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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第十二章】 刻一刻

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   ~another point of view~


「親方によろしく伝えてくれ」
 クロンヴァール王は愛用の剣を腰から取り外すと、目の前に立つハイクに手渡した。
 愛用の宝剣を手放すのは定期的に手入れをさせるべく鍛冶屋に預ける時ぐらいのもであり、道中或いはその鍛冶屋で万が一にも奪われるようなことがあってはならないとハイクかユメールが届ける役を任されている上にその手入れが終わるまでは鍛冶屋でも剣の傍を離れないのが通例となっている程に厳重に扱われている。
 ハイクは鞘に収まった剣を受け取ると、玉座に座るクロンヴァール王の横にいるユメールに視線を向けた。
 兵士を引き連れて城下の警邏に出ていたはずだというのに、一足どころか三足ほど早い帰りに若干イラっとしたせいだ。
 だからと言って指摘しても無駄なのは分かり切っているため黙ってその視線をクロンヴァール王に戻すのだった。
「姉御はこの後どうすんだ? つーか、剣を受け取るぐらいここじゃなくてもよかったろうに」
「そのためだけにここに呼んだわけではないさ。夕食までは少し時間があるし、久方ぶりにローレンスのところに顔を出そうかと思っていたのだがAJに捕まってな。なんでも急ぎの報告があるからクリスと共に玉座に居てくれとのことだ」
 ローレンスとは城下にある大きな教会の大司教の名だ。
 世界中の教会や修道院からの尊敬を集める偉大な人物であるローレンス大司教はクロンヴァール王が幼少の頃から慕い、亡き父やロスキー・セラムと並んで数少ない尊敬出来る人物でもあった。
「そう言われてみりゃ最近忙しくて教会に顔を出してねえ気もするが、それよりもAJの要件ってのが気になるな」
 ハイクは考える。
 ジェインは一連の騒動が内部犯である可能性を追って密かに城内の人間を調査しているという話だった。
 個人的なものではない報告をする時、ジェインは決まってこの玉座の間でそれを行う。
 そんないつの間にか自分達がしなくなった慣例に従って話をしようとするということは何か情報を掴んだのだろうか。
 それにしてもユメールを一緒にという意味はいま一つ分からないが、一時的とはいえ武器を手放す王への配慮なのかもしれない。
「そんなことよりも、です。AJの奴め、ちょっとお姉様が甘やかしたら何度も何度も呼び出す様な真似をするとは奴も随分と偉くなったもんですなぁ、ですっ」
 真剣に黙考を重ねるハイクとは違ってただ一人ユメールは不満げだった。
 警邏を兵士達に任せて先に帰って来たのは教会に行くクロンヴァール王に同行するためだ。
 それを邪魔された気になっている上にジェインにそれをされるのは今日既に二度目なのだから唇を尖らさずにはいられない。
「アホか、本来国王への報告ってのはここでするもんだろうが。野郎が偉くなったんじゃなくてお前が偉そうになったからそう思うだけだ」
「黙るですダン。もうクリスの生態活動に必要なお姉様成分が不足し過ぎて美容と健康に大きな影響をもたらすこと間違いない感じです。まあ、使いっ走り専門のお前には分からんだろうがな、です」
 普段通りに憎まれ口を叩いたユメールは玉座に腰掛けるクロンヴァール王へと身を寄せた。
 そしてその頭を撫でられると甘美な心地よさに目を細める。
 やはりユメールには甘いクロンヴァール王だった。
「口ではこう言っているが、クリスはお前以外を遣いに出すとそれはそれで拗ねてしまうのでな。今更気を悪くするお前ではないだろうが、頼まれてくれか」
「この程度で気を悪くしてたら俺は今頃怒り死んでるだろうよ。気を悪くしてなくても軽くブッ飛ばしたいのはいつものことが、俺が使いっ走って解決するなら何だっていいさ。ただ帰りは少し遅くなるぜ」
「今日は客人が居る。夕食にさえ間に合えば好きにして構わんが、寄り道でもする気か?」
「一旦警邏兵と合流してこいつが途中で抜け出した見廻りの続きをしてから鍛冶屋に行く。しなくてもいいはずの寄り道であることには違いねえがな」
 そんなハイクにクロンヴァール王は静かに微笑を浮かべる。
 ユメールと同様、口では文句を言っていながらもいつだって率先して自分や仲間の尻拭いが出来るハイクだからこそ傍に置いておきたいと思うと同時によく出来た弟分を可愛く思うのだ。
 同じ気持ちを抱いているかは随分と怪しいところではあるが、そんなハイクを見てユメールもにんまりと親指を立てた。
「さっすがダンですっ。そういう便利で使い勝手の良い兄を持つクリスは幸せ者です」
「てめえみたいな妹はいらねえ」
 ハイクは面倒臭そうに言って背を向けると、そのまま町へ向かうべく部屋を出て行った。

