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第5章:初夏、新たなる出会い
第1話:お嬢様現る
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町から出て森に近づけば、色とりどりの花々が咲き乱れる五月。そんな穏やかな季節のある日の午後、クラストンの冒険者ギルドに少女の声が響き渡りました。
「さっ、探しましたわ、レイ様。なぜわたくしを誘ってくださらなかったのですか?」
レイの前に現れたのは、整った顔をした少女でした。背はシーヴよりも少しだけ低く、一六〇センチ台後半でしょう。そんな少女が右手にハルバードを持って左手を腰に当て、プンスカと怒っています。
彼女が着ているのはヒラヒラの付いたドレスで、足には膝まである革のブーツを履き、その上に装飾が施された金属製のグリーブを着けています。その格好の上からふわふわしとした純白のマントを羽織っていました。
彼女がパーティーに出かけようとしているのか、それとも戦闘に向かおうとしているのか、レイにはわかりません。もしかしたらパーティーという言葉の意味を間違えているのではないのかという考えすら頭に浮かびました。
ところが大切なのは、彼女がレイの名前を呼んだことと、レイには彼女の顔に見覚えがないということです。
「ご主人さま、知り合いです?」
「いや、見覚えがないな」
その返事を聞いたラケルは、すっとレイの前に立ちました。
「では不審者です。ぶっ飛ばしてもいいです?」
ラケルはマジックバッグから巨大な盾を取り出しました。それが床に触れて、ゴスンという鈍い音がロビー中に響き渡ります。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。シャ、シャロン!」
少女が慌てたように声をかけると、後ろからメイド服を着た、さらに小柄な少女が現れました。頭の位置がサラよりも頭一つ低くなっています。
「あなた様がレイ様ですね。この困ったお嬢様にお仕えするシャロンと申します。この方には天にまで届くような欠点が山ほどございますが、これでも私の主人です。ぶっ飛ばすのはやめて、せめてデコピンかカンチョーくらいにしていただけると助かります」
「いや、怒ってるわけじゃないから別にデコピンもカンチョーもしなくてもいいんだけど、とりあえず後ろのお嬢様がすごい顔をして睨んでるぞ」
「おや」
シャロンの後ろでは少女が真っ赤な顔をしてメイドを睨みつけています。
「ちょっと、シャロン。困ったお嬢様とか山ほど欠点があるとか、言ってくれますわね」
「私が困らされるのはいつものことではありませんか。ほんっとにもう、まさか今さら自分がお淑やかだとでも主張なさるおつもりですか?」
「わたくしはいつもお淑やかですわ」
ドレスの少女は胸を張ります。いきなり目の前で漫才が始まり、レイはどうしていいかわからなくなりました。
「あの、レイはあなたに心当たりがないようですけど、どちら様ですか?」
戸惑うレイに代わってそう聞いたのはシーヴです。その言葉を聞いて、少女は少し悲しそうな顔をしてから口を開きました。
「こほん、わたくしの名前はカトリーナです。レイ様、まさかお忘れではないですよね?」
「カトリーナ……カトリーナ……カトリーナ……?」
レイはその名前に聞き覚えがありませんでした。ありませんでしたが、どこか引っかかっりました。だから腕組みをして考えてみましたが、答えはなかなか出てきません。
「家族からはケイトと呼ばれています」
「ケイト……ケイト……ああっ、あのときのケイトか!」
愛称を聞いて、ようやくレイは思い出しました。
ギルモア男爵領の南東にはテニエル男爵領があります。すでに薄くなりましたが、ギルモア男爵家と血の繋がりがあります。ケイトはそこの領主であるアンガス・プロバートの娘です。レイは八歳のとき、サラと出会う前に一度だけケイトと会ったことがありました。
~~~
その日、モーガンはレイを連れてテニエル男爵の屋敷を訪れていました。商取引について話をするためです。元々血の繋がりがあり、貴族同士のわりには肩肘張らずに話し合える数少ない相手です。
大人同士の話し合いの場では子供は退屈するだろう、そう思って両方の親はレイとケイトの二人で好きに話をさせることにしました。
「レイ様はいずれはどうなさるのですか?」
