異世界は流されるままに

椎井瑛弥

文字の大きさ
上 下
88 / 190
第4章:春、ダンジョン都市にて

第25話:蜂蜜の使い道と季節の移り変わり

しおりを挟む
「悪魔の薬です?」

 翌朝、目を覚ましたラケルは、青ざめた顔でレイを見ました。見られたレイも疲れきっています。

「悪魔の薬じゃないけど、これは危険だな」
「体が壊れても抱かれたいという気分になりましたです」
「俺も似たようなものだった。体に頭が引っ張られる感じだったな」

 ある程度は想像できたことですが、一〇〇倍濃縮の媚薬の効果というのはすごいものでした。

「私とシーヴも大変だったよ」
「レイが遠慮しないとどうなるのかがわかっただけでも意味がありましたけど」

 サラとシーヴの二人は、ベッドで深夜の大決闘を繰り広げるレイとラケルに毒消しを飲ませようとしましたが、あまりの激しさに割って入ることができません。そのうちに巻き込まれて押さえ込まれて大変なことになりかけましたが、どうにか飲ませることに成功しました。するとレイとラケルは崩れ落ちるように寝てしまったんです。

「とりあえず声がすごかったって言っとくね。あれは叫喚きょうかんとか絶叫ぜっきょうとかだよ」
「そうですね。男と女というよりも獣と獣でした。【遮音結界】は絶対に使わないといけません」
「それならこれは封印しよう」

 いきなり濃度一〇〇倍で作るというのは危険ですよ。

 ◆◆◆

「それじゃ、またな」

 ぶぶぶ

 ミードの配達に来たレイたちは、モリハナバチのディオナに見送られながら森をあとにします。

「また蜂蜜をもらったなあ」
「ディオナも処分に困っているようですからね」

 蜂が蜂蜜の処分に困るというのもおかしな話ですが、実際に余っているんです。それも相当な量が。
 森の中にはあちこちに蜂蜜倉庫とも呼べるようなものがあります。そこにある蜂蜜の半分を使ってレイたちがミードを作り、ディオナに渡しています。残り半分は手間賃として受け取っています。
 モリハナバチはミードを作るために花粉を集めて蜂蜜を作ります。普通に作るとなると、夏なら一週間、冬なら三週間ほどで完成します。ところが、自然界でミードができるかどうかは気象条件によります。だから失敗してもいいように蜂蜜をたくさん集めるわけです。それから傷まないようにブロック状に固めるのです。
 ちなみに、シーヴが使っているマジックバッグは故障品ということになっています。内部では時間が経過しますので、ミードを発酵させることができるんです。発酵に必要な時間は五日間ほど。内部が適温なんですよね。だからこそ、生モノを入れておくと腐ってしまいます。

「他にも使い道があればいいのにね」
「甘味料以外ってなると、薬や化粧品とかだなあ」

 蜂蜜には強い殺菌効果がありますので、外傷に使うこともあります。喉が痛いときに飲むという使い方もあります。美容効果もありますので、クレオパトラのようにパックに使うのもいいですね。
 ただし、モリハナバチの蜂蜜ブロックは殺菌作用が強すぎて、近くに置いた樽のミードが発酵しなくなるという欠点もあります。

「部屋に置けば雑菌の繁殖防止になりませんか?」
「なるよな。ミードができないくらいなんだから」

 防カビ剤としても使えそうですが、ある程度の水分があると溶けてしまいます。そうすると普通の蜂蜜と同じくらいの殺菌作用しかなくなりますので、中の酵母が活動を開始して発酵が進むのだろうと、微生物を知っているレイたちは考えています。

「他には髪を洗ったあとに馴染ませるくらいかな」
「髪の保湿にもいいと聞きましたね。尻尾にもいいかもしれません」
「尻尾を磨き上げます!」

 四人は蜂蜜の使い道について話しながら帰るのでした。



「水分を加えると溶けるから、こうやって……」

 サラが蜂蜜ブロックに水を垂らして、溶けた分をナイフで削ってパンケーキにかけています。

「溶かしながら食べるとラクレットチーズみたいですね」
「火じゃなくて水だけどね」

 休憩で糖分を補給しようという話になったのですが、さすがに蜂蜜そのままよりも何かにかけようという話になり、パンケーキを焼いてかけることになったのです。

「やっぱり大量に蜂蜜を使うものってないのかな?」
「大量に使うのなら大量に作るものでしょうね。一度に摂るのは体に悪いですよ」

 蜂蜜にはオリゴ糖が多いので、整腸作用があります。摂りすぎるとお腹を壊しますよ。体のことを考えれば、一度にあまり大量に摂取するのも考えものですね。だから作るとすれば、一度にたくさん食べるものよりもたくさん作れるものでしょう。

