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lll.オソードとアルゼレア
触れたい
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僕はアルゼレアと一緒に気持ちのいい風を感じているだけで幸せを噛み締めていた。だけどアルゼレアは違うみたいで、早速僕に謝ってきた。
「この前のこと……その、ごめんなさい。言うつもりは……無かったんです」
「放っておいてって言ったこと?」
「それと……大臣に守ってもらうから……って」
アルゼレアはスカートを抱えて丸く座っていた。「ごめんなさい」と言ったら頭を少し沈ませてもいた。僕が鼻を鳴らしてしまうと、ますます沈んだ。
「謝らないでよ。僕が頼りないのは今に始まったことじゃないし」
するとアルゼレアが僕の方へ顔を上げる。
「そんなことないです!」
だけど何かに気づいたみたい。急にきょとんとした顔になって、僕をじっと見つめている。それは嬉しいけど……なんだろうと不安になってしまうな。
「な、何かついてる?」
「……」
無言のままで、でもアルゼレアは見つめたままで僕の顔に手を伸ばした。頬にザラっとした感触が撫でられている。アルゼレアの手袋の感触だ。
「青くなってます」
彼女のか弱い声を聞くと、見つめられている瞳が心配してくれているかのようにも見え始めた。
「あっ、これね。ちょっと転んだ時に打ったみたい。打撲だよ、大丈夫大丈夫」
僕は、へへっと笑っていた。尋問官に殴られた青あざがまだ残っていたなんて言えるわけがないんだから。
ところがアルゼレアが僕の頬から手を離した後、何を思ってか自分の手袋を脱ぎ始めている。火傷の跡が痛々しく露出するけど気にせずに迅速だった。そして、その手のひらは僕に当てられた。
「すぐに冷やしてくださいね」
ひんやりと冷たい手が頬を覆う。
「……ありがとう」
頬が冷やされて気持ちが良いけど、それよりアルゼレアの優しさにときめいている。冷やしてくれている手のひらをもっと感じたくて、僕の顔から近づいて行ってしまうのも仕方がないことだろう。
「アルゼレア。君が僕に言ったことは本心じゃなかったって分かったけど。僕が君に言ったのは全部本心だよ。オソードを君が所有しているのは危険だ。君のことを想って言っているんだ。世界で一番大切な人なんだから」
「はい」
「分かってくれてる?」
「……はい」
アルゼレアはうつむいてしまうし、冷たくて柔らかい手も離れて行ってしまう。だけどそれじゃ困るんだ。
「もう。こっち向いてごらんよ」
可愛く目線を上げてくれるだけじゃ足りない。ちょっとだけ僕から顎を持ち上げて角度を正させてもらう。そしたらすんなりとキスができるから。
きっと驚いてアルゼレアが飛び上がり、駆けて行ってしまうんじゃないかと、もうずっと何度も想像していた。でも実際は短いキスが終わっても僕の目の前に居た。
「分かってくれた?」
こくりと小さく頷いた。
「本当に?」
目を伏せて絶対に合わせようとしてくれない。
「僕にとってアルゼレアは大切な人なんだよ」
「わ、分かりました」
チラッと一瞬だけ目線が僕と合う。やっぱり耐え切れないのか、こんなムードでも見つめ合うということは出来ないみたいだ。そこがアルゼレアらしくて可愛いところでもあるんだけどさ。耐え切れないのは僕もだってことは分かってない。
「じゃあ……。もっと、分かってほしい……」
しきりに逃げようとするアルゼレアを眺めたまんまはお仕舞いだ。好きな人に触れたいのは当たり前だよ。頬も首も触りたいし指も絡めたい。キスも短く一度きりだなんてあり得なかった。
息を吸うのにキスが途切れた時、アルゼレアの潤んだ瞳と出会えた時、どうしてこんな場所で自分の欲望に素直になってしまったんだろうって後悔した。でもその反面、この場所で良かったとも考えた。後者は理性が押してくれたおかげだ。
「……アルゼレア、愛してるよ」
「……」
「……あれっ?」
この絶頂の幸せは突然蓋をされてしまう。
「何やってるの?」
「……」
アルゼレアがどうしてか自分の顔を両手で覆ってしまった。しっかりと。これじゃキスが出来ないんだけど。
「えっ、恥ずかしいの?」
アルゼレアは数度頷いている。僕は「えっ?」と言う。そういえばと思って取り出すのは、アルゼレアに渡しそびれていた紙だ。さっき彼女のカバンから落ちた品に混じっていた。
「このチラシがどういう場所か分かってる?」
僕が「チラシ」と言うから、きっとアルゼレアは視界を覆っていても取り出したものが何だか分かっていると思う。
この格安料金ホテルはチェックインだけ接客を行うのが特徴で、部屋にサービスを届けてくれたりなんかはしない。それがカップルに人気な理由だってアルゼレアは知っているんだと思う。だから恥ずかしがったままで反応してくれない。
キスよりも恥ずかしいことと言ったら……こういう事しか無いと思うんだけど。
「……え、もしかして『愛してる』っていう言葉がキスよりも恥ずかしいってことなの?」
アルゼレアの反応を伺ってみる。するとちょっと躊躇ってはいたけど、やがて小さく頷いた。本当にアルゼレアのピュアさ加減が分からないよ。
「はぁ……」
呆れるというより、愛おしいが勝っちゃうんだよな。まあ……残念だけど、助かったことにしておこうか。
力の入った肩を抱き寄せるとアルゼレアはカチンコチンの岩みたいに硬い。どんな角度にしたって両手は外してくれないから、もうこれ以上の接近は出来ない。
