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第二十章

素晴らしい伸び

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 現在のアローズのシステムは変わらず1442だが2TOPはリーシャさんとタッキさん、中盤は左からダリオ、クエン、シノメ、エオンという並びに変わっていた。今日は負荷が高かった(今日も、か?)ダリオさんとシノメさんは運動量が減ってきているので必ず変えなければならないとしても、もしここのFKで1点でも返されれば流れが向こうへ行く。
 その際、中盤で溜めを作れて――個人技でボールをキープし味方、特にDFが休める時間を作る、冷静にパスを回しチームが攻め急がないようにする事などを『溜を作る』とサッカーでは言う。脚本なんかでも言うよね?――リーダーシップもとれるダリオさんはもう少し引っ張りたい。となると、とりあえずシノメさんを下げエルエルを入れて運動量を確保するのが先決となる。
 逆にここを凌げるのであれば、切りたいのはもう少し大胆な攻撃の札だ。サイドアタッカーのツンカさんと、独特のリズムを持つアガサさんを入れたい。特にアガサさんはエルフにあるまじきスローな動きで、ゴブリン代表を大いに惑わせてくれるだろう。
 FWに関してはさっき交代したばかりだし、リーシャタッキの組み合わせをじっくり見たいので変更しない。DFは今日の出来であればカードや負傷など不測の事態でも起きない限り動かす必要は無いだろう。
『逃げんな逃げんな! 身体に当てるぞ!』
 そのDFの一枚、ティアさんが壁の端でなにやら叫んだ。あの右SBもよく我慢してくれている。疲れたら手を抜きがちだしファウルも多くなるタイプの彼女だが、どうやらまだまだ気力充分。いつもなら守備固めでパリスさん交代する事が多いが今日は必要無いみたいだ。出来ればこのまま無失点で終えて、彼女含むDF陣全体に自信を与えたい。
「ピー!」
 壁のセッティングやその他の場所でのもみ合いも一段落し、審判さんが笛を吹いた。さあ、大きなFKのシーンだ。

「「ゴゴゴゴ……」」
 ゴブリンの観衆がシュートに効果音をつけるかのような声援を送る。ほら、アニメで巨大なビーム砲がエネルギーを充填してから放つ時の
『パッパッパパパパパパ……ちゅどーん!』
みたいなアレ。助走に合わせて小刻みに声を出して、キックの瞬間に叫ぶ予定だろう。
 FKの位置はペナルティアーク真ん中のすぐ外。キッカーは勿論クレイ選手。直接狙うには非常に良い位置なので、他の選手はパスに合わせる動きは殆どしていないし、長身DF――グリーン選手やカーリー選手――も上がってはいない。FK職人の気を紛らわせない為だろう、壁の付近で押し合いへし合いする選手すらもいないくらいだ。
 代わりにGKが弾いたボールへ詰める準備をしている選手が何名もいる。オフサイドにならない場所なので自ずとFK防御用の壁と同じ高さだが、まあまあの兵数なのでボナザさんにはそれもプレッシャーだ。
 GKの彼女はFKをキャッチする、或いは遠くやラインの外へ弾かないと殺到するゴブリンにこぼれ球を拾われてしまう。そのようなスクランブル状態で小柄で足の回転が早い小鬼たちの方が有利だ。
「「ゴゴゴゴ……ゴー!」」
 そんな諸々の期待と不安が詰まったFKが、クレイ選手の足から放たれた!

『カトブレパスのかまエー!』
『何ィ!?』
 クレイ選手の蹴ったボールは勢いコースとも最高のものだった。彼女から見ると右から数えて壁の三枚目の選手、タッキさんの頭上を越えて左に、ボナザさんから遠ざかるように曲がって落ちる。そのままであれば左サイドネットの上部に突き刺さったであろう。
 だが、そのままは行かなかった。ボールが通るのは普通の選手であればジャンプしても届かない高さ。しかしそこはタッキさんの制空権であった。
『よし、上げるよ!』
 飛び上がり精一杯首を延ばしたタッキさんの額にボールが当たり、前にこぼれる! それをみて号令一番シャマーさんがラインを上げた。
『落ち着ケ! 後ろニ……アッ!』
 跳ね返ったボールを拾ったのはゴブリンのMFだった。だが一失点目の悪夢――ブロックごと上がってきたアローズにボールを奪われて失点した――が頭に残っていたのであろうゴブリンは、カーリー選手の声を聞いてか慌ててバックパスをし……
『頂きですぅ!』
 サイドに潜んでいたエオンさんにセンターサークル手前でパスをかっさらわれた!
『リーシャちゃん!』
『意外と普通! じゃあ素直な子にはご褒美!』
 エオンさんは近寄るグリーン選手の鼻先でそのまま前方のリーシャさんにパスを出し前へ走る。パスを受けたリーシャさんもワンタッチでエオンさんへ返し綺麗なワンツーパスの形になる。
『パス? ドリブル……どっちダ!?』
『貴女を抜きます!』
『なッ!?』
 続いて最後のカバーとして備えていたカーリー選手とエオンさんの一対一になる。場所としてはゴブリン陣内センターサークルすぐ外、両者が対峙したのは僅か一秒ほどか。何か言葉を交わしたのかもしれない。エオンさん、アイドルの地方営業とかで簡単なゴブリン語を知ってるかもしれないし。
 その真偽はおいておいて。結果こそが真実、エオンさんは足のアウトサイドでボールの下を軽くこすって右に行くと見せかけ、まだボールが浮いている間に今度はインサイドで左に弾き、見事カーリー選手の逆をとって抜き去った!
「エラシコー!」
 俺は思わず叫んだ。エラシコ、ポルトガル語で輪ゴムという意味で今、エオンさんが使ったテクニックだ。彼女は文字通り輪ゴムのように勢いよくゴブリン陣内奥深くへドリブルしていく。
『エオン、冷静に!』
 ナリンさんがエルフ語で何か叫んだ。俺といる時は極力、日本語で話してくれる彼女だが興奮のあまり巣の顔が出たのだろう。
 その興奮はさらなる興奮で上書きされた。ベンチのナリンさんよりよほど冷静に、エオンさんはPAに入った所でGKをドリブルで斜めに交わし、無人のゴールにボールを流し込んだからだ。
 後半5分、0-4!
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