「家を出るしかないからね。今のところどうするかは考えてないけど、出ることは間違いないだろうね」
レイは笑いながら言葉を続けます。三男だから、どこかで仕事を探すしかないね、と。
「その際にはわたくしも付いていってよろしいですか?」
「それはアンガス殿が許可をするかどうかじゃない? 今の僕では判断できないよ」
~~~
レイの頭の中にはその会話だけが残っていました。これはレイの記憶が戻る前の話です。
「それで、ご主人さまは誘っておいて連れてこなかったのです?」
「いや……」
ラケルに説明したあとであらためて考えましたが、レイは自分からケイトを誘っていません。父親の許可が必要だと事実を口にして、判断を丸投げしただけです。そう考えると、はたして自分に落ち度があったのか、レイには疑問です。
「そもそも誘うって言ってないだろ? 断った記憶もないけど」
「ですが、一声かけてくださってもよろしかったのではありませんか?」
「はいはい、二人ともそれくらいで」
ギルド内で口論になりかけたところで、サラが手を叩きながら二人の間に割って入りました。
「細かな事情はわからないけど、ここは邪魔になるよ。とりあえず向こうに移動しない? ケイも座って落ち着いたら?」
「そうしますわ。たしかに少し疲れましたので。ところでどうしてそのような呼び方ですの?」
「短くて呼びやすいから」
「勝手に愛称を作らないでいただけますか?」
「でも、レイにサラにケイって、短くてよくない?」
サラとケイトがやり合っている向こうに、女性のみの冒険者パーティーがいるのがレイの目に入りました。レイはそちらに移動します。
「みなさんがケイトの護衛を?」
「ああ、オレがリーダーのヴェロニカだ。オグデンでここまで護衛を頼まれたんだよ。でもこれでお役御免だな」
カラッとした話し方の女性がレイの問いかけに答えました。
「おつかれさま。どうせなら向こうで一緒しないか? 俺たちもギルドに戻ったところだから」
「そうだな」
ケイトが護衛を頼んだのは、このダンカン男爵領を中心に活動している『草原の風』という女性のみのパーティーです。軽戦士のハンナ、重戦士のモラーナ、豹人でスカウトのウッラ、そしてリーダーをしている魔術師のヴェロニカ。彼女たちは先日までオグデンにいました。
「オレは僧侶から魔術師になったばかりだから、ケイトの黒魔法はありがたかったよ。魔法も数は力だな」
「僧侶と魔術師か。それじゃあ、次あたりでビショップとか?」
「いや、どうせなら何でもできる人間になりたいって思ってね。賢者なんて面白そうだから、勉強の日々だな」
そう言ってヴェロニカは手にしていた杖をレイに渡しました。その杖は一見すると単なる十字架の形をした杖ですが、鞘から引き抜くとエストックが現れるいう仕込み杖になっているのがわかりました。
彼女が次に考えている賢者は、白魔法も黒魔法も使え、さらに前衛での戦いもできるというオールマイティーなジョブです。だから魔法だけではなく、剣の腕前も上げないと転職の条件を満たせません。かなりレアなジョブなんです。
「うちのメンバーはわりとそういうところがあって、どうせ冒険者なんて長くはできないんだから、その間にいろんなスキルや魔法を身につけようって」
「それはそれで楽しそうだな」
「あたしは今は軽戦士だけど、元はテイマーだから」
「私は魔術師から重戦士になりました~」
「あっしはスカウトの前は商人でした。値切りは得意です」
「転職できるといいよなあ」
レイのステータスはすば抜けて高いですが、転職すれば確実に弱くなることがわかっています。
「ちょっとレイ、なんでそんなに和気藹々としてんの?」
いつの間にかケイトと口論になっていたサラが、レイに文句を言い始めました。
「ん? ああ、悪い。とりあえずそっちはケンカを中断しろ」
◆◆◆
酒場に入るとテーブルを二つくっつけ、エールとミード、それに適当に料理を注文して、歓迎会のような慰労会のような場ができあがりました。
「それで、どうしてケイトはここまで来たんだ?」
「それは……レイ様が迎えに来てくださると思い込んでいまして……」
ケイトもこの一月に成人を迎えました。いずれ家を出ることになるレイが迎えに来てくれるだろうと信じていました。ところが、二月に入っても連絡がありません。三月まで待ってみましたが、変わりありません。だから三月も後半になって、ようやく手紙を送ることにしたのです。
~~~
