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第5章:初夏、新たなる出会い
第2話:お嬢様は暴君
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「なぜですノ~~~~~ッ⁉⁉⁉」
返事の手紙を読んだケイトは、屋敷中に響き渡るような声で絶叫しました。あちこちからメイドたちが駆けつけましたが、手紙を読んで驚いただけだとシャロンから伝えられて落ち着きを取り戻しました。
「お嬢様が何もおっしゃらなかったからでは?」
「言いましたわ、八年前に!」
「これまで手紙すら送ってくださらなかったレイ様が、八年前に耳にされたことを覚えていらっしゃると、本気でお思いで? しかも、迎えにくるとはおっしゃっていなかったのでしょう? お嬢様のことを忘れていらっしゃるのでは?」
シャロンはキッパリと言いました。他のメイドたちがシャロンに向かって拍手します。
いえ、ここで働くメイドたちも、レイがケイトの約束未満のお願いを覚えていないだろうと思っていました。中にはケイトに向かってそう言ったメイドもいましたが、ケイトはレイが白馬に乗って迎えにくると信じて疑わなかったのです。そう、彼女の頭の中では脳内補完されていたのです。
そもそもレイは、ケイトに会うためにダグラスに来たわけではありません。モーガンが出かけるのに同行させてもらっただけです。その目的も行く先々で本を読ませてもらいたいからという、色恋沙汰とはまったく関係ないものでした。
言い方は悪いですが、当時のレイにとっては「本を読むこと>>>ケイトと話すこと」でした。だからケイトの話も半分以上は流していたのです。だから覚えていないのは当然です。
残念ながら、ケイトが惚れたのはそのような相手です。秘めた想いをこれまで誰にも知られないようにしていたのがケイトの失敗です。もう少し前に口にしていれば、シャロンがアドバイスをしてくれたかもしれません。おちょくりもしたでしょうが。
「わたくしはどうすれば……そうです! 冒険者です! レイ様が冒険者になられたのなら、わたくしもなればいいのです! シャロン、これから冒険者ギルドに向かいますよ」
「本当に登録なさるのですか?」
「もちろんですわ」
「ではお供いたします」
そう答えて頭を下げるシャロンを、ケイトはキッと睨みつけました。
「なにを他人事のように。あなたも登録するのは当然でしょう」
「え? なぜ私まで?」
シャロンは思わず素の表情で聞き返しました。
「あなたはわたくしのメイドでしょう。わたくしが行くところに同行するのは当たり前ではありませんか」
「私は戦闘はできませんが」
「できなくてもかまいません。わたくしが戦います。とりあえず一緒に来なさい」
「お、おじょ——」
ケイトは文字通りシャロンを引きずるようにして屋敷を飛び出していきました。メイドたちが追いかけて玄関で手を振ります。
~~~
このようなやり取りがあり、ケイトは殴り込みのようにギルドに向かうと登録を済ませ、すぐに屋敷に戻りました。父親に事情を説明し、使えそうな武器と防具を専属の鍛冶師に相談します。それから数日後には「どうして私まで」と半泣きのシャロンを引っ張るようにして屋敷を出たのです。
ところが、さすがに女性二人、しかもそのうちの一人は非戦闘職です。街道を徒歩で移動というわけにもいきません。商隊に同行させてもらう形で西に向かいました。アシュトン子爵領のオグデンでは、ここクラストンに戻るところだった『草原の風』と知り合って護衛を依頼します。
オスカーの冒険者ギルドでは、レイたちが少し前に大規模な盗賊団を退治したことを聞きました。ケイトはまるで自分が褒められたかのように喜びましたが、すぐにそのレイが自分を置いていったことを思い出し、今度は頬を膨らませました。その様子を見ていたシャロンが「相変わらず楽しい方ですね」と思ったのは当然でしょう。
ようやくクラストンに到着して冒険者ギルドでレイたちのことを聞いたところ、どうやら一月ほど前からここで活動を始めたとわかりました。どうやって探そうかと思っていたところで、タイミングよくレイが現れたということです。
