ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第四章 番

66、番として 1

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 岩峰家での幸せな気分からは一転して、またどんよりした気持ちが戻ってきた。今日から上條桜のつがいとしての生活が始まる。

 心から望んでいない。だが受け入れたからにはイヤイヤ言っていて、解除されても困るので、少しは好きなフリでもして演技をしないといけない。

 って……できるか! そんなこと!

 俺をおとしいれた憎い相手だ。

 恨んだり憎んだり、マイナスな感情なら幾らでも持ち合わせられる、なのにその正反対の感情なんて……。

 最後のあの日、俺は相当キレた。先輩に対してひどい態度だったのに、いきなり前みたいに従順な後輩、ましてや恋人みたいな態度なんて取れる自信もない。それにはっきり嫌いと言ってしまった。それなのに今更、都合よく受け入れてもらえるのか?

 俺が生き残るために必要な処置だから、やらなきゃいけないのもわかっている。

 というか、先輩は俺をどう思っているのだろう。運命だの、愛しているだのって散々言われたけど、でもさすがに俺の素の対応に怒ったりしないのかな。

 そんな考えの中、車中で勇吾さんの隣で憂鬱な気分でいたら、あっという間に処刑台へと到着してしまった。

 今日は日曜の夜だ、いつもならなんとも思わない休日の夜。ただルーティンのように帰ってきて、明日からの学園生活に備えるようなそんな日。

 だがいつもと違うそれはもう始まっていた。なぜか寮の入り口で先輩が待っていたのだ。それに気づいた勇吾さんが先に車から降り、先輩と話していているのを車の中から俺は見ていた。

 二人の会話は簡単に終わったのだろう。少しすると勇吾さんがドアを開けてくれたので、車から降り上條桜へと引き渡された。

 まるで人買いに売られて、新しい飼い主に買われた時の感覚だな。

 俺の地獄がここから始まる。

 先輩は満面の笑みで俺を迎え入れ、俺が持っていた荷物は当たり前のように俺の手をすり抜けて先輩に持たれてしまった。勇吾さんに挨拶をして俺の手を取り寮へと入っていった。

 俺の心臓はおかしなくらいドキドキ言っている。先輩は荷物と、もう片手には手をしっかりと繋いでいた。散々キスもしたし抱かれた相手だけど、手を繋ぐのは初めてじゃないか? ある意味、体を重ねるよりも恋人に対する態度のように思えてきた。

 狭いエレベーターで二人きり、緊張と繋いだ手への意識から固まってしまった。そして先輩はなぜかご機嫌でいるようにも見えた。

 怒っては、いないみたい……。

 部屋へ入るといきなり抱きしめられた。驚いてビクってしてしまった、それでも先輩は強く抱きしめたまま耳元で言葉を発した。

「戻ってきてくれてありがとう。良太、愛している」

 車の中では散々どう行動するかについて考えていたはずなのに、先輩の香りに包まれた途端、頭が真っ白になった。何も答えられずにいるも、覚えたばかりの先輩のフェロモンが心地良くて、思わず鼻を胸に擦り付けてこっそり香りを楽しんでいた。

 そんな俺の行動を知ってから知らずか、ふと体を離された。

「離れている週末がこんなに苦しかったのは初めてだったよ。お茶入れておくから、荷物片付けたら話そうね」

 俺は無言で頷いて、荷物を、といっても俺の部屋があるわけじゃないから、カバンをクローゼットの中にしまっただけだった。

 着替えなどは勇吾さんの家にあるから片付けるものなどない。そんな動作すぐ終わってしまったので、ため息をついて先輩が待つ部屋へと向かった。

「はい、ローズティーだよ。とっても幸せな気分になれるお茶みたい、さあ座って」

 誘導されてソファに腰をかけると、先輩も隣に座った。いつも以上に……近い気がする。

 お茶を一口飲み、その香りにホッとした。先輩はずっと俺を見ていたと思ったら、髪に手が触れきて、そして顔が目の前に。

 キスが始まった。

 俺は一瞬固まってしまったが、抵抗していいのかもわからずに、目を閉じてされるがまま受け入れた。先輩の舌が軽く唇をノックして俺の唇を開けようとしてきたので、ふぁって唇を開いてその続きを身構えた。先輩がその動作に驚いていたようにも感じたが、舌を絡めたもっと濃厚なものへと変わっていった。

 勇吾さんは拒んでいいって言ったけど、そんな暇もないし、俺の体はやはりこの人を認めている。嫌じゃないのが、ほんとに嫌だ。むしろキスが嬉しいとまで感じている、浅ましいこのオメガの体が憎い。

 軽くリップ音をさせてから唇は離れた。目をうっすらと開けると、熱い目の先輩がいた。気まずさから下を向いた。本当にどういう行動が正しいのかわからない。それにこんな濃厚なキスの経験だって先輩としかないし、恥ずかしくて顔を赤くしてしまった。

