上 下
362 / 652
第二十章

トロトロした交代と套路

しおりを挟む
 いつもの魔法無効化の感覚を抜け俺が中へ入ると、後半は既に始まっていた。早速、ダリオさんの送ったクロスにリストさんとカーリー選手が競り合い、サイドラインへクリアされる。
『ギアを上げたでござるな!』
『もうお前には惑わされないゾ! ボールに集中ダ!』
 コミュ障の癖に対戦チームの選手には良く話しかけるリストさんが、カーリー選手と何か言い合っていた。が、恐らく両者とも相手の言葉は分からないので雰囲気だろう。リストさんはスポーツ漫画にも造詣が深いから台詞のバリエーションも豊富だろうし。まあその知識は非常に偏ってはいるBL専門が。
「「ピピー!」」
 スローインが行われる前に笛が鳴り、審判さんが選手交代の合図を出した。ここで予定通り、アップ済みのタッキさんがリストさんの代わりにFWへ入る。
「「ゴブー!」」
「タッキさん、守備の時のアレだけちゃんとしてくれれば攻撃は自由で良いから。リーシャさんや他の皆の方が合わせてくれるので」
『セットプレーのストーンと壁は忘れないように! 後は怪我しな……怪我させないように好きにしなさい!』
 試合の突然の中断にブーイングが起こる中、俺は指示を告げナリンさんがそれを通訳した。
『分かってますヨー! ゴブリンは小さいダカラ、殺さないように細心の注意を払うネ!』
「タッキさん、何て?」
 その場で千葉真一さんの真似をする関根勤さんみたいな動きをしているタッキさんを見ながら、俺はナリンさんへ問う。
「えっと、殺さない程度にする? とかのようであります!」
 いやいや殺す気満々の構えと呼吸法やん!
「タッキさんどうどう! 落ち着いて! 交代もゆっくり入って!」
 俺は慌てて指示を追加したがそれには訳があった。ゴブリンさんたちの命が心配だっただけではない。レッドカードによる退場も懸念だし、それ以上に
「交代で流れを切る」
という目的もあったからだ。
『いやいやどうも! 声援ありがとうでござる!』
『早くデロ!』
 リストさんは観衆に手を振りモーションは小走りなのに歩いている程度の速度でタッキさんの方へゆっくり進み、その背をカーリー選手が必死で押していた。
 そもそも戦術的な理由だけの交代なら、ハーフタイム中に申請して後半のキックオフ時にはもうポジションにいて良い。それをわざわざプレイ開始後に行ったのは、合法的にプレイを中断させ相手を焦らせる為だ。
 あのゴブリベロの様子を見るに、それはかなり効いてるようだな。
『リストさん、頑張ったネー!』
『ぐえぇ! 力が強い! タッキ殿タップタップ!』
 それでもなんとかたどり着いた交代ゾーン、ハーフウェイラインとタッチラインが交わる所でタッキさんとリストさんはしっかりと抱き合った。ナイトエルフの剣士にデイエルフのモンク、普段からそれほど深い交流がある両者ではない。これも余計に時間を使ってゴブリン代表を苛立たせようと俺の指示のもと行われている行為である。
 べっ、べつに女の子同士の抱擁百合をたくさん眺めたかった訳じゃないんだからね!?
『はぁ~絞め殺されるかと思ったでござる!』
「リストさんお疲れさま! 落ち着いたらカーリー選手のプレイを見たら良いよ? リストさんとタイプは違うけど、攻撃的なDFとして参考になるから」
 俺は彼女にそう告げ、後はナリンさんに通訳を任せピッチの方へ目をやった。リーグも4試合目、そろそろ有給――累積警告での出場停止の事を言う。いや実際の契約は知らないがサポーター側が勝手にそう呼んでいるのだ――も視野に入れておかないといけない頃合いだ。特に、DF陣については。ティアさんはプレイも気性も荒いし、シャマーさんは手癖が悪いからカードが心配なんだよなあ。
 ちなみにこの『手癖が悪い』と言うのは、競り合いの時に相手の身体やユニフォームを掴んでしまう事を指すのであって、二人きりの時に手を握ってくるとか、すれ違い際にさり気なくボディタッチしてくるとかの意味ではない。
 いやシャマーさんには時々、されているけど。
「ちょいちょい! 今の違うだろ!」
 そんな事を考えていたせいだろうか? クレイ選手に入れ替わられそうになった所でシャマーさんが彼女の肩に手をかけ、ゴブリンは肩関節を外されたかのように大げさに翻筋斗打って倒れ、そして笛が鳴った。
「触ったけど引っ張ってはないですよ! ちゃんと見て下さいよ!」
 テクニカルエリアのギリギリで叫ぶ俺に第四審判のリザードマンさんが下がれ下がれ、というジェスチャーをする。駄目もとで抗議してみたが、当然ジャッジが覆る事はない。
 審判さんは一度ピッチに降り白いブレスを吐いて壁の位置を指示すると、再びスタジアム上方へ戻った。
『俺たちが気付いている事に気付かれたか?』
「ゴブリン代表に気付かれたのであろうか? と」
 憮然とした顔でベンチに戻る俺にザックコーチが訊ね、ナリンさんが通訳する。
「まだ分からないです。クレイ選手はもともとああいう個人技もある選手ですし」
 今のシーン、他の選手なら背中にシャマーさんを感じた段階でセオリー通りワンタッチで戻す所だった。だがクレイ選手は自分の方へ向かってきたボールにパスもトラップもせず、そのまま反転してシャマーさんを抜きにかかったのだ。
 あのシャマーさんを騙すとは大したものだ。いや、シャマーさんだからこそファウルで止められたと言うべきか? そこを突破されていれば、後はもうGKと一対一だった。
「何にせよピンチですね。俺はちょっと考えますので、ナリンさんはニャイアーコーチの補佐を、ザックさんは控え選手のアップをお願いします」 
 俺は両コーチにそう告げると、ジノリコーチが触っている作戦ボードとピッチの様子を交互に見る状態になった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

RUBBER LADY 屈辱の性奴隷調教

RUBBER LADY
ファンタジー
RUBBER LADYが活躍するストーリーの続編です

性癖の館

正妻キドリ
ファンタジー
高校生の姉『美桜』と、小学生の妹『沙羅』は性癖の館へと迷い込んだ。そこは、ありとあらゆる性癖を持った者達が集う、変態達の集会所であった。露出狂、SMの女王様と奴隷、ケモナー、ネクロフィリア、ヴォラレフィリア…。色々な変態達が襲ってくるこの館から、姉妹は無事脱出できるのか!?

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

君の浮気にはエロいお仕置きで済ませてあげるよ

サドラ
恋愛
浮気された主人公。主人公の彼女は学校の先輩と浮気したのだ。許せない主人公は、彼女にお仕置きすることを思いつく。

処理中です...