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16. 星本先輩

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 今日は週を折り返してすぐの木曜日。体育館で佐伯姉妹と喋ってたのでSHRに間に合うか考えていた俺だったが、どうやら杞憂だったようで、普通に間に合っていた。だが、俺の前の席はまだ誰も座っていなかった。
「あれ、あいつまだ帰ってきてなかったのか」
 それにしても、佐伯姉妹ってややめんどくさいところがあるよな…。人の発言に問い詰めたりとかしてくるところが1番に上げられる点な気がする。まあ、問い詰められる発言をした俺も俺もなんだけどな……。
 でも、雫のあの行動、表情は演技でできるものではないと俺はなんとなく分かっていた。いや、俺がそういうのを見定める能力がないだけかもしれないが、少なくとも、俺を騙そうとしてとか、からかおうとしてとかの類のものではなかった気がする。思わず俺の本音が出てしまった時の彼女のあの表情。それは未だに俺の脳裏に焼き付いていた。
 だけど、演技だと思ってしまうほどの喜怒哀楽の激しさだったので少しだけそっちの線の可能性を残しておくことにしよう。ただの感受性豊かなやつなだけかもしれないしな。
 そんなことを考えていると、いつの間にか前の席が埋まっていることに気がついた。おお、気づかないほど熟考してたんだな俺…。と、そう思う最中、担任の先生は全員揃ったことを確認して、SHRを始めるのだった。



 放課後。俺たち2年はあと少しで、正確には来週の月曜から野外活動なため、部活もそれに伴い一時期オフという感じになる。でもまあ、今日はオフだった水曜の次の日なので普通に練習すると思うけどな。
 そう思いながらいつもと言うほどまだ浸透しきってない卓球場に俺の出席番号1つ後ろの奴、須山と共に向かっていた。転校してきてからの部活はいつもこの須山と卓球場に向かう日々が日常と化していた。まあ、同じことを言うが、日常、と言うほどまだ浸透はしてないんだけど…。
「そーいえば佐野、聞いたか?」
 すると須山が俺に話題を振ってきた。
「ん?何を??」
「俺ら卓球部の部長、いわばキャプテンが今日から練習に戻ってくるらしいぞ」
「あー、えーっと誰だったっけ」
 前に一度、茜の口からその先輩の名前が挙がっていたような気がするのだが…。
「バカお前、キャプテンの名前忘れるバカいるかよバカ。あーでもお前は転校生の立場だからしょーがないのかな」
「バカバカうるせーな…。そーだぞ、俺は転校生の立場だからしょうがないだろ。でも、一応ちょっとは分かる。確かに女の人だったよな?」
「そうだぞ!転校したてのお前だって風の噂で知ってるだろ、3人に同時に告白されたって話」
「あー、聞いた聞いた。えーっと、星…、星川先輩だったっけ?」
 うろ覚えな俺は須山にそう尋ねた。確か前に茜にそんな話を聞いたような…。結果は知らないけど。
「ちげぇよバカ。星本先輩だ星本先輩。なんで覚えてないんだよ…」
「逆にお前はなんで覚えてんだよ…」
 お互いがお互いに引くというよく分からない時間が経過したが、須山の話によると今日から卓球部のキャプテン、星本先輩が部活に戻ってくるらしい。
「そりゃー、俺は1年の時から卓球部にいたし、その時から彼女のことは一目置いてたよ」
「…ほぅ。じゃあその先輩について軽く説明とかできるのか?」
「当たり前だ!まず、彼女は恋人がいない。噂によると、好きな人もいないらしい」
 人差し指をピンと立て、まるで自分ごとのように説明する須山。この話からするに、告白した3人は全員フラれたのか…?前知れなかった分、そこは少しだけすっきりした気がした。
「なんでまず恋愛関係のことについてなんだよ…」
 お前狙ってるのか?と心中須山に尋ねる。
