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第二十章

下から睨むもの

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「ニャイアーさん、カトブレパスは見事でした」
『ニャイアー! カトブレパスの罠が最高の仕事をしたわ!』
『そっそうかにゃあ? もっと褒めて~』
 エオンさんのハットトリックに沸くベンチの中で俺はニャイアーコーチに声をかけ、ナリンさんが通訳し、フェリダエのGKコーチはエルフの親友にデレデレともたれ掛かった。
 『カトブレパスの罠』。これが今の場面で、俺たちが仕込んだ仕掛けだった。そもそも正確無比に放たれるクレイ選手のFKに対してGKだけでゴールを守るのは、どう考えても不可能だ。壁との連携が必須になる。
 その壁だが、もし選手全員が長身――例えばトロールやミノタウロス等――であれば特に問題はない。しかしアローズの様に様々な身長個性の選手が存在するチームであれば、どうしても背の高さに差があり壁として低い部分ができてしまう。
 そこでFKを蹴る選手の得意なコースを調べ、そこにもっとも長身でジャンプ力もある選手を配置する。……と、ここまでが普通の考え。
 逆にそこに小柄な選手が立っていればどうか? 相手としてはまず間違いなくチャンスと見てその部分を狙ってくるだろう。と言うことは逆に言えばGK的には
「きっとこのコースに来る」
と的を絞って守る事が出来るようになる。
 そしてもう一つ。もしその小柄な選手が予想外のジャンプ力を持っていれば? これまた相手にとっては得意なコースに背の低い選手だ、やや置きに行くシュートになるだろう。ジャンプ力の高い選手と置きに行ったシュート、その組み合わせならば跳ね返せる可能性がある。
 予想外のジャンプ力を持った選手。例えば……タッキさんの様な。

「タッキのカトブレパスも見事だったであります!」
「ですね! 本当に首が伸びたように見えましたよ! ……そんな訳ないけど」
 俺は興奮収まらぬナリンさんに苦笑混じりに答えた。カトブレパス。ファンタジーRPG等に出てくるモンスターの名前だ。基本的には水牛のような化け物で石化だったり眼で睨んで麻痺させたりといった特殊能力があるのだが、特徴的なのはその首だ。
 長く、下に伸びた首。地球で言えば首長竜といった恐竜に近いフォルム。カトブレパスはたいてい巨大な体躯を誇るがその長い首の重みで垂れ下がったかのように頭部の位置は低く、そこから例の睨み攻撃などを繰り出して来るのだ。
 いや『来るのだ』と言ったが俺は実際に見た事がない。あるのはタッキさんの師匠たちだ。
「『象形拳って無いんですか?』って聞いた時は蛇とか鶴とかを想定していたんですけどね。まさか実在するモンスターから技が作られているなんて……」
「ショーキチ殿の世界にはいなかったのでありますか? 自分たちは、カトブレパスが辺境に出没したというニュースはたまに聞くでありますが」 
 いやそんな地方の農村に熊が出た、みたいな話なのかよ! と思いつつ俺は首を横に振って否定の答えを返す。
 恐ろしい話だがこの世界にはカトブレパスが実在し、それと戦った者も多数いるらしい。またその動きを模倣し武術に取り入れた者も。
 低い姿勢から飛び上がり相手の顎を狙って頭突きをぶちかます。カトブレパスの頭撃という技らしい。まずサッカーには無い動き――というか結果としてたまにあるけどやってはいけない動き――だけどね。タッキさんのいたイグア院は象形拳を専門に伝授していないが、俺との会話が心に残っていた彼女が他の院で修行していたのを思い出してくれたのだ。FKの壁のそのポイントに入るよう、お願いした時に。
「だったら前にチョットだけ見た技、使えるヨー」
と。
 かくしてわざと穴を作る事で相手をそこへ誘導し、逆に強烈な技で跳ね返すという『カトブレパスの罠』という作戦が考案され、練習のち実行へ移され、成功を納めた。しかもただ失点を防いだだけでなく、そこからのカウンターで得点するというおまけ付きで。莫大な数のクレイ選手のFKを見てコースを分析したアカリさんとニャイアーコーチも報われた想いだろう。

 『報われた』と言えばアローズサポーターもだった。試合が再開し、今や彼ら彼女らだけでなくゴブリンの観衆たちまでもがエルフのプレイに拍手を送っていた。
 ルーナさんの豪快なタックルに、ダリオさんのエロいパスに、タッキさんのアクロバティックなシュートに、小鬼たちは歓喜の声さえ上げるようになっていた。不甲斐ない我らが代表への嫌味だけではないだろう。アローズのプレイは確実に相手サポーター達も魅了していた。
 そのクライマックスはエオンさんがツンカさんと交代で下がる時だったであろう。フィフティフィフティスタジアムの観衆がスタンディングオベーションでタッチラインへ向かう彼女を迎えたのだ。
 その後はもうサッカーの試合と言うよりはフェスティバルだった。リーシャさんやタッキさんが追加点を上げて、終わってみれば0-6。ゴブリン代表は1部リーグに昇格して初めて、無得点で試合を終えた。
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