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七月三十日|張り紙
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電車の車内広告をぼんやり見ていたら、変なものが目に入った。白い紙に手書きで「ここは小説の中です。」とだけ書いてある広告だ。最近ありがちな、ぶっとんだことを書いて目を引くタイプの広告かなと思ったけれど、目を凝らしても会社名やURLは見当たらない。電車を降りるときに近付いて見てみると、それは広告でもなんでもなく、マスキングテープで貼られているただの張り紙だった。公共の場に許可なく張り紙を貼るのは違反行為だ。すぐ剥がされるだろうなと思いながらも、その言葉が妙に心に残り、スマホで写真を撮った。
「うわ、俺も昨日見たよこれ!」
家に帰り、弟に写真を見せてみると、弟は興奮した様子で言った。どこで見たのか尋ねると、弟はスマホのカメラロールをスクロールして、
「俺が見たのはコンビニだけど、全く同じやつだった。あっ、これこれ」
と、わたしに写真を見せてくれた。弟の言葉通り、その張り紙もわたしが見たのと同じように「ここは小説の中です。」と書いてある。
「誰かのいたずら? もしかして他のところにも貼ってあるのかな」
わたしが言うと、弟はにやりと笑った。弟の高校は先週から夏休みに入ったばかりで、わたしの大学もとっくに休みの期間に入っている。弟が考えていることはすぐにわかった。
「よし、他の張り紙も探そう。姉ちゃんもどうせ暇だろ?」
「絶対言うと思った。まぁ、ちょっと楽しそうだけど」
こうして、次の日からわたしたちは張り紙探しを始めた。その結果、二日探しただけであれと同じ張り紙が十七枚も見つかった。加えて、弟が「絶対バズる」と言って投稿したツイートのリプ欄には、同じ張り紙を見たという人からの目撃情報が百件以上寄せられた。目撃した人の中には、北海道や九州に住んでいる人もいた。
「日本全国に貼られてるってこと? なんかの宗教かな」
謎がますます深まり頭を抱えていると、弟が「あっ」と声を上げた。
「今、画像だけのリプが来たんだけど」
その顔は明らかに引きつっていた。嫌がらせで変な画像が送られてきたのだろうと思ったわたしは、身構えて画面を覗き込んだ。が、そこには予想外のものが写っていた。張り紙の写真だ。「宗教じゃありません。あなたたちは、小説の中の人物なんです。」と書かれていた。
「どういうこと? 誰が送ってきたの?」
「知らない人だよ、七草って名前の人」
急に鳥肌が立って、わたしは助けを求めるように弟を見た。弟は強ばった表情でわたしを見た。
「俺ら、生きてるよね? ここ、小説の中なんかじゃないよね?」
弟に聞かれ「あたりまえじゃん」と笑おうとしたけれど、全然うまく笑えなかった。でも、弟のためにできるだけ明るい声を出して言った。
「ここは現実世界だよ。その証拠に、あんたは昔からずっと弟だし、わたしはずっとお姉ちゃんだったでしょ」
「じゃあ、俺の名前は?」
「え?」
急に弟に尋ねられ、言葉に詰まった。名前? 弟の?
「俺らの苗字は何? 俺らってどこに住んでるの?」
「それは……」
弟の質問になにも答えられず、血の気が引いていくのを感じた。指と唇が震えた。ふと嫌な予感がして、わたしはゆっくりと振り返った。弟もつられて振り返った。わたしたちのうしろの壁に張り紙があった。
「知らなくて当然です。だってそこまでプロフィール作ってないから。」
そこでわたしは、自分の名前も知らないことにようやく気が付いた。
「うわ、俺も昨日見たよこれ!」
家に帰り、弟に写真を見せてみると、弟は興奮した様子で言った。どこで見たのか尋ねると、弟はスマホのカメラロールをスクロールして、
「俺が見たのはコンビニだけど、全く同じやつだった。あっ、これこれ」
と、わたしに写真を見せてくれた。弟の言葉通り、その張り紙もわたしが見たのと同じように「ここは小説の中です。」と書いてある。
「誰かのいたずら? もしかして他のところにも貼ってあるのかな」
わたしが言うと、弟はにやりと笑った。弟の高校は先週から夏休みに入ったばかりで、わたしの大学もとっくに休みの期間に入っている。弟が考えていることはすぐにわかった。
「よし、他の張り紙も探そう。姉ちゃんもどうせ暇だろ?」
「絶対言うと思った。まぁ、ちょっと楽しそうだけど」
こうして、次の日からわたしたちは張り紙探しを始めた。その結果、二日探しただけであれと同じ張り紙が十七枚も見つかった。加えて、弟が「絶対バズる」と言って投稿したツイートのリプ欄には、同じ張り紙を見たという人からの目撃情報が百件以上寄せられた。目撃した人の中には、北海道や九州に住んでいる人もいた。
「日本全国に貼られてるってこと? なんかの宗教かな」
謎がますます深まり頭を抱えていると、弟が「あっ」と声を上げた。
「今、画像だけのリプが来たんだけど」
その顔は明らかに引きつっていた。嫌がらせで変な画像が送られてきたのだろうと思ったわたしは、身構えて画面を覗き込んだ。が、そこには予想外のものが写っていた。張り紙の写真だ。「宗教じゃありません。あなたたちは、小説の中の人物なんです。」と書かれていた。
「どういうこと? 誰が送ってきたの?」
「知らない人だよ、七草って名前の人」
急に鳥肌が立って、わたしは助けを求めるように弟を見た。弟は強ばった表情でわたしを見た。
「俺ら、生きてるよね? ここ、小説の中なんかじゃないよね?」
弟に聞かれ「あたりまえじゃん」と笑おうとしたけれど、全然うまく笑えなかった。でも、弟のためにできるだけ明るい声を出して言った。
「ここは現実世界だよ。その証拠に、あんたは昔からずっと弟だし、わたしはずっとお姉ちゃんだったでしょ」
「じゃあ、俺の名前は?」
「え?」
急に弟に尋ねられ、言葉に詰まった。名前? 弟の?
「俺らの苗字は何? 俺らってどこに住んでるの?」
「それは……」
弟の質問になにも答えられず、血の気が引いていくのを感じた。指と唇が震えた。ふと嫌な予感がして、わたしはゆっくりと振り返った。弟もつられて振り返った。わたしたちのうしろの壁に張り紙があった。
「知らなくて当然です。だってそこまでプロフィール作ってないから。」
そこでわたしは、自分の名前も知らないことにようやく気が付いた。
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