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第28章 桑木の約編

第197話 決着のつけ方

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張飛との一騎打ちの後、自陣に戻った馬超は、未だ興奮が冷めやらんという状態だった。

『ここまでの相手は、久しぶりだと。俺は、あんな奴、初めてだ』

強敵と闘ったというだけではなく、何気なく放った張飛の言葉に、実は衝撃を受けていたのである。
昔、閻行えんこうに殺されかけたことはあったが、あの時は、まだ若かった。

歳を重ね、その武芸に円熟味が増した今であれば、閻行にすら勝てる自信がある。
曹操軍の猛者たちとも闘ったが、あそこまで攻撃を受けられ、跳ね返された記憶はなかった。
あの張飛は、今の自分と同格の位置にいる。

そして、張飛は、これまで自身と同格以上の相手と何度も闘ってきたのだろう。
西涼の錦と言われ、涼州ではその武勇を褒めたたえられてはいるが、自分が井の中の蛙だったことを思い知らされた。

「どうでした?張飛と闘った感想は?」
そこに馬超を戦場に戻した李恢がやって来る。
文官の彼は、前線には立たないが、もちろん、二人の一騎打ちは見ていた。

「世には、強い奴はいくらでもいる。改めて、知らされた」
「あの呂布と互角と言われた男ですからね。しかし、馬超殿も引けを取らなかった」

李恢が話す通りで、馬超は今、充実感に満ちている。それが興奮している要因でもあった。
恐らく、千合近くは打ち合ったと思うが、そのほとんどが記憶にある。

お互い、無駄な攻撃をしなかったからだと思うが、馬超は、今までこんなことはなかったのだ。
声をかけてくれた李恢に、馬超は改めて感謝する。
あのまま涼州の地に留まっていれば、今日のような体験は一生できなかったはずだ。

「言ったではありませんか。貴方の才能が、このまま埋もれるのが、私は悔しいと」
張飛と馬超の一騎打ちは、きっと伝説になるだろう。
それを実現するのに一役、買った。李恢は、それだけで誇らしく、馬超からの礼など不要なのだ。

そろそろ、明日の再戦に備えなければならない時間である。李恢は、馬超に休息を取るように促した。
休戦後、劉備側からの使者が訪問し、朝一番から再開する取り決めとなっていたのである。

世紀の一戦の二回戦。
李恢は、今から楽しみにいているのだった。


朝日が昇り切ったところで、劉備軍、馬超軍の両軍が集まった。
右に劉備、左に馬超と綺麗に半分に分かれている。
両軍が見守る中、二人の勇者が中央で揃った。

最早、戦の決着は兵士同士の戦いではなく、武将同士の一騎打ちで定まる。
まるで、そのような取り決めが生じているようだった。

張飛と馬超は近い距離で、睨み合うというよりは、互いに尊敬の念を抱いているような眼差しを向け合う。

「体調は、きちんと整っているだろうな?」
「大丈夫だ。抜かりはない」
「じゃあ、始めようぜ」

張飛の台詞で、再び、戦いの火蓋は切って落とされた。
一合目から、全力の一撃を互いに繰り出す。

その風圧、衝撃波のようなものが、見守る両軍に届き、歓声が沸き立つのだった。
激しく連続で聞こえる金属音に、ほとばしる汗。
両者の息遣いまで、余すところなく両軍に伝わる。

その時々で、多少、優劣が移り変わるのだが、その度に喝采、悲鳴へと切り替わっていった。
そして、本日も休憩を挟みながら、千合を越える熱戦を繰り広げるも、決着がつかないままなのである。
再び、明日へと持ち越しとなるのだ。

この一戦を一部始終見ていた劉備は、思わずため息を漏らす。
二人の英雄の闘いに、決着がつくとすれば、いずれかの死によってだ。

もちろん、張飛が負ける姿など想像もできないが、劉備の目からも馬超との優劣の差は見極めることができない。
万が一ということもあり得た。更に最悪なのは、両者共倒れになる可能性だってある。

それは、中華の損失でしかないように思えたのだ。
そんな馬超という男を、もっと知っておく必要がある。
劉備は、そう思わずにはいられなかった。

「孔明、馬超と少し話がしたいのだが、どうしたらいい?」
「そろそろ、そうおっしゃる頃だと思っておりました。向こうの李恢殿と法正殿が旧知の間柄のようです。その伝手を頼りましょう」

程なくして、渡りがついたのか、諸葛亮から出発の準備を促される。
劉備は諸葛亮と張飛を伴って、敵陣へと向かった。
多くの兵を連れて行っては、馬超軍を刺激すると護衛は、十数名と張飛のみとする。

馬超は、李恢から劉備が会いに来ると聞いた時、その話自体、信じられなかった。しかし、実際、少人数でやって来るのに対して、その豪胆さに目を見張るのだった。

「お初にお目にかかる。俺が劉備玄徳だ」
「こちらこそ、馬超孟起でございます」

多少、ぎこちない挨拶だったが、両者は初体面を果たす。
お互い、容姿や風貌を観察し合い、噂に違わぬ英雄だと認め合った。
だが、今は敵同士。来訪目的いかんによっては、ここで討ち取らねばならぬと馬超は考える。