「まあ秘密なんてあってないようなものだからなあ」
「簡単に教えてくれるよね。名前とか居場所とか」
王族や貴族は別として、個人情報保護の考えなどは一切存在しません。誰かが知っていることは公開された情報と同じです。人の口に戸は立てられないのです。
どうしても隠したければ、根性で隠し通すか、それとも権力やお金で無理やり口を閉じさせるかのどちらかです。
「教えていましたね。私も先輩からそのように指導されまし。最初のころはそれでいいのかと思いましたけど、しばらくすると慣れましたね」
元日本人の三人が仕方ないという顔をしました。郷に入っては郷に従えです。
「思い込みの激しい人なのです?」
「はい、かなり。激しい思い込みが人の形をとってふんぞり返ればこうなるだろうという見本のような方です」
ラケルがケイトを見ながら疑問を口にするとシャロンが答えました。心底疲れたという顔です。思い込みで別の領地まで引っ張ってこられたのですから、そうなるのも仕方がありませんが。
「思い込みが激しいのではありません。レイ様への熱い想いがあふれてしまっただけですわ」
「それは思い込みとは違うのです?」
「ち・が・い・ま・す」
レイとケイト、ラケル、シャロンの四人が話している向かいでは、サラとシーヴが『草原の風』の四人と話をしていました。
「お嬢様と呼ばれていたからもしかしたらと思ったが、やっぱり貴族様だったのか」
アンナが驚いた様子でもなく、そう言いました。どうやらケイトは自分の素性までは伝えていなかったようです。
「どう見ても貴族じゃない?」
「いや、ああいう格好って意外と多いんだぞ」
「そうなの?」
「ああ。『行雲流水』はまだ活動が浅いから知らないかもしれないが、王都に近づけば近づくほど派手になる。どうしても地味な仕事が多いからな。見た目で目立とうってやつは男女に関係なく多いのさ」
そろいのバンダナを巻いたり、同じ模様のマントを着たり、それくらいは普通です。そうして他のパーティーと差別化を図ろうとするんです。
「シーヴは知ってた?」
「私は王都までは行っていませんよ。この南のベイカー伯爵領まででしたね。たしかにマリオンに比べれば派手になりますけど、そこまでではなかった記憶がありますね」
「シーヴさんって言葉遣いが丁寧ですね」
モラーナが感心したように感想を口にしました。モラーナも冒険者としては丁寧な話し方です。
「少し前まで冒険者ギルドの職員だったからでしょう」
「ああ、それでですか」
一方で、レイたちのほうは今後の話になりつつありました。
「ここまで来たんだから帰るつもりはないんだよな?」
「はい、ございません。地獄の底までご一緒いたしますわ」
「落ちる前提で言うなよ」
サラといいケイトといい、どうして「地獄の底まで」と言うのかがレイにはわかりません。ただ、地獄があるのはレイも知っています。神々が存在する世界ですからね。
神や天使がいるのが神界や天国です。逆に魔界や地獄にいるのが魔王と悪魔ということになっています。だから「地の果てまで」に近い言い回しです。それでもあまりいいことには使いませんが。
「わたくしを置いていったのです。落ちて当然ですわ。もちろん私がきちんとお救いいたしますが」
「どうせお嬢様は私に助けにいけと命じるだけでは?」
シャロンはケイトにジト目を向けました。
「シャロンがしたことはわたくしがしたことも同じです」
「これですよ、レイ様。わがままな性格が自分勝手な行動をとるとこうなります。縁を切るのが一番よろしいかと」
「オレたちもそこそこ苦労したからなあ。悪い子じゃないのはわかるんだが」
ヴェロニカがつぶやくと、他の三人もうなずきました。その様子からそれなりに振り回されたのがレイたちにも分かります。
「それでさっきヴェロニカが言ってたけど、攻撃魔法が使えるのか?」
「わたくしはビショップになりましたの。白魔法も黒魔法も、なんでも使えるようになりますわ」
そう言って顔の前で右の拳を握りしめました。
「いずれはですね、お嬢様」
シャロンの言葉を聞いて、ケイトは上げていた拳を下ろしました。
「はい。今はまだ少しだけです」
