異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
26 / 190
第2章:冬、活動開始と旅立ち

第10話:日本の味がずらり(でも和食ではない)

しおりを挟む
 ライナスの家族が戻ってきた翌日、本館ではレイが主催する食事会が開かれることになりました。レイとサラが作った洋食を中心にビュッフェ形式にして、誰もが好きなものを食べられるようにしています。

「ほほう、これをすべてレイとサラが作ったのか」
「それもこれも美味しそうじゃないですか」

 モーガンとアグネスが料理を目に前にして驚いています。予定どおり、レイとサラは自分たちが作ったものを食べてもらうことにしました。しかも、家族の分だけでなく、使用人たちの分も作っています。そして、ここにある料理のレシピをすべて料理長のトバイアスに渡す予定になっています。
 トバイアスはサラが物知りなことを知っています。だからこれまでにもサラにレシピを聞いたことがありました。そんなとき、サラは洋食を中心に、いくつかのレシピを伝えています。

 ◆◆◆

「サラ、これは?」

 トバイアスがチキンピカタ——料理名はスピアーバードのピカタにしてあります——に乗った緑色の粒をフォークで突き刺しながらサラに聞きました。

「それはレイ様がアーカーベリーの実を煮込んで作ったものです」
「これがアーカーベリーか」

 試しに使ったものと同じですね。レモンの代わりにユノサというユズのような柑橘、ケッパーの代わりに色を抜いてから調味料で煮込んだアーカーベリーの実、そして鶏の代わりにスピアーバード。

「豆ほど簡単に潰れず、味もしっかりと染み込んでいる。これはこれで面白い食材になるな」

 お湯で煮込んで色を出した実を鍋から出して洗い、そこに砂糖、塩、酢、赤トウガラシ、コショウ、リンゴのワインを加えて煮込み、ピクルスっぽく仕上げています。

「サラダに乗せたりパンに挟んでもいいかもしれませんね」
「そうだな。でもレイ様はどうしてアーカーベリーを使おうとされたんだ?」
「最初はインクにでも使えるかもしれないと思って集めていたものですが、赤い実を料理のアクセントにしようと煮込んだら色が抜けたそうです」
「それで味を付けたのか」
「はい」

 料理は発想だと言い切るつもりはトバイアスにはありませんが、普通に考えればあの実を使うことはないでしょう。アーカーベリーは根が薬になりますが、その実は美味くも不味くもありません。ただ赤い汁が出るだけです。
 トバイアスは子供のころ、アーカーベリーの実を口に入れて噛み、血のりのように使って友達を驚かせたことを覚えています。男の子なら一度はするでしょう。そして服を汚して親に怒られるまでがセットです。

 トバイアスは今後の参考に、すべての料理を目に焼き付けておこうとしています。それ以外の使用人たち、特にメイドたちは、滅多に食べられないようなご馳走に群がっています。

「サラ、これがレイ様との愛の結晶?」
「愛の結晶ではなく努力の結晶です」
「も~、そこは愛だと言っとこうよ」
「それでは愛だということにしておきましょうか」

 メイド仲間たちからイジられるサラですが、なんとか攻撃が直撃しないようにギリギリで避けています。

 ◆◆◆

「これは真っ赤なスパゲティーだな」
「ナポリタンという名前です」

 こちらではレイが家族に説明しています。
 この国にはヤキソーバという名前の、ソース焼きそばっぽいものがあるくらいなので、粉を変えただけのスパゲティーもあります。ありますが、名付けで困りました。何があっても何がないか、レイとサラにはわからないからです。

 ~~~

「ナポリタンって名前はどうなんだ?」
「ナポリがないから大丈夫じゃない?」
「この国にはないけど、他に国にあるってことはないか?」
「あっても、そこまで伝わるのにかなりかかると思うよ」

 ~~~

 情報の伝達が遅い世界です。デューラント王国の一番北にある領地で作られた料理が他の国に伝わる可能性はゼロに等しいでしょう。そう考えてサラはナポリタンと名付けました。実際にこういうものは名付けたもの勝ちです。

