ローズゼラニウムの箱庭で

riiko

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第四章 番

67、番として 2

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 その日は一緒にベッドに入り、いつも通りの夜を迎えた。つがいになる前となんら変わらない、先輩がすっぽり俺を抱きしめて眠る姿勢、でも俺の心は変わった。

 前までは、性的な意味合いもないただの抱き枕としての役割だって思っていたから。でも今は違う、この男は、男の俺に欲情して抱きたいと思っている、ただのオスだ。

 そんな男に抱きしめられて安心なんてできず、いつ襲われるかわからない草食動物の気分だった。俺の鼓動の速さに気づいたのか、先輩が話しかけてきた。

「良太の心臓、凄いことになっているよ。前まではそんな音をさせてなかったよね? 俺のこと少しは意識してくれているってことかな、可愛いな」
「すいませんっ! ただの抱き枕じゃなくて、先輩のオメガだと思ったら緊張して……眠れないですよね? 僕、もっと端っこいくので離してください……」

 先輩の腕の拘束がもっと強くなった。

「ううん、離さない、嬉しいよ。俺を男として意識してくれて、それに抱き枕なんて思ったことない、ずっと前から良太が好きで仕方ないから抱きしめていた。あの頃と俺の気持ちは変わりないけど、良太の気持ちは変化したんだね、それは嬉しいなあ、もっと俺にドキドキしてね、お休み、愛しい人」

 なんの躊躇もなく恥ずかしいセリフを言って、そのまま俺の頭にチュってキスをして、寝息をたてた。

 すげぇな、このアルファ。リアル王子か!? 俺は唖然としたが、その寝息は以前からも眠りを誘う睡眠導入剤のような音色だった。だから前と変わらないこの不思議な音色に、俺はドキドキしていたのも忘れて、すぐに寝入ってしまった。

――ふふ、あいかわらず、俺の寝息聞くとすぐに眠っちゃうんだから! 可愛いなぁ、あぁかわいい、俺のつがい――

 夢の中では何か聞こえるが、不安を思ったつがい初日は、いつもと変わらない安定の朝までぐっすり熟睡コースだった。

 翌朝、いつも通りの週明けが始まる。

 ただ違うのは、寝起きのおでこへのキスが唇へのキスに変わったこと。それ以外は何も変わらず、相変わらず目覚ましとともに先輩が起こしてくれて、顔を洗っている間に朝食のシリアルを用意してくれている。

 俺は少しだけしんなりしたシリアルが好きなので、いつもながら先輩が用意してくれるシリアルはちょうど良いタイミングだ。

 そして先輩は俺の朝食の邪魔はせず、向こうでコーヒーを飲んで朝の新聞を読む。いつもと変わらない光景。

 時間になると一緒に部屋を出る。

 すれ違い様にいろんな人が先輩に朝の挨拶をしていく、それも変わらない。だけど先輩の手が俺の手を握っているという違いはあった。

 手を繋いでいる。

 つがいという噂がなければ、周りからは生徒会長に連行されている生徒にしか見えないだろう。俺なんかがつがいになんて、絶対見えないはずだ。

 唯一、俺はメガネと目の下のクマの演出をやめたことで、少しはオメガらしく見えるようになったかもしれない。先輩にはこの演出はバレていたらしい、勇吾さんの入れ知恵だったと話したら驚いていた。今となっては、つがいになる前に可愛い姿を他の人に知られなくて済んだのは、岩峰先生に感謝だねって言っていた。

 以前と違い、上條桜という強いアルファのつがいになった俺に、たとえオメガ特有の女みたいな顔を晒しても誰もちょっかい? など出さないだろうということで、俺の顔を隠す必要が無くなった。

 先輩と俺の一週間の急な発情休暇申請、それはもう周知されていた。通り過ぎる人たちは先輩に挨拶をするも、目線がいつもは向かない俺へも向かってくる。コソコソ言われているのも感じる。というか学園で一緒に歩くのは初めてだった! 

 先輩はそんなのはお構いなく堂々と歩く。時折、隣の俺を見て笑いかける。

 クソっ!