「まあまあ、で、顔ももちろんなんだが、キャプテンを務めてるだけあって、卓球もうまい。個人戦では県ベスト4の実力者だ」
「へぇー、それは普通にすごいな」
「あと、実力だけでなく、人への気遣いなどもめちゃくちゃ優れてる。誰と話す時も笑顔で優しく接してくれるんだ。俺も1年の時先輩と何回か話したんだが、俺相手でもいい笑顔で接してくれたぞ」
「え、お前星本先輩の取扱説明書持ってる?」
 1年の時から関わっていたとはいえ、こいつなんでこんな詳しいんだ…。
「まあ、持ってるといっても過言ではないかもなー。あとはちょくちょく3年の先輩から聞くんだよ。ちなみにその先輩はフラれたうちの1人な!」
「いらんいらんそんな情報…」
 少しばかにしながらそう言う須山。ところどころにそのような無駄情報を入れるのはやめていただきたい…。
「まあとりあえず、今日から部活が余計に楽しくなると俺は思うな。俺興味ないーみたいな態度とってるけど、佑、お前も全く興味ないってわけじゃないだろ?」
「そこまで言われると、全くってわけじゃないが…」
「だろ?とりあえず、お前は名前を覚えてもらうに頑張れ!」
 俺はそんな彼の言葉に小さく首肯した。確かに、ちょっとだけ興味はある。が、この須山ほどテンションは上がらない。それは多分、顔を見たことないのと、どんな人なのか見当もついていないからなんだろうな。一応、いつか茜に教えてもらったのと、さっきの須山の情報があるが…。分からないものは分からないからなぁ…。
「でも…」
 と、俺がそんなことを考えていると須山がさっきとは全くといっていいほど違うシリアスな表情でこう切り出した。なんだ、この学校のやつは雫といい、表情の喜怒哀楽が激しいやつばっかいるのか??
「ん?」
「あの先輩、俺が1年の2学期の半ばほどまではいたんだが、部活に来なくなったのってそこからなんだ」
「え?」
 あれ、そうだったのか。てっきり、春休みらへんから何か足の怪我とかで休んでるのかと思っていたが…。
「なんか怪我とかしてたのか?」
「まあ、軽く足は捻ってたのは見たけど、それならこんなに長く休まないし…。正確には10月ごろから部活に来なくなったから、約5.6ヶ月ぶりの対面だな」
「そうか…。学校自体にも来てなかったのか?」
 仮に学校にも顔を出していなかったのなら、さっきこいつが言ってた足の軽い怪我だけじゃない、何か入院レベルのものだと思って尋ねたが、
「いや、それが学校には毎日登校してたらしいんだよ。部活にだけきてなかったって感じ」
「3年になっても?」
「おう、3年になった今日まで、部活には来ずに、学校の登校だけちゃんとしてたそうだ」 
「なるほど…」 
 その時、俺は少し前、茜が星本先輩を見たと言ってたのを思い出した。学校には登校してるってことは茜が学校で先輩を見たのも頷けるな…。
「なんというか、不思議だな」
 聞いた感じ誠実そうだし、部活をサボってるってわけでも無さそうだし…。
「まあ、確かに…。でも、今日からは普通に部活にも顔出してくれるみたいだし、佐野からすれば初対面だな!」
「そうだな…っと、ついたついた」
 先輩の近況について喋っていたらいつのまにか卓球場までついていていた。靴を入れる靴箱の1番上、箱の上に明らかにいつもはなかった黒い靴が置いてある。
 中に入ると同級生の男子、女子。後輩も数人来ていた。比較的この時間帯にいつも見るこのメンツの中に、ピンクのヘアバンドをしたショートボブの人がこちらに背を向け、奥でサーブの練習をしている。この人の名前を、俺はもう知っていた。聞かなくてもわかった。この人が…、みんなのいう、星本先輩なんだなって。



 顧問の集合がかかり、円になったところで、さっそくキャプテンの紹介から始まろうとしていた。そこで俺は初めて星本先輩の容姿や顔を見たのだが、確かに、須山の言う通り可愛らしい顔で、短めの髪がよく似合う俺よりも少し背の低い、"先輩"という感じだった。だが、少しだけ体調が悪いのか、咳を軽くしている。そんな先輩は1年生、そして俺ら2年生を見て言った。
