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15. 無意識

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「付き合いなさいって……」
 ババーンという効果音が合いそうな感じで俺にそう言った雫。つい先程俺は彼女に放課後にダンスの練習に付き合ってほしいと言われた。…いや、違うな。正確には……。
「…付き合いなさいって…」
「なんで2回言ったのよ…」
 意気揚々とそういった彼女に対して呆れる俺に困惑をしめす雫。いや、そりゃそーじゃない?何?俺の感覚がおかしいの??
 そう自問自答するが、当然答えが出てこぬまま、僅かな沈黙の時間が生じた。
「ちょ、ちょっとなんか言いなさいよ!」
「いやだってさぁ……?」
 我が強い彼女に意見するのは先程同様、怖いものがあるが、さすがにちょっと雫の態度に不満を感じたので俺は言った。
「今日ダンス踊った感じ、やっぱり佐伯ちょっと遅れてたでしょ?その練習のために一緒にするってのは全然いいんだけど…。その…、頼み方ってもんがあるでしょ…?」   
 やばい、ややうざい感じになってしまったか…?し、雫は…?
「……」
 あ、これマジでやばいかも。何も喋らなくなっちゃった。もう病んでるみたいに下向いて何も喋らなくなっちゃった。あーはい、佐野佑くんやってしまいました!だって自分で聞いててもうざいと思ったもん!
「……」
 まずいな。このままじゃ泣いてしまうかもしれない。プライドの高い彼女が泣くことは考え難いが、そのような考えなど吹き飛ぶくらい今の彼女の雰囲気が物語っているぞ…?
 そう考えた俺が彼女に何か言葉をかけようとしたその刹那…。
「……つ…」
「…?」
 何か、雫の方から聞こえた…?そう思った瞬間、雫は少しだけゆっくりと顔を上げた。そして彼女は小さな声で唇を動かした。

 …つきあって…くだ、ください……。

「!?」
 自分の心臓が飛び跳ねたのが分かった。彼女の火照った様子の頬が僅かに見えた。照れている様子を僅かに見受けられた。まるで、風呂上がりの赤ちゃんのような、そんな感じがした。そしてその感じがどこかいつかでみたかのような…。
 そう、それは…。
「ちょ、ちょちょちょっ」
 いや、そんなことは今はどうでもいいんだ。ちょっと待ってくれよ雫。お前マジかよ。
「な…、何…?」
 再びそのか細い声で俺に尋ねてきた雫。だから、本当にキャラ変わりすぎだろ…!30秒前のお前どこ行ったんだよ!!お前誰だよ!!
「べ、別にそこまでしなくていいよ…」
「…え?だって…、アンタ言ったじゃない。頼み方ってもんがって……」
 そう言って、ゆっくりと顔を完全に上げる雫。
「だからってそこまで深刻そうに頼まれてもこっちはこっちで反応しずら…ぃ…!」
 その時、俺は初めて見る彼女のそんな表情に言葉が詰まってしまった。なんだよその顔…。今までそんな顔俺に見せたことなかったろ…。
 困った様子の眉、少しだけ、ほんの僅かだけど潤った瞳。そして憶測が確実へと変わった頬の火照り。なんか…、あれだ。…うん。
「……かわいい」
「え…!?」
 すると突然目の前の少女の表情がもっと崩れた。頬の火照りはより紅くなり、口元を手で覆いだした。目は軽く泳いでいるように見える。
 …え?俺今なんて言った?確か……。
「!?」
 やややややばい俺何言ってんだ…!心の声が表に出てしまっていたのか!?ままままずい……。
「ええええとここここれはそそその…」
 パニクリすぎてうまく呂律が回らない。どどどどーしよう…。
「ふふっ…」
「えっ…」
「ふふふっ…、あはははははっ!!」
 俺があたふたしていると、彼女は軽くお腹を押さえながら突如笑いだした。それは、彼女が俺に見せる、おそらく初めての笑顔。微笑み。その顔は妹の茜にそっくりな、曇りが晴れた、太陽のような笑顔だった。
「わ、笑っ…」
「佐野っちって、面白いのね…!突然いらない冗談入れてこないでよ!!」
「え、ああいやぁ…」 
 彼女の初めて見る姿に俺はしどろもどろするしかなかった。茜の前ではいつもこうなんだろうか…?
 ん?茜?茜の前…?
「………」
 そーいえば、ここの位置って…?そう考えながら首をゆっくりと動かすと…。
「!?」
「あ…、えと…」
 なぜか顔の紅い茜の姿があった。
「あ…、茜!帰ってなかったの!?」
「お…、お前帰ってなかったのかよ…?」
 今日最後の授業が終わったのでこの体育館に残っている人数は微々たるものだったのだが…、茜はもうすでに教室に帰ってるもんだと思っていたぜ…。雫の俺と同じ反応を見る限り彼女もそう思っていたんだろう。
「い、いやぁ、佑と教室帰ろうと思ってま、待ってたんだけど…」
「あ、ああそうだったのか…」
 ちょっと待って?茜が今ここにいるってことは今までの雫との会話を聞かれてたってことか!?
「………」
 個人的にめっちゃ恥ずかしいんだが……。その紅い顔が照れる類のものなら、その顔をするのはお前より俺だろ……。
「え、えと……」
 俺が何を言おうと考えていた時、茜が先に口を開いた。
「お…、お付き合い…おめでとうございます…」
 そう言って、茜は俺らにペコリと頭を下げた。
「「え??」」
 お付き合いおめでとうございます…?こいつは何を言ってるんだ…?
「お姉ちゃんごめんね…?お姉ちゃんの告白現場に僕が居座っちゃって…」
 告白……?
「ちちちちち違うわよ!ダンスの練習に"付き合って"って言ったのよ!なんでこんなやつに告白しなきゃいけないのよ!!!」
 顔をほぼ真っ赤にしてこちらも顔のやや紅い茜に雫はそう叫ぶように言った。
「あ、そういうことだったのか?だって、お姉ちゃんのその言葉が聞こえたから僕そっちむいてさ、そうしたらめちゃめちゃ照れてるお姉ちゃんいたんだもん」
「だ、だって…、こいつが…」
 そう言ってキッとこちらを睨みつけてくる雫。あと茜、お前自分自身の誤解って分かった瞬間にいつものお前に戻るんかい!
「あ、そういえば佑もさ」
「ん?」
 と、次はその茜が口を開いた。
「"付き合って"って言ったお姉ちゃんに"かわいい"って言ってなかったかぁー??」
「へっ!?」
 心臓が飛び跳ねたのが分かった。そしてこの場はそんな俺をニヤッとしながらこちらを見てくる茜、睨みつけてくる雫とニヤニヤしてくる茜がいるよく分からないシチュエーションになった。
「え?ああ、いや──」
 俺は彼女のその言葉にそのような返ししかできなかった。
「え、えっと…」
「え?あれって冗談で言ったんじゃないの?」
 茜の言葉に口ごもる俺を見て雫は不思議そうにしている。
「ねえ、どうなのよ??」
 思いのほか問い詰めてくる雫。頼むからそのキッとした睨みをやめていただけないですかねぇ……。
 でもその言葉を言ってしまったのは事実だし、思ったことはちゃんと本人に伝わった方がいいか。…めんどくさいし、恥ずかしいけど……。
 そう考えた俺は改めて雫と向き合い…、
「あれは──」
 と、俺が"何か"を言いかけたその瞬間、
「まだここに残ってる人ー、SHRとか始まるから早く帰れよー」
 ステージの上から体育館にわずかに残っている生徒へ先生からの呼びかけがあった。おお、もうそんな時間になるのか。
「…んじゃ、帰りますかぁ……」
「「…いやちょっと待たんかいいい!!!!」」
「…げっ」
 さすが双子の姉妹。こういうところは息ぴったりだ。なんで一音一句一緒なんだよ…。
「…なんだよ」
「なんだよじゃないぞ!それは僕たちのセリフだ!あんだけ意味深でよく分からん発言しておきながらよくそこで帰るという決断ができるなー佑!!!!」
「そーよ。結局どーなのよ!」
 あかん。こいつら俺のことに興味津々になってやがる。俺は早く帰りたいっていうのに…。ここは適当に繕うのが吉か??
「まあ…、また言うよ…。それより先生も言ってたろ?SHR始まるから教室戻ろうぜ」
 そう言って俺は足を体育館の出口に向け、出口に行──
「「…いや待てよぉ!」」
 行けなかった。左腕に茜、右腕に雫が俺の腕を掴んで離さない。おいおい…、びくともしねーぞ!?
「な、なんだよ!!」
「だから言えよ佑!そんなに羞恥心が働いてるならなんでさっき僕たちにそのことを言おうとしたんだよ!ある程度覚悟決まってたんだろー??」
 決まってたけど、よくよく考えたらやっぱり恥ずかしくなったんだよ!!と、心の中で茜に叫ぶ。
「じゃあ…」
 てっきり茜同様雫も叫ぶかと思っていた俺の予想は大きく外れ、静かに彼女は尋ねた。
「…なんで、あんなこと言ったのよ」
「え?」
「私は最初冗談だと思ってたけど、あからさまに冗談で言った内容じゃない反応してるし、でも聞いても冗談だって言うし…」
 その言葉を聴きながら、右腕をつかむ力がだんだん弱くなっていくのを感じた。
「……」
 理由、理由か…。それは…
 どんな質問をされても早く帰りたいという気持ちとめんどくさい、と言う気持ちが強かった俺はボケーっとその理由を考えた。そして、その状態のままあの時思ったことをボソッと雫に。
「…別に。思ったことを言っただけだよ…」
 彼女の方を見ながら俺はそう呟いた。すると、両手が急に軽くなった。え?なんで?
「…?」
 見ると、茜、雫ともに俺の腕から手を離し、へ?という言葉が似合うような素っ頓狂な顔をした。
「ど、どーした?俺なんか変なこと言ったか?」
 ボケっとしてたからついさっきのことだけど何言ったか覚えてねーぜ…。
「い、いやぁな、なんでもないぞ佑!ほら、帰りたかったんだろ?言ってくれたし帰っていいぞ!」
「ごめん、マジで変な質問するんだが、俺さっきなんて言ってた?ボーッとしながら言ったから覚えてねーんだよ…」
 この姉妹の反応と、自分の言ったことが気になったので、俺は茜にそう尋ねた。すると茜はボソッと、
「(あ、これは言ってて気づいてない鈍感系主人公タイプだ…)」
「え?なんて?」
 あまりにも小さな声だったので聞き取ることができなかった。
「なんでもないなんでもない!覚えてないってことは、それほどのことを言ってないってことだろ!だから別に僕たちが教える必要ないじゃないか!な!」
「ま、まあそうか…?じゃあさっきの茜の言葉に甘えて帰らせて…あ」
 1つ忘れてたことを俺は再び口を開いて、雫に言った。
「佐伯、さっきの放課後ダンスの練習の件なんだけど、今日部活あるから無理だ、すまん」
「え?あ、ああ…。だ、大丈夫よ…」
 なんだよ。なんか2人とも俺が"何か"を言ってから様子がよそやそしいな…。まあ、茜とかの場合、SHRとかのタイミングで元に戻ってるだろうしいいか。
「ありがとな、じゃあ茜、先戻ってるぜー」
 そして、俺は軽くなった両腕を軽く振りながら、体育館の出口に歩を進めるのだった。



 佑が去ったのを確認して、僕はお姉ちゃんの方を見た。同時にお姉ちゃんも僕の方を見ていた。そして一言。
「「ヤバくない??」」
 あまりの衝撃に言葉がハモってしまった。
「…てかなんで茜まで固まってんのよ。固まるのは普通言われた対象の私だけのはずでしょ?」
「いやいや、あれはヤバいってお姉ちゃん!さっき僕とそれでハモったじゃないか!!しかも言ったことに気づいてないタイプだぞ??あざとすぎるだろ!そう思っただけでそれを言ったって、お姉ちゃん佑にかわいいって思われてるってことだよな??」
 間髪入れず、私は続けた。
「佑ってああいうタイプじゃなかっただろ!何?お姉ちゃんを落とそうとしてるの??そして、お姉ちゃんも僕と同じ顔してたけど、内心、ドキッとして、めちゃ嬉しかったんでしょ??」
「べ、別にあんなやつにそんなこと言われても嬉しくないし…」
 少し顔を紅くし、僕と目を逸らしながらそういうお姉ちゃん。
「お姉ちゃんがその反応する時って、嬉しいって時だよね…」
 半目でお姉ちゃんを凝視した。
「ち、違うわよ!本当に嬉しくなんかなかったし!」
「んーなんか、途端に慌てるお姉ちゃん見るのって面白いよなぁ。もう惚れてるだろ、正直さ。あと自分からダンスの練習に誘ってたしさ?」
「惚れてるわけないでしょ!なんであんなやつのこと好きにならなきゃいけないのよ!というか茜!あなたやっぱり態度変わりすぎでしょ!いじる対象ができたらすぐ自分に余裕を生むのやめなさい!」
「うわー、分かりやすくツンデレ発動してるなぁ…。どーせ、あの言葉にドキッとしたんでしょ?僕は…しなかったけど…?」
「最初何か言ったかしら??」
「イヤーナニモ」
「ま、まあいいわ。でも」
 …でも?と、僕がそう思ったその時、
「まあ少し心が跳ねたのは…本当ね…」
 お姉ちゃんはボソッと、そう口を動かした。
 僕はニヤッとしてお姉ちゃんに言った。
「なるほど、佑がかわいい言った理由が分かった」
「ど、どういう意味よ!」
「別にー?さ、お姉ちゃん帰ろ!SHR始まっちゃうよ??」
「あ、待ちなさい茜!」
 お姉ちゃんのその言葉を背に僕たちは体育館を後にした。
 "かわいい"。そう言われたお姉ちゃんが最初に思ったことってなんなんだろう。しかも佑に。別にモヤモヤなんてしないけど。
 まあでも、その言葉にドキッとしたのは本当だし、言われてみたいと思ったのも事実なんだけどな…。佑は僕のこと、どう思ってるんだろう……?
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