 こんな美形に笑いかけられて、無反応でいられるほど達観していない。そして俺は赤くなって俯く。その反応に先輩は喜ぶ。そんなバカみたいな無言のやりとりを繰り返しながら、教室まで送ってもらった。

 教室まで先輩が来るのなんて、初めてだ。

 クラスがざわついている。先輩にはそんな外野は全く気にならないのか? 俺のおでこにキスをした。

「もう着いちゃった。離れたくないな、愛しているよ」

 って、言った!

 みんなに聞こえるように言った! クラス中はもちろん、クラスの外にオメガ達も集まってざわざわしている。というかキャーキャー言っている。

 こいつ! なんてことを言ってくれているんだと、俺は反応できずにいると。

「そんな困った顔しても、可愛いだけだから気をつけて? 良太は俺のつがいだから、そんな顔をこのクラスでしたらダメだよ? いいね? じゃあ離れるのは辛いけど、勉強がんばってね」

 この場の空気をかき乱すだけかき乱して、先輩は自分の教室へと向かっていった。

 俺はいたたまれなくて、すぐに自分の席についた。誰かに何か聞かれたらどうしようとか思っていたら、いつもより早くに担任がやってきてそのままホームルームが始まり、特に話しかけられず平和に月曜の授業が始まった。

 一週間も休んだから、必死で追いつかなければと合間の休みも猛勉強していた。誰も話しかけてこなかった。

 そして昼休みになると、来たよ! 空気を読まないベータ男の片岡君!

「桐生君、まさかのオメガになっちゃうなんてビックリしたよ! 愛の力は凄すぎる、運命のつがいは学園で初めてだよ。生徒会長嬉しそうだったね、おめでとう」
「運命って、そういう話になっているの?」
「うん。運命が相手だったから眠っていたオメガ性が目覚めたんでしょ? 思春期になってから、本当の性が判明することもあるって!」
「ベータだったし、アルファの匂いなんてわからなかったから、運命なんて言われても……」

 片岡君が気さくに話しかけてきたら、周りの人達もチラチラと集まってきた。先輩がいた朝は空気感が近寄れなかったんだって。今でもアルファ達は俺に近寄れないみたいだけど、ベータ達は構わず話しかけてくる。

 誰とも打ち解けず、クラスに馴染もうともしない貧乏人の首席ベータ、だけど今は学園一番人気のアルファを射止めたオメガ、という風に変わってしまった。なんなら俺はもう貧乏とはみなされないのか? 凄いアルファのつがいってことで、他のみんなにも利益になる相手と認定された?

 よくわからないけど、色々聞かれても俺自身も自分のこと理解していないから答えられずにいた。

「桐生君、オメガになった途端、めちゃくちゃ可愛くなったね。メガネ外すとこんな顔なんだ!」
「生徒会長にメガネ取られちゃったの? それともつがいになるまでメガネして顔隠せって言われていたの?」
「オメガになると、お肌も明るくなるね。万年クマが消えているよ!」
「そりゃ、愛されているから肌艶もよくなるよ」
「…………」

 みんな好き勝手に話を進めてくれている。大概恥ずかしい話だと思うのは、俺だけか!? 恥ずかしいッ。

「首席はともかく、奨学生はどうなるの?」
 
 クラスメイトの誰かが言った。えっどういうことだ? 俺がわからないという顔をしたからか、他のクラスメイトが付け加えた。

「この学園、オメガには奨学制度ないからな。でもつがいがあんな大企業の上條グループの跡取りなら、学費払ってもらえるだろうし、問題ないだろうけど特進クラスはどうだろ?」

 みんなが、がやがや言っている。そうか俺オメガだ。

 なんのためにベータと偽ってこの学園に入学したかというと、奨学金が欲しかったから、金がなくても勉強ができるって証明したかったから。

 そうか、もう奨学生じゃないのか。

 だとすると退学? どうなっているのだろう、学園の事務局に聞きにいかなくちゃ。

 そう思っていたら、ふと誰かにうなじを触られた。それに俺は一瞬ひどい嫌悪感を覚えてビクっと反応し、震えてしまった。

 俺のアルファじゃない、なぜかすぐにそう思った。
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