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第二十章
トロトロした交代と套路
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いつもの魔法無効化の感覚を抜け俺が中へ入ると、後半は既に始まっていた。早速、ダリオさんの送ったクロスにリストさんとカーリー選手が競り合い、サイドラインへクリアされる。
『ギアを上げたでござるな!』
『もうお前には惑わされないゾ! ボールに集中ダ!』
コミュ障の癖に対戦チームの選手には良く話しかけるリストさんが、カーリー選手と何か言い合っていた。が、恐らく両者とも相手の言葉は分からないので雰囲気だろう。リストさんはスポーツ漫画にも造詣が深いから台詞のバリエーションも豊富だろうし。まあその知識は非常に偏ってはいるが。
「「ピピー!」」
スローインが行われる前に笛が鳴り、審判さんが選手交代の合図を出した。ここで予定通り、アップ済みのタッキさんがリストさんの代わりにFWへ入る。
「「ゴブー!」」
「タッキさん、守備の時のアレだけちゃんとしてくれれば攻撃は自由で良いから。リーシャさんや他の皆の方が合わせてくれるので」
『セットプレーのストーンと壁は忘れないように! 後は怪我しな……怪我させないように好きにしなさい!』
試合の突然の中断にブーイングが起こる中、俺は指示を告げナリンさんがそれを通訳した。
『分かってますヨー! ゴブリンは小さいダカラ、殺さないように細心の注意を払うネ!』
「タッキさん、何て?」
その場で千葉真一さんの真似をする関根勤さんみたいな動きをしているタッキさんを見ながら、俺はナリンさんへ問う。
「えっと、殺さない程度にする? とかのようであります!」
いやいや殺す気満々の構えと呼吸法やん!
「タッキさんどうどう! 落ち着いて! 交代もゆっくり入って!」
俺は慌てて指示を追加したがそれには訳があった。ゴブリンさんたちの命が心配だっただけではない。レッドカードによる退場も懸念だし、それ以上に
「交代で流れを切る」
という目的もあったからだ。
『いやいやどうも! 声援ありがとうでござる!』
『早くデロ!』
リストさんは観衆に手を振りモーションは小走りなのに歩いている程度の速度でタッキさんの方へゆっくり進み、その背をカーリー選手が必死で押していた。
そもそも戦術的な理由だけの交代なら、ハーフタイム中に申請して後半のキックオフ時にはもうポジションにいて良い。それをわざわざプレイ開始後に行ったのは、合法的にプレイを中断させ相手を焦らせる為だ。
あのゴブリベロの様子を見るに、それはかなり効いてるようだな。
『リストさん、頑張ったネー!』
『ぐえぇ! 力が強い! タッキ殿タップタップ!』
それでもなんとかたどり着いた交代ゾーン、ハーフウェイラインとタッチラインが交わる所でタッキさんとリストさんはしっかりと抱き合った。ナイトエルフの剣士にデイエルフのモンク、普段からそれほど深い交流がある両者ではない。これも余計に時間を使ってゴブリン代表を苛立たせようと俺の指示のもと行われている行為である。
べっ、べつに女の子同士の抱擁をたくさん眺めたかった訳じゃないんだからね!?
