異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第1章:目覚めと始まりの日々

第2話:聖別式、ジョブを授ける

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 ここは多くの神々が存在するフォルトゥラーナと呼ばれる世界です。豊かな水をたたえるこの惑星にはいくつかの大陸が存在します。その中で一番大きなのがランスロー大陸です。中央大陸と呼ばれることもあります。
 ランスロー大陸には多くの国があり、やや北寄りにあるのがこの話の舞台となるデューラント王国です。北部には夏でも雪の残る高山があり、南部はやや温暖な国へと繋がっています。
 この国の一番北にギルモア男爵領はあります。その領主の屋敷では、そこで暮らす者たちが新年からこちら数日、まったく落ち着かない日々を過ごしていました。領主であるモーガンの三男レイが、パーティーの最中に倒れて目を覚まさなくなったからです。
 それではその日に何があったのか、少し遡ってみましょう。

 ~~~

 この世界には実際に神々が存在しますので、教会では一年を通して様々な儀式が行われます。
 まず一つ目が〝洗礼式〟です。これは子供が無事に生まれたことを神々に感謝する儀式です。一歳の間に受けるのが一般的です。
 二つ目が〝福音式〟と呼ばれるものです。これを受けることによって、自分の名前や種族などが記入された〝ステータスカード〟を体から取り出せるようになります。これは物心がついて以降ならいつでも受けられます。四歳から五歳くらいが多いでしょう。
 ステータスカードには個人情報が書き込まれているので、身分証明書としても使われます。他人に見られたくない情報は隠すことができますが、名前や賞罰など、絶対に隠せない項目がいくつか存在します。
 このカードは軽いのに非常に硬く、どれだけ頑張っても傷も付かない不思議な素材でできています。さらには、サイズの変更も可能です。これは種族によって体の大きさが違うためだと一般的には考えられています。
 また、意識をすれば、出しているカードに触れずに自分の体に戻すことができるのも大きな特徴の一つでしょう。他人に奪われたとしても、すぐに戻せば悪用されることはありません。
 なお、死ぬとすべての情報が表示された上で自然と体から出てきます。もしそのようなカードを見つけたら、ギルドや教会に提出しましょう。きちんと供養してもらえます。
 そして三つ目が、今日ここで行われる〝聖別式〟です。これは成人したことを神々から認めてもらう儀式です。これを受けることによって、ステータスカードに〝ジョブ〟が表示されるようになります。ようやく進路が定まるようなものです。

 新年を迎えた一月一日、マリオンの中心にあるカリヨン教の教会には、成人を迎えたばかりの若者たちが集まっていました。彼らは長ければ二時間ほども待っています。まさか領主の息子を待たせるわけにはいかないからです。
 神のもとでは身分の上下は関係ないとも言われますが、それでもさすがに領主の息子の儀式は一番最初に行われることになっていました。レイが一番を望まなかったとしても、領民たちからすれば「落ち着かないので最初に済ませてください」と言いたいところでしょう。
 今日この教会で儀式を受ける新成人は五〇〇人少々います。領内にはマリオン以外に一八の町と三〇〇ほどの村があり、この場を除いても新成人の人数は四〇〇〇人を超えます。
 聖別式は必ずしも今日受けなければならないわけではありません。一年中いつでも受けられますが、新年に受け、その夜に家族が成人祝いをすることが、この国では一般的です。
 開始の時間になると、レイとサラの二人が用意された一番前の席に座りました。ルーサー司教が説教台の前に立ち、もったいぶった説教が始まります。

「ここにいる者はカリヨン教の信者であることが多いだろう。もちろんそうでなくてもかまわない。神々は寛大である」

