579 / 651
第三十二章
ラブ・オブ・ザ・ボール
しおりを挟む
「えっと、ここに来た理由は打ち合わせとお願いがあったからです。先にお願いからで良いですか?」
例によってブルマンの提供を断り――見た目も味も香りもかなりコーヒーなのだが、原材料を思い出して俺はどうにも飲めない――机の前の椅子に座って俺は切り出した。
「どうぞ」
「また寝室を二部屋、貸して貰えますか? 視察の為に出歩いていたら、こんな時間になってしまいまして」
二部屋、の所は特に強調せねばならない。ダリオさんは王族と言ってもやはりドーンエルフだ。人をからかう隙を与えてはならない。
いやここのエルフ、王族の方がよりふざけた性格しているのかもしれないけどな!
「それはご休憩用? それともご宿泊用?」
しかしダリオさんは俺の用心を軽くスルーして悪戯っぽい表情で聞いてきた。意味無かったね!
「どんな違いがあるの? ですか?」
眉間を押さえる俺の代わりにツンカさんが質問で返す。口調もいつもと違うしやはりまだ緊張しているようだ。
このドーンエルフの王族とデイエルフの関係、というのはなかなか複雑なモノで、デイエルフからすれば自分たちの直接の親玉ではないが、国を治めている事を尊敬はするし経緯は払う、といった感じらしい。
ましてダリオさんは姫様で元キャプテンで年上。ツンカさんは庶民の娘でベンチ要員で若手の少し上程度。クラブハウスやピッチの上ならともかく、こういう場所では多少、距離を感じる対応になるのも当然だった。
「休憩は数時間程度の利用です。やることやったら身体を洗って出て行くケースですね! 宿泊の方は文字通り、泊まり込みでしっぽりと……」
「では宿泊で!」
「ちょいちょい!」
姫様の口から出た『やることやったら』という言葉や、緊張している割に即答のツンカさんに突っ込みたい気持ちを抑え、俺は割り込んだ。さっきの俺の述懐がバカみたいではないか。じゃなくて!
「二部屋って言いましたし、それぞれの部屋で就寝するだけです!」
「つまり私の部屋とツンカの部屋を交互に訪れるのですよね? ツンカ、私は着替えが必要だから貴女が先で良いですか?」
「えっ!? それで良いんですか?」
ダリオさんが悪ふざけを続けツンカさんがそれに乗る。
「良くないです!」
俺は必死でそれを止めた。いかん早く止めないと、時間が立てばますますここのコンビネーションが良くなってしまうぞ!
「ツンカさんもダリオさんに乗せられたら駄目ですよ」
「ソーリー! ショー」
「ふふ、ごめんなさい。ツンカが緊張していたからそれを解したくて。部屋の準備をお願いしてきますね」
俺の声にツンカさんとダリオさんがそれぞれ謝罪し、ドーンエルフの方は立ち上がって廊下の方へ向かった。たぶんジェフィさん経由で城のメイドさんか誰かに手配を頼むのだろう。
「ダリオ姫ってあんなフィーリングなんだ」
「そうですね。ツンカさん去年まであまり絡み無かった感じですか?」
例によってダリオさんの美しい腰からお尻のラインを見送りつつ、俺たちは言った。
「プリティな性格なのは知ってたけど、やっぱりプレイング・マネージャーだったから……」
「あーやっぱそこは線を引く感じだったんですね」
プレイング・マネージャーとは監督兼選手の事だ。プリティ・プレイング・マネージャーだとppmになる。液体の濃度の単位みたいだな。
「ヤー。あまり選手と混じり合わなかったし」
「まあ、それもそうでしょうね」
混じり合わなかったか。やはり濃度じゃん! という馬鹿な考えを一度、余所へやって俺は腕を組む。この両者にケミストリー――直訳すれば化学や化学反応だが、チームスポーツでは選手同士の連携や心理的結びつきを指す事が多い――が確立してないのは惜しいな。どうせ、次のフェリダエ族戦は負けても良い試合だし、いろいろ試してみるか。
「お待たせしました。手配完了です。それで、打ち合わせの方は?」
そんな事を考えている間にダリオさんが帰ってきて訊ねた。おっと、ツンカさんを放って黙考してしまっていたか。これは申し訳ない。
「じゃあツンカはアウトした方がベター?」
「いえ、いて下さい」
見た目の派手さとは裏腹に繊細な気遣いができるデイエルフが立ち上がりかけたのを、俺は止めた。
「え? でも打ち合わせってヘッド同士の……」
「ツンカさんにも関係する話なので」
そう言いながら、高速で脳味噌を動かし頭の中で思いつきをまとめる。そう、確かに本来の目的はダリオさんと二人きりでフェリダエ戦の『敗北』について確認するつもりだった。
