異世界は流されるままに

椎井瑛弥

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第4章:春、ダンジョン都市にて

第25話:蜂蜜の使い道と季節の移り変わり

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「悪魔の薬です?」

 翌朝、目を覚ましたラケルは、青ざめた顔でレイを見ました。見られたレイも疲れきっています。

「悪魔の薬じゃないけど、これは危険だな」
「体が壊れても抱かれたいという気分になりましたです」
「俺も似たようなものだった。体に頭が引っ張られる感じだったな」

 ある程度は想像できたことですが、一〇〇倍濃縮の媚薬の効果というのはすごいものでした。

「私とシーヴも大変だったよ」
「レイが遠慮しないとどうなるのかがわかっただけでも意味がありましたけど」

 サラとシーヴの二人は、ベッドで深夜の大決闘を繰り広げるレイとラケルに毒消しを飲ませようとしましたが、あまりの激しさに割って入ることができません。そのうちに巻き込まれて押さえ込まれて大変なことになりかけましたが、どうにか飲ませることに成功しました。するとレイとラケルは崩れ落ちるように寝てしまったんです。

「とりあえず声がすごかったって言っとくね。あれは叫喚きょうかんとか絶叫ぜっきょうとかだよ」
「そうですね。男と女というよりも獣と獣でした。【遮音結界】は絶対に使わないといけません」
「それならこれは封印しよう」

 いきなり濃度一〇〇倍で作るというのは危険ですよ。

 ◆◆◆

「それじゃ、またな」

 ぶぶぶ

 ミードの配達に来たレイたちは、モリハナバチのディオナに見送られながら森をあとにします。

「また蜂蜜をもらったなあ」
「ディオナも処分に困っているようですからね」

 蜂が蜂蜜の処分に困るというのもおかしな話ですが、実際に余っているんです。それも相当な量が。
 森の中にはあちこちに蜂蜜倉庫とも呼べるようなものがあります。そこにある蜂蜜の半分を使ってレイたちがミードを作り、ディオナに渡しています。残り半分は手間賃として受け取っています。
 モリハナバチはミードを作るために花粉を集めて蜂蜜を作ります。普通に作るとなると、夏なら一週間、冬なら三週間ほどで完成します。ところが、自然界でミードができるかどうかは気象条件によります。だから失敗してもいいように蜂蜜をたくさん集めるわけです。それから傷まないようにブロック状に固めるのです。
 ちなみに、シーヴが使っているマジックバッグは故障品ということになっています。内部では時間が経過しますので、ミードを発酵させることができるんです。発酵に必要な時間は五日間ほど。内部が適温なんですよね。だからこそ、生モノを入れておくと腐ってしまいます。

「他にも使い道があればいいのにね」
「甘味料以外ってなると、薬や化粧品とかだなあ」

 蜂蜜には強い殺菌効果がありますので、外傷に使うこともあります。喉が痛いときに飲むという使い方もあります。美容効果もありますので、クレオパトラのようにパックに使うのもいいですね。
 ただし、モリハナバチの蜂蜜ブロックは殺菌作用が強すぎて、近くに置いた樽のミードが発酵しなくなるという欠点もあります。

「部屋に置けば雑菌の繁殖防止になりませんか?」
「なるよな。ミードができないくらいなんだから」

 防カビ剤としても使えそうですが、ある程度の水分があると溶けてしまいます。そうすると普通の蜂蜜と同じくらいの殺菌作用しかなくなりますので、中の酵母が活動を開始して発酵が進むのだろうと、微生物を知っているレイたちは考えています。

「他には髪を洗ったあとに馴染ませるくらいかな」
「髪の保湿にもいいと聞きましたね。尻尾にもいいかもしれません」
「尻尾を磨き上げます!」

 四人は蜂蜜の使い道について話しながら帰るのでした。



「水分を加えると溶けるから、こうやって……」

 サラが蜂蜜ブロックに水を垂らして、溶けた分をナイフで削ってパンケーキにかけています。

「溶かしながら食べるとラクレットチーズみたいですね」
「火じゃなくて水だけどね」

 休憩で糖分を補給しようという話になったのですが、さすがに蜂蜜そのままよりも何かにかけようという話になり、パンケーキを焼いてかけることになったのです。

「やっぱり大量に蜂蜜を使うものってないのかな?」
「大量に使うのなら大量に作るものでしょうね。一度に摂るのは体に悪いですよ」

 蜂蜜にはオリゴ糖が多いので、整腸作用があります。摂りすぎるとお腹を壊しますよ。体のことを考えれば、一度にあまり大量に摂取するのも考えものですね。だから作るとすれば、一度にたくさん食べるものよりもたくさん作れるものでしょう。

「今度スコーンを焼いてみないか?」
「スコーンですか? そんなに蜂蜜を使いましたっけ?」
「アメリカのスコーンはけっこう甘いぞ。塩気のあるものもあるけど」

 食事にもおやつにもなる食べ物を考えればスコーンがあります。イギリスのスコーンはプレーンで、ジャムとクロテッドクリームを添えます。
 レイがよく食べたのはアメリカのスコーンで、こちらはプレーンなものはほとんどありません。ドライフルーツやナッツ、チョコチップなどが入る、甘味の強いスコーンです。
 アメリカのものには甘いものだけでなく、ベーコンやタマネギ、チーズ、コショウなどが入るものもあります。菓子パンや惣菜パンに近いものですね。