「わざわざご足労いただきましたが、どのようなご用件でしょうか?」
馬超は、核心をついた質問を早速、投げかけた。

この時点で劉備が降伏するとは考えられないため、せいぜい停戦の申し込みだと思うが、恩人、李恢の手前、簡単に受けるわけにはいかない。

「いやなに、馬超殿の敵とは、一体、誰なのかを確認しにきただけさ」
「私の敵?・・・」

今、交戦しているのは劉備だが、元々、怨嗟えんさがある訳ではなかった。
敵と問われて、思いつくのは、楊阜ようふ趙昂ちょうこうあたりか。
いや、現在、涼州を治めているのは・・・

「実は俺は今、季玉殿と益州の地を争っているが、真の敵は別にある」
「その名を伺っても?」
「曹操孟徳さ」

当然の名だが、馬超は、聞いてはっとする。それは、今さらながら、馬超が思い浮かべている相手と一致しているからだ。
だが、共通の敵を持っているからと言って、どうこうするような単純な話でもない。

「なぜ、曹操を敵と目しながら、益州を侵す?」
「力が足りないからだよ。いくら志があっても、力がなければ何も達成できない」
「益州を取れば、曹操に勝てるのですか?」

それは分からないと、劉備は首を振った。
ただ、益州をとることで、やっと曹操と戦う資格を得ることができると言う。

無論、他人の迷惑を顧みない勝手な持論だとも付け加えた。
確かに、そんな理由で攻められる劉璋にとっては、たまったものではない。

「後世に汚名が残るかもしれませんよ?それでも益州を取るのですか?」
「あああ。曹操が魏公にまでなっちまった以上、あいつに天子奉戴を薦めた責任をどんなことがあっても、とらなければならない」

真実がどうかわからないが、今の曹操が権勢をふるうようになった状況に、劉備は関与したと言うのだ。
その責任は山より高く谷より深い。
少なくとも劉備は、そう思っているようだ。

「最初の質問に戻るけど、俺はあんたの敵か?倒すべき相手だろうか?」
馬超は、すぐには答えられない。既に怨敵の名を心の中に刻んでいるのだ。

しかし、それを言ってしまえば、李恢に会わせる顔がなくなってしまう。
そんな苦しんでいる馬超の様子に、李恢が救いの手を差し伸べた。

「私が馬超殿をこの地までお連れした真意は、何度も言うようですが、貴方の才能を埋もれさせないためですよ。それ以外のことは、些事でしかない」
「そ、それは?」

李恢はにっこり微笑んで、それ以上は何も言わない。全て、馬超に任せると言わんばかりである。
馬超の解釈が間違っていなければ、その力を発揮できるのであれば、どの旗の下でも構わないと言っているような気がした。

だが、それでは、主君を裏切る結末もあり得るということだが・・・
馬超は、更に深く考え込む。

正直、その馬超の解釈は間違ってはいなかった。
李恢は、法正からの連絡を受け、この会談を了承した時点で、劉備につく覚悟はできている。

例え、主君を裏切ることになろうとも馬超について行こうと決めたのだ。
それほどまでに、馬超の才能に惚れ込んだのである。

「馬超殿の思うようになさいませ」
この言葉が最後に後押しとなった。

「俺の敵は、曹操孟徳、ただ一人だ。俺の反乱のせいかもしれないが、一族を滅ぼしたのは、間違いなく曹操。この恨みは、一生消えることはない」
「良かった。それだけ聞ければ、十分だよ」

そう言うと、劉備は立ち上がったのである。そのまま、立ち去ろうともする。
この流れならば、馬超を勧誘するのではないのか?

「どこへ行かれる?」
「自陣に戻って、明日の準備をしなくちゃね。まだ、決着がついてないだろ」
「いや・・・」

確かにそうだが、馬超はもう劉備を敵と見ることができない。
この気持ちのまま、一騎打ちに望める自信がなかった。

「長兄も意地が悪い。決着のつけ方は、たった今、変わっただろう」
張飛が劉備を引き留める。強引に、抱えて席につかせるのだ。
格好よく立ち去ろうとした劉備としては、台無しだが、大人しく張飛の言葉を待つ。

「どうだ、どちらが先に曹操の首を獲るか勝負しようぜ」
「ふっ」

今まで黙っていた諸葛亮が吹き出した。あまりにも張飛らしい、発想である。
しかし、これで場の空気が温まった。

「面白い。受けて立ちましょう」
馬超が自分の気持ちを素直に言える雰囲気となったのである。
張飛と馬超は、がっちりと手を握り合い、勝負が成立したのだった。

翌朝、馬超が目覚めると、これまでにない晴れやかに気分となっていることに気づく。
自分の目的が、はっきりとし、達成に向けての正確な未来が見えたのだ。
そのためには、劉備が蜀を取らなければならない。

「馬岱。俺は、ようやく自分が成すべきことと向き合えそうだ」

馬岱は、馬超に関中騒乱前の笑顔が戻ったと感じた。
裏切りの連続で、自分を見失い暗闇の中でもがく。あの頃の馬超は、もうどこにもいない。
綿竹関の空に登る太陽がまばゆい光を差した。
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