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ラプンツェルと村の魔女
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しおりを挟む「それで、後は何処だ? 」
散々犬と遊んだあと、いくつかの畑と牧草地を回り、畑仕事にいそしむ男たちと短い会話を繰り返して、馬の轡を邸に向けた時には日が傾きだしていた。
「これで終わりよ。
お疲れ様でした」
御者台で並んで座ったライオネルの顔を見上げてアネットは言った。
「もう、か? 」
「あんまりに狭くてびっくりした?
でも男爵領なんて基本的にそんなものだと思うけど? 」
アネットは笑いかける。
「それともうちの領地ってそんなに狭かったの? 」
「いや、その。
帳簿の上の数字でしか面積を把握していなかったから、実際の広さがこんなものだとは思っていなかっただけで…… 」
ライオネルはバツが悪そうに顔を歪めた。
「それにしても……
本当に御領主様してるんだな」
「ひどい、それ……
名前だけだと思ってた? 」
アネットは少しだけ拗ねてみせる。
「わたしはレオ様と反対。
実際の領地の大きさは大体把握していたけど、数字として把握したのはずっと後だったの」
言っているうちに馬車が邸のエントランスへたどり着く。
同時に見かけない人影が迎えに駆け出してきた。
「お帰りなさいませ、殿下」
細身の若い青年はライオネルの従者だった。
「お前、どうして」
その顔を目に慌てたようにライオネルが言う。
「あちこち探しましたよ。
何も言わずに消えてしまうんですから」
従者は呆れたように息を吐いた。
「陛下がお呼びです。
できるだけ早くお帰りになってください」
「これだから、お前を置いてきたんだよ」
ライオネルは苦々しい顔を従者に向けた。
「レオ様? 」
まさか、王城で第二王子の行方を捜しているなんて思いもしなかったアネットはその顔を見上げて睫を瞬かせた。
「ごめんなさい」
「何故お前が謝るんだよ? 」
御者台を下り、またしてもアネットを抱きおろしながらライオネルは言う。
「だって、行き先を言わないで来たなんて思ってなかったから」
「言っただろう?
こいつが来ると煩いから置いてきたって。
それに、必要があれば国の中なら大体見当つけてこうして追いかけてくるんだから問題ない」
「問題、大有りです。
どれだけ探したと思っているんですか? 」
言いながら従者は空いた荷馬車に乗り込んだ。
「あ、片付けはわたしが! 」
「いえ、お手伝いさせていただきます」
引きとめようとしたアネットの言葉を従者は遮った。
こんなときどうすればいいのか心得ているとばかりに従者は荷馬車を邸の裏手に運んでくれる。
「全く……
まさかこんなに早く見つかるなんてな」
ライオネルはその後ろ姿に視線を向けながら、眉間に皺を寄せながら呟いた。
「しかも早速『戻れ』だなんて、言いたいことを言ってくれる」
「でも、領地は全部見ていただいたし、わたしのほうはまだ先日の被害調査が残っているけど、ジョナサンもいてくれるから一人でも大丈夫よ」
思案顔のライオネルに心配掛けさせたくなくて、アネットは笑みを浮かべる。
「悪い、終わったら直ぐに戻るから」
ライオネルのその手が頬に添えられたと思ったら上向かされ真っ直ぐに目を覗き込まれる。
まるでアネットの顔を焼き付けて置こうとでも言うような、真剣な金色の瞳に見据えられ胸の鼓動が高くなる。
そのまま今日何度目かのキスが来るかと思ったら、少しためらうようにしながらも男の手が頬から離れた。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
エントランスから家令が飛び出してきた。
「お城のほうから、殿下の従者が来ておりますよ」
「ああ、今顔を見た」
荷馬車の消えた方向に視線を向けながらライオネルが呟いた。
「それと、村長を待たせてありますが、お話はいつものようにお食事の後でよろしいですか? 」
家令がアネットに向かって訊く。
「うん、そうして。
来年の作付けの相談に来てくれたから、お祖父様の書付を出しておいてくれる? 」
言い置いて、アネットは足早に邸に中に向かった。
◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
「それじゃ、お嬢さん」
エントランスの扉を潜ると村長は頭を下げた。
「じゃ、お願いします。
暗いから気をつけてね」
火の灯されたカンテラを手渡しながらアネットは男を送り出す。
「遅くまでご苦労様、ジョナサン。
もう休んで」
次いで差し出された蜀台を受け取ると、扉に閂を掛ける家令に言ってアネットは奥に向かう。
「いつもこんな感じか? 」
声を掛けられ顔を上げると螺旋階段の上り口の暗闇の影からライオネルが姿を現した。
「待っていてくれたの? 」
晩餐を終えた後、家令を含めた四人でテーブルを囲んで村長との会談の後、男を送り出しにエントランスに行っている間に、引き上げてくれたものだと思っていたから、そのことに息を呑む。
「今日は特別かな?
年に何回かあるの。
村長に作業してもらっているのは家の直轄の畑と牧場だから、丸投げって訳にはね…… 」
先に立ってゆっくりと階段を上りながら言う。
「それにしてもさっきの作付けの書き付け、すごかったな」
「ああ、アレ?
あれはお祖父様の学問好きの集大成かな。
父様は領地の管理には何の役にも立たない歴史好きだったけど、お祖父様は植物学に夢中で条件の悪い土地でも収益を上げるにはどうしたらいいか熱心に研究していたみたい。
レオ様、昨日言ってくれたでしょ?
狭い領地の割りに収益が安定しているって。
半分はお祖父様のおかげなの。
わたし達はお祖父様の残してくれた書付のおかげで安定した収益が得られているのよね」
何処からともなく吹き込む風が蝋燭の炎を揺らし足元の影が揺らめく。
「それより、レオ様。
先に休んでくれていてよかったのに…… 」
「そう言うなよ」
自室の手前にあるライオネルの寝室にとしつらえた部屋の前で足を止めると、不意に抱きしめられた。
そのまま部屋の中に引き入れられると、唇が重ねられた。
最初からそのつもりだったのだろうか、優しく重ねられたそれは程なく深くなる。
「っ…… レオ、さ、ま」
湧き上がる甘い感覚に躯を支配されながら、それに抗うようにアネットは吐息と共にかすかな声をあげる。
途切れることなく与えられる甘い刺激に身動きがとれず、無意識にライオネルにしがみつくと、躯がふわりと浮き上がる。
次いでベッドに下ろされたと思ったら、起き上がる暇さえ与えられずに再びキスが落ちてくる。
躯に広がる甘い疼きに翻弄され、知らずにそれに引き込まれていった。
目が覚めると隣にライオネルの姿はなかった。
わかっていたはずなんだけど……
ぽっかりと空いたベッドの隣にそっと手を這わせ、アネットは小さく息を漏らす。
あの日からずっと傍に居てもらったから、一人残されると寂しさが改めてこみ上げてくる。
いつの間にかライオネルが傍に居ることが当たり前になっていたことに改めて気付かされた。
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