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lll.オソードとアルゼレア
会いたい
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僕がアスタリカ国立図書館に行く時は、アルゼレアに会いに行くという理由しかない。考えてみれば一番最初に立ち寄ったのもアルゼレアを探す為だったし。その後も僕は赤毛の女の子をいつも見ていたと思う。
トリスさんの件が解決しても、なんだかアルゼレアとは離れがたい気持ちがあった。冒険めいた非日常の出来事を一緒に乗り越えたから、強い友情の絆でも生まれたんだと思ったんだ。
それが、いざ告白されても、付き合っても、特別な気持ちだったと気付かないなんて。一体どういうことなんだろうか……。僕はダメダメだ。
路線バスがもうすぐ停車するとアナウンスする。もう行き先は見えている。外装を新しくした大きな建物。広間には花壇や噴水もあって、たくさんの人の憩いの場所になっている。
過ぎ去ったニュースに人々は関心を向けていない。最近有名なアーティストと俳優が結婚したという話題で持ちきりだった。僕が危険人物で、少し前に世間をざわつかせたことなんて、もうとっくに誰の頭にも残っていないんだろう。
「ありがとうございました」
運賃を手渡して挨拶しても、運転手はニコリと微笑みを返してくれたくらいだ。
しかし、騒ぎを作る仕事の人はそうはいかない。マイクやカメラを携えた群衆のかたまり。アスタリカ国立図書館の入り口に集まって何の用って……アルゼレアに決まっている。
そしてアルゼレアと違っていくら人に認知されていない僕であっても、記者の目に止まるのはわりと危険だ。
「どうしようか……」
扉前で待ち伏せているってことはアルゼレアはそこにいるんだよな。どうにかして会いたいんだけど、一般人が裏口から出入りするのも厳しいだろうし……。広場のベンチに座り、休憩を装いながら考える。
すると数分もしない間にだ。カメラのフラッシュ音と記者の声が騒がしく聞こえてきた。何か動きがあったと分かってベンチから立ち上がると、そこにはアルゼレアの姿が見えているじゃないか。
「で、出てきたのか?」
しかし移動もできなくて困っている様子。それなら裏口から出てくれば良いのに。マイクに囲まれて固まってしまっているし、何をやっているんだよ。
「……」
こっちに気づいてくれたらいいけど。
僕はじっと見つめていた。でもアルゼレアとは全然目が合わない。何か遠目から分かるような合図でも決めておけば簡単だっただろうけど。そんなものがあるはずもない。
どうしようかと思って少し小ぶりに手を振った。周りの目が気になって萎縮してしまう。それだとやっぱりアルゼレアは気づかないよね。アルゼレアだもん……。
「あっ、そうか」
合図といったら一度出したことがあったな。そう思い出したんだ。あんまり良い思い出じゃないけどやってみようと思う。
僕は大きく両手を広げて、大きく腕を振る。これでも気付いてくれないなら、名前を呼ばなくちゃいけなくなるかも。……でも嬉しいことに、届いたみたいだ。
「フォルクスさん!!」
「……あっ」
こっちを向いたのはアルゼレアだけじゃない。威勢のいい面々も一緒に僕を捉えたんだ。アルゼレアが僕の名前を呼んでくれた! なんて喜んでいる場合じゃなさそうなんだよ。
「フォルクス? フォルクス・ティナーか!!」
記者のひとりが確信を得たなら、他の多数も僕がどういう人間かが一瞬にして伝わった。その瞬間に何人かは取材の的を変えたみたい。一斉にこっちに走り出してくる。
「アルゼレア!! あとで合流しよう!!」
「はい!!」
アルゼレアは左へ。僕は右へ。走り出して記者を撒こうという作戦。広場は見通しが良いけど、図書館の裏に入ってしまえばそこはちょっとした庭園と森になっている。僕は薔薇のアーチを潜ってそっちの方向へと進んだ。
こんな場所に森の遊び場があるなんて知らなかった。アート作家が作ったらしい滑り台やブランコがある。
子供用遊具で大人の追っ手を撒くのは難しいけど、高い垣根で作った夏限定の迷路は助かった。僕がそこに入るように装って、実際は入り口側の木の裏でやり過ごすことができたからだ。
……ふぅ。と、ひと息。だけど今度はアルゼレアを探さなくちゃ。そう切り替えた側から記者達の声が聞こえる。「アルゼレアさんー!」と叫んでいる。きっとまだ捕まってはいなさそう。
