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発展編
28.こじ開けられた傷
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『行ってきます。獅朗、おじいちゃんとおばあちゃんと一緒に良い子で待ってるのよ』
それが両親と最後に交わした言葉だった。
直ぐ戻ってくるはずだった両親は、二度と戻らぬ御霊となって獅朗の前に戻ってきた。
その日から獅朗は笑わなくなった。回りが面白いと思える話をしたところで何が面白いのか分からなくなった。
誰かを愛おしいと思うこともなくなった。
誰かと親しくなりたいとも思わなくなった。
獅朗は十歳にも満たぬ年齢で心が死んでしまったかのようになり、傷ついた心を隠して隠してあまりにも奥深くに隠してしまったのか、獅朗自身にもどこに隠してしまったのかわからなくなっていた。
両親を飛行機事故で亡くしたあと、祖父母の家でしばらく一緒に過ごしていたが、幼い子どものエネルギーに老いた身体は追いつかず、その後、親戚の家をたらい回しにされそうになったところを現在の養父母が引き取り面倒を見てくれることになった。
商売をしていた養父母はそこそこに裕福で何不自由無い暮らしをさせてもらったが、傷ついた心をどこに隠したのかわからなくなっていた獅朗は愛情にだけは疎くなってしまい、養父母の愛情を素直に受け取れなくなっていた。
もし養父母を愛して、また愛するものを失ってしまったら・・・幼い獅朗には耐えられないことだった。
だから愛を受け取っている振りをして、顔には笑顔を張り付けて、亡くなった両親の言いつけ通り、成績優秀で品行方正な良い子として生きてきた。
そんな子ども時代を過ごしてきたからだろう。獅朗は自分から愛情表現をするということが出来ないままに大人になった。
愛さないし愛せない男になっていた。
転機がやってきたのはこの会社で成徳と出会ってからだろう。
飄々とした態度でどんな人にも優しく接する成徳は獅朗にとって最初は苦手な相手だった。自分には優しくされる資格がないと思って生きてきたからだ。だかそんな獅朗にも成徳は根気強く接してくれた。
ある日、男やもめだと言う成徳に特に興味もないのに再婚はしないのかと質問したことがあった。
『良く聞かれるんだけどね。この人だ!って思う人が現れたら口説いて口説き落として結婚を申し込むだろうね』
でも今のところ、そんな人は現れないと言う。
『ちょうど臨月に差し掛かる時期だったんだ。妻は初めての出産で実家に帰る途中だったんだけどね。妻が乗った飛行機が墜落してしまってね・・・』
妻も生まれるはずだった我が子も失ってしまったんだと寂しい笑顔を獅朗に向けた。
聞けば、あの日、獅朗の両親が乗った飛行機に成徳の妻もまた乗っていて事故にあったことが分かった。
もしかしてと思い、獅朗は自分の境遇を成徳に話した。これまで誰にも話したことの無いことを、成徳なら分かってくれると思ったからだ。
果たして、成徳は獅朗の心の傷を理解し、もうひとりじゃないんだよ。と言われた言葉が心に響いた。
唯一、心を開ける相手ができた。
………
「言っただろう?君は愛されて良いんだよ」
泣きそうになりながらも涙一粒流さず項垂れていた獅朗は成徳の言葉に顔を上げる。
「愛したって良いんだ。怖がることはないさ。」
獅朗が口を開こうとした時に成徳のスマホがバイブレーションで着信を知らせてきた。直ぐ電話に出る成徳はいつもと変わらず笑顔だ。獅朗のように仮面を張り付けたような笑顔ではなく、本当の笑顔だ。
うん、うん、と頷きながら話していた成徳は通話を終えると更に笑顔になる。
「美云君が君を心配して私に電話してきたよ。中々気が利く子でしょう?」
だから美云を一課に戻したと言っても過言ではない。もし、獅朗が自分で美云を見つけられなかったら自分から推薦しようと思っていたくらいだ。
それが何の因果か、獅朗は美云を見つけて、本人も気づかないうちに執着し美云を選んだ。
「もし君が美云君を必要としなくなったら僕が喜んで引き受けるけど」
本気とも冗談とも言えない口調で言った後、なんちゃってと成徳はおどける。
「それはお断りします」
「ふふ。こちらこそ遠慮するよ。美云君にはすでに君のことをお願いしてるからね」
美云が一課に行く直前に、獅朗を美云に託したことを思い出す。
それに今日はデートだから相手に失礼だしね。と続ける。
「あとは獅朗次第だよ」