「1年のみんなは初めまして、2年のみんなは久しぶりかな?どうも部長の星本葵衣(ほしもとあおい)です!2年のみんなは知ってると思うけど、今日から部活に復帰するのでよろしくお願いします!」
 彼女がそう言い、ぺこりとおじぎをすると、周りから拍手が起きた。俺も釣られて拍手をする。すると、その拍手に流されるように彼女の顔に笑みが漏れた。
 先輩は、次に1年を集めた。おそらく名前とかを尋ねているんだろう。部活によっては3年生が引退するまで、1年の名前をちゃんと覚えない、というところもあると思うが、ここの部活の部長は一人一人の名前や特徴を把握してくれる人なんだなといい印象を持った。
 数分後、確認が終わったのか、1年は解散し、先に軽くアップをしていた俺ら2年と練習を開始した。2年は先輩と関わったのが半年だけらしいが、名前は知ってるということなんだろう。だけど、俺は転校してきた身だから少し居づらいな…。
 今日の部活中、俺は1度も話しかけられず、いつも通りの練習が続いていた。そんな先輩の練習をふと見ると、身体を俊敏に動かしていて、部活前に須山が言っていた県ベスト4の実力も頷けるなと思った。久しぶりのスポーツなのに大したもんだ。軽く身体を動かしていたのだろうか。
「っと…、いけね」
 そんな時、ラリーをしていた俺と須山。須山の打った球がテーブルの角に当たり、端へと転がっていってしまった。
「悪りぃ、佐野」
「いいよ、取ってくる」
 床を転がる黄色の球はある人の靴にコツ、と当たった。その人はそのボールに気づいてくれたらしく、していたラリーを止め、そのボールを拾おうとしてくれた。それは、この卓球場の中でも一際目立つヘアバンドをした、星本先輩だった。
 いやはや、転校生の俺に気づいてくれるのだろうか。
「すいません、ありがとうございます」
「はいはい、大丈夫だよー!……ん?」
 と、彼女はみんなに見せている笑顔から一変、不思議そうな顔を見せた。
「ど、どうしたんですか?」
 おおお、良くない良くない。またコミュ症出ちゃってるよ俺…。いい加減ドモる癖やめたい…。
「君、私が部活に来なくなる前いなかった子だよね?1年の名前聞いてた時にそこにいなかったってことは、2年の新入部員かな?名前なんて言うの??」
 どうやら、俺がこの部活に入った新参者と気づいてくれたらしく、名前を尋ねてきてくれた。俺はそんな先輩の目を頑張ってしっかりと見ながら言った。
「ああ…、そうですね。2年になって転校してきました。佐野佑です。よろしくお願いします!」
 そして俺はぺこっとおじぎをした。
「よろしくね!…ん?あれ、ちょっと待って…?」
 すると、再び不思議な表情をする先輩。
「ど、どうしたんですか…?」
 あーもうまた出ちゃったよ!しかもさっきと全く同じ反応になっちゃったし…。せっかくさっき目を見て喋れたって言うのに…。もう嫌!
 そう俺が心中で自分に愚痴っていると、
「…………」
「な、なんでしょうか…」
 彼女は軽く咳をしながら俺の方をジーーっと見てきた。そんなにじろじろ見られると何か恥ずかしいんですが…。そして何か喋って欲しいんですが…。
 俺が思わず顔をそっと背けると先輩は口を開いた。
「…やっぱり」
 やっぱり?どういうこと?え?何?なんか怖い。
「やっぱり??」
「いや、こっちの話よ…。それよりも佐野くん」
 え?こっちの話って何?と考える俺に、彼女は一度向こうを向いて、少し強めの咳をした後、失礼、と一言置き、言った。
「放課後、ここに残ってくれる?」
 と、おそらくこの人には珍しいであろう、とても真剣な表情で…。
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