森より建物に近づくと、さらにアルゼレアを呼ぶ記者の声は近くなった。鉢合わせ覚悟で僕も彼女の名前を呼んでいた。壁に沿って歩いていると図書館の裏口を見つける。もしかしたら中に戻った可能性もあるな、と少しは考えることもある。
するとその頃、ちょうど目線をアルゼレアが横切ったんだ。
「アルゼレア!!」
彼女はぴたっと足を止めて僕に気付く。嬉しそうにも悲しそうにも表情を変えないで、ただ荒い息で胸を上下させていた。
「こっちに来て!」
僕の元へ駆けて来るアルゼレア。彼女を抱き止められたらと少し想像したんだけど、次の瞬間は「あっ!」となる出来事で夢は壊されてしまった。
アルゼレアは何かにつまずき、転びそうになるけど大丈夫。しかし彼女のカバンが綺麗に宙を舞って中身を放り出してしまった。アルゼレアと一緒に僕も中身を拾う。
「アルゼレアさーん! 質問させてくださーい!」
記者の声が近い。
せめてアルゼレアだけでも先に行って、と言おうとした時だ。「あっ」となる出来事がまた起こった。今度はアルゼレアも僕も同時に言葉を発した。イタズラな風が持ち去ろうとするから僕が引き止める。それは一枚の紙だ。
「こ、これって……」
「アルゼレアさーん! どこですかー!」
話はやっぱり後だな。
「行くよ! こっちだ!」
アルゼレアを連れて僕が来た道を引き返す。だけどその先にはさっき僕が撒いた記者たち。垣根の迷路から脱出できたみたいだ。ヘロヘロのようだけど、あの人達はスクープを見つけると元気を取り戻すから出会ってはいけない。
「こっちに行こう」
そうしてようやく静かになった頃。国立図書館の離れにある倉庫裏でコンクリートの上に座る。僕は片方の靴を失くしていた。どうやら置き去りにした靴がいい仕事をしてくれたらしい。森の爽やかな風を足裏に受けられて、よかったとも思うよ。
「ごめんね。でも嬉しいよ、また君に会えて」
アルゼレアも無事で隣にいる。
「私もです」
「本当に? 嬉しいな」
なんて浮かれているのは僕だけで。彼女は全然嬉しそうには見えない。気まずそうに俯きながら口ではそう言っただけ。
それでも僕は、アルゼレアが僕の呼びかけに走ってきた光景が目から離れない。一緒に来てくれたことに感謝している。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
トリスさんの件が解決しても、なんだかアルゼレアとは離れがたい気持ちがあった。冒険めいた非日常の出来事を一緒に乗り越えたから、強い友情の絆でも生まれたんだと思ったんだ。
それが、いざ告白されても、付き合っても、特別な気持ちだったと気付かないなんて。一体どういうことなんだろうか……。僕はダメダメだ。
路線バスがもうすぐ停車するとアナウンスする。もう行き先は見えている。外装を新しくした大きな建物。広間には花壇や噴水もあって、たくさんの人の憩いの場所になっている。
過ぎ去ったニュースに人々は関心を向けていない。最近有名なアーティストと俳優が結婚したという話題で持ちきりだった。僕が危険人物で、少し前に世間をざわつかせたことなんて、もうとっくに誰の頭にも残っていないんだろう。
「ありがとうございました」
運賃を手渡して挨拶しても、運転手はニコリと微笑みを返してくれたくらいだ。
しかし、騒ぎを作る仕事の人はそうはいかない。マイクやカメラを携えた群衆のかたまり。アスタリカ国立図書館の入り口に集まって何の用って……アルゼレアに決まっている。
そしてアルゼレアと違っていくら人に認知されていない僕であっても、記者の目に止まるのはわりと危険だ。
「どうしようか……」
扉前で待ち伏せているってことはアルゼレアはそこにいるんだよな。どうにかして会いたいんだけど、一般人が裏口から出入りするのも厳しいだろうし……。広場のベンチに座り、休憩を装いながら考える。
すると数分もしない間にだ。カメラのフラッシュ音と記者の声が騒がしく聞こえてきた。何か動きがあったと分かってベンチから立ち上がると、そこにはアルゼレアの姿が見えているじゃないか。
「で、出てきたのか?」
しかし移動もできなくて困っている様子。それなら裏口から出てくれば良いのに。マイクに囲まれて固まってしまっているし、何をやっているんだよ。
「……」
こっちに気づいてくれたらいいけど。