監督就任直後から俺の任務はアローズの一部残留であり、その為なら捨て試合も作る……という事を彼女に伝えてはいる。いるが、あれから時間も経つしチーム力も上昇してきたので、ダリオさんに別の考えが浮かんでいるかもしれない。
今回はそれを再確認する予定だった。だが偶然にもツンカさんが同伴する事となった。彼女はデイエルフだ。普段はフランクなギャルであっても、試合に対しては非常に真面目だ。彼女も含めて納得させなければならない。
デイエルフの選手に真っ向『負ける予定なんで』とは言えない。だが、ある程度その可能性を伝えつつポジティブに試合へ挑んで貰わないといけない。そうするには……。
「次の試合は『ラボ』になります」
「その『ラボ』というのはワホット?」
自分も関係する、と聞いてか珍しくツンカさんがダリオさんを差し置いて質問してきた。
「実験室の事です。お二方を中盤で組み合わせた時にどんな事が起きるか、実験してみたいんです」
ppmとかケミストリーとか実験室だとか、今日はなんだか化学の話が多いな、と思いながら俺は幾つかの想定を話してみる。
「まあ実験なんでね。思わぬ結果になったり失敗したりもするかもですが、それも含めてチャレンジという事で」
そして話の終わりに、俺はそう言ってシメた。
「アイシー! 楽しそう! ショーがそう言うなら、ツンカもチャレンジしてみる!」
結果は上々だ。ツンカさんは俺の提案をかなり前向き受け取ってくれたようだ。
「分かりました。私も楽しみです、その『ラブホ』が」
次いでダリオさんもそう言って賛同する。よし、これで上手く行くぞ! と俺は密かにガッツポーズをした。ん? 待てよ?
「ダリオさん、『ラブホ』じゃなくて『ラボ』です!」
「あら、そうでした?」
「ん? ショー、『ラブホ』ってワホット?」
慌てて訂正する俺にツンカさんが説明を求める。ちらっとダリオさんの方を見ると……その顔は『知ってる』顔だった。
「いや、その、俺も詳しくないんですが……!」
「何なのです? 私も知りたいです!」
その後、俺はツンカさんにラブホを説明して相当、気まずい目に遭うのであった。覚えてろよダリオさん……!
第32章:完
例によってブルマンの提供を断り――見た目も味も香りもかなりコーヒーなのだが、原材料を思い出して俺はどうにも飲めない――机の前の椅子に座って俺は切り出した。
「どうぞ」
「また寝室を二部屋、貸して貰えますか? 視察の為に出歩いていたら、こんな時間になってしまいまして」
二部屋、の所は特に強調せねばならない。ダリオさんは王族と言ってもやはりドーンエルフだ。人をからかう隙を与えてはならない。
いやここのエルフ、王族の方がよりふざけた性格しているのかもしれないけどな!
「それはご休憩用? それともご宿泊用?」
しかしダリオさんは俺の用心を軽くスルーして悪戯っぽい表情で聞いてきた。意味無かったね!
「どんな違いがあるの? ですか?」
眉間を押さえる俺の代わりにツンカさんが質問で返す。口調もいつもと違うしやはりまだ緊張しているようだ。
このドーンエルフの王族とデイエルフの関係、というのはなかなか複雑なモノで、デイエルフからすれば自分たちの直接の親玉ではないが、国を治めている事を尊敬はするし経緯は払う、といった感じらしい。
ましてダリオさんは姫様で元キャプテンで年上。ツンカさんは庶民の娘でベンチ要員で若手の少し上程度。クラブハウスやピッチの上ならともかく、こういう場所では多少、距離を感じる対応になるのも当然だった。
「休憩は数時間程度の利用です。やることやったら身体を洗って出て行くケースですね! 宿泊の方は文字通り、泊まり込みでしっぽりと……」
「では宿泊で!」
「ちょいちょい!」
姫様の口から出た『やることやったら』という言葉や、緊張している割に即答のツンカさんに突っ込みたい気持ちを抑え、俺は割り込んだ。さっきの俺の述懐がバカみたいではないか。じゃなくて!
「二部屋って言いましたし、それぞれの部屋で就寝するだけです!」
「つまり私の部屋とツンカの部屋を交互に訪れるのですよね? ツンカ、私は着替えが必要だから貴女が先で良いですか?」
「えっ!? それで良いんですか?」
ダリオさんが悪ふざけを続けツンカさんがそれに乗る。
「良くないです!」
俺は必死でそれを止めた。いかん早く止めないと、時間が立てばますますここのコンビネーションが良くなってしまうぞ!