 ◆◆◆

「ベーキングパウダーがないから重曹だな」
「砂糖の代わりに蜂蜜だね」
「お惣菜系も作りますか?」
「力仕事ならお任せくださいです」

 小麦粉、卵、牛乳、蜂蜜、塩、重曹。それにドライフルーツ、ナッツ、タマネギ、チーズ、ベーコン、コショウなどなど。
 材料を用意してスコーン作りが始まりました。チョコレートはありませんので、ドライフルーツやナッツを使った甘味の強いもの、そしてベーコンやタマネギを使った惣菜系のものも作ることになりました。

「基本は同じなんですね」
「ああ。惣菜系ならもう少し蜂蜜を減らしてもいいんたけど、疲れたときは糖分だからな」

 甘いといってもほんのりとした甘さです。軽く材料を混ぜ合わせながら生地をまとめます。平らに伸ばし、六等分にしてオーブンで焼きます。しばらくして、オーブンからいい香りが漂ってきました。

「いい匂いですぅ」
「一つくださいっ!」
「はいはい。みんなでな」

 レイは焼き上がった二種類のスコーンをみんなに一つずつ渡していきます。

「レイさん、このしょっぱいのはエールに合いますね。いや、美味しいです」

 ロニーがスコーンをかじりながらエールを飲んでいます。ブリティッシュスコーンにはジャムとクロテッドクリームと紅茶でしょうが、アメリカンスコーンで塩気のあるものには、わりとどんなものでも合いますよ。

「こういう美味しいものをもっと広げられたらと思うのですが」
「わりと名前を聞きませんか?」
「名前は聞きますが、バターと卵と砂糖となるとそこそこ高いですので、気軽に口にできるものではないかと」

 ロニーの説明に、レイは眉を寄せてしまいました。結局、安くしようとすると高い素材を減らさなくてはなりません。そうすると風味が失われてしまいます。それなら安い黒パンでいいかとなってしまうんですよね。バターの代わりに植物油を使うこともできますが、それも高いのでどうしようもありません。
 え? 普段はどうしているかですって? 炒め物には魔物の脂肪などを使います。牛脂やラードと同じですね。揚げ物はほどんどありません。せいぜい揚げ焼きなので、植物油を使うとしても量が少なくてすみます。

「難しく考えなくてもいいんじゃない? 高いと思ったら、レイが安い値段で売ればいいだけだし」
「そうですね。他のお店から苦情が来ないくらいなら大丈夫でしょう」
「待て待て、売るとは言ってないぞ。あくまで自家用だ」

 サラたちはレイがスコーンを売るつもりで作っていると思っていましたが、レイにはそんなつもりはありませんでした。おやつ用と思っていたのですが、二人の言葉を聞いて売るのもありかなと思い始めます。

 ◆◆◆

 体力回復薬やら媚薬やら蜂蜜やらスコーンやらでバタバタしてから数日、四人はまたグレーターパンダを狩りに森へとやってきました。

「そういや、いつの間にか暖かくなったなあ」
「そうですね。マリオンを出てから三か月近く過ぎましたか」
「あっという間だね」

 レイたちがマリオンを出たのが二月の上旬。クラストンに来たのが三月の下旬。そして現在が四月の末、その間にすっかりと春らしい陽気になりました。

「ラケルと一緒のほうが長くなったな」
「あっという間です」

 ラケルも感慨深げにうなずきます。

「そろそろ新しいメンバーでも入れる?」
「何のためにだ?」
「マンネリ打破」
「それほどマンネリしているのです?」

 理由もないのに増やしても意味がありませんが、あまり変化のない毎日を送っているのは間違いありません。
 クラストンに来てすぐに一度ダンジョンに潜りましたが、それ以降はグレーターパンダ狩りばかりしています。サラがマンネリだと言うのもある意味では正解です。

「人生には山も谷もあってこその冒険者だよ」
「それは間違いないけど、たまにでいいんだよ」
「私もできればのんびりするほうがいいですね」

 山も谷もあるのが冒険者の人生です。だからサラに比べれば、レイとシーヴの二人は冒険者向きの性格ではないでしょう。
 とはいえ、サラの言うように、山も谷もあるのが冒険者の人生です。冒険者は自分で何から何まで考えなければなりません。そこには家庭を持つかどうか、いつ引退を決断するかなども含まれています。
 毎日毎日同じような仕事ばかりなら、冒険者ギルドに登録したころの緊張感が保てなくなるのは当然です。そのうち朝から夜まで酒場で飲んだくれてしまうのです。
 実際にレイたちは、朝から昼までグレーターパンダを狩りに森に出かけ、昼食後に町へ戻るのが日課です。そこからは買い出しに出かけることもありますが、白鷺亭の酒場で話をしているだけのこともあります。遊びに出かけるような場所もありませんしね。
 このように、ややマンネリを感じていたサラはですが、そんなにこの世界は楽ではありませんよ。この先には山と谷がいくつも待ち受けていることに、まだ四人は気づいていないだけなのです。

 ——————————

 第四章はここまでです。次の第五章から、また活動の方向性が変わります。
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