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ラプンツェルと村の魔女
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◆◇◆ ◆◇◆ ◆◇◆
窓から差し込む光が、穏やかな暖かさを室内に届ける。
その光の届く窓際に引き寄せた椅子に座りさっきから書類に目を通していたアネットは、ドアの開く気配に顔を上げる。
「お嬢様、終わりましたよ」
入りながら言った家令は手にした書類を差し出した。
「ご苦労様、ありがとう」
それを受け取るとアネットは目の前に立つ男に笑みをこぼす。
「少し、羊が多い? 」
書状にさっと目を通して、アネットは男の顔を見上げて首をかしげた。
「はい、今年は狼の被害が少なかったようでして…… 」
書類の内容に首をかしげると付け足すように家令が説明を始める。
秋も深まりそろそろ初雪が舞いだしそうな季節。
今年の収穫も無事終わり、納税も済ませて来年の種子と余剰穀物は倉庫に積み上げた。
干草の量も充分で、余程のことがなければ無事に冬を越せそうな予感にアネットは息をつく。
その時庭先に馬車が走りこんでくる音が響いた。
「お客様がいらっしゃったみたいですね」
家令が慌ててエントランスへ向かった。
アネットは手にしていた書類を片隅の書き物机の引き出しに仕舞い込むと部屋を出る。
「いらっしゃい、リディア」
馬車から降りてきた優雅なドレスをまとう人影にアネットは笑みをこぼした。
「元気だった? 」
「もちろん」
日当たりのいいパーラーでカップを傾けながらアネットはリディアの顔を改めてみる。
王城にいたときよりずっと綺麗になったみたいだ。
人目を引く華やかさはないけれど、上品に整った容姿を持つリディアは、婚約が決まってからその美しさに更に磨きが掛かったみたいだ。
「ひどいわ、アネット。
わたしの家に来てくれるって言っていたのに、一向に来ないんだもの」
リディアが少しすねたように言う。
「ごめんなさい。
収穫が終わるまでは動けなくて…… 」
「アネット、ご領主様だものね」
改めて認識したようにリディアが息を吐いた。
「おんなじ領主でも、もう少し裕福なお家の領主だったら良かったんだけどね。
家は経理も雇えないから…… 」
アネットは苦笑いを浮かべる。
「でも、手放したくなかったんでしょ?
好きな方と引き換えにしてでも」
リディアがうっとりと目を細める。
「良かったわね、お返ししなくてすんで。
聞いたわよ。
爵位も領地も全部アネットのところに保留になったんですって? 」
「うん。
みんなレオ様のおかげ」
視線を伏せてその名を口にすると、思わずライオネルの面影が脳裏に浮かび上がる。
「ご馳走様」
リディアは呆れたように言う。
「そんなんじゃ…… 」
何を思い浮かべたのか丸わかりになってしまったようで、アネットは少し慌てふためいた。
「気にしないで。
五人の王子様の中で一番パートナーにべた惚れなのはライオネル様だっていうのはみんな承知なんだから」
リディアがおかしそうに言う。
「や…… 」
その言葉にアネットの顔に一気に血が上った。
「知らなかったの?
ライオネル様、自分のいただくはずの領地を削ってもいいから男爵領と爵位をほしいって、陛下にお願いしたの。
お城じゃ知らない人いないんだけどな」
「そうだったの? 」
アネットは大きく見開いた緑色の目を瞬かせる。
まさかそんなことまでしてもらっていたなんて全く知らなかった。
「でも陛下は結局、男爵領をライオネル様に差し上げなかったのよね。
ここはこのまま亡き王妃様の親族に預けるっておっしゃって」
リディアは窓の外に視線を泳がせた。
「でも、アネットがここを手放したくないと思った理由わかった気がするわ。
馬車の窓から見ていただけでもわかったけど、ここの空気ってとっても気持ちいいのね」
部屋の奥まで差し込む穏やかな日差しに目を細める。
「ありがとう」
まるで自分のことをほめてもらっているような気がしてアネットの心が弾む。
「それでね、今日お伺いしたのはね…… 」
言いながらリディアは一通の封筒を差し出す。
「年末近くの、降誕祭に父の子爵邸で夜会を開くの。
アネットにもぜひきてもらいたくて…… 」
真っ白な封筒には薔薇のエンボスが施され薔薇色の封蝋で子爵家の封印がされている。
その形態だけで、お祝いの席への正式な招待状だとわかる。
「でも、わたし喪中だし、そう言うところはまだ…… 」
アネットは戸惑った。
強引に解釈すれば嫁ぐとき他家の養女になってしまっている姉のほうは戸籍上あまり近い親族というわけではないけれど、父である前男爵の喪中もまだ明けていない。
まさかこの状態で公の席に出席するわけにも行かないのが常識だ。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ。
王宮に上がれない親族を集めての内輪のお披露目だし。
そういう難しいこと気にする親戚じゃないもの。
それに、今更それをアネットが言うの?