 カリヨン教にはギリシャ神話のように多くの神が存在します。主神は創造神。その創造神がこの大地を作ろうとした際に、火の神、水の神、風の神、土の神が生まれました。
 この神々が動植物を作り出したときに、生命の神や死の神、運命の神が生まれました。
 人々の信仰が創造神に届くと、さらに多くの神々が生み出されました。商売の神や娯楽の神、酒の神、美の神、愛の神、戦の神、魔法の神、契約の神などです。
 どの神を信仰するかは個人の自由で、家族の中でも違っていることもあります。美の神を信じる夫と酒の神を信じる妻の夫婦もあれば、代々に渡って戦の神を信じている家族もあります。レイは父親と同じく商売の神、サラの家は水の神を信仰しています。

「さあ、偉大なる神々は我々にステータスカードを与えたもうた」

 通常どの教会でも、まずはステータスカードについて、そして初めてのジョブ、それから魔法やスキルについて説明されます。新成人たちにとっては待ちに待った瞬間です。
 ステータスカードに表示されている情報の中で、最も重要なのがジョブです。これは収入を得るための職業という意味ではなく、神から与えられた役割とでも表現すべきでしょう。
 ジョブは一般ジョブと上級ジョブの二種類に分けられます。
 一般ジョブには戦士・僧侶・魔術師・盗賊・教師・狩人など、基本的な魔法やスキルを身に付けるジョブが中心です。そこから転職することで、さらに他のジョブの魔法やスキルを身に付けることができます。一方で、上級ジョブは成長は遅いのですが、ステータスの上昇率は一般ジョブに比べるとかなり大きくなります。
 最初に得るのがどのジョブになるかは誰にもわかりません。自分のステータスカードに浮かんだジョブを見て新成人は一喜一憂します。なりたいジョブが与えられるとは限らないからです。
 ジョブを変更したい人は、教会で多少の費用を払って〝転職〟することができます。ただし、一度転職すると、次は三回新年を迎えないと転職できません。

「ジョブはあくまでジョブでしかなく、それを使ってどのように生きるか、その方法は人それぞれ違う。皆が満足のいく人生を送れることを神々は望んでいる」

 その言葉で司教は話を終え、水で喉を潤しました。それから一つ咳払いをすると、再び前を向いて話を始めます。

「皆はこれから順番に聖別式を受けることになるが、終わるまでは静かにしているようにな」

 説教が終わると儀式になります。この儀式は座席順になっています。つまりレイとサラが最初に受け、それ以降はそこに座っている順番です。それほど時間がかかる儀式ではなく、説明を取っ払って儀式だけを進めれば、一人あたり数秒程度で終わるものです。


 ルーサー司教が祭壇の前に移動すると、レイとサラの二人は祭壇の前に進みます。そこでさらにレイが一歩前に出ました。

「レイモンド様、神像に手を」
「はい」

 司教の指示に従ってレイは神像に触れます。するとその体が一瞬だけ光りました。

「これで終わりになります。ステータスカードにジョブが追加されているのをご自身の目でご確認ください」
「はい。ありがとうございました」

 終わった者から順番に退出です。レイはサラの儀式が終わるまでの間にステータスカードにさっと目を通しました。

 ----------
名 前:レイモンド・ファレル
種 族:人間
性 別:男
称 号:ギルモア男爵モーガン・ファレルの三男
賞 罰:
ジョブ:ロード
状 態:健康
レベル:一
経験値:〇
体 力:六八五/六八五
魔 力:五五五/五五五
攻撃力:D(〇)  器用さ:D(〇)
防御力:E(〇)  素早さ:F(〇)
知 力:D(〇)  精神力:E(〇)
魅 力:B(〇)  幸 運:B(〇)
スキル:【治療:I(〇)】【清浄:I(〇)】【浄化:I(〇)】【解毒:I(〇)】【避妊】
 ----------

 名前や年齢、その他多くの情報が書かれています。その中に自分が得たロードというジョブが、他の文字とは違った色で表示されているのがわかりました。上級ジョブの証です。
 このロードというジョブは優れた剣の使い手であり、さらに僧侶などが使う白魔法やスキルが身に付けられる上級ジョブです。普通は戦士や僧侶など、ロードの下位にあるジョブで修行を積んでから転職することで得ることができます。
