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第四章 婚約者
66、逃亡の先は
しおりを挟むサッチーに抱きしめられて泣いていると、馬車の外から声をかけられた。
「すいません、只今すべての馬車の荷物を確認しておりますので、一度こちらを開けさせていただきます」
「シン、このままでいいから、ちょっと見てもらうよ」
「うん」
俺は泣きはらした目を、サッチー以外の他人に見られるは抵抗があったので、サッチーの胸に埋まったままでいた。
「どうぞ、妻が気分悪くなって、このままで失礼します」
「ええ、構いませよ。ただ、顔の確認をしてもよろしいですか? 今、王都から夫婦を装った逃亡犯がいると情報が入ったので顔と名前を確認してもよろしいですか?」
「逃亡犯? 何か犯罪ですか? シン、少し顔あげられるか?」
サッチーが俺のおでこをなでた。そのとき、馬車を開けた憲兵がざわついた。
「お二人のお名前を聞いてもいいでしょうか?」
「ああ、俺はサチウス・ロジャー。こちらは妻のシンです」
「そうですか、ありがとうございます。念のため馬の確認もしますので、どうぞ奥様はそのままお休みください」
「はい、申し訳ないです」
そして憲兵はどこかへ確認に行った。それから数分経つと、全ての馬車は検問をクリアして動き出していた。なぜか、俺とサッチーの馬車だけは止められたままだった。
「確認、長くないか?」
「そうだな、おっ、シンは涙が枯れたな」
「そりゃ、ずっとは流れないよ」
「良かった。美人は涙よりも素の顔のほうが似合うからな」
「はは、サッチーがモテるの、分かる気がした」
そんな他愛もない会話を、抱きついたまま話していると、馬車の扉が今度は許可なく乱雑に開いた。そして開いたと同時に、俺の好きな強いアルファの濃厚な香りが入り込んできた。その香りに驚いて、サッチーに抱きしめられたまま、顔を上げた。
うそっ、どうして……。
「探したぞ、シン」
「「え……」」
俺とサッチーは同時に驚いた反応をした。
「サチウス・ロジャー、いつまで私のオメガを抱きしめているんだ。王族の番を触るなど、不敬にあたることだ。どんな事情にせよ、そなたは然るべき処罰が下る」
「お、王族? あなたは……王太子殿下?」
俺とサッチーは時が止まった。ディーは人を殺しそうな目で俺たちを見ているからだ。
「まさか、シンを愛人にすると言った相手は、王太子殿下だったのか?」
「……う、うん」
サッチーは小声で俺にそう聞いてきて、この状況で否定することは無意味だと思ったので、俺も頷いた。
「いい加減、我が嫁を離せ! この場で斬られたいのか?」
「も、申し訳ございません!」
サッチーは抱きしめていた手を緩めて俺を離した。すぐさま、俺はディーに抱えられて馬車を降ろされてしまった。俺を抱きしめるディーは、息をきらしていた。しっかりと抱え込まれた腕の逞しさと俺の好きなアルファの匂いに、一気に涙がでた。俺は、やはりこの男じゃなくちゃだめだ。
「私のオメガを一瞬たりとも嫁として扱ったことは許せない」
「え」
俺を胸に抱えながらも、ディーは過去一番に凶悪な顔をしていた。これは、サッチーは完璧に巻き込まれ事故にあっている?
「か、彼は、俺をそんなふうに扱ってない! 俺を王都から連れ出してくれただけで、本当に結婚するつもりはなくて、ただの口実に付き合ってくれただけだからっ」
「本当か?」
「う、うん。だから、俺は一緒に帰るから、許して。ディーのそばにいられるなら、どんな名前の立場だっていいから、ごめんなさい。俺をもう一度あなたのそばにいさせてください」
ディーが安心した顔を俺に見せた。どれだけ切羽詰まっていたのだろうか、ため息が俺の頬にかかった。
「シン、すまなかった。とにかく事情は後で説明する。ここでは騒ぎが大きくなる。まだお前を正式な立場で公表できないのだ、姫の国との交渉がまだ残っているから、とにかく今度こそ私を信じて、着いてきてほしい」
「そ、そうだよね。結婚前から愛人を囲っているなんて、知られたらまずいよね、迷惑かけてごめん」
「シン、そんな話じゃない! とにかく黙って私に着いて来てくれ」
「はい!」
うわっ、怒られた。
でも、嬉しい、俺の大好きなディーが俺を迎えに来てくれた。俺がディーを、ディーだけしか受け入れられないと再認識したその瞬間に、ディーは俺の前に現れた。もう、この男が俺のたったひとりのアルファだということは間違いない。たとえディーにはオメガが二人いようとも、俺の心さえしっかりしていれば、もう大丈夫。
ディーが今言った事情が、どんな事情だろうと、もう迷わない。一生日陰の存在でもいい。ディーが俺の側に居てくれる日が数日でもあるのならそれでいい。もう他の人とディーがどんな関係だなんて思わないようにする。ディーがたとえこの先姫以外にも好きな人ができたとしても、俺とも向き合ってくれるならそれでいい。
ごめんなさい……領地には帰れない。
そっと心の中では領民や家族に謝った。領地のために、弟のために生きるって決めて閨係になったのに、俺はディーを愛してしまったから。そしてディーは俺を抱きしめながらも、馬車の中にいるサッチーに話しかけた。
「ロジャー、これはまだ秘匿事項だ。騎士と契約書を結んでもらう。我が嫁が迷惑をかけた。シンはもらっていく」
「はい、殿下の御心のままに。シン、お前はお前の思うとおりに突き進め」
「うん、サッチー、俺はもう迷わない!」
そうしてディーの車に乗せられて俺は、この愛しい人の愛人になることを決意した。
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