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lll.オソードとアルゼレア

意外な助け

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「スティラン・トリスの件ですが。フォルクスさん。あなたがセルジオに協力して我々の手から盗み取ったという事実は確認済みです。一体あなたとセルジオにはどんな繋がりがあるのでしょう。弱みを握られているのですか?」
「……いいえ」
「では意図的に協力したということですか?」
「いいえ」
 小部屋に乾いた音が響く。それは僕が聞いたというより、僕から出たもの。顔が左を向いたのもそのせい。打たれた頬がじんじんと熱くなって痛い。
「もう一度お尋ねしますね」
 こうしたことが繰り返されるのは拷問っていうものには当てはまらないのか。尋問官による圧力を受け続けて殴られっぱなしでいるか、自分の非を多少大袈裟に受け取って牢屋に入るかの二択だった。
「あなたは意図的にセルジオと協力関係を結んだということですか?」
 僕は答え方が分からなかっただけだ。アルゼレアが危険だったからトリスさんを保護した。彼女を守るために責められる行動を起こしたんだ。それがセルジオに協力したわけじゃないし、マーカスさんに人質に取られていたわけでもない。
「自分で進んでやったことです」
 尋問官が立ち上がるともう右手に力が込められている。僕がまた殴られると身に力が入った時。「待て」と、別所からの声が届いた。おそらくモニターで見守っている方の人からだろう。そしてスピーカーで告げられる。
「別の組織と絡んでいるというのはどうだ。フォルクス・ティナー。君は作戦について何も聞かされずに動かされていた。そうだろう。組織の情報を言えば、君は罪人をまぬがれる」
 ……なんて適当なことを言われているんだ。組織なんて何にも身に覚えもないのに。
「違います」
 質問をした人は「残念だ」と告げてマイクを切った。
 こんな時にレーモンド伯爵のことがよぎっている。そうか、こんな質疑応答は伯爵との裁判でも同じようにしたことがあったからだな。
 だけどその時とは状況が違う。ここでは話し合いで解決しようという姿勢は要らないみたいだ。それに国の警察官はとにかく暇みたい。裁判所では裁判の数を回すために手薄になっていたけど。その逆が行われている。
「良い加減に非を認めろ!」
「……」
 頭ごなしに言いつけたって、ますます人は喋らなくなるよ。むしろそれを警察官は楽しんでやっているのか。恐ろしい場所だな……。