ケイトが使える魔法は【治療】【浄化】【解毒】【火球】【水球】、そして【鑑定】のスキル。レイとサラを足して二で割ったような構成です。一人いたらキャンプで役立ちそうだとレイは思いました。
やはりレベルが上がりにくい上級ジョブですので、固有魔法と固有スキルは増えにくいでしょう。もちろんレベルとは関係なしに得られるスキルや魔法もありますが、一般的なものに限られます。シーヴの持つ【抜き取り】など、そのジョブ固有のものはレベルアップか転職でしか得られないんです。
「ところでその物騒なやつはどうしたんだ?」
レイは壁に立てかけてあるハルバードに目をやりました。刺してよし、斬ってよし、殴ってよしの三拍子そろったポールウェポンです。さすがに街中では危なくないように、刃の部分に布が巻いてあります。
「ビショップといえばメイスでしょう」
「それはハルバードじゃないのか?」
「いえ、メイスです」
「……」
「照れますわ」
「見つめてるわけじゃない」
レイが反応に困ったところで、シャロンがススッとレイの横に立ちました。
「お嬢様がメイスだとおっしゃれば、ペンでもロウソクでもメイスになります」
「迷惑なお嬢様だな」
「ご主人さま、話を終わらせるには、ちょっと物騒なメイスと思ったらいいのではないです?」
「メイスも十分物騒だけどな」
メイスはレイも一本持っています。杖の一種ですが、基本的には殴打用の鈍器です。戦棍とも呼ばれ、プレートアーマーですら一撃で凹む威力があります。
レイたちはヒュージキャタピラーの頭を潰すのに使っています。剣では斬りにくいですからね。
「それで今さらですが、ここにいらっしゃるのはどなたですか?」
ケイトは話を変え、レイの側にいる女性たちを見ました。レイも三人を順番に見た。三人は目配せをしてから自己紹介を始めます。
「レイの恋人のシーヴといいます。ジョブはニンジャです」
「同じく恋人で幼馴染のサラ。ジョブはサムライ」
「奴隷のラケルです。ロイヤルガードです」
「一応俺がリーダーで、ジョブはロード」
「「「全員上級ジョブ⁉」」」
「わ、わたくしの立場が……」
ケイトの顔が一気に暗くなりました。彼女からすると、自分が得たビショップのジョブならレイの役に立つだろうと思っていましたが、このパーティー編成ではほぼ余剰戦力になってしまいます。黒魔法はサラが持っています。白魔法はレイが使えます。【鑑定】のスキルはシーヴにもあります。物理攻撃力ならラケルのほうが上です。
四人のジョブを聞いた『草原の風』のメンバーは驚いただけですが、ケイトは泣きそうな顔になりました。それを見てレイは慌てました。
「で、でも俺かサラが下がらなくてもいいから楽になるよな」
「そ、そうだね。入れ替わりもなかなか大変だから」
急いでレイとサラがフォローを口にしますが、その言葉は嘘ではありません。
あまり魔法は使いませんが、使う瞬間は無防備になりやすいので、戦闘中に魔法を使う場合は後ろに下がるようにしているからです。今後は戦闘中の魔法はケイトにまかせればいいでしょう。
「わたくしでもお役に立てますか?」
「立つ立つ。間違いない」
レイはケイトと一緒に行動したいわけではありませんが、女の子を泣かせたくはありません。
「ではレイ様のお嫁さんにしていただけますか?」
「それは……第一夫人ってことか?」
「はい」
「それは無理」
レイがきっぱりと言った言葉を聞いた瞬間、ケイトは目を細めました。
「どうしてなのですか?」
「どうしてもなにも……俺の好みはキリッとしたタイプだから」
レイはそう言いながらシーヴを見ます。ケイトが美人なのは間違いありませんが、あえて言うなら可愛い系です。
「む~っ」
ケイトは頬を膨らませました。まるでマンガのような膨らませ方に、本当にそんな顔をする人がいるんだなと、レイは冷静に分析してしまいました。良くも悪くもケイトは素直なんです。
レイたちが話をしている横で『草原の風』は「修羅場だな」「血の雨が降りそう~」などと話していますが、レイとしてはそこは譲れません。
しばらくするとケイトは頬を膨らませるのをやめ、表情を戻しました。
「仕方ありません。できる女は話しがわかるのです。とりあえず二号で我慢してさしあげますわ」
「二号は私だよ」
「ご主人さま、私は何号なのです?」
「別に順番は決めてないだろ?」
