優しい時間

ときのはるか

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第四章 そして天使はまい降りた

特別な顧客(2)

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 昼間はまかりなりにも内科として一般の患者を受け入れる地域に根付いた診療所を開院していた。
 患者は特に多い訳では無いが、それでも榊一人くらいが食べていくには十分な収入にはなる。風邪やちょっとした怪我で来院してくるそれら貴重な一般患者と、彼らのような特別な顧客が鉢合わせされても困る。
 そうならない為にも特別な顧客は、診療時間が終った時間外に対応する事にしていた。
彼等のような特別な顧客はコミュニティの紹介でやってくるのだからそれを断る事は出来ない。

 榊が医師免許を取得したのも、この診療所を開院出来たのも、元を正せばコミュニティから得た報酬から捻出されていた。

 身寄りが無い榊を引き取り育ててくれた主人はもう居ないが、主人もそのコミュニティの人間だった。
 ある学院のOB達で運営されるコミュニティと呼ばれている財団のお陰で榊は医者にまでなれたのだった。
 榊はそのコミュニティが運営する青少年育成施設で長年働いていた。
 表向きは社会に適合できない弱者である少年たちを財団の資金で養い、その育成をサポートする事が目的とされていたが、その実は自分のパトロンになってくれる主人の為に尽すと契約した少年たちを躾と称して、主人のオーダー通りに調教していくものだった。

 榊はそこで少年たちに躾を行う役目を担っていた。
 その報酬として医大に進学する資金も開業資金も手に入れた。
 それは綺麗事では済まされない事もやってきた。
 それでも与えられた仕事をきちんとこなしてきた正当な対価だと割り切ってしまえばいい事だった。

 だが、榊自身が心のどこかでまだコミュニティとの繋がりを望んでいるからこそ、こんな時間外の仕事だろうと彼等を受け入れてしまうのだった。
 勿論ただのボランティアでピアスの穴開けなんかに付き合ってやっている訳ではない。特殊な処置にはそれ相応の報酬はもらってはいる。
 だが榊が彼等を受け入れるには他にも理由があった。
 それは、榊自身がその施設で主人の為に躾を受けた経験がある少年だったからである。

 自分の仕える主人の為にその施設は少年を主人好みの少年にと躾る。
 だが少年たちは無理矢理そこに連れて来られた訳では無い。
 それを選んだのはその少年達自身だった。

 施設は彼らの主人の好み通りに少年たちに愛される術を教えて行く。
 少年は主人に愛される事により何不自由ない生活が約束され、望めば進学さえサポートしてもらえる、それはお互いに利害が一致した少年と主人の正当な取引だった。

 身寄りがない榊も普通の施設で集団生活を送っていた事がある。
 だがそこでは自分の限界を感じていた。
 そんな時、榊はかつての主人と出会い、自らコミュニティの施設に行く事を選んだのだった。

 自ら選んだ事とはいえ、躾というものは少年達には過酷な事が多い。
 それは少年の心や体に負担を与える事もある。
 もともと主人に愛される素質を持っている子もいれば、自分の意志とは反する事を要求される子もいる。
 愛される素質を持ちながらも身体が弱く耐えられない子もいる。

 榊はそんな少年達の心と身体をもっと理解してやれる医師や看護師がコミュニティには必要だと躾役をしながらずっと考えていた。
 躾を受ける側も、躾をする側も両方体験してきた自分だからこそ分る事もある。
 だから榊は施設で働いた報酬をつぎ込み医者になったのだった。

 その榊が施設絡みの少年達のアフターメンテナンスを断る理由は無い。
 
 この青年もコミュニティの施設で躾を受けた青年だった。
 勿論直接榊が担当した少年ではないが、彼の事はコミュニティのデータベースを検索すればすべてが分る。
 依頼を受ければ彼が今までどんな躾を受けて来たか、主人がどんな趣味趣向があるのかも、あらかじめ知る事が出来る。
 それによると今回のこの青年は、主人の加虐的な性行為からも快感を得られる身体になる事を求められていたらしい。
 確かにその躾の通り、青年はある程度の痛みを与えられてこそ快感を得ているらしかった。
 その資質があるからこそ彼は主人の要望を受け入れているようだし、健康面も精神面も良好のようで何ら問題は無く、榊は今回の性器へのピアッシングの依頼を受けた。

 榊はコミュニティのデータベースだけでは施術は行わない。
 榊が医者になった目的の一つは、施設を出たその後の少年が正当に主人に愛されているかをチェックする為でもあった。
 
 だから施術の前には必ずその青年の健康面も精神面もチェックさせてもらう。
 その際、不当な扱いを受けていると思われる子には施術を行わず、主人と青年からお互いの思う事を聞き取り、場合によってはその子を施設で再躾を受けさせる事もあるし、主人が保護者不適合だった場合はその子を取り上げる強制執行の権限もコミュニティから与えられていた。

 幸い、今のところそのような強制執行に踏み切った主従関係の者はいない。
 お互いに良い関係にあるからこそ、もっとより良い関係を求めて彼等は榊のところにやって来る。
 だからここにやって来ない者達の中にこそ、闇が存在している事も知っていた。

 強制的に年に一回くらいはその後の少年たちをチェックしたいところではあるが、榊一人ではそれは難しい。
 学院の事もコミュニティの存在も知らない普通の医者たちに彼等の事を真に理解できる者はいないだろうし、それを一から説明する事も困難だった。
 学院出身者の中にはコミュニティに所属する医者も居るが、それでも数が足りない。
それに彼等には表向きの顔があり、家庭を持つ者や大病院に勤める者は、施設の子たちを受け入れられない事情もあった。

 だから榊は、その特別な顧客の彼等を拒む事はしない。

 せめてここを訪れてくれるその子たちだけでも必ず受け入れてやりたいと、榊は心に決めていたのだった。

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