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第三十三章
アウト・カット
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懸念していた夜這い行為などはなく――強調しておくが期待ではない。懸念だ。念の為、ドアの下に椅子を挟んでいたし、寝る前は入念に顔と歯を洗っておいた脱すy俺たちは平穏に朝を迎え、早々にエルヴィレッジへ戻った。
今度の脚は船だ。地球と同じく漁師さん達は朝が早く、早朝から運河及びシソッ湖へ船の出入りは盛んだった。俺はその中から知り合いを見つけ、特別にクラブハウス付近まで運んで貰えたのだ。
「監督も隅に置けないね~」
「何がですか?」
「あんなまぶい娘と朝帰り!」
「いや、そんなんじゃないです!」
「大丈夫! 黙っておくから!」
「俺たち口が堅いから!」
船での移動の最中、そんな会話が俺と漁師さん達の間で行われたが、ツンカさんに聞こえないかとヒヤヒヤした。ちなみに今回、俺たちを運んでくれたのはヨットレースでもお世話になったヤカマさんとユーゾさん……ではなく、キロヒさんとツマカタさんだ。
「俺たちはこんなデカい魚ばっか相手にしてるけどな」
「あの娘はマグロじゃないだろうね!」
「……何の話です?」
日に焼けたおっさんエルフたちは両手を広げ何やら楽しそうに話していたが、俺には何の事かさっぱり分からなかった。だた彼らも遊び人ならぬ遊びエルフで有名らしい。たぶん、女性関係に対してだけは口が堅いというのを信じて良いだろう。
「サンクス、フィッシャーズ!」
船がクラブハウス寄りの桟橋に着くと、ツンカさんはそう言ってキロヒさんとツマカタさんを抱き締め礼を言った。今度ばかりはあざといテクニックではなく素だろう。あとおっさんエルフたちの鼻の下はスーっと伸びていただろう。見えない方向だったけど。
「ありがとうございました。じゃあツンカさん、午後練で」
俺はそう言って漁師達と選手と別れた。彼らは湖へ、彼女は寮へ向かう予定だ。一方、俺はクラブハウスの方に用事があった。
今日は前節、つまりノートリアス戦の反省点を確認し必要であれば弱点の洗い出しや克服の練習を行う日だ。だが苦戦の原因の大半はモーネさんに翻弄された事、及びそれでエルエルが退場になった事であり、それについては今更である。そこで俺はむしろ対処療法の方に重きを置く事にした。たぶんそれは、フェリダエ戦でも起こりえる事だからだ。
その為に俺は、考え得る様々なパターンの組み合わせを準備する必要があった。
『デデーン! ティア、アウト~!』
練習前ミーティングを真剣に聞く選手コーチの前に、大きな効果音と関西弁訛の声が流れた。場所はメイン練習グランドの脇、時刻は昼過ぎである。
「と、俺がボタンを押すとこんな感じで声が流れるので、名前を言われた選手は速やかにピッチから出て下さい」
「遅れるとアタシがタイキックを喰らわすからな!」
説明する俺の横でステフが素早く太股狙いのローキックをシャドウで蹴る。この装置――さっきの説明通り、ボタンを押す効果音と声を発する小型のジュークボックスみたいなマジックアイテムだ――と学校終わりのレイさんとポリンさんを運んできたダスクエルフは楽しそうに何度も脚を振った。
「それで守備側チームは素早く指定通りに配置変更。コーチの誰かがボールを渡すので、攻撃側チームは守備が整うのを待たずに攻撃を続けて下さい。ここまでオッケー?」
そこで言葉を止めて全員の顔を見渡す。今日は守備の練習がメインだが、数で不利な状況を作る為に学生コンビの合流を待って午後練である。そして本来ならノートリアス戦の退場で次節出場できないエルエルも加わって貰っている。故に大所帯だ。
「おい、しつもーん!」
早速、青髪のSBが手を挙げた。彼女は攻撃チームの筈なんだけど何か疑問でもあるのか?