ここはテニエル男爵領の領都ダグラス。ギルモア男爵領ほど山が近くはありませんが、それでもまだ雪がちらつくことがある三月。領主の末娘ケイトは、暖炉の前にいるのにまるで薄着で屋外にいるような寒さを心の中に感じていました。
「どうしてレイ様は何も連絡をくださらないのでしょうか……」
「さあ」
メイドのシャロンがやれやれという表情で投げやりな返事をしました。彼女はハーフリングという、成人しても身長が一〇〇センチを超えることがほとんどない小柄な種族です。
ところが、シャロンはハーフリングの中ではずば抜けて背が高く、一二〇センチほどあります。そのせいで逆に人間の子供のようにも思われることがありますが、いかにも精霊族らしく、先が少し尖った耳と美しい顔をしています。
ハーフリングは陽気な種族で、大道芸人や吟遊詩人として町から町へと旅をします。その移動途中でたまに見かけられることから、草原の妖精とも呼ばれます。
そのシャロンは二年半近く、この屋敷でメイドとして働いていますが、ここしばらくはケイトの愚痴を聞いてばかりでした。
そもそも、ケイトとレイはかつて一度会ったきりだとシャロンは聞いています。話を聞く限りでは、ケイトが一方的にレイに惚れているようにしか思えません。それから手紙のやり取りさえしていません。
シャロンはそのときにはまだこの屋敷にいませんでしたので、レイを直接見たことはありません。レイの人柄まではわかりませんが、話の流れ的に、レイが独立するときにケイトを迎えにくるというのは勝手な脳内補完ではないかと思えてしまいます。
「お嬢様、手紙を差し上げればよろしいかと」
「手紙ですか? そのようなこと、恋文と勘違いされるかもしれませんわ」
シャロンはその言葉を聞いて目眩を覚えました。「レイ様が家を出るなら連れていってほしいのです」という言葉はプロポーズと何が違うのだろうかと。「カマトトぶっているのですか?」とはさすがに面と向かって口には出しません。ケイトが初心なのを知っているからです。だから彼女はケイトに確認することにしました。
「恋文とどう違うのですか?」
「結婚前提ではありませんわ」
「レイ様と結婚したいのではないのですか?」
「それはそうなのですが(ごにょごにょ)」
その照れ方を見て、どう考えても惚れた相手と一緒にいたいだけだと、シャロンでなくても思うでしょう。だから彼女はケイトに手紙を書くことを勧めました。それすら恥ずかしくて無理だとすれば、何をどうすればいいのでしょうか。
「レイ様に宛てて送るのが気になるようでしたら、男爵様宛てになさればよろしいかと思います。レイ様はお元気ですかと。それでしたら恋文にはならないでしょう」
「そうですわ! さすがシャロンです。そうしましょう。さっそく手紙を送りましょう」
こうでも言わなければ手紙を書かないだろうと思って提案してみたところ、思った以上にうまくいきました。ケイトは机に向かって一心不乱に手紙を書き始めます。
その手紙は屋敷に雇われているメッセンジャーの手によって、その日のうちにダグラスを離れました。彼が頑張ったおかげで、四日後にはマリオンの領主邸に無事に運ばれたのです。
「大変ご迷惑をおかけいたしますが、お嬢様はできる限り早く返事が欲しいとのことです」
「分かった。すぐに読んで返事を認めよう。その間は向こうで待ってもらいたい」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
メッセンジャーがブライアンと一緒に出ていくと、モーガンは手紙を開封しました。そして中身を見て、大きくため息をつきました。
「ケイト嬢がなあ。少なくともレイは覚えていないだろう」
彼の目に飛び込んできたのは、成人して家を出るなら一緒に行きたいという、ケイト嬢からのレイに対する熱い想いでした。ところが、レイの口からケイトの名前が出た記憶はモーガンにはありません。
モーガンはレイをダグラスに連れていったことがあります。その道中、そして向こうに着いてからも、レイは挨拶を済ませると許しを得てから本ばかり読んでいました。それはまだ一〇にもならない子供なので許されたことでしょう。だから、大きくなってからは連れていくことを減らしたのです。