僕はじっと見つめていた。でもアルゼレアとは全然目が合わない。何か遠目から分かるような合図でも決めておけば簡単だっただろうけど。そんなものがあるはずもない。
どうしようかと思って少し小ぶりに手を振った。周りの目が気になって萎縮してしまう。それだとやっぱりアルゼレアは気づかないよね。アルゼレアだもん……。
「あっ、そうか」
合図といったら一度出したことがあったな。そう思い出したんだ。あんまり良い思い出じゃないけどやってみようと思う。
僕は大きく両手を広げて、大きく腕を振る。これでも気付いてくれないなら、名前を呼ばなくちゃいけなくなるかも。……でも嬉しいことに、届いたみたいだ。
「フォルクスさん!!」
「……あっ」
こっちを向いたのはアルゼレアだけじゃない。威勢のいい面々も一緒に僕を捉えたんだ。アルゼレアが僕の名前を呼んでくれた! なんて喜んでいる場合じゃなさそうなんだよ。
「フォルクス? フォルクス・ティナーか!!」
記者のひとりが確信を得たなら、他の多数も僕がどういう人間かが一瞬にして伝わった。その瞬間に何人かは取材の的を変えたみたい。一斉にこっちに走り出してくる。
「アルゼレア!! あとで合流しよう!!」
「はい!!」
アルゼレアは左へ。僕は右へ。走り出して記者を撒こうという作戦。広場は見通しが良いけど、図書館の裏に入ってしまえばそこはちょっとした庭園と森になっている。僕は薔薇のアーチを潜ってそっちの方向へと進んだ。
こんな場所に森の遊び場があるなんて知らなかった。アート作家が作ったらしい滑り台やブランコがある。
子供用遊具で大人の追っ手を撒くのは難しいけど、高い垣根で作った夏限定の迷路は助かった。僕がそこに入るように装って、実際は入り口側の木の裏でやり過ごすことができたからだ。
……ふぅ。と、ひと息。だけど今度はアルゼレアを探さなくちゃ。そう切り替えた側から記者達の声が聞こえる。「アルゼレアさんー!」と叫んでいる。きっとまだ捕まってはいなさそう。
森より建物に近づくと、さらにアルゼレアを呼ぶ記者の声は近くなった。鉢合わせ覚悟で僕も彼女の名前を呼んでいた。壁に沿って歩いていると図書館の裏口を見つける。もしかしたら中に戻った可能性もあるな、と少しは考えることもある。
するとその頃、ちょうど目線をアルゼレアが横切ったんだ。
「アルゼレア!!」
彼女はぴたっと足を止めて僕に気付く。嬉しそうにも悲しそうにも表情を変えないで、ただ荒い息で胸を上下させていた。
「こっちに来て!」
僕の元へ駆けて来るアルゼレア。彼女を抱き止められたらと少し想像したんだけど、次の瞬間は「あっ!」となる出来事で夢は壊されてしまった。
アルゼレアは何かにつまずき、転びそうになるけど大丈夫。しかし彼女のカバンが綺麗に宙を舞って中身を放り出してしまった。アルゼレアと一緒に僕も中身を拾う。
「アルゼレアさーん! 質問させてくださーい!」
記者の声が近い。
せめてアルゼレアだけでも先に行って、と言おうとした時だ。「あっ」となる出来事がまた起こった。今度はアルゼレアも僕も同時に言葉を発した。イタズラな風が持ち去ろうとするから僕が引き止める。それは一枚の紙だ。
「こ、これって……」
「アルゼレアさーん! どこですかー!」
話はやっぱり後だな。
「行くよ! こっちだ!」
アルゼレアを連れて僕が来た道を引き返す。だけどその先にはさっき僕が撒いた記者たち。垣根の迷路から脱出できたみたいだ。ヘロヘロのようだけど、あの人達はスクープを見つけると元気を取り戻すから出会ってはいけない。
「こっちに行こう」
そうしてようやく静かになった頃。国立図書館の離れにある倉庫裏でコンクリートの上に座る。僕は片方の靴を失くしていた。どうやら置き去りにした靴がいい仕事をしてくれたらしい。森の爽やかな風を足裏に受けられて、よかったとも思うよ。
「ごめんね。でも嬉しいよ、また君に会えて」
アルゼレアも無事で隣にいる。
「私もです」
「本当に? 嬉しいな」
なんて浮かれているのは僕だけで。彼女は全然嬉しそうには見えない。気まずそうに俯きながら口ではそう言っただけ。
それでも僕は、アルゼレアが僕の呼びかけに走ってきた光景が目から離れない。一緒に来てくれたことに感謝している。
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