王太子専属閨係の見る夢は

riiko

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第六章 愛になった

88、ゼバン公爵夫人とアラン

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「シン、また迎えに来るから、それまでここで楽しく過ごしてくれ」
「うん。ディーも頑張ってね。俺、待ってるから」

 ディーはここで数日一緒に過ごして、王都へと戻っていった。彼はこれから貴族たちをまとめ、俺との結婚を決めてこなければならない。ディーがここにいる間に陛下がだいぶ動いてくれていたらしく、あとはディーが最終的なことをするだけと言っていた。ここにいる間に、稟議にかけていたいくつかのことはだいたい決まっているはずだと言っていた。

 すっかり俺とディーは恋人らしくなっていた。

 この頃になるとフィオナの前でもためらいもなくキスをするようになっていた。みんなが見守る中、俺とディーは熱い抱擁と濃厚な口づけをして、ディーは馬車へと乗り込んでいった。見えなくなるまでずっと俺は見送っていた。

「シン君、殿下いっちゃったね」
「うん、いっちゃったな」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ、フィオナだってアストンと離れてひとり王都で頑張っていたじゃないか」
「それはそうだけど、君たちはやっと思いを通じ合うことができて、まだ数日でしょ?」
「でも、大丈夫! 俺はもうディーのことを信じているから」
「そうか、そうだよね。愛し合うってそういうことだよね」

 二人でいつまでも城門の前で話していたら、さすがに執事に怒られた。いつまでも高貴な方がそのように無防備ではいけませんと。はいって素直に謝ったよ、俺は。執事のバードンからはちょくちょく注意されている。ありがたいなって思って、俺の知らないことをここで自然に吸収していった。

 フィオナはこの城に寝泊まりしてくれた。アストンは自由にここに来られるみたいで、夜にここに来てフィオナと過ごすと、朝早くに自分の屋敷に戻っていった。それは、つまり、夜抱きにきているのだろうか。そんなこと聞けないけど、同じ年のアストンと過ごすのは俺も楽しかった。早ければ夕食時にやってきてみんなで食事をする。ムスタフ夫妻も一緒に食事をしていて、賑やかで楽しかった。

 そしてまた数日すると、予期せぬ来訪者が来た。

「えっ、リアナ様が?」
「はい、殿下がゼバン公爵にお願いしたそうで、夫人とお子様はこちらで過ごすことになったと伺いました。殿下からの書状もお持ちでしたので応接室にお通ししております」

 俺とフィオナは慌てて応接室へと向かった。扉を開けると、勢い良くアランがフィオナに飛びついてきた。

「フィー、急にいなくなるなんて、酷いよぉぉ!」
「アラン様!」

 フィオナに抱きつき、泣きじゃくるアランだった。

 すまない、ディーがアストンにフィオナを迎えに行けって言って、たぶん連れ去るようにフィオナをここに連れてきたのだろう。アランは見送りさえもできなかったようで、相当悲しんだとゼバン公爵夫人のリアナ様が言っていた。

「シン様、このたびは殿下とのご結婚を迎えられるとお聞きしました。お喜び申し上げます。知らなかったとはいえ、これまでの数々のご無礼お許しください」
「リアナ様、やめてください。俺は、ディーと結婚するけど、でもあなたと会ったときは、ディーの恋人でもなんでもないただの同級生だったんですから。今までどおりでお願いします」

 リアナ様はニコリと笑った。

「あら、そうですか? アランいつまでもフィオナに抱きついていないで、男の子ならきちんと次期妃殿下にご挨拶なさい」
「は、はい。シン、じゃなかった。妃殿下、ご結婚おめでとうございます?」

 俺とフィオナは目を合わせてから笑った。

「アラン、いいって。そんな畏まるなよ、今まで通りシンでいいからな! ところで俺にはハグはしてくれないのか?」
「シン! 会いたかったよ」
「おう、俺もだよ」

 そして再会を果たした俺達は笑った。

 リアナ様は王都に戻ったディーから、直接俺のことを頼まれたらしい。本当は王太子妃になってからでもいいと言われたらしいが、せっかくならご成婚前に一通りのマナーは教えたいとおっしゃられて、アランと二人でこの保養地まで来てくれた。俺が王都に戻るまで、ここで俺達と過ごし、貴族としてのマナーを教えてくれるそうだ。