正室はシーヴだとレイは決めていて、サラもそれには納得しています。
「それで、ケイトが来るのは決まったとして、シャロンはこれからどうするんだ?」
「私は——」
「もちろんわたくしと一緒ですわ」
「ええっ⁉」
ケイトはそう言い切りましたが、シャロンはありえないという顔をしています。
「これから先も一緒なのですか? お嬢様がレイ様とお会いできたのなら帰ろうかと思っていたのですが。かなり本気で。心の底から。冗談ではなく」
「何を言うのですか。主人とメイドは一心同体。たとえ火の中水の中。死ぬまで一緒に決まっているではありませんか」
「水の中はともかく、火の中は勘弁してください。それと、私の方が寿命が長いのですが」
◆◆◆
「それじゃあオレたちはここを中心に活動してるから、どこかで会ったらよろしくな」
「俺たちはいずれは南に向かうつもりだけど、もう少しここにいる。見かけたら声をかけてくれ」
レイと握手をすると、ヴェロニカたち『草原の風』は明日に備えてギルドを出ていきました。
返事の手紙を読んだケイトは、屋敷中に響き渡るような声で絶叫しました。あちこちからメイドたちが駆けつけましたが、手紙を読んで驚いただけだとシャロンから伝えられて落ち着きを取り戻しました。
「お嬢様が何もおっしゃらなかったからでは?」
「言いましたわ、八年前に!」
「これまで手紙すら送ってくださらなかったレイ様が、八年前に耳にされたことを覚えていらっしゃると、本気でお思いで? しかも、迎えにくるとはおっしゃっていなかったのでしょう? お嬢様のことを忘れていらっしゃるのでは?」
シャロンはキッパリと言いました。他のメイドたちがシャロンに向かって拍手します。
いえ、ここで働くメイドたちも、レイがケイトの約束未満のお願いを覚えていないだろうと思っていました。中にはケイトに向かってそう言ったメイドもいましたが、ケイトはレイが白馬に乗って迎えにくると信じて疑わなかったのです。そう、彼女の頭の中では脳内補完されていたのです。
そもそもレイは、ケイトに会うためにダグラスに来たわけではありません。モーガンが出かけるのに同行させてもらっただけです。その目的も行く先々で本を読ませてもらいたいからという、色恋沙汰とはまったく関係ないものでした。
言い方は悪いですが、当時のレイにとっては「本を読むこと>>>ケイトと話すこと」でした。だからケイトの話も半分以上は流していたのです。だから覚えていないのは当然です。
残念ながら、ケイトが惚れたのはそのような相手です。秘めた想いをこれまで誰にも知られないようにしていたのがケイトの失敗です。もう少し前に口にしていれば、シャロンがアドバイスをしてくれたかもしれません。おちょくりもしたでしょうが。
「わたくしはどうすれば……そうです! 冒険者です! レイ様が冒険者になられたのなら、わたくしもなればいいのです! シャロン、これから冒険者ギルドに向かいますよ」
「本当に登録なさるのですか?」
「もちろんですわ」
「ではお供いたします」
そう答えて頭を下げるシャロンを、ケイトはキッと睨みつけました。
「なにを他人事のように。あなたも登録するのは当然でしょう」
「え? なぜ私まで?」
シャロンは思わず素の表情で聞き返しました。
「あなたはわたくしのメイドでしょう。わたくしが行くところに同行するのは当たり前ではありませんか」
「私は戦闘はできませんが」
「できなくてもかまいません。わたくしが戦います。とりあえず一緒に来なさい」
「お、おじょ——」
ケイトは文字通りシャロンを引きずるようにして屋敷を飛び出していきました。メイドたちが追いかけて玄関で手を振ります。
~~~
このようなやり取りがあり、ケイトは殴り込みのようにギルドに向かうと登録を済ませ、すぐに屋敷に戻りました。父親に事情を説明し、使えそうな武器と防具を専属の鍛冶師に相談します。それから数日後には「どうして私まで」と半泣きのシャロンを引っ張るようにして屋敷を出たのです。
ところが、さすがに女性二人、しかもそのうちの一人は非戦闘職です。街道を徒歩で移動というわけにもいきません。商隊に同行させてもらう形で西に向かいました。アシュトン子爵領のオグデンでは、ここクラストンに戻るところだった『草原の風』と知り合って護衛を依頼します。