選考会の最中って本当はお父様の喪中だったんじゃなくて? 」
「う…… 」
それを言われると心苦しい。
選考会の最中はトーガス伯爵家の養女ということになっていたから、男爵家の喪中は伏せられていた。
それでなくても難しいことを言い出したら絶対に王宮に上がれないのはわかっていたから、この際とばかりに開き直るしかなかったのだ。
「だから、開き直っちゃえばいいのよ。
いちいち言わなければだれもアネットが喪中だなんて知らないんだから。
その喪服さえ脱いじゃえば」
リディアは言いながらアネットの薄墨色のドレスに気の毒そうな視線を送る。
亡くなった人の続き柄で明確に定めされている喪中の間は喪服が脱げないのは常識だ。
ただ、黒や薄墨色のドレスはさすがに年頃の少女たちに似合うものではない。
「ね、いいでしょ? 」
懇願されるように言われアネットは無意識に頷いていた。
大好きなリディアを悲しませたくはない。
そんな思いが広がっていた。
「それに、ね。
ライオネル様にも招待状を出してあるのよ」
リディアの言葉に鼓動が高まる。
「しばらく会っていないんでしょ? 」
顔を覗き込むと確認するように言われる。
そこまでされると嘘をいえなくてアネットは小さく頷いた。
しばらくどころこか、あの日王城から従者が迎えに来た翌朝、帰っていってからもう数ヶ月も顔を見ていない。
それどころか何の連絡もない。
ライオネルはせっかちの上にあの性格だから筆不精なのは想像がついていた。
だから連絡がないのは無事な証拠だって無理に自分に言い聞かせてきた。
でも……
改めてその名前を人の口から言われると、恋しくて仕方がなくなる。
恋しくて恋しくて切なさで胸が締め付けられた。
「だから、楽しみにしていてね」
リディアがふんわりと優しい笑みを向けてくれた。
窓から差し込む光が、穏やかな暖かさを室内に届ける。
その光の届く窓際に引き寄せた椅子に座りさっきから書類に目を通していたアネットは、ドアの開く気配に顔を上げる。
「お嬢様、終わりましたよ」
入りながら言った家令は手にした書類を差し出した。
「ご苦労様、ありがとう」
それを受け取るとアネットは目の前に立つ男に笑みをこぼす。
「少し、羊が多い? 」
書状にさっと目を通して、アネットは男の顔を見上げて首をかしげた。
「はい、今年は狼の被害が少なかったようでして…… 」
書類の内容に首をかしげると付け足すように家令が説明を始める。
秋も深まりそろそろ初雪が舞いだしそうな季節。
今年の収穫も無事終わり、納税も済ませて来年の種子と余剰穀物は倉庫に積み上げた。
干草の量も充分で、余程のことがなければ無事に冬を越せそうな予感にアネットは息をつく。
その時庭先に馬車が走りこんでくる音が響いた。
「お客様がいらっしゃったみたいですね」
家令が慌ててエントランスへ向かった。
アネットは手にしていた書類を片隅の書き物机の引き出しに仕舞い込むと部屋を出る。
「いらっしゃい、リディア」
馬車から降りてきた優雅なドレスをまとう人影にアネットは笑みをこぼした。
「元気だった? 」
「もちろん」
日当たりのいいパーラーでカップを傾けながらアネットはリディアの顔を改めてみる。
王城にいたときよりずっと綺麗になったみたいだ。
人目を引く華やかさはないけれど、上品に整った容姿を持つリディアは、婚約が決まってからその美しさに更に磨きが掛かったみたいだ。
「ひどいわ、アネット。
わたしの家に来てくれるって言っていたのに、一向に来ないんだもの」
リディアが少しすねたように言う。
「ごめんなさい。
収穫が終わるまでは動けなくて…… 」
「アネット、ご領主様だものね」
改めて認識したようにリディアが息を吐いた。
「おんなじ領主でも、もう少し裕福なお家の領主だったら良かったんだけどね。
家は経理も雇えないから…… 」
アネットは苦笑いを浮かべる。
「でも、手放したくなかったんでしょ?
