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07-03 争いの予兆

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「え、来週からカアス様はまた王都を発たれるのですか?」


 デルメルの仕事を手伝っていたセーリスはそう尋ねた。


「ええ。最近、ニーシャンの奴らが調子に乗って挑発してきてるの」


 カアスの出撃、そしてニーシャンの挑発。戦いが始まりそうなその言葉の並びに、セーリスは僅かに不安そうに目を伏せる。
 王国の情勢は決して良くない。デルメルの存在によって王の崩御・新王の即位時の混乱が比較的少ないとはいえ、多少なりとも王国内はごたついている部分がある。

 否、恐らくは皆理解しているのだろう。王族がたった二人しか残っておらず、先王が早くに亡くなったこの情勢を、他の二国が見逃すはずが無いのだと。
 そして神族の数という点において大きく劣勢である王国が、次の戦いに勝利できるのかという漠然とした不安も。


「元々ニーシャンは王国の土地を欲しがっていたし、王が即位したばかりのこの好機にカムラより先にこちらを潰したいのでしょう」
「大きな戦争になるのでしょうか……」
「それはカアスの働き次第ね。雲行きが怪しいなら、私も出向かなければいけないかもしれない」


 デルメルの出撃、それは王国の最後の切り札だ。
 神族の戦闘となると、人間の軍隊は出せなくなる。ただただ被害が増えるからだ。そのため、今は専ら神族同士が国の代理となって戦うのが基本になっている。

 原初の神族は主に国の守りに徹する。この三つ巴の状況で三国に一人ずつしかいない以上、原初の神族が攻勢に出て不在となることは絶対に避けなければいけないはずだ。
 デルメルの守護を失った王都がもしも攻められたら、その攻勢に神族一人でも居れば戦況は圧倒的な不利となるのだから。


「女王レクサンナも侵略戦争はしないと決めた。けれど、こちらに戦う意志は無くとも、降りかかる火の粉は払わなくては」


 デルメルの執務室は王宮のそこそこ高い場所にある。その大きな窓からセーリスは空を見上げた。
 かなりの距離があるそれは僅かに青白く霞んで見える。


 空中に浮かぶ大陸、箱庭世界。究極魔法の防壁によって守られた、天上の国。


「ニーシャンもカムラもなぜあそこまでアレを憎むのでしょうか」
「箱庭世界の王メディオクリタスがこの世から繁栄を奪ったのだと、そんな与太話を本気で信じているのよ。カムラに至っては、あれは元々自分たちの領土だったのだから奪い返したいと考えているのでしょうね」


 世界の行く末を全て識るとされていた箱庭大陸の主メディオクリタスは、いずれもたらされる未来の技術を独占し、箱庭世界を繁栄させている。そう考える者が王国の外では多いのだ。
 カムラからすれば貴重な土地を抉り、奪い取られ、そこで高度なテクノロジーによって少数が多大なる繁栄を独占しているのと思えば、恨みも深くなるはずだ。


「(そういえばヘニルはその辺どう考えているんだろう……)」


 メディオクリタスを憎む者は、この世界を統一し、あの究極魔法の防壁を破ることのできる唯一の神器ブリューナクを見つけ出し、箱庭世界を再び地上に引き摺り落とすことを考えているらしい。

 長らくどの国にも肩入れしなかった彼はあの空中大陸をどう考えているのか。いや、元野生児の彼ならば”考えたこともなかったです~”なんて言うかもしれない。話題をそれに限定する必要は無い。

 ヘニルは今まで何を見て、何を考えてきたのだろうか。それは彼と足並みを揃えたいと考えるセーリスにとって、大切な疑問であるように思えた。


「(それに最近、なんか寂しそうな目をすることが増えた気がするし……悩みなら聞くって言ったのに教えてくれない……。ヘニルとの信頼関係がまだ不十分だからかしら……)」


 最近になって常にお調子者っぽい雰囲気を纏ったヘニルにも、思い悩んでいることがあるのだと、そうセーリスも思考を働かせるようになった。鈍い鈍いと言われ馬鹿にされていると怒ったものだが、彼のその指摘も事実なのだろう。何せ自分には彼が何を悩んでいるのか全く分からなかったからだ。

 それならばもっとヘニルと言葉を交わすべきだ。彼のことを更に知れば、おのずと彼の悩みも苦しみも理解できるはずだ。


「そう……、カアスの行軍にあの薄ら笑いを浮かべた男も連れて行くの」
「え」
「ヘニルはカアスの言う通り重要な戦力であることに違いない。だから今回の戦いで最低限の働きは見せてもらわないと。それに二世代目ともなれば、カアスよりも強い戦士になるかもしれないわ」


 ヘニルが戦場へ行く。それを知ったセーリスは言葉を失った。

 既に彼は赤の他人などではない。何を考えているのか未だによく分からないのだが、それでも一応自分の言う事は守ってくれている。デルメルに対しても彼女曰く“気持ち悪いくらい”当たり障りのない対応をしてくるのだという。

 戦いに出れば、どれくらいの期間になるかは分からないが会うことができなくなる。本当に今のまま彼と離れていいのか、そう形容し難い不安が胸中を占めていく。


「(彼が国を離れる前に一度話をしないと……)」


 そう決心したセーリスは、休憩時間にすぐさまヘニルのいる場所へと向かったのだ。
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