どのような経緯でケイトがレイに惚れ込んだのかはモーガンにはわかりませんが、彼女がレイに会いたいことは、この手紙からひしひしと伝わってきます。ところが、レイはすでにこの町を離れています。今ごろどのあたりにいるのかはモーガンにもわかりませんが、オスカーの町で盗賊退治をしたことは伝わっています。最終的には王都に行くはずなので、それを伝えればいいだろうと考えました。
モーガンは手短に伝えるべきことを書くと封をして、メッセンジャーに渡すのでした。
「さっ、探しましたわ、レイ様。なぜわたくしを誘ってくださらなかったのですか?」
レイの前に現れたのは、整った顔をした少女でした。背はシーヴよりも少しだけ低く、一六〇センチ台後半でしょう。そんな少女が右手にハルバードを持って左手を腰に当て、プンスカと怒っています。
彼女が着ているのはヒラヒラの付いたドレスで、足には膝まである革のブーツを履き、その上に装飾が施された金属製のグリーブを着けています。その格好の上からふわふわしとした純白のマントを羽織っていました。
彼女がパーティーに出かけようとしているのか、それとも戦闘に向かおうとしているのか、レイにはわかりません。もしかしたらパーティーという言葉の意味を間違えているのではないのかという考えすら頭に浮かびました。
ところが大切なのは、彼女がレイの名前を呼んだことと、レイには彼女の顔に見覚えがないということです。
「ご主人さま、知り合いです?」
「いや、見覚えがないな」
その返事を聞いたラケルは、すっとレイの前に立ちました。
「では不審者です。ぶっ飛ばしてもいいです?」
ラケルはマジックバッグから巨大な盾を取り出しました。それが床に触れて、ゴスンという鈍い音がロビー中に響き渡ります。
「ちょ、ちょっとお待ちなさい。シャ、シャロン!」
少女が慌てたように声をかけると、後ろからメイド服を着た、さらに小柄な少女が現れました。頭の位置がサラよりも頭一つ低くなっています。
「あなた様がレイ様ですね。この困ったお嬢様にお仕えするシャロンと申します。この方には天にまで届くような欠点が山ほどございますが、これでも私の主人です。ぶっ飛ばすのはやめて、せめてデコピンかカンチョーくらいにしていただけると助かります」
「いや、怒ってるわけじゃないから別にデコピンもカンチョーもしなくてもいいんだけど、とりあえず後ろのお嬢様がすごい顔をして睨んでるぞ」
「おや」
シャロンの後ろでは少女が真っ赤な顔をしてメイドを睨みつけています。
「ちょっと、シャロン。困ったお嬢様とか山ほど欠点があるとか、言ってくれますわね」
「私が困らされるのはいつものことではありませんか。ほんっとにもう、まさか今さら自分がお淑やかだとでも主張なさるおつもりですか?」
「わたくしはいつもお淑やかですわ」
ドレスの少女は胸を張ります。いきなり目の前で漫才が始まり、レイはどうしていいかわからなくなりました。
「あの、レイはあなたに心当たりがないようですけど、どちら様ですか?」
戸惑うレイに代わってそう聞いたのはシーヴです。その言葉を聞いて、少女は少し悲しそうな顔をしてから口を開きました。
「こほん、わたくしの名前はカトリーナです。レイ様、まさかお忘れではないですよね?」
「カトリーナ……カトリーナ……カトリーナ……?」
レイはその名前に聞き覚えがありませんでした。ありませんでしたが、どこか引っかかっりました。だから腕組みをして考えてみましたが、答えはなかなか出てきません。
「家族からはケイトと呼ばれています」
「ケイト……ケイト……ああっ、あのときのケイトか!」
愛称を聞いて、ようやくレイは思い出しました。
ギルモア男爵領の南東にはテニエル男爵領があります。すでに薄くなりましたが、ギルモア男爵家と血の繋がりがあります。ケイトはそこの領主であるアンガス・プロバートの娘です。レイは八歳のとき、サラと出会う前に一度だけケイトと会ったことがありました。
~~~
その日、モーガンはレイを連れてテニエル男爵の屋敷を訪れていました。商取引について話をするためです。元々血の繋がりがあり、貴族同士のわりには肩肘張らずに話し合える数少ない相手です。
大人同士の話し合いの場では子供は退屈するだろう、そう思って両方の親はレイとケイトの二人で好きに話をさせることにしました。
「レイ様はいずれはどうなさるのですか?」
「家を出るしかないからね。今のところどうするかは考えてないけど、出ることは間違いないだろうね」
レイは笑いながら言葉を続けます。三男だから、どこかで仕事を探すしかないね、と。
「その際にはわたくしも付いていってよろしいですか?」
