異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第2章:冬、活動開始と旅立ち

第10話:日本の味がずらり(でも和食ではない)

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 ライナスの家族が戻ってきた翌日、本館ではレイが主催する食事会が開かれることになりました。レイとサラが作った洋食を中心にビュッフェ形式にして、誰もが好きなものを食べられるようにしています。

「ほほう、これをすべてレイとサラが作ったのか」
「それもこれも美味しそうじゃないですか」

 モーガンとアグネスが料理を目に前にして驚いています。予定どおり、レイとサラは自分たちが作ったものを食べてもらうことにしました。しかも、家族の分だけでなく、使用人たちの分も作っています。そして、ここにある料理のレシピをすべて料理長のトバイアスに渡す予定になっています。
 トバイアスはサラが物知りなことを知っています。だからこれまでにもサラにレシピを聞いたことがありました。そんなとき、サラは洋食を中心に、いくつかのレシピを伝えています。

 ◆◆◆

「サラ、これは?」

 トバイアスがチキンピカタ——料理名はスピアーバードのピカタにしてあります——に乗った緑色の粒をフォークで突き刺しながらサラに聞きました。

「それはレイ様がアーカーベリーの実を煮込んで作ったものです」
「これがアーカーベリーか」

 試しに使ったものと同じですね。レモンの代わりにユノサというユズのような柑橘、ケッパーの代わりに色を抜いてから調味料で煮込んだアーカーベリーの実、そして鶏の代わりにスピアーバード。

「豆ほど簡単に潰れず、味もしっかりと染み込んでいる。これはこれで面白い食材になるな」

 お湯で煮込んで色を出した実を鍋から出して洗い、そこに砂糖、塩、酢、赤トウガラシ、コショウ、リンゴのワインを加えて煮込み、ピクルスっぽく仕上げています。

「サラダに乗せたりパンに挟んでもいいかもしれませんね」
「そうだな。でもレイ様はどうしてアーカーベリーを使おうとされたんだ?」
「最初はインクにでも使えるかもしれないと思って集めていたものですが、赤い実を料理のアクセントにしようと煮込んだら色が抜けたそうです」
「それで味を付けたのか」
「はい」

 料理は発想だと言い切るつもりはトバイアスにはありませんが、普通に考えればあの実を使うことはないでしょう。アーカーベリーは根が薬になりますが、その実は美味くも不味くもありません。ただ赤い汁が出るだけです。
 トバイアスは子供のころ、アーカーベリーの実を口に入れて噛み、血のりのように使って友達を驚かせたことを覚えています。男の子なら一度はするでしょう。そして服を汚して親に怒られるまでがセットです。

 トバイアスは今後の参考に、すべての料理を目に焼き付けておこうとしています。それ以外の使用人たち、特にメイドたちは、滅多に食べられないようなご馳走に群がっています。

「サラ、これがレイ様との愛の結晶?」
「愛の結晶ではなく努力の結晶です」
「も~、そこは愛だと言っとこうよ」
「それでは愛だということにしておきましょうか」

 メイド仲間たちからイジられるサラですが、なんとか攻撃が直撃しないようにギリギリで避けています。

 ◆◆◆

「これは真っ赤なスパゲティーだな」
「ナポリタンという名前です」

 こちらではレイが家族に説明しています。
 この国にはヤキソーバという名前の、ソース焼きそばっぽいものがあるくらいなので、粉を変えただけのスパゲティーもあります。ありますが、名付けで困りました。何があっても何がないか、レイとサラにはわからないからです。

 ~~~

「ナポリタンって名前はどうなんだ?」
「ナポリがないから大丈夫じゃない?」
「この国にはないけど、他に国にあるってことはないか?」
「あっても、そこまで伝わるのにかなりかかると思うよ」

 ~~~

 情報の伝達が遅い世界です。デューラント王国の一番北にある領地で作られた料理が他の国に伝わる可能性はゼロに等しいでしょう。そう考えてサラはナポリタンと名付けました。実際にこういうものは名付けたもの勝ちです。