「今度スコーンを焼いてみないか?」
「スコーンですか? そんなに蜂蜜を使いましたっけ?」
「アメリカのスコーンはけっこう甘いぞ。塩気のあるものもあるけど」

 食事にもおやつにもなる食べ物を考えればスコーンがあります。イギリスのスコーンはプレーンで、ジャムとクロテッドクリームを添えます。
 レイがよく食べたのはアメリカのスコーンで、こちらはプレーンなものはほとんどありません。ドライフルーツやナッツ、チョコチップなどが入る、甘味の強いスコーンです。
 アメリカのものには甘いものだけでなく、ベーコンやタマネギ、チーズ、コショウなどが入るものもあります。菓子パンや惣菜パンに近いものですね。

 ◆◆◆

「ベーキングパウダーがないから重曹だな」
「砂糖の代わりに蜂蜜だね」
「お惣菜系も作りますか?」
「力仕事ならお任せくださいです」

 小麦粉、卵、牛乳、蜂蜜、塩、重曹。それにドライフルーツ、ナッツ、タマネギ、チーズ、ベーコン、コショウなどなど。
 材料を用意してスコーン作りが始まりました。チョコレートはありませんので、ドライフルーツやナッツを使った甘味の強いもの、そしてベーコンやタマネギを使った惣菜系のものも作ることになりました。

「基本は同じなんですね」
「ああ。惣菜系ならもう少し蜂蜜を減らしてもいいんたけど、疲れたときは糖分だからな」

 甘いといってもほんのりとした甘さです。軽く材料を混ぜ合わせながら生地をまとめます。平らに伸ばし、六等分にしてオーブンで焼きます。しばらくして、オーブンからいい香りが漂ってきました。

「いい匂いですぅ」
「一つくださいっ!」
「はいはい。みんなでな」

 レイは焼き上がった二種類のスコーンをみんなに一つずつ渡していきます。

「レイさん、このしょっぱいのはエールに合いますね。いや、美味しいです」

 ロニーがスコーンをかじりながらエールを飲んでいます。ブリティッシュスコーンにはジャムとクロテッドクリームと紅茶でしょうが、アメリカンスコーンで塩気のあるものには、わりとどんなものでも合いますよ。

「こういう美味しいものをもっと広げられたらと思うのですが」
「わりと名前を聞きませんか?」
「名前は聞きますが、バターと卵と砂糖となるとそこそこ高いですので、気軽に口にできるものではないかと」

 ロニーの説明に、レイは眉を寄せてしまいました。結局、安くしようとすると高い素材を減らさなくてはなりません。そうすると風味が失われてしまいます。それなら安い黒パンでいいかとなってしまうんですよね。バターの代わりに植物油を使うこともできますが、それも高いのでどうしようもありません。
 え? 普段はどうしているかですって? 炒め物には魔物の脂肪などを使います。牛脂やラードと同じですね。揚げ物はほどんどありません。せいぜい揚げ焼きなので、植物油を使うとしても量が少なくてすみます。

「難しく考えなくてもいいんじゃない? 高いと思ったら、レイが安い値段で売ればいいだけだし」
「そうですね。他のお店から苦情が来ないくらいなら大丈夫でしょう」
「待て待て、売るとは言ってないぞ。あくまで自家用だ」

 サラたちはレイがスコーンを売るつもりで作っていると思っていましたが、レイにはそんなつもりはありませんでした。おやつ用と思っていたのですが、二人の言葉を聞いて売るのもありかなと思い始めます。

 ◆◆◆

 体力回復薬やら媚薬やら蜂蜜やらスコーンやらでバタバタしてから数日、四人はまたグレーターパンダを狩りに森へとやってきました。

「そういや、いつの間にか暖かくなったなあ」
「そうですね。マリオンを出てから三か月近く過ぎましたか」
「あっという間だね」

 レイたちがマリオンを出たのが二月の上旬。クラストンに来たのが三月の下旬。そして現在が四月の末、その間にすっかりと春らしい陽気になりました。

「ラケルと一緒のほうが長くなったな」
「あっという間です」

 ラケルも感慨深げにうなずきます。

「そろそろ新しいメンバーでも入れる?」
「何のためにだ?」
「マンネリ打破」
「それほどマンネリしているのです?」

 理由もないのに増やしても意味がありませんが、あまり変化のない毎日を送っているのは間違いありません。
 クラストンに来てすぐに一度ダンジョンに潜りましたが、それ以降はグレーターパンダ狩りばかりしています。サラがマンネリだと言うのもある意味では正解です。

