蟲人の森 -蝶の王-

槇木 五泉(Maki Izumi)

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毒蜘蛛.4 ※

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「言ったな、羽虫。──いいだろう。喰い殺すのは一旦止めだ。お前、今までに、ここで雄の相手をしたことはあるか?」

 眸を淡く閉ざしたまま、ムラサキは黙して首を横に振る。誰の手にも掛かったことのない身体が、他の雄、それも捕食者である蜘蛛の手で汚されるということがどれだけ苦しいことなのか想像もつかず、痩せた肩先を震わせて、不安と恥辱にただ耐え続けた。


 やにわに、蜘蛛が身じろぐ気配がする。同時に、ムラサキを戒めていた、天井から長く垂れた粘つく糸が動き、膝を折り曲げて吊られた脚を大きく開かされた。どうやら蜘蛛は、両手で糸を巻き取り、自在に操ることができるらしい。
 両脚の奥深い秘め所まで余さず曝け出すような格好にされ、恐怖に勝る羞恥が血の道を駆け巡ってさっと全身を朱に染め上げる。ぎちり、と糸を軋ませても為す術なく、はっと見開いた視線の先で、雄蜘蛛は、たった今糸を織り出し操った自らの指先にたっぷりと唾液を吐き付けてまぶし、存分に湿らせていた。

「少しばかり麻痺させて、抉じ開けてやる。──何、死ぬほどの濃さの毒じゃねえ、すぐに何も感じなくなって、力が抜けるだけだ。そうすれば役立たずのお前も、少しは使い物になるだろ…。」
「…ひ、──ぁっ…!」

 ちゅく、と濡れそぼった、聞くに堪えないずかしい音と共に、固く蕾んだままの孔の縁に毒蜘蛛の唾液が塗り付けられる。そして、麻痺毒を混ぜ込んだのだという唾液の滑りを借りて、先程より幾分かすんなりと、一本の指がごく浅い体内に入り込んできた。
 ぴりりという奇妙な刺激と同時に狭い場所を掻き分ける、味わったことのない異物感に眉根を寄せて首を揺らすムラサキの屈辱を喰らって、毒蜘蛛は尚も楽しげに、きつい入口のごく浅いところだけを狙って、ぢゅく、ぐじゅ、という音を立てながら乱暴に掻き回してくる。

 全く痛みがない訳ではなかった。決して手慣れているとは言い難い、しかも慈悲の欠片すらない、ただ己の欲を満たすためだけに硬さを解そうとする手付きで、誰にも暴かせたことのない場処を好き勝手に暴かれている。
 しかし、浅いところで暴れ回る指の凶暴な感覚は、蜘蛛の言葉通り、すぐに霧のように散って無くなっていった。すっかり痺れた孔のふちは、時折何とも言えない圧迫感を覚えるだけで、今、何をどうされているのかということさえ次第に解らなくなりつつある。粘膜に塗り付けられただけで感覚を奪うこの強い毒を、もし直接体内に注ぎ込まれたらどうなってしまうのか。考えただけで、天井から垂れた糸で宙吊りにされた身体には、おぞましい震えが走り抜けるばかりだった。

「っく──、あぁッ──…!」

 一匹の雄蝶に過ぎない身体の一部だけを雌のそこに造り変えようとしていた雄蜘蛛の無骨な指が、程なく、くちゅ、という濡れた音を伴ってムラサキの中から出ていく。この種の蜘蛛は、短い上着の下の腰の脇から糸を紡ぎ、指の先で素早くい合わせて自由自在に操っている風情である。
 更に一本の太い糸が腰に絡んで、強引にそこを高く持ち上げるような格好を取らされた。身体の最奥の、恥ずべき場処を差し出すように仕向けられ、恥辱のあまりムラサキは眉根を寄せて唇を噛み締める。

 無数の透明な糸がほつれた薄絹のようにたわみ、張り巡らされている、朽ちかけた木の洞にせり出した天井を、焦点さえ碌に合わなくなった眼で茫然と見つめた。

 たった一匹ひとりの力でこれほどの罠を編み上げた、恐るべき外つ国の毒蜘蛛。そのものが罠である巣に迷い込んだ一匹の蝶に、一体どうやってここから逃れる術があるというのだろう。よしんばこの森に元から棲む毒蜘蛛でさえ、見たこともない強大な力を持つ一匹の蜘蛛を相手にしては、互角に戦えるのかどうかすら解らない。

 諦念にさいなまれ始めたムラサキの裸の腰を、雄蜘蛛の両手が脇からしっかと捕まえてきた。
 黒く染まった爪が無造作に食い込む痛みに顔を歪める年経た蝶を見下ろして、若い雄蜘蛛が牙を覗かせて壮絶な笑みを浮かべる。それは、食欲という類の欲ではない、別種の欲に駆り立てられた、紛うことなき発情したオスの顔だった。
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