「はい、ティアさん」
「なんでさっきのサンプル、私の名前なんだ!?」
どっ、と笑いが起きてティアさんが周囲を睨みつけ、何名かが口を覆った。
「私はタッキほど退場してねえぞ!」
「そうダヨ! ティアさんは足下にもオヨバナイ!」
「いや及びたくねーし!」
続いての言葉で名前を呼ばれたタッキさんが謎の援護をし、ティアさんが素早くつっこむ。それで起きた笑いは誰も咎める事ができなかった。
「じゃあタッキもしつもーン! ステフさん、その蹴り何処で習っタ?」
「これか? あの番組だが……」
これには流石のステフも言葉に詰まる。今の効果音からアウト、ムエタイキックまでほぼ某番組の罰ゲームが元ネタだ。彼女は何らかの方法でそれを視聴していて知っているのだが、他のエルフはもちろん知らない。となるとどこから説明したら良いのか分からないのだ。
「そんなキックだト、カットされた時に足プラーンだヨ!」
次の言葉を待たずタッキさんがそう言った。
「カット?」
「パスカットじゃないですか?」
ステフの困惑は深まるばかりだ。たまらずシノメさんが助け船を出したが、おそらくそれも正解じゃない。そこでふと、ある事を思い出す。
「もしかしてタッキさんの言ってるカットって、ローキックに対する防御のカットですか?」
「そうダヨ!」
俺が確認すると武芸百般に通じるモンクは嬉しそうに頷いた。
「やっぱりそうか」
「なんだそれ?」
頷く俺にステフが訊ねる。そこで俺はさっきのキックをゆっくり打ってくれ、と頼んだ。
「そうそう、そんな風なキックがきたら……こう!」
言われた通りムエタイのローキックみたいな蹴りを放つステフの脛に、俺は自分の足を少し上げ膝をぶつける!
「痛ぇ!」
「「あっ~!」」
その拍子にステフが軽く痛がり、多数の選手たちから悲鳴が上がった。蹴り足が相手の膝の堅い所に当たるというのは、サッカードウ選手でも経験があるのだろう。
「……という風に、相手のローキックを見切って迎撃する動きがカット。上手く行くと防ぐだけでなく、蹴ってきた相手にダメージを与えることもできるんだ。と言うか最悪の場合……」
「蹴った側の足が折れてプラーンだカラ!」
俺の説明を引き取ってタッキさんが元気よく言った。てかなんでちょっと嬉しそう!? 他のエルフは青ざめているのに!
「他のみんなも、怪我には気をつけてね! 相手の足を狙って蹴る事はないだろうけど!」
俺も青ざめつつ、そう声をかける。昔、アンデウソン・シウバ選手――名前はめちゃくちゃサッカー選手っぽいが、MMAの選手だ。もちろんブラジル国籍ではある――がそんな目にあって大怪我したのをTVで見ている。格闘技でもサッカーでも、選手が怪我をするシーンを見るのは辛い。
「聞いたわね? みんな、怪我しないように注意して練習を始めましょう!」
空気を変えるようにそう、ナリンさんが宣言し選手たちも動き出した。できるコーチに感謝しながら、俺は装置を持ってベランダへ移動した。
今度の脚は船だ。地球と同じく漁師さん達は朝が早く、早朝から運河及びシソッ湖へ船の出入りは盛んだった。俺はその中から知り合いを見つけ、特別にクラブハウス付近まで運んで貰えたのだ。
「監督も隅に置けないね~」
「何がですか?」
「あんなまぶい娘と朝帰り!」
「いや、そんなんじゃないです!」
「大丈夫! 黙っておくから!」
「俺たち口が堅いから!」
船での移動の最中、そんな会話が俺と漁師さん達の間で行われたが、ツンカさんに聞こえないかとヒヤヒヤした。ちなみに今回、俺たちを運んでくれたのはヨットレースでもお世話になったヤカマさんとユーゾさん……ではなく、キロヒさんとツマカタさんだ。
「俺たちはこんなデカい魚ばっか相手にしてるけどな」
「あの娘はマグロじゃないだろうね!」
「……何の話です?」
日に焼けたおっさんエルフたちは両手を広げ何やら楽しそうに話していたが、俺には何の事かさっぱり分からなかった。だた彼らも遊び人ならぬ遊びエルフで有名らしい。たぶん、女性関係に対してだけは口が堅いというのを信じて良いだろう。
「サンクス、フィッシャーズ!」
船がクラブハウス寄りの桟橋に着くと、ツンカさんはそう言ってキロヒさんとツマカタさんを抱き締め礼を言った。今度ばかりはあざといテクニックではなく素だろう。あとおっさんエルフたちの鼻の下はスーっと伸びていただろう。見えない方向だったけど。
「ありがとうございました。じゃあツンカさん、午後練で」
俺はそう言って漁師達と選手と別れた。彼らは湖へ、彼女は寮へ向かう予定だ。一方、俺はクラブハウスの方に用事があった。