「ツンカさんもダリオさんに乗せられたら駄目ですよ」
「ソーリー! ショー」
「ふふ、ごめんなさい。ツンカが緊張していたからそれを解したくて。部屋の準備をお願いしてきますね」
俺の声にツンカさんとダリオさんがそれぞれ謝罪し、ドーンエルフの方は立ち上がって廊下の方へ向かった。たぶんジェフィさん経由で城のメイドさんか誰かに手配を頼むのだろう。
「ダリオ姫ってあんなフィーリングなんだ」
「そうですね。ツンカさん去年まであまり絡み無かった感じですか?」
例によってダリオさんの美しい腰からお尻のラインを見送りつつ、俺たちは言った。
「プリティな性格なのは知ってたけど、やっぱりプレイング・マネージャーだったから……」
「あーやっぱそこは線を引く感じだったんですね」
プレイング・マネージャーとは監督兼選手の事だ。プリティ・プレイング・マネージャーだとppmになる。液体の濃度の単位みたいだな。
「ヤー。あまり選手と混じり合わなかったし」
「まあ、それもそうでしょうね」
混じり合わなかったか。やはり濃度じゃん! という馬鹿な考えを一度、余所へやって俺は腕を組む。この両者にケミストリー――直訳すれば化学や化学反応だが、チームスポーツでは選手同士の連携や心理的結びつきを指す事が多い――が確立してないのは惜しいな。どうせ、次のフェリダエ族戦は負けても良い試合だし、いろいろ試してみるか。
「お待たせしました。手配完了です。それで、打ち合わせの方は?」
そんな事を考えている間にダリオさんが帰ってきて訊ねた。おっと、ツンカさんを放って黙考してしまっていたか。これは申し訳ない。
「じゃあツンカはアウトした方がベター?」
「いえ、いて下さい」
見た目の派手さとは裏腹に繊細な気遣いができるデイエルフが立ち上がりかけたのを、俺は止めた。
「え? でも打ち合わせってヘッド同士の……」
「ツンカさんにも関係する話なので」
そう言いながら、高速で脳味噌を動かし頭の中で思いつきをまとめる。そう、確かに本来の目的はダリオさんと二人きりでフェリダエ戦の『敗北』について確認するつもりだった。
監督就任直後から俺の任務はアローズの一部残留であり、その為なら捨て試合も作る……という事を彼女に伝えてはいる。いるが、あれから時間も経つしチーム力も上昇してきたので、ダリオさんに別の考えが浮かんでいるかもしれない。
今回はそれを再確認する予定だった。だが偶然にもツンカさんが同伴する事となった。彼女はデイエルフだ。普段はフランクなギャルであっても、試合に対しては非常に真面目だ。彼女も含めて納得させなければならない。
デイエルフの選手に真っ向『負ける予定なんで』とは言えない。だが、ある程度その可能性を伝えつつポジティブに試合へ挑んで貰わないといけない。そうするには……。
「次の試合は『ラボ』になります」
「その『ラボ』というのはワホット?」
自分も関係する、と聞いてか珍しくツンカさんがダリオさんを差し置いて質問してきた。
「実験室の事です。お二方を中盤で組み合わせた時にどんな事が起きるか、実験してみたいんです」
ppmとかケミストリーとか実験室だとか、今日はなんだか化学の話が多いな、と思いながら俺は幾つかの想定を話してみる。
「まあ実験なんでね。思わぬ結果になったり失敗したりもするかもですが、それも含めてチャレンジという事で」
そして話の終わりに、俺はそう言ってシメた。
「アイシー! 楽しそう! ショーがそう言うなら、ツンカもチャレンジしてみる!」
結果は上々だ。ツンカさんは俺の提案をかなり前向き受け取ってくれたようだ。
「分かりました。私も楽しみです、その『ラブホ』が」
次いでダリオさんもそう言って賛同する。よし、これで上手く行くぞ! と俺は密かにガッツポーズをした。ん? 待てよ?
「ダリオさん、『ラブホ』じゃなくて『ラボ』です!」
「あら、そうでした?」
「ん? ショー、『ラブホ』ってワホット?」
慌てて訂正する俺にツンカさんが説明を求める。ちらっとダリオさんの方を見ると……その顔は『知ってる』顔だった。
「いや、その、俺も詳しくないんですが……!」
「何なのです? 私も知りたいです!」
その後、俺はツンカさんにラブホを説明して相当、気まずい目に遭うのであった。覚えてろよダリオさん……!
第32章:完
0
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました
ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら……
という、とんでもないお話を書きました。
ぜひ読んでください。
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる