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第4章 炎都崩壊編

第21話 陽人の戦い

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「曹操の奴め。偽の詔勅でよくやりおる」
董卓の顔色をうかがう者は、今の言動も不機嫌からくるものなのか分からず、誰も返答ができない。
余計な不興を買うと、どんな仕打ちが待っているか分からないからだ。

そこに遅れて李儒が参上した。
この男の登場に皆、一様にホッとする。

このような悪漢を待ちわびるとは、情けない話だが、董卓を扱うことに関してはこの李儒が飛び抜けている。

「離間の計、成功いたしました」
「うむ。よくやった」

孫堅の快進撃が止まったのは、李儒による袁術と孫堅の仲をさく、離間の計によるものだった。
策にはまった袁術が兵糧を送るのを止めたことによって、孫堅軍は窮地に陥り失速する。

「袁術は能がなく気位だけが高い男、造作もないことでございます。これで曹操を取り逃がした失態を少しは挽回できたというもの」
「曹操の件はお主の責任ではない。そもそも儂が曹操を泳がせたせいよ」
相国しょうこくさまの寛大な御心に感謝いたします」

董卓の機嫌はすっかりと良くなる。
やはり、董卓の取り扱いは李儒が天下一品のようだ。

李儒が董卓のことを相国という敬称で表現したが、相国とは三公よりも上位で、前漢の功臣・蕭何が就き、以降は畏れ多く誰も就任しなかった役職である。
剣履上殿けんりじょうでんに続き、またも蕭何と同等のように振舞う董卓だった。

亜父あふよ。俺の出番はまだか?」
そこに呂布がやってきた。
董卓の配下になって、まだ、戦場に立っておらず、早く赤兎馬を駆って戦いたい。
うずうずして止まないのだ。

「呂布将軍は徐栄殿の後詰、虎牢関ころうかんにつめていただきます」
「徐栄ごときに手こずっているようでは、虎牢関まで辿り着かないのではないか?」

李儒は戦果としては、そうなるのが一番ですがと、前置きした後、
「徐栄殿が逆賊どもを打ち負かした際には追い討ちをかけます。その時までお待ちください」と指示する。
董卓からも諭されると、呂布はしぶしぶ去って行った。

「まぁ、儂もあの呂布と赤兎馬の組合せを見てみたいがな」
「それは贅沢というものです」
李儒は、主君を嗜める。

「まずは、孫堅の首。華雄かゆう将軍に持ってきていただきましょう」
「おお、そうだな」

もう終わったつもりでいたが、そちらの戦いもあったのだな。
余裕をみせる董卓は、うっかりしていたと高笑いをする。
「ええ。ほぼ詰みですから」
李儒も続いて、静かに笑うのであった。


司隷河南尹梁県しれいかなんいんりょうけん陽人城ようじんじょうに孫堅軍は立て籠もっていた。
兵糧もつき、戦意は完全に失われつつある。

梁県に入ってすぐ、副将の胡軫こしんを程普が討ち取ったまではよかったが、その後、後方支援役の袁術からの補給が届かなくなった。

現地で食料を調達しながら、やり繰りするも限界は近く、防衛撤退しながらなんとか陽人城まで逃げ込んだところである。
さしもの孫堅も味方からの兵糧攻めは予想していなかった。

「殿、華雄の兵たちが城を取囲んでおります」
太守となってからは、隊長から殿へと呼び方が変わっている。
孫堅に話しかけたのは、腹心の一人、黄蓋だった。

「俺でもそうする。ははは、まいったな」
空笑いであるが、弱気なところを見せまいとする孫堅の意地だった。

「釈迦に説法ですが、兵糧もなく籠城は得策ではありません。救援のめどもないのであれば、夜陰に乗じて脱出るしかないかと」
「分かっているが、敵も馬鹿じゃない。・・・そう簡単に逃がしてくれないだろうな」

冷静に分析すればするほど、今の状況が困難なことが分かる。
孫堅が、もう少し戦略に疎ければ、何とかなると希望を持てたかもしれないが・・・
そんな孫堅に、黄蓋は覚悟を決めた顔で迫った。

「大栄が囮になります。その隙に殿はお逃げください」
「馬鹿なことを言うなよ。俺がお前たちを犠牲にしてでも生き残りたいと思うわけがないだろう」
「馬鹿なことをおっしゃっているのは、殿の方です。いつもの殿なら、脱出方法として、とっくに思いついているでしょう」

黄蓋は部下にあるまじき行為として、孫堅の肩をゆすりながら説得する。
「俺だって、死ぬ気はありませんよ。殿が逃げたのを確認したら、姿をくらまします」

そこに祖茂がやって来た。
続いて、程普と韓当も現れる。

四人、そろうと全員が平伏して願い出た。
「殿、ぜひ生き延びて下さい」
「この馬鹿野郎どもが・・・」

孫堅は意を決すると、唇を震わせる。
「わかった。大栄、頼んだ。・・・ただし、絶対に死ぬなよ」
「はっ」

四人の中で体格が孫堅と一番近いのが祖茂だった。
だが、それだけでは足りないので、孫堅が被る赤い頭巾を拝借し祖茂が被る。
これで、孫堅の影武者が出来上がった。

まず、祖茂が一隊を率いて、陽人城の西から出る。
そして、あとから孫堅が東から出て、反董卓連合の本隊がいる酸棗を目指すことにした。

孫堅たちの思惑通り、華雄は祖茂を追いかけてくれたため、孫堅は城から脱出が可能となった。
そのまま一心不乱に東へと走り続ける。
夜が明け林を突き抜けると、目の前には河が広がっていた。

「渡れそうか?」
「今、水深を確認してまいります」

程普が数名、引き連れて河へと向かった。
その時、孫堅軍の足元に矢が突き刺さる。

「孫堅よ。その河は馬では渡れん。逃げ道はないぞ」
華雄軍が現れたのであった。

「くっ。・・・」
空腹だったため、いつもより行軍速度が遅かったのか、それとも、涼州兵が馬を操ることに長けているためか・・・

いずれにせよ、追いつかれ窮地に陥ったことには違いない。
しかし、それ以前に・・・・大栄は?

「ん、この首が気になるのか?」
華雄はそう言うと、赤い頭巾を被った首を掲げた。

「だ、大栄!」
顔中、擦り傷だらけでものを言わなくなった祖茂がいた。

「言っておくが、俺が殺したんじゃないぞ。こいつ、お前を偽装して自害しておった。危なく騙されるところだったわ」
「くそ、くそ、くそっ」

ひょっとしたら、大栄の奴、はじめから・・・
黄蓋、程普、韓当はお互いに顔を見合わせて、覚悟を決める。

「殿をお守りしろ」
三人とわずかな手勢で華雄のもとへと突撃する。
「・・駄目だ。・・今のお前たちじゃあ」

空腹に夜通しの行軍。
勝てる要素がまるでない。
華雄に簡単に蹴散らされてしまう。

「・・・くっ、ここまでか・・」
もう諦めるしかない。
疲れ、空腹、そして、大栄の死・・・
孫堅の思考は段々と鈍くなっていく。

そこに華雄は、
「ほれ、お仲間の首だ」と、無造作に祖茂の首を放り投げた。
孫堅は無意識にその首を受け取ろうと宙に手を差出す。
無防備な半身が華雄の前にさらけ出された。

「ふん、馬鹿め」
華雄が騎馬を走らせ、薙刀なぎなたを振りかぶる。

「殿!」
地に倒れる程普、黄蓋、韓当が同時に叫んだ。
・・・討たれる。

そう思った瞬間、一陣の風が三人の前を通り過ぎた。
激しい金属音が鳴ると、華雄の薙刀は弾かれて、地に刺さる。

「な、誰だ!」
華雄の前に冷艶鋸の刃が光り輝く。
長髯になつめが熟したような赤い顔、鳳眼鋭く、華雄を睨んでいる。

「劉備玄徳が義弟、関羽雲長、推参」
関羽は名乗ると、
「拾われよ」と、華雄に薙刀を拾うように指示する。

「余裕ぶりやがって」
華雄は薙刀を拾うやいなや関羽に斬りかかった。
不意をついたつもりが、難なくさばかれて体制を崩す。

「そんな・・」
関羽が冷艶鋸を水平に振り切ると華雄の首が胴から離れた。
華雄が討ち取られると、林の中から銅鑼を鳴らしながら劉備の手勢が現れる。

「退けっ」
先ほどまで、圧倒的に優勢だっただけに華雄軍には油断があった。
伏兵の出現に対処できず、慌てて逃げ出すのだった。

劉備軍は無理に追うことはせずに、疲労で倒れている孫堅軍の介抱に専念する。
「食料を持ってきている。慌てず、ゆっくり食べてくれ」
劉備の言葉に、多少、元気が出たのか孫堅軍から歓声が上がった。
劉備は怪我人に声をかけながら、孫堅軍内を鼓舞して回る。

そして、祖茂の首を抱えてうずくまる孫堅の前で立ち止まった。
「大切な仲間だったんだな」
「情けない姿をみせて、すまない」
「いや、いいさ」

劉備は孫堅の隣に座った。
「何か、大きな穴が心の中に空いてしまったようだ」
「まぁ、経験がないから、分かるとは気軽に言えないけど・・」
「ああ、これで立ち止まるつもりはない」

孫堅は前を向く。
そこには孫堅を慕う部下たちが並んでいた。
お前たち、心配をかけてすまないと、孫堅は部下の輪の中に入る。

「そう言えば、まだ、礼をいっていなかったな」
「これも役目だ、別にいいぜ」
「いや、ありがとう。玄徳」

また、距離を詰めてきた。
しっかり、立ち直ってくれたのなら、それでいいか・・・
孫堅軍の中に、少しは明るい雰囲気が戻りつつあるようだ。

しかし、自分が仲間を失ったとき、ちゃんと立ち直れるのだろうか・・
劉備は自問するが、すぐに首を振る。
分からないことを考えても仕方ない。

『こっちはうまくいったぜ。あとは頼むぞ、憲和』
劉備は空を見上げ、この地にいない仲間のことを考えるのだった。
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