 先輩はそんな俺を笑った。

「キスでそんな真っ赤になるなんて、そんなに煽らないで? 話どころじゃなくなっちゃう、お爺さんとはどうだった。良太の気持ち聞かせて。ここに帰って来たなら、つがいとして認めてくれたと思っていい?」

 気持ちを聞く前に、こんなキスするのはどうなんだよ。だけど先輩はわかっていたと思う、俺が帰ってきたのは先輩を受け入れる意思があるってことを。

つがいについては受け入れてここにきました。だけど先輩は、怒っていないですか? 先輩に言ったことと真逆の選択をしている僕を、都合いいって呆れますよね」

 とっさに好きだなんて嘘をつけるはずもなく、俺は一応の事実を言った。それに、ここに来る直前までこの男を恨んでいたのに、顔を見た途端どうでもよくなってしまった。これがつがい効果なのか?

 キスをした少し濡れた唇を見たら、欲しいって思ってしまった。そしてそんな物欲しそうな顔で見てしまったのだろう。

「良太、そんな濡れた瞳で見られたら怒っているなんて言えないよ。もちろん怒ってないけど、嫌いって言われたのは悲しかった。もう俺のこと嫌いって思っていない? 好きとまでは思わなくてもキスしても嫌じゃない?」

 その言葉に、戸惑いながらも頷いた。

「……嫌じゃありません。多分、嫌いでもないと思います。だけど、今後そういう意味で好きになれるかはわからないし、これからの約束はまだ、できません」
「それなら、うん。ゆっくり俺を好きになってもらえる様に努力するよ。俺はもちろん大好きだし、愛している。まずはその選択をしてくれてありがとう。一緒にいるって決めてくれただけで、すごく嬉しいよ」
「これから、お世話に……なります」

 もう言い終わるか終わらないかくらいのところで、また唇を塞がれた。

 それがとても気持ちのいいキスだった。キス一つで、こんなにも気持ちがふわふわする。俺はこの人を、ひょっとして好きなんじゃないか? と錯覚してしまいそうだ。

 力が抜けきって、そのまま背もたれではなく横に倒れそうになったら、先輩の腕で腰を引き寄せられて起こされるけど、頭をかかえられて、ゆっくりとソファに後頭部を押し付けられた。

 ソファに仰向けで寝かされた形となり、先輩がその上からキスを何度もくりかえしてきた。先輩の手は俺のシャツの中に入り、胸の突起の周りを指でコリコリまわしたり軽く握ったりしていた。

 えっ、まさか。

「あっ、はぅ……あっ」
「ああ、良太かわいい。可愛い、可愛い……好きだよ」

 ペロっとか、クチュッとか、わざとらしいくらい音を聞かせてくる。乳首を舐めたり吸ったり反対の手では反対の乳首で遊ぶ。そんな風に弄ばれていると俺の吐息も休まることができない。

 気持ちいい。

 ヒート中に出ていたあの花の香りが、自分からふいにしてきた。体は喜んでいて、つがいに向けたフェロモンが勝手に滲み出てくる。この体は、なんて、なんて浅ましいのだ。

 散々復讐してやるとか思っていたのに、こんなに簡単に快楽に落とされる。そんな自分の浅ましいオメガ性に悲しくなり、自然と出てきた涙と嗚咽に先輩が動きを止めた。

「良太、嫌だった? 気持ちよさそうに見えたけど、泣くほど嫌だったか?」
「ん、ちがっ、なんでもないです。ぐすっ、先輩の、好きなようにしてください、ごめんなさい、泣いたりして」

 途切れ途切れに嗚咽と言葉を繋げてから、俺は横を向いて、目を瞑って、これからくるであろう行動に覚悟を決めて耐えようと思った。そうしたら、捲れ上がった服を下げて、先輩は俺の上から離れると、ソファの上で抱きしめて座った。

「良太、嫌なら嫌って言ってもいいんだ。無理やりやることでもないし、そりゃ、俺はいつだって良太を抱きたいけど、ちゃんと同意をもらってしたい。なんで泣いた? 教えて」
「僕、こういうの、慣れてないし、抱かれるのは怖いです。だけどこの体はそれを喜んでいて、なんて浅ましいだろうって」
「良太……浅ましいなんて、そんなこと思わないで。つがいだから当然の反応だよ」
「先輩、ごめんなさい」
「すまなかった。良太が戸惑うのも当然だよ、俺が早急過ぎたんだ。今まで通りの毎日を送ろう。良太の気持ちが受け入れてくれるまで待つから、だから無理する必要はない。でもキスだけは受け入れて? 愛しているよ」

 これは、これからも抱かれることなく過ごせるということだろうか。
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