「人生には山も谷もあってこその冒険者だよ」
「それは間違いないけど、たまにでいいんだよ」
「私もできればのんびりするほうがいいですね」

 山も谷もあるのが冒険者の人生です。だからサラに比べれば、レイとシーヴの二人は冒険者向きの性格ではないでしょう。
 とはいえ、サラの言うように、山も谷もあるのが冒険者の人生です。冒険者は自分で何から何まで考えなければなりません。そこには家庭を持つかどうか、いつ引退を決断するかなども含まれています。
 毎日毎日同じような仕事ばかりなら、冒険者ギルドに登録したころの緊張感が保てなくなるのは当然です。そのうち朝から夜まで酒場で飲んだくれてしまうのです。
 実際にレイたちは、朝から昼までグレーターパンダを狩りに森に出かけ、昼食後に町へ戻るのが日課です。そこからは買い出しに出かけることもありますが、白鷺亭の酒場で話をしているだけのこともあります。遊びに出かけるような場所もありませんしね。
 このように、ややマンネリを感じていたサラはですが、そんなにこの世界は楽ではありませんよ。この先には山と谷がいくつも待ち受けていることに、まだ四人は気づいていないだけなのです。

 ——————————

 第四章はここまでです。次の第五章から、また活動の方向性が変わります。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

フリーター転生。公爵家に転生したけど継承権が低い件。精霊の加護(チート)を得たので、努力と知識と根性で公爵家当主へと成り上がる 

SOU 5月17日10作同時連載開始❗❗
ファンタジー
400倍の魔力ってマジ!?魔力が多すぎて範囲攻撃魔法だけとか縛りでしょ 25歳子供部屋在住。彼女なし=年齢のフリーター・バンドマンはある日理不尽にも、バンドリーダでボーカルからクビを宣告され、反論を述べる間もなくガッチャ切りされそんな失意のか、理不尽に言い渡された残業中に急死してしまう。  目が覚めると俺は広大な領地を有するノーフォーク公爵家の長男の息子ユーサー・フォン・ハワードに転生していた。 ユーサーは一度目の人生の漠然とした目標であった『有名になりたい』他人から好かれ、知られる何者かになりたかった。と言う目標を再認識し、二度目の生を悔いの無いように、全力で生きる事を誓うのであった。 しかし、俺が公爵になるためには父の兄弟である次男、三男の息子。つまり従妹達と争う事になってしまい。 ユーサーは富国強兵を掲げ、先ずは小さな事から始めるのであった。 そんな主人公のゆったり成長期!!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

伯爵家の三男は冒険者を目指す!

おとうふ
ファンタジー
2024年8月、更新再開しました! 佐藤良太はとある高校に通う極普通の高校生である。いつものように彼女の伶奈と一緒に歩いて下校していたところ、信号無視のトラックが猛スピードで突っ込んで来るのが見えた。良太は咄嗟に彼女を突き飛ばしたが、彼は迫り来るトラックを前に為すすべも無く、あっけなくこの世を去った。 彼が最後に見たものは、驚愕した表情で自分を見る彼女と、完全にキメているとしか思えない、トラックの運転手の異常な目だった... (...伶奈、ごめん...) 異世界に転生した良太は、とりあえず父の勧める通りに冒険者を目指すこととなる。学校での出会いや、地球では体験したことのない様々な出来事が彼を待っている。 初めて投稿する作品ですので、温かい目で見ていただければ幸いです。 誤字・脱字やおかしな表現や展開など、指摘があれば遠慮なくお願い致します。 1話1話はとても短くなっていますので、サクサク読めるかなと思います。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

うっかり『野良犬』を手懐けてしまった底辺男の逆転人生

野良 乃人
ファンタジー
辺境の田舎街に住むエリオは落ちこぼれの底辺冒険者。 普段から無能だの底辺だのと馬鹿にされ、薬草拾いと揶揄されている。 そんなエリオだが、ふとした事がきっかけで『野良犬』を手懐けてしまう。 そこから始まる底辺落ちこぼれエリオの成り上がりストーリー。 そしてこの世界に存在する宝玉がエリオに力を与えてくれる。 うっかり野良犬を手懐けた底辺男。冒険者という枠を超え乱世での逆転人生が始まります。 いずれは王となるのも夢ではないかも!? ◇世界観的に命の価値は軽いです◇ カクヨムでも同タイトルで掲載しています。

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

ペット(老猫)と異世界転生

童貞騎士
ファンタジー
老いた飼猫と暮らす独りの会社員が神の手違いで…なんて事はなく災害に巻き込まれてこの世を去る。そして天界で神様と会い、世知辛い神様事情を聞かされて、なんとなく飼猫と共に異世界転生。使命もなく、ノルマの無い異世界転生に平凡を望む彼はほのぼののんびりと異世界を飼猫と共に楽しんでいく。なお、ペットの猫が龍とタメ張れる程のバケモノになっていることは知らない模様。

処理中です...