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第三十二章

ラブ・オブ・ザ・ボール

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「えっと、ここに来た理由は打ち合わせとお願いがあったからです。先にお願いからで良いですか?」
 例によってブルマンの提供を断り――見た目も味も香りもかなりコーヒーなのだが、原材料を思い出して俺はどうにも飲めない――机の前の椅子に座って俺は切り出した。
「どうぞ」
「また寝室を二部屋、貸して貰えますか? 視察の為に出歩いていたら、こんな時間になってしまいまして」
 二部屋、の所は特に強調せねばならない。ダリオさんは王族と言ってもやはりドーンエルフだ。人をからかう隙を与えてはならない。
 いやここのエルフ、王族の方がよりふざけた性格しているのかもしれないけどな!
「それはご休憩用? それともご宿泊用?」
 しかしダリオさんは俺の用心を軽くスルーして悪戯っぽい表情で聞いてきた。意味無かったね!
「どんな違いがあるの? ですか?」
 眉間を押さえる俺の代わりにツンカさんが質問で返す。口調もいつもと違うしやはりまだ緊張しているようだ。
 このドーンエルフの王族とデイエルフの関係、というのはなかなか複雑なモノで、デイエルフからすれば自分たちの直接の親玉ではないが、国を治めている事を尊敬はするし経緯は払う、といった感じらしい。
 ましてダリオさんは姫様で元キャプテンで年上。ツンカさんは庶民の娘でベンチ要員で若手の少し上程度。クラブハウスやピッチの上ならともかく、こういう場所では多少、距離を感じる対応になるのも当然だった。
「休憩は数時間程度の利用です。やることやったら身体を洗って出て行くケースですね! 宿泊の方は文字通り、泊まり込みでしっぽりと……」
「では宿泊で!」
「ちょいちょい!」
 姫様の口から出た『やることやったら』という言葉や、緊張している割に即答のツンカさんに突っ込みたい気持ちを抑え、俺は割り込んだ。さっきの俺の述懐がバカみたいではないか。じゃなくて!
「二部屋って言いましたし、それぞれの部屋で就寝するだけです!」
「つまり私の部屋とツンカの部屋を交互に訪れるのですよね? ツンカ、私は着替えが必要だから貴女が先で良いですか?」
「えっ!? それで良いんですか?」
 ダリオさんが悪ふざけを続けツンカさんがそれに乗る。
「良くないです!」
 俺は必死でそれを止めた。いかん早く止めないと、時間が立てばますますここのコンビネーションが良くなってしまうぞ!
「ツンカさんもダリオさんに乗せられたら駄目ですよ」
「ソーリー! ショー」
「ふふ、ごめんなさい。ツンカが緊張していたからそれを解したくて。部屋の準備をお願いしてきますね」
 俺の声にツンカさんとダリオさんがそれぞれ謝罪し、ドーンエルフの方は立ち上がって廊下の方へ向かった。たぶんジェフィさん経由で城のメイドさんか誰かに手配を頼むのだろう。
「ダリオ姫ってあんなフィーリングなんだ」
「そうですね。ツンカさん去年まであまり絡み無かった感じですか?」
 例によってダリオさんの美しい腰からお尻のラインを見送りつつ、俺たちは言った。
「プリティな性格なのは知ってたけど、やっぱりプレイング・マネージャーだったから……」
「あーやっぱそこは線を引く感じだったんですね」
 プレイング・マネージャーとは監督兼選手の事だ。プリティ・プレイング・マネージャーだとppmになる。液体の濃度の単位みたいだな。
「ヤー。あまり選手と混じり合わなかったし」
「まあ、それもそうでしょうね」
 混じり合わなかったか。やはり濃度じゃん! という馬鹿な考えを一度、余所へやって俺は腕を組む。この両者にケミストリー――直訳すれば化学や化学反応だが、チームスポーツでは選手同士の連携や心理的結びつきを指す事が多い――が確立してないのは惜しいな。どうせ、次のフェリダエ族戦は負けても良い試合だし、いろいろ試してみるか。
「お待たせしました。手配完了です。それで、打ち合わせの方は?」
 そんな事を考えている間にダリオさんが帰ってきて訊ねた。おっと、ツンカさんを放って黙考してしまっていたか。これは申し訳ない。
「じゃあツンカはアウトした方がベター?」
「いえ、いて下さい」
 見た目の派手さとは裏腹に繊細な気遣いができるデイエルフが立ち上がりかけたのを、俺は止めた。
「え? でも打ち合わせってヘッド同士の……」
「ツンカさんにも関係する話なので」
 そう言いながら、高速で脳味噌を動かし頭の中で思いつきをまとめる。そう、確かに本来の目的はダリオさんと二人きりでフェリダエ戦の『敗北』について確認するつもりだった。
 監督就任直後から俺の任務はアローズの一部残留であり、その為なら捨て試合も作る……という事を彼女に伝えてはいる。いるが、あれから時間も経つしチーム力も上昇してきたので、ダリオさんに別の考えが浮かんでいるかもしれない。
 今回はそれを再確認する予定だった。だが偶然にもツンカさんが同伴する事となった。彼女はデイエルフだ。普段はフランクなギャルであっても、試合に対しては非常に真面目だ。彼女も含めて納得させなければならない。
 デイエルフの選手に真っ向『負ける予定なんで』とは言えない。だが、ある程度その可能性を伝えつつポジティブに試合へ挑んで貰わないといけない。そうするには……。
「次の試合は『ラボ』になります」
「その『ラボ』というのはワホット?」
 自分も関係する、と聞いてか珍しくツンカさんがダリオさんを差し置いて質問してきた。
「実験室の事です。お二方を中盤で組み合わせた時にどんな事が起きるか、実験してみたいんです」
 ppmとかケミストリーとか実験室だとか、今日はなんだか化学の話が多いな、と思いながら俺は幾つかの想定を話してみる。
「まあ実験なんでね。思わぬ結果になったり失敗したりもするかもですが、それも含めてチャレンジという事で」
 そして話の終わりに、俺はそう言ってシメた。
「アイシー! 楽しそう! ショーがそう言うなら、ツンカもチャレンジしてみる!」
 結果は上々だ。ツンカさんは俺の提案をかなり前向き受け取ってくれたようだ。
「分かりました。私も楽しみです、その『ラブホ』が」
 次いでダリオさんもそう言って賛同する。よし、これで上手く行くぞ! と俺は密かにガッツポーズをした。ん? 待てよ?
「ダリオさん、『ラブホ』じゃなくて『ラボ』です!」
「あら、そうでした?」
「ん? ショー、『ラブホ』ってワホット?」
 慌てて訂正する俺にツンカさんが説明を求める。ちらっとダリオさんの方を見ると……その顔は『知ってる』顔だった。
「いや、その、俺も詳しくないんですが……!」
「何なのです? 私も知りたいです!」
 その後、俺はツンカさんにラブホを説明して相当、気まずい目に遭うのであった。覚えてろよダリオさん……!

第32章:完
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