 さて、このような麺料理はいくつかあります。蕎麦やうどんのように生地を伸ばして折りたたんで包丁で切るか、それとも手回しのパスタマシンで押し出すかします。この屋敷では、スパゲティーは手作りの生麺が使われています。

「この食感は普通と違って面白いわね」
「茹でたてのスパゲティーでは、この食感は出せません。茹でてから油で和えて一晩寝かせます。それを具と一緒に加熱するとこのようなモチモチした食感になります」

 生麺は乾麺よりもモチモチします。それを茹ででから一晩寝かせたら、さらにモチモチになりました。

「茹でたてがいいわけじゃないのね。孫たちもこっちのほうが好きらしいわね」
「トマトケチャップのおかげかもしれませんけどね」

 サイモンとウェンディーは口の周りを真っ赤にしながらナポリタンを食べています。ナポリタンの欠点は口の周りが汚れやすいことでしょうか。
 デューラント王国にはトマトピューレはありますが、トマトケチャップはありません。今回レイたちはトマトピューレからケチャップを作ることにしました。


「レイ、このシュニッツェルは分厚いな」
「美味しいわね」
「トンカツですね。普通のシュニッツェルとは違って叩いてません。それからたっぷりの油で揚げました。ソースはとろみを付けています」
 子供たちの面倒を見ながら、ライナスとハリエットがトンカツを口にしています。
 豚肉ではないので厳密にはトンカツではありませんが、分厚く切ったヒュージキャタピラーの白身肉はトンカツっぽい見た目になります。トンカツソースはサラッとしたウスターソースを少し甘くした上でとろみを付けています。

「しかし、レイに料理の才能があるとはな」
「その道でも食べていけそうですわ」

 トリスタンとジャスミンはミートボールに舌鼓を打っています。

「これは挽肉を使ったミートボールという料理です」
「挽肉がこれほど美味いものだとは思わなかった」
「そうですね。安い食材と聞いていましたが、旨味もしっかりありますね」
「今日は柔らかい部位を使っていますが、筋などの硬い部分でも美味しく食べられますよ」

 この屋敷で肉といえば厚さ一センチから二センチほどのステーキ肉が中心です。挽肉は筋張った部分を食べるために包丁で叩いて作られるので、貴族からすると、硬くて捨てるような部位を使った料理という扱いになります。
 このミートボールは脂の乗ったホーンラビットのモモ肉と旨味の強いヒュージキャタピラーを半々にしています。旨味も弾力も十分で、挽肉にしてもそれは変わりません。立食なのでミートボールにしましたが、ハンバーグにしてもいいでしょう。

「この味なら子供たちも喜びそうだ」
「このソースはトマトケチャップとウスターソースを使って、少し甘めにしてあります。最後に絡めるだけなので、一人一人変えることもできますね。ソースのこともトバイアスに渡しておきます」

 レイとサラは日本の洋食を中心に作りました。そこで使われるソースは、二人が日本でよく口にしていたものに寄せています。
 まずはどこででも見かけるウスターソースから中濃ソースとトンカツソースを作りました。これは甘みととろみを加えただけです。
 次にトマトケチャップを作りましたた。トマトピューレと砂糖、塩、酢、香辛料。そのトマトケチャップにトンカツソースを加えることでハンバーグソースもできました。デミグラスとは少し違いますが、茶色いソースなので汎用性は高いでしょう。
 それからマヨネーズです。使うのは卵黄と油、酢、砂糖、塩、香辛料。このマヨネーズとトマトケチャップでオーロラソースができます。マヨネーズに刻んだピクルス、そして柑橘の果汁を入れればタルタルソースです。マヨネーズにニンニクを入れればアイオリソースになります。
 バターと卵黄とユノサの果汁、それに塩とコショウでオランデーズソース。ニンニクとパン粉と酢、塩とコショウでアリアータ。それ以外にはトマトと赤トウガラシを使ったチリソース。
 牛乳と小麦粉とバターでベシャメルソースです。日本ではホワイトソースとして知られていますね。これにブイヨンとチーズとバターでモルネーソースになります。
 これだけできるのもレイが貴族の息子だからです。砂糖と塩は貴重です。香辛料やハーブは、森や畑で採れるものについては安く、それ以外は高くなります。
 料理やソースのバリエーションが少ないのは、冷蔵庫がないのも理由の一つです。魔物肉は傷みにくいですが、それ以外の食材は普通に悪くなっていきます。お金があればマジックバッグに入れて保存できますが、そうでなければ傷む前に使い切るしかありません。