「それはアンガス殿が許可をするかどうかじゃない? 今の僕では判断できないよ」
~~~
レイの頭の中にはその会話だけが残っていました。これはレイの記憶が戻る前の話です。
「それで、ご主人さまは誘っておいて連れてこなかったのです?」
「いや……」
ラケルに説明したあとであらためて考えましたが、レイは自分からケイトを誘っていません。父親の許可が必要だと事実を口にして、判断を丸投げしただけです。そう考えると、はたして自分に落ち度があったのか、レイには疑問です。
「そもそも誘うって言ってないだろ? 断った記憶もないけど」
「ですが、一声かけてくださってもよろしかったのではありませんか?」
「はいはい、二人ともそれくらいで」
ギルド内で口論になりかけたところで、サラが手を叩きながら二人の間に割って入りました。
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「短くて呼びやすいから」
「勝手に愛称を作らないでいただけますか?」
「でも、レイにサラにケイって、短くてよくない?」
サラとケイトがやり合っている向こうに、女性のみの冒険者パーティーがいるのがレイの目に入りました。レイはそちらに移動します。
「みなさんがケイトの護衛を?」
「ああ、オレがリーダーのヴェロニカだ。オグデンでここまで護衛を頼まれたんだよ。でもこれでお役御免だな」
カラッとした話し方の女性がレイの問いかけに答えました。
「おつかれさま。どうせなら向こうで一緒しないか? 俺たちもギルドに戻ったところだから」
「そうだな」
ケイトが護衛を頼んだのは、このダンカン男爵領を中心に活動している『草原の風』という女性のみのパーティーです。軽戦士のハンナ、重戦士のモラーナ、豹人でスカウトのウッラ、そしてリーダーをしている魔術師のヴェロニカ。彼女たちは先日までオグデンにいました。
「オレは僧侶から魔術師になったばかりだから、ケイトの黒魔法はありがたかったよ。魔法も数は力だな」
「僧侶と魔術師か。それじゃあ、次あたりでビショップとか?」
「いや、どうせなら何でもできる人間になりたいって思ってね。賢者なんて面白そうだから、勉強の日々だな」
そう言ってヴェロニカは手にしていた杖をレイに渡しました。その杖は一見すると単なる十字架の形をした杖ですが、鞘から引き抜くとエストックが現れるいう仕込み杖になっているのがわかりました。
彼女が次に考えている賢者は、白魔法も黒魔法も使え、さらに前衛での戦いもできるというオールマイティーなジョブです。だから魔法だけではなく、剣の腕前も上げないと転職の条件を満たせません。かなりレアなジョブなんです。
「うちのメンバーはわりとそういうところがあって、どうせ冒険者なんて長くはできないんだから、その間にいろんなスキルや魔法を身につけようって」
「それはそれで楽しそうだな」
「あたしは今は軽戦士だけど、元はテイマーだから」
「私は魔術師から重戦士になりました~」
「あっしはスカウトの前は商人でした。値切りは得意です」
「転職できるといいよなあ」
レイのステータスはすば抜けて高いですが、転職すれば確実に弱くなることがわかっています。
「ちょっとレイ、なんでそんなに和気藹々としてんの?」
いつの間にかケイトと口論になっていたサラが、レイに文句を言い始めました。
「ん? ああ、悪い。とりあえずそっちはケンカを中断しろ」
◆◆◆
酒場に入るとテーブルを二つくっつけ、エールとミード、それに適当に料理を注文して、歓迎会のような慰労会のような場ができあがりました。
「それで、どうしてケイトはここまで来たんだ?」
「それは……レイ様が迎えに来てくださると思い込んでいまして……」
ケイトもこの一月に成人を迎えました。いずれ家を出ることになるレイが迎えに来てくれるだろうと信じていました。ところが、二月に入っても連絡がありません。三月まで待ってみましたが、変わりありません。だから三月も後半になって、ようやく手紙を送ることにしたのです。
~~~
ここはテニエル男爵領の領都ダグラス。ギルモア男爵領ほど山が近くはありませんが、それでもまだ雪がちらつくことがある三月。領主の末娘ケイトは、暖炉の前にいるのにまるで薄着で屋外にいるような寒さを心の中に感じていました。
「どうしてレイ様は何も連絡をくださらないのでしょうか……」
「さあ」