成徳はポンと獅朗の肩を叩くと、まるで子どもを叱る教師のようにそろそろ仕事に戻りなさい。と美云が待つ一課に獅朗を追い返した。
それが両親と最後に交わした言葉だった。
直ぐ戻ってくるはずだった両親は、二度と戻らぬ御霊となって獅朗の前に戻ってきた。
その日から獅朗は笑わなくなった。回りが面白いと思える話をしたところで何が面白いのか分からなくなった。
誰かを愛おしいと思うこともなくなった。
誰かと親しくなりたいとも思わなくなった。
獅朗は十歳にも満たぬ年齢で心が死んでしまったかのようになり、傷ついた心を隠して隠してあまりにも奥深くに隠してしまったのか、獅朗自身にもどこに隠してしまったのかわからなくなっていた。
両親を飛行機事故で亡くしたあと、祖父母の家でしばらく一緒に過ごしていたが、幼い子どものエネルギーに老いた身体は追いつかず、その後、親戚の家をたらい回しにされそうになったところを現在の養父母が引き取り面倒を見てくれることになった。
商売をしていた養父母はそこそこに裕福で何不自由無い暮らしをさせてもらったが、傷ついた心をどこに隠したのかわからなくなっていた獅朗は愛情にだけは疎くなってしまい、養父母の愛情を素直に受け取れなくなっていた。
もし養父母を愛して、また愛するものを失ってしまったら・・・幼い獅朗には耐えられないことだった。
だから愛を受け取っている振りをして、顔には笑顔を張り付けて、亡くなった両親の言いつけ通り、成績優秀で品行方正な良い子として生きてきた。
そんな子ども時代を過ごしてきたからだろう。獅朗は自分から愛情表現をするということが出来ないままに大人になった。
愛さないし愛せない男になっていた。
転機がやってきたのはこの会社で成徳と出会ってからだろう。
飄々とした態度でどんな人にも優しく接する成徳は獅朗にとって最初は苦手な相手だった。自分には優しくされる資格がないと思って生きてきたからだ。だかそんな獅朗にも成徳は根気強く接してくれた。
ある日、男やもめだと言う成徳に特に興味もないのに再婚はしないのかと質問したことがあった。
『良く聞かれるんだけどね。この人だ!って思う人が現れたら口説いて口説き落として結婚を申し込むだろうね』
でも今のところ、そんな人は現れないと言う。
『ちょうど臨月に差し掛かる時期だったんだ。妻は初めての出産で実家に帰る途中だったんだけどね。妻が乗った飛行機が墜落してしまってね・・・』
妻も生まれるはずだった我が子も失ってしまったんだと寂しい笑顔を獅朗に向けた。
聞けば、あの日、獅朗の両親が乗った飛行機に成徳の妻もまた乗っていて事故にあったことが分かった。
もしかしてと思い、獅朗は自分の境遇を成徳に話した。これまで誰にも話したことの無いことを、成徳なら分かってくれると思ったからだ。
果たして、成徳は獅朗の心の傷を理解し、もうひとりじゃないんだよ。と言われた言葉が心に響いた。
唯一、心を開ける相手ができた。
………
「言っただろう?君は愛されて良いんだよ」
泣きそうになりながらも涙一粒流さず項垂れていた獅朗は成徳の言葉に顔を上げる。
「愛したって良いんだ。怖がることはないさ。」
獅朗が口を開こうとした時に成徳のスマホがバイブレーションで着信を知らせてきた。直ぐ電話に出る成徳はいつもと変わらず笑顔だ。獅朗のように仮面を張り付けたような笑顔ではなく、本当の笑顔だ。
うん、うん、と頷きながら話していた成徳は通話を終えると更に笑顔になる。
「美云君が君を心配して私に電話してきたよ。中々気が利く子でしょう?」
だから美云を一課に戻したと言っても過言ではない。もし、獅朗が自分で美云を見つけられなかったら自分から推薦しようと思っていたくらいだ。
それが何の因果か、獅朗は美云を見つけて、本人も気づかないうちに執着し美云を選んだ。
「もし君が美云君を必要としなくなったら僕が喜んで引き受けるけど」
本気とも冗談とも言えない口調で言った後、なんちゃってと成徳はおどける。
「それはお断りします」
「ふふ。こちらこそ遠慮するよ。美云君にはすでに君のことをお願いしてるからね」
美云が一課に行く直前に、獅朗を美云に託したことを思い出す。
それに今日はデートだから相手に失礼だしね。と続ける。
「あとは獅朗次第だよ」
成徳はポンと獅朗の肩を叩くと、まるで子どもを叱る教師のようにそろそろ仕事に戻りなさい。と美云が待つ一課に獅朗を追い返した。
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