好きな方と引き換えにしてでも」
リディアがうっとりと目を細める。
「良かったわね、お返ししなくてすんで。
聞いたわよ。
爵位も領地も全部アネットのところに保留になったんですって? 」
「うん。
みんなレオ様のおかげ」
視線を伏せてその名を口にすると、思わずライオネルの面影が脳裏に浮かび上がる。
「ご馳走様」
リディアは呆れたように言う。
「そんなんじゃ…… 」
何を思い浮かべたのか丸わかりになってしまったようで、アネットは少し慌てふためいた。
「気にしないで。
五人の王子様の中で一番パートナーにべた惚れなのはライオネル様だっていうのはみんな承知なんだから」
リディアがおかしそうに言う。
「や…… 」
その言葉にアネットの顔に一気に血が上った。
「知らなかったの?
ライオネル様、自分のいただくはずの領地を削ってもいいから男爵領と爵位をほしいって、陛下にお願いしたの。
お城じゃ知らない人いないんだけどな」
「そうだったの? 」
アネットは大きく見開いた緑色の目を瞬かせる。
まさかそんなことまでしてもらっていたなんて全く知らなかった。
「でも陛下は結局、男爵領をライオネル様に差し上げなかったのよね。
ここはこのまま亡き王妃様の親族に預けるっておっしゃって」
リディアは窓の外に視線を泳がせた。
「でも、アネットがここを手放したくないと思った理由わかった気がするわ。
馬車の窓から見ていただけでもわかったけど、ここの空気ってとっても気持ちいいのね」
部屋の奥まで差し込む穏やかな日差しに目を細める。
「ありがとう」
まるで自分のことをほめてもらっているような気がしてアネットの心が弾む。
「それでね、今日お伺いしたのはね…… 」
言いながらリディアは一通の封筒を差し出す。
「年末近くの、降誕祭に父の子爵邸で夜会を開くの。
アネットにもぜひきてもらいたくて…… 」
真っ白な封筒には薔薇のエンボスが施され薔薇色の封蝋で子爵家の封印がされている。
その形態だけで、お祝いの席への正式な招待状だとわかる。
「でも、わたし喪中だし、そう言うところはまだ…… 」
アネットは戸惑った。
強引に解釈すれば嫁ぐとき他家の養女になってしまっている姉のほうは戸籍上あまり近い親族というわけではないけれど、父である前男爵の喪中もまだ明けていない。
まさかこの状態で公の席に出席するわけにも行かないのが常識だ。
「そんなに気にしなくても大丈夫よ。
王宮に上がれない親族を集めての内輪のお披露目だし。
そういう難しいこと気にする親戚じゃないもの。
それに、今更それをアネットが言うの?
選考会の最中って本当はお父様の喪中だったんじゃなくて? 」
「う…… 」
それを言われると心苦しい。
選考会の最中はトーガス伯爵家の養女ということになっていたから、男爵家の喪中は伏せられていた。
それでなくても難しいことを言い出したら絶対に王宮に上がれないのはわかっていたから、この際とばかりに開き直るしかなかったのだ。
「だから、開き直っちゃえばいいのよ。
いちいち言わなければだれもアネットが喪中だなんて知らないんだから。
その喪服さえ脱いじゃえば」
リディアは言いながらアネットの薄墨色のドレスに気の毒そうな視線を送る。
亡くなった人の続き柄で明確に定めされている喪中の間は喪服が脱げないのは常識だ。
ただ、黒や薄墨色のドレスはさすがに年頃の少女たちに似合うものではない。
「ね、いいでしょ? 」
懇願されるように言われアネットは無意識に頷いていた。
大好きなリディアを悲しませたくはない。
そんな思いが広がっていた。
「それに、ね。
ライオネル様にも招待状を出してあるのよ」
リディアの言葉に鼓動が高まる。
「しばらく会っていないんでしょ? 」
顔を覗き込むと確認するように言われる。
そこまでされると嘘をいえなくてアネットは小さく頷いた。
しばらくどころこか、あの日王城から従者が迎えに来た翌朝、帰っていってからもう数ヶ月も顔を見ていない。
それどころか何の連絡もない。
ライオネルはせっかちの上にあの性格だから筆不精なのは想像がついていた。
だから連絡がないのは無事な証拠だって無理に自分に言い聞かせてきた。
でも……
改めてその名前を人の口から言われると、恋しくて仕方がなくなる。
恋しくて恋しくて切なさで胸が締め付けられた。
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