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第四章 そして天使はまい降りた
特別な顧客(1)
しおりを挟む「先生。ありがとうございました。これでこの子もまた楽しみが増えたと思います」
榊は礼を言われても、それはどうなのかと疑問が湧き上がる。
こういう時はたいてい、枯れたはずの荊が芽吹き、その蔦が榊の心に巻き付いてきて、キリキリと尖った棘を突き刺してくるような気がするのだった。
だが主人とその子の間に自分の主観は存在しない事はよく分かっていた。
主人の言う通り、その子にとってそれは喜ばしい事なのかもしれない。
まだ少年と言っても十分通じるだろう見目麗しい青年は、しどけなく裸身を寝台に横たえていたが、主人が手を差し伸べると目を細め、嬉しそうにその手を取り上半身を起き上がらせる。
そしてしなやかな裸身に衣服を纏い始めた。
その仕草は煽情的で先に剥き出しの下半身を隠す事もせず、素材の良さそうなシャツに袖を通していった。
羽織ったシャツの裾からは彼の余分な肉の無い滑らかな太腿が突き出している。
そしてその付け根にある彼の可愛らしい無毛の性器も覆い隠す事無く主人の目に晒されていた。
かつて榊が躾ていた天使も施設に居る間は今目の前にいる青年のように、そこを無毛に保ってやっていた。
主人の好みにもよるが幼い少年を好む主人たちはそこを脱毛させたがる傾向が強い。
だが最近はその方が衛生的に優れているという事で、そこを永久脱毛する者は世間一般でも珍しくなくなりつつあった。
時代の流れというのはどんどん変わっていくものなのだと榊は思う。
もしかすると瞬もまだそこを無毛に保たれているのかもしれない、などと久しぶりに瞬のことを思い出してしまった。
青年は榊がここに居ることさえ忘れたかのように主人を見上げ満足げに微笑む。主人はそんな青年の前に跪くと、そのすらりとした脚の付け根に手を当て、今一度しっかりとそこを覗き込み、うやうやしく先端に指先を滑らせ持ち上げる。
すると青年は薄く開かれた唇から甘い吐息が零れ出してしまう。
よく訓練されているのだろう、青年は主人の愛撫に敏感に反応してしまう感度の良い身体の持ち主だった。
主人の指先はそこをあらゆる角度に持ち上げたり捻り上げたりしているようで、青年は声だけでは済まなくなりそうで口許に手を当ててそれでも声を抑えようとしていた。
主人の熱い視線を浴びながら、そこを弄られると抑えていても声を洩らしビクビクと反応してしまうようだった。
確かに主人としては、こんなに忠実で素直に反応してくれる子なら、自分のものだという証を身体に取りつけたくなる気持ちも分ると榊は思ったが、勿論それをおくびにも出さない。
青年は早く二人の家へ連れて帰ってくれと身体中で哀願していた。
その熱い想いは互いに一致したようで、主人もここで観賞しているだけでは我慢できなくなったらしく、これ以上の長居は無用だと青年のそこに絡ませていた指を名残惜しげに解いた。
主人は青年のふくらはぎに手を当てて、優しく促がすようにそこをピタピタと軽く叩くと、青年は素直に片脚ずつ持ち上げて主人が彼に下着を穿かせていく。
この主人が青年をいかに大事にしているかが良く伝わってくる一幕だった。
榊は彼等と同じ空間に居ようと彼等への干渉は一切しない。
自分は空気であるかのように存在を消し、彼等への感情を遮断していた。
榊は与えられた仕事をただ淡々とこなしていくだけだった。
診察室の片隅でどんな茶番が行われていようと、自分は処置が終れば後はここを片付けて診療所を閉めるだけだった。
彼等が帰れば今日の仕事が終わり、ようやく自分も横になれる。
そんな榊は、今日はいつもより少し疲れを感じていた。
なんとなく空気が重く感じられて、窓の外を見れば、その理由がすぐに分った。それはさっきまではかろうじて雲の重みに耐えていた空が、とうとう雨粒を零し始めたせいだった。
窓の外はみるみる天気が荒れて行き、その雨粒がガラスに当たって弾けるのが見えた。その激しさは防音になっているこの部屋にさえパチパチと雨音が響いてくるようにも感じられた。
やがて奥で身支度を終えた彼等が寄り添って出て来ると、急な雨に悪態をつきつつも仲睦まじくまた自分達の世界へと戻っていった。
彼らが今日ここにやって来た目的は、この青年の身体に細工を施す為だった。それは青年に対するメンテナンスみたいなものでもある。
既に彼のなだらかな胸に実る一対の果実には棒状の鈍い光を放つ胸飾りが鎮座していた。それに加えて今回は、彼の局部に新たな飾りを施して欲しいという主人の要望によるものだった。
それは自ら女性に入れる事は生涯無いという証だというボディーピアスらしい。
青年の局部の僅かな張り出しの部分に可愛らしく取り付けられた小さな宝石が埋め込まれたシンプルなリング型のボディーピアスは、まるでエンゲージリングのように光り輝いて見えた。
なんであれ二人がそれで満足したなら結構な事だと思う。
榊は終始自分の感情は顔には出さず、事務的な流れで彼らを処置し、そして診療所から送り出すと、時間外だった仕事を終え、『本日の診療はすべて終了しました』とプレートのかかるドアを閉めた。
榊は案の定パチパチと激しい雨音が鳴り響く玄関のガラス扉から空を見上げた。通り雨ではなく、しばらく降り続きそうな厚い雲を確認するとその扉に鍵を掛け、明るいピンク色のロールカーテンを下まで降ろした。
彼等のような患者は時々こうして通常の診療時間が終ってからやってくるのだった。患者といってもそのほとんどは病気という訳では無い。
今回のようにボディーピアスの取り付けだったり、整形手術だったり、彼らの身体のちょっとしたメンテナンスが目的のものが多い。
榊は彼らの為に時間外に診療所を開け、その施術に付き合わされる。
だが彼らのような訪問者はこういう時間外でなければ困る。
彼らは榊にとって特別な顧客なのだった。
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