異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第1章:目覚めと始まりの日々

第3話:成人祝いでの出来事

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 夕方になりました。モーガンが言ったとおり、いつもとはテーブルの配置を変えて立食パーティーになっています。そこには普段は食事の時間が違う使用人たちも集まっていました。
 主人の家族の食事中、普通なら使用人は口を開いてはいけませんが、立食の場合にはそのようなことはありません。さらに、料理もいつになく豪華です。すべてこの日のために用意されたものだからだす。
 レイの長兄で跡取りのトリスタン、次兄のライナスも家族と一緒にやってきました。そして全員が揃うとモーガンが前に出ました。

「さて、今日はレイとサラが聖別式を受けた。レイはロード、サラはサムライという上級ジョブになった。このジョブをどう活かすか。そこに我々年長者は多少の助言はできるだろうが、最後に決めるのはこの二人次第ということになる。若いうちは悩むこともある。失敗することもある。ただし、それを恐れているようでは何もできない。失敗したのなら原因を確かめ、反省し、同じことを繰り返さなければいい。失敗を恐れて踏み出せないことこそ人生で最大の失敗だと私は思う」

 そこまで言ってモーガンは口元に笑みを浮かべました。

「とまあ偉そうなことを口にしたが、この私も若い時にはやんちゃもしたし失敗もした。それでもこれまで領主として大きな失敗はしなかったはずだ。真面目にやってさえいれば人生はどうにかなる」

 そこでモーガンはグラスを掲げました。

「さて、ではみんなグラスを。若い二人の門出を祝おう。乾杯!」
「「「乾杯!」」」

 いつものようにレイとサラはリンゴのワインで乾杯します。二人だけで小さく「乾杯」と言葉を交わしてからグラスに口を付けました。

 この国には未成年の飲酒を取り締まるような法律はありません。聖別式を受けるのは新成人たちですが、それはその年齢にならないとジョブが与えられないというだけであって、飲酒や結婚の年齢が法的に決められているということはありません。
 そもそも、エールやミードは栄養価が高く、食事の一環として口にすることが推奨されています。だから子供でも水の代わりにエールなどの弱い酒を飲むことが多いのです。
 当然ながら、誰もが幼いころから酒ばかり飲んでいるわけではありません。果実を搾って飲むこともあれば牛や山羊の乳も口にします。でも、冬に新鮮な果実が手に入りにくくなると、味気ない水よりも酒を口にするほうが多いのも事実なんです。
 ギルモア男爵領は寒冷な土地のため、あまりブドウが育ちません。そのためリンゴやナシ、ミカンが多く作られていて、それを使ったフルーツワインが裕福な家ではよく飲まれています。
 庶民にとって弱い酒の代表格はエールやミードです。地方によっては馬乳酒、羊乳酒、牛乳酒などの動物の乳を発酵させたものも飲まれますが、かなり癖があるので好き嫌いが分かれるでしょう。

 乾杯が終わるとトリスタンが長兄らしい堂々とした顔つきでレイモンドの前に立ちました。

「レイ、これで一人前だな」

 そう言いながらレイの肩に手を置きました。
「いえ、まだまだです。自分が何をすべきかもわかっていませんので」

 トリスタンは真面目が服を着ているような人間です。立場が人を作るのか、それとも幼い頃からこうだったのか、それはレイにはわかりません。しかし、こうありたいと思える要素が多い兄です。

「にいさま、おめでとうございます」
「ありがとう、サイモン」

 レイを「にいさま」と呼ぶのは、トリスタンの息子のサイモンです。五歳になったばかりです。以前からレイによく懐いています。
 トリスタンの妻であるジャスミンはレイを実の弟のように可愛がってくれますが、今は秋に生まれた次男のジェラルドの世話で忙しく過ごしています。それもあってサイモンとよく遊んでいたのがレイでした。最近ではレイやサラと一緒に庭で木剣を振るようになっています。

「しかしあの小さかったレイが成人とは。俺も年をとるはずだ」

 そう言ったのは次兄のライナスです。三歳になった娘のウェンディの手を引いています。妻のハリエットは二歳になった息子のレジナルドを抱いています。
 ライナスは結婚してから屋敷の離れで暮らしています。ハリエットはおっとりした女性で、娘のウェンディーはハリエットによく似ています。将来は美人になるだろうとレイは思っています。

「僕と六つしか変わらないでしょう。そういえば、兄さんは夏前には家を出るんでしたね?」
「ああ。王都で仕事がもらえるからな。ここでの暮らしも悪くはなかったが、正直なところ早く独り立ちしたいという思いもあった。兄さんにはもう少し頑張ってほしかったな」