          ○

 カチャリと、静かに扉が閉まるとアッシュ・ジェインは客人用の椅子に腰を下ろした。
 元々十七歳と若いこともあって幼さの残る愛嬌のある顔はまるで感情を読ませまいとするかの様に、どこに居ても変わらない微笑の混じった表情を維持している。
 場所はハンバル大臣の部屋だ。
「機微はどうだ?」
 部屋の主は何かもてなしをするわけでもなく本題を口にする。
 こちらも同じく愛想の悪い表情が変わることはほとんどない。
「概ね良好、と言っておきましょう。兵士五十名は王子の部屋の近くで待機させています。見分けが付くように腕に黒い布を巻いているのですぐに分かるかと。それから、客人は部屋に入り、たった今ハイクが陛下の剣を預かっていたのでじき城を出るでしょう。例の爆発騒ぎのせいで予想より時間は遅くなっていますが、まだ陽が沈むまでには時間がありますし、玉座の間に陛下を呼んであるのでお膳立ては整ったと言っていいと思います。唯一、ユメールが傍に居ることが懸念材料ではありますけどね」
 段取りを任されていたジェインは見たままのことを報告した。
 唯一口にしなかったのはユメールが偶然クロンヴァールの傍にいるのではないということぐらいだ。
「そうか、ご苦労だったな。武器を手放した陛下の傍にユメールがいることは元より想定の範囲内。直ちに王子に伝え、兵を率いて襲撃させる」
「しばらくは邪魔も入らないでしょうけど、本当に王子一人で大丈夫ですか?」
「人一人殺させるぐらいのことはあのお方でも出来る。いくら陛下がお強いといっても丸腰で武器を持った五十人の兵士を相手にすることは出来まい」
「そうだといいんですけどねえ。あまりアテにし過ぎると失敗した時が怖いですし」
 どこまでも愚かな人だ、とジェインは思う。
 ハンバルや王子はクロンヴァール王の持つ本当の強さというものを知らないのだろう。
 精々城内で鍛錬している姿ぐらいしか見たことがないのだ。知らぬとて無理もないが、例え素手でも五十どころか百人を相手にしてもただの兵士相手なら打ち倒してしまうだけの腕がある。
 流石に二百と言われると厳しいものがあるだろうが、そうでなければ世界一なんて言われるはずがない。
 いや、それ以前に五十名の兵士程度では陛下はおろかユメール一人にだって勝てやしないだろう。
 そんなことも知らずによくも家臣を名乗れるものだ。
 考えれば考える程に、こんな二人にわざわざ付き合うことはなかったのではないかとジェインは辟易するのだった。
 もっとも、始めから二人が国王の命をどうにか出来ると思っていたわけでもない。
 ただ義理として結末を見届けることにしたに過ぎないのだ。
 流石に爆弾を仕掛けたと聞いた時には悠長にしていられなかった部分もあったとはいえ露骨に妨害工作をするわけにもいかず、だからこそ自身が動きやすい様に誘導していたというのにと嘆く気持ちのせいでますます気が進まなくなっていくばかりである。
「失敗すると思っているのか?」
 あれこれと考えているとハンバルが不機嫌そうな声で睨み付ける。
 考え込むジェインを見て何か不安要素でもあるのではと勘繰った。
「そういうわけではないですけど、そうなった時の事を全く考えないというのは愚かしい行為なのではないかと思いましてね」
「そこまで気楽な人生を送ってはおらんわ。しっかり保険は掛けておる」
「保険とは?」
「仮に陛下を仕留め損なったとしても、殿下は私の名前を口にしない」
「なるほど、それが王子にとっても保険になっているわけですか。名目上は」
「何を言っているのか分からんな」
「それならそれでいいですけど、果たして信用出来るんですかねぇ。あの王子が自分以外の人間のことを考えるとも中々思えませんけど……ま、いずれにせよボクの方でもその場合の対策はしてありますのでご心配なく」
「対策だと? 具体的にはどういうものだ」
「身代わりの黒幕と城からの脱出経路、そして安全に身を隠していられる場所を用意しています。二人共々捕まってしまっても大丈夫なようにね。勿論人名、経路、場所は今は明かせません、そうすれば万が一貴方までもが捕らえられる事態になってもボクを売ろうとは思わないでしょう。王子はボクが貴方と共謀していることは知らないですけど、貴方がボクを売らないとも限りませんからね」
「フン、結局貴様もしていることは私と同じではないか」
「それが生き残るための術、とボクに言っていたのはハンバルさんですからね」
「確かにあの馬鹿では何があるか分からん。貴様のことは王子には話していないし、貴様どころか誰一人例外なく気に入らんと言うお方だ。事前に話したところで何ら意味を持たないのは目に見えておる。だが、貴様が私を裏切れば私も同じ様にする、それだけは肝に銘じておけ」
「分かってますって。成功にしろ失敗にしろ、事後処理はボクの担当ですからね」
「分かっているなら結構。今日この日が長年待ち侘びた我々が自ら運命を変える日だ。もう後には退けぬのだ、私は王子に実行の準備が出来たと伝えてくる」
「ではボクは玉座の間に兵士や使用人が近付かないようにしておきますよ」
 ハンバルは立ち上がると、ジェインには目もくれずにそのまま部屋を後にする。
 残されたジェインは足音が遠ざかっていくのを確認して、やれやれと首を振った。
「確かに、運命が変わる日でしょうねぇ。利用しているつもりが利用されている、彼がそれを自覚する時がくるのかどうか……どっちにしても頼まれていた協力はこれで果たしたし、実験の結果までは僕が関知するところじゃない。あとは陛下への義理のために動かせてもらうよ」
 誰も居ない部屋で一人溜息混じりに零したのちにジェインも立ち上がると、面倒な事を引き受けたものだと自嘲気味に笑って静かに部屋を立ち去った。
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