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07-04 王女の寵愛
しおりを挟む王城から少し離れた場所に設置された軍の兵舎と訓練場をこっそり覗いてみれば、ヘニルは一対一の打ち合いを兵士と行なっているようだった。その様を見ていた彼女はてっきり彼が兵士たちに訓練をつけているのだと思った。
いつものように訓練がひと段落したところで自分の視線に気づいてくれないかと密かに物陰から伺う、といったところで彼女は意外な人物に声をかけられる。
「ごきげんよう、セーリス姫」
「えっ、あっ、カアス様っ」
一応隠れているつもりだったセーリスは動揺したように声を上げる。それにいつも微かな笑みをたたえた長身の女性は特に気にした様子も無く頷く。
「様をつける必要は無い。私はただの一兵卒だ」
「ご謙遜を。私が産まれる以前より国を支える英雄を敬わずに居れましょうか」
そう言えばカアスは肩を竦める。といっても、軍関係者にはほとんど接点のないセーリスは、カアスと話したことがないのだ。
デルメルの話ではカアスは配慮というものをしない性格だから、もし話すときはあまり重く受け止めすぎないように、と忠告されたことがある。初対面の相手があまり得意でないセーリスにとって、正直会話するのさえ怖いところだ。
「今日は自分に惚れた男の勇姿でも見にきたのか」
「え?」
「アレだろう?」
視線だけでカアスはヘニルを指し示す。それにセーリスは困ったような顔をした。
「(カアス様、ヘニルのあの嘘を真に受けてるのね……)」
デルメルならとっくに見抜いているだろうが、カアスはそういうことが苦手なのだろうかと、そうセーリスは思った。
「いえ、そういうわけでは……」
「違うのか。姉君と違い人の注目に飢えた姫ならば喜ぶと思ったんだが」
一瞬その言葉にどんな顔をしていいのか分からなくなり、セーリスはなんとか苦笑いで受け流す。これは確かに、心を強く持たなければ対話などできないかもしれない。
「(もっと……もっと言い方というものが、あると思う……)」
「まぁ、悪い奴ではなさそうだ。愛しの姫君の応援もあれば、奴も燃えるだろう」
「そう、ですかね……」
ここで会話が終わる。それにセーリスは俯いてしまう。
正直あけすけに物を言うカアスと上手く会話できる気は全くしなかった。しかしこの程度で諦めるのは今までと同じ、辛いことから逃げていることになるのではないのか、そう思ったのだ。
今までのようにサーシィやデルメルに庇ってもらうばかりではダメだ。そもそも、いちいち相手の言葉に傷ついて固まってしまうから、余計に無能な第二王女の風評に拍車がかかるのだ。
ヘニルの様子を知るにも、同じ神族として恐らくは彼の面倒を見ているカアスとは話せるようになった方がいい。それにセーリスにはデルメルに大層甘やかされて育てられたという自覚があった。
「あの、あれ、は何をなさっているのですか?」
「ああ……」
あれ、と訓練をしているらしいヘニルと兵士たちを指させば、カアスは軽い手振りを加えて話す。
「ヘニルの訓練中だ」
「え、ヘニルの?」
「身体能力は申し分ない。だが戦い方は無駄が多い。あれでは手土産のグングニル……の抜け殻も泣くだろう。だからああしてうちの兵士の動きを間近で見せている。それだけでも戦いに特化した神族なら十分効果はある」
ではあれは、ヘニルの矯正を目的にやっているというのか。予想が外れたと思う反面、本当に彼は戦力になるのだろうかと、そう怪しんでしまう。
「(ほんとに大丈夫なのかな……)」
「今まではやたらめたらに暴れ回っていただけの若造だ。無理もない。むしろ、ああして無意味と知りながらも真面目に教えを受けていることの方が驚きだ」
無意味、との言葉にセーリスは不思議そうに首を傾げた。どういうことかとそう尋ねるよりも先に、ちらりとカアスの視線が彼女に向けられ、言葉を続ける。
「余程セーリス姫の寵愛が欲しいと見える」
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