『はぁ~絞め殺されるかと思ったでござる!』
「リストさんお疲れさま! 落ち着いたらカーリー選手のプレイを見たら良いよ? リストさんとタイプは違うけど、攻撃的なDFとして参考になるから」
俺は彼女にそう告げ、後はナリンさんに通訳を任せピッチの方へ目をやった。リーグも4試合目、そろそろ有給――累積警告での出場停止の事を言う。いや実際の契約は知らないがサポーター側が勝手にそう呼んでいるのだ――も視野に入れておかないといけない頃合いだ。特に、DF陣については。ティアさんはプレイも気性も荒いし、シャマーさんは手癖が悪いからカードが心配なんだよなあ。
ちなみにこの『手癖が悪い』と言うのは、競り合いの時に相手の身体やユニフォームを掴んでしまう事を指すのであって、二人きりの時に手を握ってくるとか、すれ違い際にさり気なくボディタッチしてくるとかの意味ではない。
いやシャマーさんには時々、されているけど。
「ちょいちょい! 今の違うだろ!」
そんな事を考えていたせいだろうか? クレイ選手に入れ替わられそうになった所でシャマーさんが彼女の肩に手をかけ、ゴブリンは肩関節を外されたかのように大げさに翻筋斗打って倒れ、そして笛が鳴った。
「触ったけど引っ張ってはないですよ! ちゃんと見て下さいよ!」
テクニカルエリアのギリギリで叫ぶ俺に第四審判のリザードマンさんが下がれ下がれ、というジェスチャーをする。駄目もとで抗議してみたが、当然ジャッジが覆る事はない。
審判さんは一度ピッチに降り白いブレスを吐いて壁の位置を指示すると、再びスタジアム上方へ戻った。
『俺たちが気付いている事に気付かれたか?』
「ゴブリン代表に気付かれたのであろうか? と」
憮然とした顔でベンチに戻る俺にザックコーチが訊ね、ナリンさんが通訳する。
「まだ分からないです。クレイ選手はもともとああいう個人技もある選手ですし」
今のシーン、他の選手なら背中にシャマーさんを感じた段階でセオリー通りワンタッチで戻す所だった。だがクレイ選手は自分の方へ向かってきたボールにパスもトラップもせず、そのまま反転してシャマーさんを抜きにかかったのだ。
あのシャマーさんを騙すとは大したものだ。いや、シャマーさんだからこそファウルで止められたと言うべきか? そこを突破されていれば、後はもうGKと一対一だった。
「何にせよピンチですね。俺はちょっと考えますので、ナリンさんはニャイアーコーチの補佐を、ザックさんは控え選手のアップをお願いします」
俺は両コーチにそう告げると、ジノリコーチが触っている作戦ボードとピッチの様子を交互に見る状態になった。
『ギアを上げたでござるな!』
『もうお前には惑わされないゾ! ボールに集中ダ!』
コミュ障の癖に対戦チームの選手には良く話しかけるリストさんが、カーリー選手と何か言い合っていた。が、恐らく両者とも相手の言葉は分からないので雰囲気だろう。リストさんはスポーツ漫画にも造詣が深いから台詞のバリエーションも豊富だろうし。まあその知識は非常に偏ってはいるが。
「「ピピー!」」
スローインが行われる前に笛が鳴り、審判さんが選手交代の合図を出した。ここで予定通り、アップ済みのタッキさんがリストさんの代わりにFWへ入る。
「「ゴブー!」」
「タッキさん、守備の時のアレだけちゃんとしてくれれば攻撃は自由で良いから。リーシャさんや他の皆の方が合わせてくれるので」
『セットプレーのストーンと壁は忘れないように! 後は怪我しな……怪我させないように好きにしなさい!』
試合の突然の中断にブーイングが起こる中、俺は指示を告げナリンさんがそれを通訳した。
『分かってますヨー! ゴブリンは小さいダカラ、殺さないように細心の注意を払うネ!』
「タッキさん、何て?」
その場で千葉真一さんの真似をする関根勤さんみたいな動きをしているタッキさんを見ながら、俺はナリンさんへ問う。
「えっと、殺さない程度にする? とかのようであります!」
いやいや殺す気満々の構えと呼吸法やん!
