勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている

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【勇者が仲間になりたそうにこちらを見ている③ ~ただ一人の反逆者~】

【第十一章】 駆け付けた勇者

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 時間も経ち、随分と精神的にも落ち着いてきた。
 牢屋の中にいる自分に慣れてきたというか、間違っても受け入れているわけではないのだけど取り敢えず死刑になることはなさそうだという認識がそうさせているのかもしれない。
 クロンヴァールさんとブーメランの人には話が通じること、AJが協力してくれると言ったこと、そしてセミリアさんが来るということ、それら全てを加味すると少なくとも最悪の結末にはなるまい。
 一番の懸念材料は例のハンバルという人物だろうか。
 もしも僕が、言い換えれば無実の誰かが代わりに捕まったと知った時、その者の疑いが晴れる前に犯人に仕立て上げようとすることは十分に考えられる。
 ただでさえ元々がこの城で働く大臣ということだ。
 誰かに何かを吹き込んだり、偽の状況証拠をでっち上げた挙げ句に死刑執行に持ち込むとか、もっと言えば殺して有耶無耶なままに口封じをしてしまうことも出来ないわけではないだろう。
 僕がそう言われたことからも分かる通り真犯人とて捕まれば死刑になるのだ。
 自分が仕えている主であり一国の王をも殺そうとする人間ならば、自分が死刑になるぐらいならと無関係の誰かを殺すことを躊躇う理由がない。
 今この現状でそのことを知っていて、その動きを察知出来るのはAJしかいない。
 それに関しては彼を頼るしかないわけだが……そうなると気になるのはもう一人の存在だ。
 レコーダーに記録したのが会話であった以上そこに相手が居たはず。
 その人物が誰か分からない以上、クロンヴァールさんの身にしろ僕の身にしろ何か次なる手を打ってきた時にどうなってしまうことか。
 そう考えると全然全く落ち着いている場合ではないと、具体的に言えば散々保証されてきた食事がいざ届いてみると味も何も無いパンがそのままの状態で水と一緒に出て来たことにげんなりしている場合ではないと、結局パンに口をつけずに考える時間を続行することに決めてすぐのことだった。
 再びこの地下牢に扉が開く音が響く。
 やけに慌ただしく、まるで飛び込んで来る様に開いた扉の向こうから現れたのは銀色の髪の毛が否応なく自己主張をしている、ようやく再会を果たすことが出来た僕の知っている人物だった。
「コウヘイっ」
 その人物ことセミリアさんは僕が居る牢の前まで走ってくると、鉄格子を掴み悲愴感漂う表情で叫ぶように僕の名前を呼んだ。
 少し前までの僕なら同じ様に鉄格子に駆け寄って助けを求めたりしたのだろうが、そんな取り乱していた自分が今更恥ずかしくなってきていたばかりの僕はゆっくりと立ち上がることを選択する。
 しかし、これはこれで無駄に落ち着いているように見せようとしすぎて逆に不自然なんじゃないかというレベルの平静さ具合だということにすぐに気付くというグダグダな再会シーンだった。
「セミリアさん……よかった、また会うことが出来て」
「済まない……私のせいで」
「そんな風に言わないでください。ほとんど僕が抜けてたせいだと思いますし」
「そんなことはない。私がちゃんと城まで送っていくべきだったのだ、それがこんな所に閉じ込められて……」
「セミリアさんは悪くないですってば、むしろこっちが迷惑掛けてすいませんって感じですから。移動が失敗してしまったにしてもどうして来たこともないこの国に到着してしまったのかは今でもよく分からないんですけど」
「それも私のせいだろう。コウヘイに渡したエレマージリングは元々私がこの国に来るために使うはずの物だったのだ。その残留思念がお主のイメージよりまさってしまったのだと思う」
「そういうものなんですか……」
 結構必死に頭に思い描いたはずなんだけど、それでも負けてしまうって僕のイメージってどんだけ弱かったんだろう……。
 とまあ、それはさておき僕はやっぱりセミリアさんのせいではないと思うのだけど、それを言ってもいつかのマリアーニさんに二人で頭を下げた時と同じく堂々巡りな気がする。
 なので取り敢えず今後どうするかという話をしようとしたのだが、それよりも先に後ろから歩いて追い付いてきたクロンヴァールさんにセミリアさんの視線が移った。
「クロンヴァール王、コウヘイは間違いなく無実です。どうか処分についてご再考をお願いしたい」
 セミリアさんの訴えに対し、クロンヴァールさんは風格のある佇まいや表情を崩さず僅かに口の端を上げたかと思うと、
「コウヘイとやらの言い分は既に聞いている。確かに納得がいくだけの話でもあったし無実である可能性も大いにあるだろう。しかし不法に入国している事実に変わりはないことに加え無実である証拠もない。真相が分からない今我々に取ってこの状況は当然の処置だと思うが、なぜお前はこいつが無実だと言い切れる聖剣」