 ライナスの言葉に、トリスタンは「悪い悪い」と苦笑いで返しました。長男サイモンと次男ジェラルドの間が四年空いたからです。もう少し早ければ、ライナスはその分だけ早くここを出ることができました。ただし、子供ができるかどうかは運次第です。お互いに冗談で言っているのはこの場にいる誰もがわかっていました。
 デューラント王国では、爵位の継承は長男が優先されます。次男は長男が早逝した場合や男子が生まれない場合に備えてとして実家に置き留められることがほとんどです。だからライナスは結婚しても子供ができても、なかなか家を出ることを許されませんでした。生活に困ることはないのはありがたいですが、周囲からはトリスタンの予備だと思われ、窮屈だったのは間違いないでしょう。
 トリスタンに二人目が生まれたことで、ようやくライナスの保険としての役目は終わりました。モーガンが王都の知り合いに手紙を出して、どうにか今年の夏には王都で役人として働ける目処がつきました。夏前には妻のハリエットと二人の子供を連れて王都へ向かうことになっています。

「そうだ、レイはサラを連れて行くんだよな?」
「どこで何をするかによりますね。その前にサラが一緒に来てくれるかどうか次第ですが」

 レイがそう言うと、隣に立っていたサラが少し不本意そうな顔をしました。

「サラ、どうかした?」

 レイにはサラが顔をしかめた理由がわからなかりませんでした。

「レイ様のいらっしゃるところが私の居場所ですので、ここを出られる際にはご一緒します」

 いつものように澄ました表情のまま当然と言い切ったサラに、思わずレイは意表を突かれた顔になりました。

「当然?」
「はい。地獄の底までご一緒します」
「落ちるのが確定してるのか⁉」
「はっはっは。レイ、愛されてるじゃないか。死んでも一緒だな」

 ライナスがレイとサラの肩をバンバンと叩いて冷やかします。彼はこの二人のことをお似合いだと思っていました。レイは跡取りではないので、平民生まれのサラが妻になってもおかしくはありません。程度の差こそあれ、ここにいる誰もがライナスのように考えています。

 兄弟との話が終わったレイは、今度はサラと一緒に使用人たちから祝福の言葉をもらいました。多くは彼が生まれる前からここで働いています。そうでないのはメイドの一部くらいのものでしょう。
 他のメイドたちと比べると、サラは特別扱いされているように思えるでしょう。それは間違いではありません。そうなったのにはいくつかの理由があります。
 一つは、サラは雇われた時点で、すでに読み書き計算ができるほど頭がよかったからです。そしてもう一つは、レイの専属メイドをしているからです。
 専属メイドならいい思いができると思うかもしれませんが、実際にそうとは限らないことを使用人たちは誰でも知っています。
 レイは貴族の息子としては非常に真っ当です。これまで厳しい父親と優しい母親、しっかり者の長兄、気楽に相談に乗ってくれる次兄に可愛がられてきました。
 レイは次期領主になるトリスタンのように、厳しく帝王学を叩き込まれたわけではありません。ライナスのようにいつ家を出られるのかと、やきもきしていたわけでもありません。成人を迎えたら独立しようと思って、それまで自分がやりたいようにやっていたらまっすぐに育ちました。家族はこの若き天才をただ見守っていただけです。
 それが事実だとしても、雇われる側からすると、仕える相手がアタリかハズレかは仕事を始めるまではわかりません。
 けっして多くはありませんが、暴力を振るう相手として専属メイドを雇う貴族もいるのです。だからサラと同時期に雇われたメイドのブレンダ、コリーン、ローの三人は、レイの専属をしてくれることになった年下のサラに感謝しています。
 そもそも、使用人が異性に仕えることは普通ならありません。格好の不倫相手になるからです。たとえ一夫多妻が認められていても、いつでも手を出せる使用人が夫の隣にいることを喜ぶ妻はいないでしょう。だから主人には男性の従者、主人の妻には女性の侍女が仕えるのです。
 そしてもう一つ、モーガン本人がルーサー司教からサラの世話を頼まれたことも理由と呼ぶこともできるでしょう。サラは頭がよすぎるので、教会に置いておくのはもったいないとルーサーが言ったからです。
 一方で、レイも五歳になるころには読み書き計算を完璧に覚えて、屋敷の書庫にある本を読みあさるようになっていました。それなら二人を一緒にしたらお互いにちょうどいい話し相手になるだろうとモーガンは考え、トリスタンとライナスにも付けていなかった側仕えとしてサラを雇うことにしたのです。

「私の判断は正しかっただろう」
「そうですね。不思議と合う二人でしたね」

 モーガンとアグネスは目の前で息子たちが和気藹々わきあいあいと話しているのを見て目を細めました。

 ◆◆◆

「レイ、これを飲んでみるか?」

 会話が一段落すると、モーガンはリンゴのブランデーを取り出しました。このあたりでは、成人した息子とブランデーを酌み交わすという習慣があります。

「無理して飲む必要はないが、大人になれば強い酒を飲む機会も増える。できれば早めに慣らしておいたほうがいいぞ」
「そうですね。付き合いもあるでしょうし」

 レイはショットグラスにブランデーを入れてもらうと口に含みました。それから芳醇な香りを満喫するかのように喉の奥に流し込みました。
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