「でも、驚いたわよ。わたくしはフィオナが殿下のお相手だとばかり思っていて、シン君には知らなかったとはいえ、気遣いも何もしてこなくて申し訳なかったわ」
「いえ、俺みたいなのが相手だとは誰も思わないし、もういいですよ。それにリアナ様だって姫とダイスの契約を行われることも知らされてなかったんですよね? あのときは本気で姫に怒ってましたもんね」
「ええ、わたくし達は見事にあの二人に騙されてきましたわね」

 俺は何ひとつ教えられなかったけれど、協力者のこの二人も肝心なところは知らなかったっていうから、見事に騙されてきた被害者だった。そんな三人は同じオメガということでとても気があった。以前と変わらず、上位貴族のリアナ様とフィオナと俺という感じだった。あまりかしこまられると緊張してしまうからと、お願いしたのもあり、これまでと同じように接してくれた。

「でもね、シン君。非公式の場ではこれでもいいけれど、王宮内や公式の場所で、わたくしはあなたを妃殿下と言うし、話し方も変わるわ。あなたはオメガの中でも最上位の地位に上がるの。そこだけは覚えておいてね」
「はい」
「それから、フィオナも。公式の場所ではシン君だなんて呼んではいけませんよ」
「は、はい!」

 俺とフィオナは、むしろかしこまった。

「アラン、あなたは特にそうよ。シン君が殿下とご結婚なされたら、あなたは以後シンだなんて呼び捨てではいけません。かならず妃殿下とお呼びしなさい。それから抱きつくのも禁止です」
「ふ、ふえん。僕はシンに触れたらいけないのですか? ひっく」
「いけません」
「わ――ん、フィー!」

 俺とフィオナは理解できたが、子供のアランには難しかったらしい。さすが公爵夫人、厳しいな。泣き出したアランをフィオナが抱きしめた。

「アラン様、フィオナにはいつでもそのような態度で構いませんからね、それにシン君とだってお家で会ったときは、今までと変わりなくても問題ありませんよ。でも人前では気安くできるような身分ではなくなる。ただそれだけのことですからね」
「そうなの?」

 アランは俺を見た。

「そうだぞ、アラン。ほら、今なら俺に触り放題だ、こいよ」
「うん!」

 アランが胸に飛び込んできた。男の子は可愛いな。俺もいつかアランのような素直で可愛い男の子がほしいなって思った。というか俺はディーの子供を産まなければいけないんだった、産みたいからいいけど。これが王太子妃としての最大の仕事らしい。

 そしてゼバン公爵は、現在は王宮で忙しいみたいで実際に妻子に構う時間があまりなく、二人が楽しめるならと王都を離れることを許してくれた。アルファがつがいと子供を自分の元からすこしでも手放すのはとても辛いことだと聞いた。ゼバン公爵は、結婚して何年も立っているからか、やはり落ち着いたアルファの男なのだなと感心してしまった。

 それをリアナ様に言ったら。

「あら? そんなことないのよ。あの人は隙あれば仕事なんかしないで、わたくしとアランにべったりなんですからね。今回は数年ぶりにこの国に戻ってきて、とにかく忙しすぎるだけなんです。アルファの執着は何年経っても変わらないから、二人とも、そこもよく学ぶようにね」
「さ、さようですか……」

 ディーの執着か。怖い方向にいかないなら、別にいいけどな。そんなふうにずっと想ってくれるなら、ありがたいし。この夫妻のような落ち着いた関係でもそこまで熱いのかって知って、むしろ俺の理想の夫婦だなって思った。

「シン、お母さまのお言葉は少し間違っております。せいかくに言うと、お母さまにのみにべったりですからね。お父さまは子供の僕にも嫉妬するくらいお母さまが大好きなのです。シンもお子が生まれたら気をつけなくてはいけませんよ」
「まぁ! アランったら」
「お父さまがいない今は、僕がお母さまを独り占めなのです! ついでにフィーとシンのことも僕が守ります!」
「アランは頼もしいな。俺もアランみたいなしっかりものの息子がほしいな」
「そうだね、僕もアラン様みたいな可愛いお子がほしくなっちゃった」

 そんな和やかな雰囲気の毎日と、リアナ様による少しスパルタな王太子妃教育の日々はあっという間に過ぎていった。
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