「慣れてください」
そう言うしかないよね。
(((次話は明日17時に投稿します
Threads → kusakabe_natsuho
Instagram → kusakabe_natsuho
「この前のこと……その、ごめんなさい。言うつもりは……無かったんです」
「放っておいてって言ったこと?」
「それと……大臣に守ってもらうから……って」
アルゼレアはスカートを抱えて丸く座っていた。「ごめんなさい」と言ったら頭を少し沈ませてもいた。僕が鼻を鳴らしてしまうと、ますます沈んだ。
「謝らないでよ。僕が頼りないのは今に始まったことじゃないし」
するとアルゼレアが僕の方へ顔を上げる。
「そんなことないです!」
だけど何かに気づいたみたい。急にきょとんとした顔になって、僕をじっと見つめている。それは嬉しいけど……なんだろうと不安になってしまうな。
「な、何かついてる?」
「……」
無言のままで、でもアルゼレアは見つめたままで僕の顔に手を伸ばした。頬にザラっとした感触が撫でられている。アルゼレアの手袋の感触だ。
「青くなってます」
彼女のか弱い声を聞くと、見つめられている瞳が心配してくれているかのようにも見え始めた。
「あっ、これね。ちょっと転んだ時に打ったみたい。打撲だよ、大丈夫大丈夫」
僕は、へへっと笑っていた。尋問官に殴られた青あざがまだ残っていたなんて言えるわけがないんだから。
ところがアルゼレアが僕の頬から手を離した後、何を思ってか自分の手袋を脱ぎ始めている。火傷の跡が痛々しく露出するけど気にせずに迅速だった。そして、その手のひらは僕に当てられた。
「すぐに冷やしてくださいね」
ひんやりと冷たい手が頬を覆う。
「……ありがとう」
頬が冷やされて気持ちが良いけど、それよりアルゼレアの優しさにときめいている。冷やしてくれている手のひらをもっと感じたくて、僕の顔から近づいて行ってしまうのも仕方がないことだろう。
「アルゼレア。君が僕に言ったことは本心じゃなかったって分かったけど。僕が君に言ったのは全部本心だよ。オソードを君が所有しているのは危険だ。君のことを想って言っているんだ。世界で一番大切な人なんだから」
「はい」
「分かってくれてる?」
「……はい」
アルゼレアはうつむいてしまうし、冷たくて柔らかい手も離れて行ってしまう。だけどそれじゃ困るんだ。
「もう。こっち向いてごらんよ」
可愛く目線を上げてくれるだけじゃ足りない。ちょっとだけ僕から顎を持ち上げて角度を正させてもらう。そしたらすんなりとキスができるから。
きっと驚いてアルゼレアが飛び上がり、駆けて行ってしまうんじゃないかと、もうずっと何度も想像していた。でも実際は短いキスが終わっても僕の目の前に居た。
「分かってくれた?」
こくりと小さく頷いた。
「本当に?」
目を伏せて絶対に合わせようとしてくれない。
「僕にとってアルゼレアは大切な人なんだよ」
「わ、分かりました」
チラッと一瞬だけ目線が僕と合う。やっぱり耐え切れないのか、こんなムードでも見つめ合うということは出来ないみたいだ。そこがアルゼレアらしくて可愛いところでもあるんだけどさ。耐え切れないのは僕もだってことは分かってない。
「じゃあ……。もっと、分かってほしい……」
しきりに逃げようとするアルゼレアを眺めたまんまはお仕舞いだ。好きな人に触れたいのは当たり前だよ。頬も首も触りたいし指も絡めたい。キスも短く一度きりだなんてあり得なかった。
息を吸うのにキスが途切れた時、アルゼレアの潤んだ瞳と出会えた時、どうしてこんな場所で自分の欲望に素直になってしまったんだろうって後悔した。でもその反面、この場所で良かったとも考えた。後者は理性が押してくれたおかげだ。
「……アルゼレア、愛してるよ」
「……」
「……あれっ?」
この絶頂の幸せは突然蓋をされてしまう。
「何やってるの?」
「……」
アルゼレアがどうしてか自分の顔を両手で覆ってしまった。しっかりと。これじゃキスが出来ないんだけど。
「えっ、恥ずかしいの?」
アルゼレアは数度頷いている。僕は「えっ?」と言う。そういえばと思って取り出すのは、アルゼレアに渡しそびれていた紙だ。さっき彼女のカバンから落ちた品に混じっていた。
「このチラシがどういう場所か分かってる?」
僕が「チラシ」と言うから、きっとアルゼレアは視界を覆っていても取り出したものが何だか分かっていると思う。
この格安料金ホテルはチェックインだけ接客を行うのが特徴で、部屋にサービスを届けてくれたりなんかはしない。それがカップルに人気な理由だってアルゼレアは知っているんだと思う。だから恥ずかしがったままで反応してくれない。
キスよりも恥ずかしいことと言ったら……こういう事しか無いと思うんだけど。
「……え、もしかして『愛してる』っていう言葉がキスよりも恥ずかしいってことなの?」
アルゼレアの反応を伺ってみる。するとちょっと躊躇ってはいたけど、やがて小さく頷いた。本当にアルゼレアのピュアさ加減が分からないよ。
「はぁ……」
呆れるというより、愛おしいが勝っちゃうんだよな。まあ……残念だけど、助かったことにしておこうか。
力の入った肩を抱き寄せるとアルゼレアはカチンコチンの岩みたいに硬い。どんな角度にしたって両手は外してくれないから、もうこれ以上の接近は出来ない。
「慣れてください」
そう言うしかないよね。
(((次話は明日17時に投稿します
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