 このロードという言葉は封建領主や貴族という意味で、頭がよく、体を鍛えてきたレイが得てもおかしくはありません。それでも最初のジョブがロードというのは珍しいことです。
 体力と魔力はそのままの数値ですが、それ以外の項目は少し注意が必要です。簡単に説明しましょう。
 それぞれの項目の横にあるアルファベットがレベルです。レベルは一番下のアイから一番上のエスまで一〇レベルあります。括弧の中が熟練度で、これは〇から九九まであります。九九を超えるとレベルが一つ上がるようになっています。
 これらの項目の中で、そう簡単に上がらないのが魅力と幸運です。鍛えようがありませんからね。
 スキルにもレベルがあり、ステータスと同じようにレベルが上がります。スキルによってはレベルのないものもあります。
 注意しなければならないのは、体力と魔力は別として、ここに書かれているレベルだけで強さは判断できないということです。あくまでからどれだけ強くなったかを表すのがレベルです。だから、ヒョロガリの攻撃力レベルDと、ムキムキの攻撃力レベルEなら、後者のほうが与えるダメージは大きくなります。
 また、このレベルは武具もない状態での強さを表していますので、装備次第でかなり変わります。それに加え、スキルの影響も馬鹿にできません。能力がまったく同じだとすれば、スキルの強さによって勝敗が決まります。

 レイがステータスカードを眺めていると、儀式が終わったサラが寄ってきました。

「レイ様、いかがでしたか?」
「いきなりロードになった」
「おめでとうございます」

 サラはレイの言葉を聞くと自分のことのように喜びました。レイにはサラがどのジョブが気になりました。彼女はサムライというジョブが欲しいと以前から言っているのを知っていたからです。

「サラは?」
「私はサムライになれました」

 サラが得たサムライというジョブは、前衛としては戦士と同等の力を持ち、魔術師と同じ黒魔法やスキルも使える上級ジョブです。また、このサムライという言葉は、この大陸の東端にある国で優れた戦士に与えられる称号でもあります。

「よかったじゃないか。それも上級ジョブだったよな?」
「はい♪」

 珍しくサラの機嫌がいいのがレイにはわかりました。サラは普段は澄ました顔をしていることが多く、愛想もそれほどよくはありません。場合によっては素っ気ない態度を取ることもあったくらいです。

「それじゃ帰ろうか」
「お供します」

 行きは馬車で送ってもらった二人ですが、帰りは歩いて帰ることになっています。不用心に思えるかもしれませんが、二人とも上級ジョブになりステータスもかなり上がりました。それにレイは護身用のダガーをぶら下げているので、暴漢程度なら軽くひねることができます。それくらいの訓練は受けているのです。
 これまでは未成年ということもあり、レイは自分の足で屋敷の外を歩くことはほとんどありませんでした。移動は馬車で行い、町から出た回数もそれほど多くはありません。だからこそ、自分の足で歩く街は新鮮でした。馬車の車輪が石を踏む音、聞こえてくる新年の挨拶、子どもたちがはしゃぎ回る声。馬車の中から聞く音とはまったく違って聞こえたのです。

「しかしまあ……二人で上級ジョブか」
「そうあってほしいとは思いましたが、実際になってみると驚きです」
「ありがたいけど、成長が遅いというのが少し気になるなあ」

 レイは腕組みしました。もちろんジョブだけで全てが決まるわけではありませんが、頑張っても成長が遅いというのは困ります。
 そして転職するにもかなりデメリットがあります。むしろ、デメリットしかないでしょう。

「ですが、ロードでしたら力も知力もかなり上がります。それに白魔法は全て使えるようになるはずです。司教の言葉ではありませんが、ゆっくりとやればいいでしょう。そもそも白魔法が必要ですか? 一般のスキルや魔法にも役立つものがたくさんあるはずです」
「それはそうだけど……」