 僕はそろそろ疲れて眠くなりそうだった。時々ぼんやりとする視界の向こうで尋問官がずっと居座っている。時々交代をしているのかもしれないけど、僕の視界では人の顔の違いを認識するのは難しい。
 アルゼレアは大丈夫かな。きっと僕と同じように連れて行かれたんだろう。女の子相手ならちょっとは優しかったらいいな。それかアルゼレアのことだから全て隠さずに白状していて、もう無実で外に出してもらえたかな。
「何をヘラヘラしている」
「……すみません。笑ってました?」
 癇に障ったんだろう。胸を掴まれたら強く叩かれて床に転げ落ちた。罪人を痛めつける理由はもう何だって良いみたいだ。
 時々落ちそうになっていた意識も冷たい床のおかげか取り留められた。しかし鼻水をすすって手で拭ったらそれは血だ。気が動転してしまう前に、僕は必死に見ないようにする。
「何故あなたのような人がここに?」と、這いつくばる僕をよそに会話が生まれていた。顔や体を持ち上げようとするけどテレビ画面に線が入るように僕の視界はおかしかった。
「父から彼の件を預かってきた。もうその男を痛めつけるのはやめたまえ」
「……変な話ですね。イビ王子。親子はすでに絶縁してあるのでは?」
 王子と聞こえて知り合いが現れたのだと知る。
「絶縁はあくまで噂話だ。それより父とボクの利害が一致した。君たちには退いてもらおう。そこの男はこちらで預かる」
 眩む視界の前に靴の先が見え「大丈夫かい?」と声がかけられた。ありがたい救済だけど、お礼の言葉も出ないほどに僕は疲れていた。
 イビ王子と誰か。たぶんイビ王子と親しい兵士じゃないかなって思う。僕はその二人の男に支えられながら部屋を出る。その時、尋問官がイビ王子に話しかけた。
「王族がどちらの味方についているのか理解していますよね? 立場や身分に固執しない王子様は、いったいどっちに付くのですか?」
 イビ王子はフッと笑みを落とした。
「ボクは友人に力を貸したいだけだよ」
 いがみ合いは互いの無視で燃え上がることはない。
 無機質な廊下をゆっくりと歩きながら、イビ王子はいつも通りの明るい口調で絶えず声をかけてくる。これまでなら人の迷惑になるだろうと嫌いだったけど、今ばっかりは彼の明るさが有り難く思えるかもしれないな。
「フォルクス君。なんでボクが君を助けるのか聞いてくれよ」
「じゃあ……なんで助けるの?」
「そりゃあ決まっているよ。アルゼレアのことさ。恋敵を刑務所送りにして勝ち取ったんじゃボクの顔が立たないだろう?」
 ウインクまで投げられるなんて、すごい人だ。思わず笑ってしまう。酷い目にあった僕を笑わそうとして言ってくれるなら良い人だけど、彼の場合は「笑うなよ!」と真剣に怒るから良い人というわけではない。
「アルゼレアは?」
「ああ、彼女なら大丈夫さ。さっきロウェルディが……」
 言っている側から鉢合わせになるなんて。ちょうど目先の曲がり角で曲がってきた老人がロウェルディ大臣だ。警察官と一緒に歩いている。なにより一本道だからすれ違わなくちゃならない。
 あの人には言ってやりたいことが、たんまりあるんだけど。こんなフラついた状態で声を上げるのも厳しかった。そのまま静かにすれ違って行くだけだと思った。しかしロウェルディ大臣の方が先に足を止めたんだ。
 何か話があるのかと思って僕らも立ち止まった。大臣はじっと僕の顔を睨んでいる。そして告げた。
「あの子はよくやる子だ。彼女を叩いたことをここで悔いることにするよ」
 僕の腫れた顔を見て何か思ったんだろうか。僕の方もロウェルディ大臣の手縄を見つけて思うことがあったから。
「アルゼレアのこと、ありがとうございます」
「……」
 返事は無くて、大臣はそのまま通り過ぎて行ってしまう。少し丸まった背中を見守ったけど、僕たちもそろそろと歩き始めた。
「アルゼレアは釈放されているよ。ロウェルディが身代わりになってくれたんだ」
 やっぱりな、ということをイビ王子が教えてくれる。マーカスさんも、大臣がいるからアルゼレアは捕まらないって言っていた。
 人生を失ってまでして、オソードという本は修復して解読するべきものなんだろうか。
「王様ってゼノバ教皇と仲が良いんだよね?」
「えっ? あー……。詳しいね?」
「いや知らないけどさ。ちょっと人から聞いたから」
 父親の話にイビ王子が多めに困っているようだけど。僕の考えの足しにしたくて、ここは是非教えて欲しいとお願いした。「ただの滑稽な話だよ?」とは言われたけど、それでも良いとした。
「……まあ、言ってしまえば父は利用されっぱなしなんだ。最初はロウェルディの差し金でエルサ教を陥落せよっていう指示だったらしい。もうこの時点で王権と大臣の権力は逆転していて笑えるんだけどさ……。ところがゼノバと会った父はまんまと言いくるめられてしまってね。ゼノバとも約束事を結ばされたりなんかして。今もせっせと密会をしているらしい。父は愚かだからゼノバにも利用されてるってまだ気付かないんだよ」
 なるほど、とリアクションしながら、まるで僕のことみたいだな。とかって思っている。ひっそりと。
「はぁ、滑稽だよ。断れば良いだけの話だろう?」
「それが出来たら良いんだけどね……」
「おかげで僕まで駆り出されてさ。まんまとゼノバの罠にハマって捕まってしまったってわけさ」
「なるほど。それを僕らが助けたのか」
 エルシーズの感謝祭で潜入をしたよな。イビ王子の父親にも感謝してもらいたいくらい大変だった。
「その時の借りはもう返してあるから言わないでくれよ?」
「借り?」
「ほら。酔っ払いのフリをした君の元にアルゼレアを届けてやっただろ?」
「え? なんのこと?」
 なんのことじゃないよ! と、怒られてしまう。これは大事な話だと足を止めてまで訴えられた。
「君がひどく落ち込んでいた夜があっただろう。雨上がりの夜だ。アルゼレアがすごく君を心配していたからボクら総出で探したんだよ。公園のベンチで君らしい男が寝ているって聞いてすっ飛んで行ったんだから」
「すっ飛んだ? 誰が?」
「アルゼレアに決まってる」
 僕が落ち込んだ夜に確かにアルゼレアと出会った。偶然じゃなかったのか。いや、偶然なんておかしかったのか。
「運命か何かと思ってたのかい?」
「えっ、いや……」
「はぁ……。君はアルゼレアに愛されてる自覚が足りない。彼女って無口だけど、本の事と君の事だけになるとすっごくお喋りになるんだから」
 その瞬間視界が明るくなったみたいに感じた。別に外に出たわけでもない。変わらない無機質な廊下のままだよ。なのに一気に体調も良くなった。
「僕のことをアルゼレアが喋るの?」
「そうだよ。そりゃあもう止まらない」
 本当に? あの本への熱意と同じくらいに僕のことを語ってくれているって?
「知らなかった」
「当たり前だ。彼女はシャイなんだから」


(((次話は明日17時に投稿します

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