「私がコウヘイを信じている、それ以外に理由など必要ありませぬ。もしもコウヘイの無実を証明するために私に出来ることがあるのであれば、何なりと言っていただきたい」
「ほう。何なりと、か。随分と大きく出るものだな、お前は誰よりも正義と平和のために剣を振るう存在であったはず。下手をすると処刑されることになってもおかしくないこの小僧がそんなに大事か」
「無礼は承知の上。しかし、もしもコウヘイを処刑すると仰るのであれば私は必ずやそれを阻止します。例え貴女様や……この国を敵に回すことになろうとも」
「はっはっは、随分と信頼されているではないかコウヘイとやら。この聖剣にそこまで言わせるとは恐れ入る。ではこういうのはどうだ、聖剣よ。勇者の名を捨て私の部下になれ、そうすれば事実に関わらずこの男を解放してやる」
 意地の悪い笑みを浮かべて、クロンヴァールさんはセミリアさんではなく僕を見る。
 なんて汚いことを言うんだ……そんなことが受け入れられるはずがない。
 自らの存在意義と僕の命、そのどちらかを選ばせようというのか。
 そこにどんな意味があるというんだ、勝手なイメージとはいえ僕はこのクロンヴァールさんは立派な人物だと思っていたのに……。
 そんなある種の軽蔑を抱きながら、セミリアさんにそんな言葉に乗せられる必要はないと伝えようとしたものの、僕にその言葉を挟む余地はなかった。
「わかりました」
 ほとんど即答といってもいいセミリアさんのそんな言葉。
 その表情には躊躇いも、心が揺れた様子も一切ない。
 毅然とした表情でハッキリと、セミリアさんはそう答えた。
「セ、セミリアさん!?」
「心配するなコウヘイ、お主のことは何があっても私が無事に取り戻す。クロンヴァール王、元よりコウヘイがここに居るのは全て私が原因です。例えそうではない出会いだったとしても、何よりも大切な仲間であるコウヘイの命を救うためならば……私にこの身を差し出すことを躊躇う理由は何一つない」
 止めようとするよりも先に、セミリアさんは宣言してしまった。
 僕が心配しているのは我が身ではないと言いたいのに、どうにか止めさせなければと思っているのに、そんな気持ちとは裏腹にセミリアさんの僕を思う気持ちの強さに僕の心の方が揺れてしまい、返す言葉を失ってしまう。
 そんな中で次に声を発したのはクロンヴァールさんだった。
 いつの間にか先程までの嫌らしい表情はすっかり消えてしまっている。
「やれやれ、真面目過ぎるというのも考えものだな。もう少し慌てたり悩んだりするのかと期待したが、そう言われてしまっては私が下らない人間ではないか」
「何を仰りたいのですか、クロンヴァール王」
「冗談に決まっているだろう、と言っているのだ。そのぐらいの処世術は身に着けておかねばいずれどこかで苦労するぞ聖剣。余計なお世話かもしれんがな」
「…………」
「…………」
 僕とセミリアさんは顔を見合わせる。
 結局のところ何が言いたかったんだろうか。セミリアさんをからかっただけなのか?
「お前達があれこれと覚悟をする必要などない。城内も城下も徹底的に調査させている、今日のうちに片が付くかは分からないが聖剣が帰国する際に一緒に帰してやるさ。お前の潔白を証明するためにもそのどちらかの条件を満たすまではそこに居て貰う。元はお前が蒔いた種だ、それぐらいは受け入れろ」
「で、でもクロンヴァールさん……入国の件もあるのでは」
「相変わらず察しの悪い奴だな。不本意なものであったことも考慮して不問にしてやろうと言っている。どちらかと言えば聖剣に免じて、という意味合いの方が強いがな。グランフェルト王国やリュドヴィック王に対してはそうは思わないが、聖剣とは良い関係でいたいというのは私の偽りのない気持ちなのでな」
 クロンヴァールさんはいつもの不敵な笑みを浮かべて言うと、そこでセミリアさんに向き直る。
「さて聖剣、会談は夕食の席で行う予定だ。部屋を用意させているからそれまではそこで過ごしてもらうことになる。必要な物があれば使用人を好きに使えばいい」
「承知しました。コウヘイ、私は一旦離れるが後でまた様子を見に来る、お主がなんと言おうと必ず一緒に帰るからな」
「ありがとうございます、セミリアさん。それから……クロンヴァールさんも」
「フン、ついでの礼など言われる筋合いもないわ。だが、いつかお前が恩を売っておいた価値があったと思わせるだけの男になる可能性には少しだけ期待しておいてやる」
 それだけを言い残してクロンヴァールさんは牢の前から去っていった。
 セミリアさんも『また後で』という意味を込めて僕に片手を上げ、それに続く。
 僕が一人で牢の中に居ることに未だ変わりはないけど、ひとまずどうにかなることに安堵しつつ、なんだか二人揃って女性なのに男前な性格だなぁなんてよく分からない感想を抱くのだった。
 しかし……改めて考えてみると冤罪である上にクロンヴァールさんを助けようとしたがために牢屋に入れられた僕がお礼を言わなきゃいけない理由は確かに無いんじゃないかと思うのは果たして気のせいだろうか。
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