 ◆◆◆

 食事会が終わって部屋に戻ったレイとサラは、今回のメニューについて意見を交わしています。

「結局和食は無理だったな」
「そうだね。洋食というか西洋料理だね」
「醤油と味噌があればもう少しバリエーションが増えるんだけどなあ」
味醂みりんと清酒もね。どこかにあるかもしれないけど、わからないもんね~」

 洋食にも醤油を使うものが多く、そこはウスターソースを使わざるをえませんでした。

「誰も食べられないって料理はなかったな」
「味覚は似たようなもんだからね。でも濃いめの味付けが好きみたいだね」
「それは俺もそうなったからな」
「私も」

 二人が作った料理は好評でした。この世界の人たちの味覚にも合ったようです。
 この世界で生まれ変わった二人ですが、日本人時代と比べると、少し味覚が変わりました。小さなころから日本とは違うものを食べていたせいもあるでしょうが、少し塩気の強い料理に慣らされてしまったようです。

「そう考えると、繊細な料理ってあまりないよな」
「ガツンと焼いてソースをドバッか、くたくたになるまで煮るかだね。出汁がないからだろうね。せめてコンブがあったらいいのにね」
「海が遠いからなあ」

 出汁はあることはありますが、和食に使うような出汁はありません。海からは相当離れていますので、カツオブシもコンブもありません。キノコはありますが、干して出汁に使えるようにはなっていません。
 先日から二人が作り貯めていたのはブイヨンですが、出汁というよりもスープのつもりで作っています。ベースを変えて三種類、すでに用意はできています。

 ちょうどそのころ、料理長のトバイアス、料理人のショーン、キッチンメイドのデビーとリタは、キッチンに入ってレイから渡されたレシピを確認していました。

「どうすればこれほどの料理を思いつけるのか……」

 ショーンが腕組みをしながら考え込みます。彼がこの屋敷に来たのは三年ほど前でした。トリスタンとライナスの子供たちが生まれため、モーガンがキッチンで働く使用人を増やそうとしたのでした。

「あの方はたまにとんでもないものを思いつくからなあ」

 もちろんレイのことです。ショーンに比べるとレイのことをよく知っているトバイアスは、これまでにレイが作ったお菓子などを思い返しました。

「これもそうだな。ジャガイモからこんなものを作れるとは、普通なら誰も思わないだろうな」
「この時期は温かくていいですよね」
「夏の冷たいのも好きです。ああ、黒蜜きなこが待ち遠しい」

 デビーとリタが言っているのは葛湯と葛餅ですね。レイが使ったのはジャガイモのデンプンで、葛粉ではありませんが。
 五年ほど前、なぜかレイはジャガイモからデンプンを取り出していました。それを使って夏は葛餅モドキ、冬は葛湯モドキを作っています。今ではこの屋敷で夏と冬の定番になっていました。

「いずれにせよ、これをそのまま作っていては我々に成長はない。これを元にして、いずれレイ様があっと驚くような料理を作ろう」
「「「はい」」」

 レシピは好きに公開してもいいとレイとサラは言いました。後日トバイアスはモーガンと相談し、レイたちのレシピの一部を冒険者ギルドの酒場に伝えることになります。
 ギルドの酒場から街中にある酒場へ、さらに他の町へと伝わっていき、いくつかの料理は数年後にはデューラント王国の北部で普通に見られるようになります。
 ちなみに、それらの料理の名前には、後ろに「レイモンド風」が付くことになりまして、それを知ったレイが非常に恥ずかしがることになります。
 レイは「どっちかっていうと『サラ風』なんなけど」と反論しますが、一度定着した名前というのはなかなか変わらないものです。実際に料理に詳しかったこともあり、後年は美食家として知られることになるのです。
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