 さて、このような麺料理はいくつかあります。蕎麦やうどんのように生地を伸ばして折りたたんで包丁で切るか、それとも手回しのパスタマシンで押し出すかします。この屋敷では、スパゲティーは手作りの生麺が使われています。

「この食感は普通と違って面白いわね」
「茹でたてのスパゲティーでは、この食感は出せません。茹でてから油で和えて一晩寝かせます。それを具と一緒に加熱するとこのようなモチモチした食感になります」

 生麺は乾麺よりもモチモチします。それを茹ででから一晩寝かせたら、さらにモチモチになりました。

「茹でたてがいいわけじゃないのね。孫たちもこっちのほうが好きらしいわね」
「トマトケチャップのおかげかもしれませんけどね」

 サイモンとウェンディーは口の周りを真っ赤にしながらナポリタンを食べています。ナポリタンの欠点は口の周りが汚れやすいことでしょうか。
 デューラント王国にはトマトピューレはありますが、トマトケチャップはありません。今回レイたちはトマトピューレからケチャップを作ることにしました。


「レイ、このシュニッツェルは分厚いな」
「美味しいわね」
「トンカツですね。普通のシュニッツェルとは違って叩いてません。それからたっぷりの油で揚げました。ソースはとろみを付けています」
 子供たちの面倒を見ながら、ライナスとハリエットがトンカツを口にしています。
 豚肉ではないので厳密にはトンカツではありませんが、分厚く切ったヒュージキャタピラーの白身肉はトンカツっぽい見た目になります。トンカツソースはサラッとしたウスターソースを少し甘くした上でとろみを付けています。

「しかし、レイに料理の才能があるとはな」
「その道でも食べていけそうですわ」

 トリスタンとジャスミンはミートボールに舌鼓を打っています。

「これは挽肉を使ったミートボールという料理です」
「挽肉がこれほど美味いものだとは思わなかった」
「そうですね。安い食材と聞いていましたが、旨味もしっかりありますね」
「今日は柔らかい部位を使っていますが、筋などの硬い部分でも美味しく食べられますよ」

 この屋敷で肉といえば厚さ一センチから二センチほどのステーキ肉が中心です。挽肉は筋張った部分を食べるために包丁で叩いて作られるので、貴族からすると、硬くて捨てるような部位を使った料理という扱いになります。
 このミートボールは脂の乗ったホーンラビットのモモ肉と旨味の強いヒュージキャタピラーを半々にしています。旨味も弾力も十分で、挽肉にしてもそれは変わりません。立食なのでミートボールにしましたが、ハンバーグにしてもいいでしょう。

「この味なら子供たちも喜びそうだ」
「このソースはトマトケチャップとウスターソースを使って、少し甘めにしてあります。最後に絡めるだけなので、一人一人変えることもできますね。ソースのこともトバイアスに渡しておきます」

 レイとサラは日本の洋食を中心に作りました。そこで使われるソースは、二人が日本でよく口にしていたものに寄せています。
 まずはどこででも見かけるウスターソースから中濃ソースとトンカツソースを作りました。これは甘みととろみを加えただけです。
 次にトマトケチャップを作りましたた。トマトピューレと砂糖、塩、酢、香辛料。そのトマトケチャップにトンカツソースを加えることでハンバーグソースもできました。デミグラスとは少し違いますが、茶色いソースなので汎用性は高いでしょう。
 それからマヨネーズです。使うのは卵黄と油、酢、砂糖、塩、香辛料。このマヨネーズとトマトケチャップでオーロラソースができます。マヨネーズに刻んだピクルス、そして柑橘の果汁を入れればタルタルソースです。マヨネーズにニンニクを入れればアイオリソースになります。
 バターと卵黄とユノサの果汁、それに塩とコショウでオランデーズソース。ニンニクとパン粉と酢、塩とコショウでアリアータ。それ以外にはトマトと赤トウガラシを使ったチリソース。
 牛乳と小麦粉とバターでベシャメルソースです。日本ではホワイトソースとして知られていますね。これにブイヨンとチーズとバターでモルネーソースになります。
 これだけできるのもレイが貴族の息子だからです。砂糖と塩は貴重です。香辛料やハーブは、森や畑で採れるものについては安く、それ以外は高くなります。
 料理やソースのバリエーションが少ないのは、冷蔵庫がないのも理由の一つです。魔物肉は傷みにくいですが、それ以外の食材は普通に悪くなっていきます。お金があればマジックバッグに入れて保存できますが、そうでなければ傷む前に使い切るしかありません。