 レイは剣も魔法も使えるジョブになりたかったわけではありません。どのような人生を送るのかは決まっていませんが、成長が遅いということが引っかかったのです。
 上級ジョブであれば最初はステータスが高くなりますが、成長の遅さのせいで周りに迷惑をかけるのではと思ってしまいます。三男なので、いずれは屋敷を出なければなりません。その際には王都で仕事を探そうと思っていたのです。
 二人は寄り道をしつつ、初めて自分たちで歩く街中を堪能しながら屋敷に戻りました。

 ◆◆◆

「お帰りなさいませ」

 屋敷に戻ると執事のブライアンがレイたちを出迎えました。

「ただいま」
「ただいま戻りました」

 ブライアンは曾祖母がギルモア男爵家の出身です。その曾祖母が当時ここから南東に領地を持つテニエル男爵に嫁ぎました。父親の代からこのギルモア男爵家で執事をしています。
 彼には二人の息子がいて、どちらもテニエル男爵のところに奉公に出かけています。おそらく長男のアーサーはこの屋敷で、いずれは執事になるでしょう。代々務めさせることで主人に対する忠誠心を高めるということは、どの領地でも一般的に行われています。

「父上は部屋に?」
「はい。レイ様をお待ちでしょう」
「それならすぐに行こうか、サラ」
「はい」

 二人はその足でモーガンの執務室に向かいました。


「父上、レイです」
「入りなさい」
「失礼します」
「失礼いたします」

 二人が部屋に入ると、モーガンは手紙を書く手を止めました。

「その顔を見ると、結果は良くもなく悪くもなくというところか?」

 モーガンがそう聞いたのは、レイがやや困惑しているように見えたからです。

「いえ、二人とも上級ジョブになりました。ですが、上級ジョブは成長が遅いと聞きましたので、それでどうしようかと」

 二人はステータスカードを出してモーガンに渡しました。彼は受け取った二枚のカードを見ると大きく頷きました。彼も自分が初めてジョブを得た時は不安だったことを覚えているからです。
 モーガンが最初に得たジョブは商人でした。早くに隠居した父親から二〇代で爵位を譲られ、そこからさらに努力をして大商人になりました。だから金勘定と人心掌握が得意なのです。この二つは貴族にはなくてはならない能力でしょう。
 貴族は金勘定が得意でなければなりません。領地経営には金が必要です。その金をどこから調達するか。税として集めた麦の販売、そして自分が作った商会を通しての商売です。
 貴族は金を集めて領地を富ませるのが仕事です。そうであって初めて領主は領民たちから敬意を向けられます。ふんぞり返っているだけで尊敬されるほど甘い立場ではないのです。
 モーガンは二人にステータスカードを返すと、レイの顔をじっと見ながら口を開きました。

「たしかに時間はかかるだろうが、こう考えてみたらどうだ? 上級ジョブになれるかどうかで悩むよりはずっといいと。それに最初から能力値がかなり上がる。悪いことばかりではない」

 転職をするには一定の条件を満たしていなければなりません。たとえば騎士なら戦士や兵士など、いくつもの下位ジョブがあり、その中のいずれかを経験し、その上でいくつかのステータス項目が条件を満たしていなければなりません。つまり、戦士が誰でも騎士になれるとは限らないのです。だからこそ上級ジョブになるチャンスは逃すべきではないと考える人もいます。

「そうですね。そう思うようにします」

 父親の言葉にレイは頷きました。まだジョブを与えられたばかりです。これから研鑽けんさんを積まなければなりません。先のことばかり考えても仕方がないのは事実です。
 さらに、いきなり家を出るつもりもありません。まずは自分が何をしたいか、それを考えなければなりません。どうせいずれは家を出ることになる身です。やるならできる限り上を目指そう。それはそう心に決めました。

「今日の晩餐は少し早い時間から、二人の成人祝いも兼ねて行う。使用人たちも入れて豪勢にやるぞ」
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