「タッキさんどうどう! 落ち着いて! 交代もゆっくり入って!」
俺は慌てて指示を追加したがそれには訳があった。ゴブリンさんたちの命が心配だっただけではない。レッドカードによる退場も懸念だし、それ以上に
「交代で流れを切る」
という目的もあったからだ。
『いやいやどうも! 声援ありがとうでござる!』
『早くデロ!』
リストさんは観衆に手を振りモーションは小走りなのに歩いている程度の速度でタッキさんの方へゆっくり進み、その背をカーリー選手が必死で押していた。
そもそも戦術的な理由だけの交代なら、ハーフタイム中に申請して後半のキックオフ時にはもうポジションにいて良い。それをわざわざプレイ開始後に行ったのは、合法的にプレイを中断させ相手を焦らせる為だ。
あのゴブリベロの様子を見るに、それはかなり効いてるようだな。
『リストさん、頑張ったネー!』
『ぐえぇ! 力が強い! タッキ殿タップタップ!』
それでもなんとかたどり着いた交代ゾーン、ハーフウェイラインとタッチラインが交わる所でタッキさんとリストさんはしっかりと抱き合った。ナイトエルフの剣士にデイエルフのモンク、普段からそれほど深い交流がある両者ではない。これも余計に時間を使ってゴブリン代表を苛立たせようと俺の指示のもと行われている行為である。
べっ、べつに女の子同士の抱擁をたくさん眺めたかった訳じゃないんだからね!?
『はぁ~絞め殺されるかと思ったでござる!』
「リストさんお疲れさま! 落ち着いたらカーリー選手のプレイを見たら良いよ? リストさんとタイプは違うけど、攻撃的なDFとして参考になるから」
俺は彼女にそう告げ、後はナリンさんに通訳を任せピッチの方へ目をやった。リーグも4試合目、そろそろ有給――累積警告での出場停止の事を言う。いや実際の契約は知らないがサポーター側が勝手にそう呼んでいるのだ――も視野に入れておかないといけない頃合いだ。特に、DF陣については。ティアさんはプレイも気性も荒いし、シャマーさんは手癖が悪いからカードが心配なんだよなあ。
ちなみにこの『手癖が悪い』と言うのは、競り合いの時に相手の身体やユニフォームを掴んでしまう事を指すのであって、二人きりの時に手を握ってくるとか、すれ違い際にさり気なくボディタッチしてくるとかの意味ではない。
いやシャマーさんには時々、されているけど。
「ちょいちょい! 今の違うだろ!」
そんな事を考えていたせいだろうか? クレイ選手に入れ替わられそうになった所でシャマーさんが彼女の肩に手をかけ、ゴブリンは肩関節を外されたかのように大げさに翻筋斗打って倒れ、そして笛が鳴った。
「触ったけど引っ張ってはないですよ! ちゃんと見て下さいよ!」
テクニカルエリアのギリギリで叫ぶ俺に第四審判のリザードマンさんが下がれ下がれ、というジェスチャーをする。駄目もとで抗議してみたが、当然ジャッジが覆る事はない。
審判さんは一度ピッチに降り白いブレスを吐いて壁の位置を指示すると、再びスタジアム上方へ戻った。
『俺たちが気付いている事に気付かれたか?』
「ゴブリン代表に気付かれたのであろうか? と」
憮然とした顔でベンチに戻る俺にザックコーチが訊ね、ナリンさんが通訳する。
「まだ分からないです。クレイ選手はもともとああいう個人技もある選手ですし」
今のシーン、他の選手なら背中にシャマーさんを感じた段階でセオリー通りワンタッチで戻す所だった。だがクレイ選手は自分の方へ向かってきたボールにパスもトラップもせず、そのまま反転してシャマーさんを抜きにかかったのだ。
あのシャマーさんを騙すとは大したものだ。いや、シャマーさんだからこそファウルで止められたと言うべきか? そこを突破されていれば、後はもうGKと一対一だった。
「何にせよピンチですね。俺はちょっと考えますので、ナリンさんはニャイアーコーチの補佐を、ザックさんは控え選手のアップをお願いします」
俺は両コーチにそう告げると、ジノリコーチが触っている作戦ボードとピッチの様子を交互に見る状態になった。
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