今日は前節、つまりノートリアス戦の反省点を確認し必要であれば弱点の洗い出しや克服の練習を行う日だ。だが苦戦の原因の大半はモーネさんに翻弄された事、及びそれでエルエルが退場になった事であり、それについては今更である。そこで俺はむしろ対処療法の方に重きを置く事にした。たぶんそれは、フェリダエ戦でも起こりえる事だからだ。
その為に俺は、考え得る様々なパターンの組み合わせを準備する必要があった。
『デデーン! ティア、アウト~!』
練習前ミーティングを真剣に聞く選手コーチの前に、大きな効果音と関西弁訛の声が流れた。場所はメイン練習グランドの脇、時刻は昼過ぎである。
「と、俺がボタンを押すとこんな感じで声が流れるので、名前を言われた選手は速やかにピッチから出て下さい」
「遅れるとアタシがタイキックを喰らわすからな!」
説明する俺の横でステフが素早く太股狙いのローキックをシャドウで蹴る。この装置――さっきの説明通り、ボタンを押す効果音と声を発する小型のジュークボックスみたいなマジックアイテムだ――と学校終わりのレイさんとポリンさんを運んできたダスクエルフは楽しそうに何度も脚を振った。
「それで守備側チームは素早く指定通りに配置変更。コーチの誰かがボールを渡すので、攻撃側チームは守備が整うのを待たずに攻撃を続けて下さい。ここまでオッケー?」
そこで言葉を止めて全員の顔を見渡す。今日は守備の練習がメインだが、数で不利な状況を作る為に学生コンビの合流を待って午後練である。そして本来ならノートリアス戦の退場で次節出場できないエルエルも加わって貰っている。故に大所帯だ。
「おい、しつもーん!」
早速、青髪のSBが手を挙げた。彼女は攻撃チームの筈なんだけど何か疑問でもあるのか?
「はい、ティアさん」
「なんでさっきのサンプル、私の名前なんだ!?」
どっ、と笑いが起きてティアさんが周囲を睨みつけ、何名かが口を覆った。
「私はタッキほど退場してねえぞ!」
「そうダヨ! ティアさんは足下にもオヨバナイ!」
「いや及びたくねーし!」
続いての言葉で名前を呼ばれたタッキさんが謎の援護をし、ティアさんが素早くつっこむ。それで起きた笑いは誰も咎める事ができなかった。
「じゃあタッキもしつもーン! ステフさん、その蹴り何処で習っタ?」
「これか? あの番組だが……」
これには流石のステフも言葉に詰まる。今の効果音からアウト、ムエタイキックまでほぼ某番組の罰ゲームが元ネタだ。彼女は何らかの方法でそれを視聴していて知っているのだが、他のエルフはもちろん知らない。となるとどこから説明したら良いのか分からないのだ。
「そんなキックだト、カットされた時に足プラーンだヨ!」
次の言葉を待たずタッキさんがそう言った。
「カット?」
「パスカットじゃないですか?」
ステフの困惑は深まるばかりだ。たまらずシノメさんが助け船を出したが、おそらくそれも正解じゃない。そこでふと、ある事を思い出す。
「もしかしてタッキさんの言ってるカットって、ローキックに対する防御のカットですか?」
「そうダヨ!」
俺が確認すると武芸百般に通じるモンクは嬉しそうに頷いた。
「やっぱりそうか」
「なんだそれ?」
頷く俺にステフが訊ねる。そこで俺はさっきのキックをゆっくり打ってくれ、と頼んだ。
「そうそう、そんな風なキックがきたら……こう!」
言われた通りムエタイのローキックみたいな蹴りを放つステフの脛に、俺は自分の足を少し上げ膝をぶつける!
「痛ぇ!」
「「あっ~!」」
その拍子にステフが軽く痛がり、多数の選手たちから悲鳴が上がった。蹴り足が相手の膝の堅い所に当たるというのは、サッカードウ選手でも経験があるのだろう。
「……という風に、相手のローキックを見切って迎撃する動きがカット。上手く行くと防ぐだけでなく、蹴ってきた相手にダメージを与えることもできるんだ。と言うか最悪の場合……」
「蹴った側の足が折れてプラーンだカラ!」
俺の説明を引き取ってタッキさんが元気よく言った。てかなんでちょっと嬉しそう!? 他のエルフは青ざめているのに!
「他のみんなも、怪我には気をつけてね! 相手の足を狙って蹴る事はないだろうけど!」
俺も青ざめつつ、そう声をかける。昔、アンデウソン・シウバ選手――名前はめちゃくちゃサッカー選手っぽいが、MMAの選手だ。もちろんブラジル国籍ではある――がそんな目にあって大怪我したのをTVで見ている。格闘技でもサッカーでも、選手が怪我をするシーンを見るのは辛い。
「聞いたわね? みんな、怪我しないように注意して練習を始めましょう!」
空気を変えるようにそう、ナリンさんが宣言し選手たちも動き出した。できるコーチに感謝しながら、俺は装置を持ってベランダへ移動した。
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