 ◆◆◆

 食事会が終わって部屋に戻ったレイとサラは、今回のメニューについて意見を交わしています。

「結局和食は無理だったな」
「そうだね。洋食というか西洋料理だね」
「醤油と味噌があればもう少しバリエーションが増えるんだけどなあ」
味醂みりんと清酒もね。どこかにあるかもしれないけど、わからないもんね~」

 洋食にも醤油を使うものが多く、そこはウスターソースを使わざるをえませんでした。

「誰も食べられないって料理はなかったな」
「味覚は似たようなもんだからね。でも濃いめの味付けが好きみたいだね」
「それは俺もそうなったからな」
「私も」

 二人が作った料理は好評でした。この世界の人たちの味覚にも合ったようです。
 この世界で生まれ変わった二人ですが、日本人時代と比べると、少し味覚が変わりました。小さなころから日本とは違うものを食べていたせいもあるでしょうが、少し塩気の強い料理に慣らされてしまったようです。

「そう考えると、繊細な料理ってあまりないよな」
「ガツンと焼いてソースをドバッか、くたくたになるまで煮るかだね。出汁がないからだろうね。せめてコンブがあったらいいのにね」
「海が遠いからなあ」

 出汁はあることはありますが、和食に使うような出汁はありません。海からは相当離れていますので、カツオブシもコンブもありません。キノコはありますが、干して出汁に使えるようにはなっていません。
 先日から二人が作り貯めていたのはブイヨンですが、出汁というよりもスープのつもりで作っています。ベースを変えて三種類、すでに用意はできています。

 ちょうどそのころ、料理長のトバイアス、料理人のショーン、キッチンメイドのデビーとリタは、キッチンに入ってレイから渡されたレシピを確認していました。

「どうすればこれほどの料理を思いつけるのか……」

 ショーンが腕組みをしながら考え込みます。彼がこの屋敷に来たのは三年ほど前でした。トリスタンとライナスの子供たちが生まれため、モーガンがキッチンで働く使用人を増やそうとしたのでした。

「あの方はたまにとんでもないものを思いつくからなあ」

 もちろんレイのことです。ショーンに比べるとレイのことをよく知っているトバイアスは、これまでにレイが作ったお菓子などを思い返しました。

「これもそうだな。ジャガイモからこんなものを作れるとは、普通なら誰も思わないだろうな」
「この時期は温かくていいですよね」
「夏の冷たいのも好きです。ああ、黒蜜きなこが待ち遠しい」

 デビーとリタが言っているのは葛湯と葛餅ですね。レイが使ったのはジャガイモのデンプンで、葛粉ではありませんが。
 五年ほど前、なぜかレイはジャガイモからデンプンを取り出していました。それを使って夏は葛餅モドキ、冬は葛湯モドキを作っています。今ではこの屋敷で夏と冬の定番になっていました。

「いずれにせよ、これをそのまま作っていては我々に成長はない。これを元にして、いずれレイ様があっと驚くような料理を作ろう」
「「「はい」」」

 レシピは好きに公開してもいいとレイとサラは言いました。後日トバイアスはモーガンと相談し、レイたちのレシピの一部を冒険者ギルドの酒場に伝えることになります。
 ギルドの酒場から街中にある酒場へ、さらに他の町へと伝わっていき、いくつかの料理は数年後にはデューラント王国の北部で普通に見られるようになります。
 ちなみに、それらの料理の名前には、後ろに「レイモンド風」が付くことになりまして、それを知ったレイが非常に恥ずかしがることになります。
 レイは「どっちかっていうと『サラ風』なんなけど」と反論しますが、一度定着した名前というのはなかなか変わらないものです。実際に料理に詳しかったこともあり、後年は美食家として知られることになるのです。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

処理中です...