」
これは天罰かもしれない。
茉莉花は腕の中の赤ん坊をぼんやりと見つめた。
子供を連れて高塔の屋敷に帰り、半年ほど早くに生まれた華音と並べてベッドに寝かしつけた。
事情を聴いた家政婦の美智代は我がことのようにハラハラ涙を流した。
「それで、晃輔さんは?」
「分からない……会社を飛び出して行ったきりです。」
「悪い人じゃないのに……少しばかりお心が弱いだけなのに……」
そのことが母にとっては許し難い最大の理由。しかし、安住と高塔の業務提携のために結婚を勧めたのだ。
「茉莉花さんの旦那さまが余所に子供を作ったって本当なの?」
隣りの屋敷から使用人を引き連れて梢子がやってきた。口々に「可哀想!」と囁くものの、みんな目が嘲り笑っている。
「元気を出して。晃輔くんも考え直して、きっとやり直せるわよ!」
茉莉花を励ますと、意気揚々と梢子は帰って行った。
夜が更けても晃輔は屋敷に戻ってこなかった。心配した美智代が居残ってくれたが、遅くなるので帰ってもらい、茉莉花は広い屋敷の中でぽつんと一人きりになった。
赤ん坊は火がついたように泣き出した。あやしても泣き止まない。母を探しているのだろうか……
「マリ?」
カチャリとドアが開いて、彬智が入ってきた。
「アキ……この子、泣き止まないの……」
「お腹が空いているんじゃない?それともおむつが濡れているのかな?」
彬智は茉莉花の腕から赤ん坊を受け取ると手早くおむつを替え、予備で置いてあった哺乳瓶にミルクを用意し抱きかかえて飲ませてやった。
「話は聞いたよ……晃輔が、こんなことをするなんて。」
「私のせいよ……」
「自分を責めることは無い。晃輔は、元々浮気者だった。大学時代だって、女をとっかえひっかえしていたじゃないか。」
満腹になり大人しくなった赤ん坊を脇に寝かしつけ、彬智は茉莉花の横に腰を下ろした。
「マリ、泣いた方がいい。じゃないとお前が壊れてしまう。」
そっと抱き寄せ胸元に茉莉花の頭を抱えた。
「俺がいるから泣きなさい。大丈夫、マリが落ち着くまでそばにいる。」
「アキ……アキっ!」
涙が留まることなく流れ落ちた。嗚咽が胸を揺さぶる。花のような香りに心が安らぐ。茉莉花は抑えることなく彬智の胸で泣きじゃくった。
「……つか何なの、マリとアキ先輩、なんで抱き合っているの。」
「晃輔!」
茉莉花は慌てて立ち上がった。ドアを開け、蔑むように笑う晃輔が佇んでいた。
「ねえ晃輔、ちゃんと話し合おう、これからのことを!」
「俺はもういいよ。つか、キョウ先輩も、アキ先輩も、何なんだよ。マリの夫はこの俺なんだぜ?」
「だったらもっと自覚しろよ、晃輔。マリを泣かせるなら容赦はしない。」
彬智が低い声で威嚇した。
「俺ってマリの何?……形ばっかりの夫なんて、もうこりごりだ。」
晃輔はくるりと背を向けた。そのまま家を飛び出して帰ってこなかった。
数日後、茉莉花の元に手紙が届いた。中には一通の書類が入っていた。
それは、晃輔の署名が入った離婚届だった。
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