メイドのシャロンがやれやれという表情で投げやりな返事をしました。彼女はハーフリングという、成人しても身長が一〇〇センチを超えることがほとんどない小柄な種族です。
ところが、シャロンはハーフリングの中ではずば抜けて背が高く、一二〇センチほどあります。そのせいで逆に人間の子供のようにも思われることがありますが、いかにも精霊族らしく、先が少し尖った耳と美しい顔をしています。
ハーフリングは陽気な種族で、大道芸人や吟遊詩人として町から町へと旅をします。その移動途中でたまに見かけられることから、草原の妖精とも呼ばれます。
そのシャロンは二年半近く、この屋敷でメイドとして働いていますが、ここしばらくはケイトの愚痴を聞いてばかりでした。
そもそも、ケイトとレイはかつて一度会ったきりだとシャロンは聞いています。話を聞く限りでは、ケイトが一方的にレイに惚れているようにしか思えません。それから手紙のやり取りさえしていません。
シャロンはそのときにはまだこの屋敷にいませんでしたので、レイを直接見たことはありません。レイの人柄まではわかりませんが、話の流れ的に、レイが独立するときにケイトを迎えにくるというのは勝手な脳内補完ではないかと思えてしまいます。
「お嬢様、手紙を差し上げればよろしいかと」
「手紙ですか? そのようなこと、恋文と勘違いされるかもしれませんわ」
シャロンはその言葉を聞いて目眩を覚えました。「レイ様が家を出るなら連れていってほしいのです」という言葉はプロポーズと何が違うのだろうかと。「カマトトぶっているのですか?」とはさすがに面と向かって口には出しません。ケイトが初心なのを知っているからです。だから彼女はケイトに確認することにしました。
「恋文とどう違うのですか?」
「結婚前提ではありませんわ」
「レイ様と結婚したいのではないのですか?」
「それはそうなのですが(ごにょごにょ)」
その照れ方を見て、どう考えても惚れた相手と一緒にいたいだけだと、シャロンでなくても思うでしょう。だから彼女はケイトに手紙を書くことを勧めました。それすら恥ずかしくて無理だとすれば、何をどうすればいいのでしょうか。
「レイ様に宛てて送るのが気になるようでしたら、男爵様宛てになさればよろしいかと思います。レイ様はお元気ですかと。それでしたら恋文にはならないでしょう」
「そうですわ! さすがシャロンです。そうしましょう。さっそく手紙を送りましょう」
こうでも言わなければ手紙を書かないだろうと思って提案してみたところ、思った以上にうまくいきました。ケイトは机に向かって一心不乱に手紙を書き始めます。
その手紙は屋敷に雇われているメッセンジャーの手によって、その日のうちにダグラスを離れました。彼が頑張ったおかげで、四日後にはマリオンの領主邸に無事に運ばれたのです。
「大変ご迷惑をおかけいたしますが、お嬢様はできる限り早く返事が欲しいとのことです」
「分かった。すぐに読んで返事を認めよう。その間は向こうで待ってもらいたい」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
メッセンジャーがブライアンと一緒に出ていくと、モーガンは手紙を開封しました。そして中身を見て、大きくため息をつきました。
「ケイト嬢がなあ。少なくともレイは覚えていないだろう」
彼の目に飛び込んできたのは、成人して家を出るなら一緒に行きたいという、ケイト嬢からのレイに対する熱い想いでした。ところが、レイの口からケイトの名前が出た記憶はモーガンにはありません。
モーガンはレイをダグラスに連れていったことがあります。その道中、そして向こうに着いてからも、レイは挨拶を済ませると許しを得てから本ばかり読んでいました。それはまだ一〇にもならない子供なので許されたことでしょう。だから、大きくなってからは連れていくことを減らしたのです。
どのような経緯でケイトがレイに惚れ込んだのかはモーガンにはわかりませんが、彼女がレイに会いたいことは、この手紙からひしひしと伝わってきます。ところが、レイはすでにこの町を離れています。今ごろどのあたりにいるのかはモーガンにもわかりませんが、オスカーの町で盗賊退治をしたことは伝わっています。最終的には王都に行くはずなので、それを伝えればいいだろうと考えました。
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