オスカーの冒険者ギルドでは、レイたちが少し前に大規模な盗賊団を退治したことを聞きました。ケイトはまるで自分が褒められたかのように喜びましたが、すぐにそのレイが自分を置いていったことを思い出し、今度は頬を膨らませました。その様子を見ていたシャロンが「相変わらず楽しい方ですね」と思ったのは当然でしょう。
ようやくクラストンに到着して冒険者ギルドでレイたちのことを聞いたところ、どうやら一月ほど前からここで活動を始めたとわかりました。どうやって探そうかと思っていたところで、タイミングよくレイが現れたということです。
「まあ秘密なんてあってないようなものだからなあ」
「簡単に教えてくれるよね。名前とか居場所とか」
王族や貴族は別として、個人情報保護の考えなどは一切存在しません。誰かが知っていることは公開された情報と同じです。人の口に戸は立てられないのです。
どうしても隠したければ、根性で隠し通すか、それとも権力やお金で無理やり口を閉じさせるかのどちらかです。
「教えていましたね。私も先輩からそのように指導されまし。最初のころはそれでいいのかと思いましたけど、しばらくすると慣れましたね」
元日本人の三人が仕方ないという顔をしました。郷に入っては郷に従えです。
「思い込みの激しい人なのです?」
「はい、かなり。激しい思い込みが人の形をとってふんぞり返ればこうなるだろうという見本のような方です」
ラケルがケイトを見ながら疑問を口にするとシャロンが答えました。心底疲れたという顔です。思い込みで別の領地まで引っ張ってこられたのですから、そうなるのも仕方がありませんが。
「思い込みが激しいのではありません。レイ様への熱い想いがあふれてしまっただけですわ」
「それは思い込みとは違うのです?」
「ち・が・い・ま・す」
レイとケイト、ラケル、シャロンの四人が話している向かいでは、サラとシーヴが『草原の風』の四人と話をしていました。
「お嬢様と呼ばれていたからもしかしたらと思ったが、やっぱり貴族様だったのか」
アンナが驚いた様子でもなく、そう言いました。どうやらケイトは自分の素性までは伝えていなかったようです。
「どう見ても貴族じゃない?」
「いや、ああいう格好って意外と多いんだぞ」
「そうなの?」
「ああ。『行雲流水』はまだ活動が浅いから知らないかもしれないが、王都に近づけば近づくほど派手になる。どうしても地味な仕事が多いからな。見た目で目立とうってやつは男女に関係なく多いのさ」
そろいのバンダナを巻いたり、同じ模様のマントを着たり、それくらいは普通です。そうして他のパーティーと差別化を図ろうとするんです。
「シーヴは知ってた?」
「私は王都までは行っていませんよ。この南のベイカー伯爵領まででしたね。たしかにマリオンに比べれば派手になりますけど、そこまでではなかった記憶がありますね」
「シーヴさんって言葉遣いが丁寧ですね」
モラーナが感心したように感想を口にしました。モラーナも冒険者としては丁寧な話し方です。
「少し前まで冒険者ギルドの職員だったからでしょう」
「ああ、それでですか」
一方で、レイたちのほうは今後の話になりつつありました。
「ここまで来たんだから帰るつもりはないんだよな?」
「はい、ございません。地獄の底までご一緒いたしますわ」
「落ちる前提で言うなよ」
サラといいケイトといい、どうして「地獄の底まで」と言うのかがレイにはわかりません。ただ、地獄があるのはレイも知っています。神々が存在する世界ですからね。
神や天使がいるのが神界や天国です。逆に魔界や地獄にいるのが魔王と悪魔ということになっています。だから「地の果てまで」に近い言い回しです。それでもあまりいいことには使いませんが。
「わたくしを置いていったのです。落ちて当然ですわ。もちろん私がきちんとお救いいたしますが」
「どうせお嬢様は私に助けにいけと命じるだけでは?」
シャロンはケイトにジト目を向けました。
「シャロンがしたことはわたくしがしたことも同じです」
「これですよ、レイ様。わがままな性格が自分勝手な行動をとるとこうなります。縁を切るのが一番よろしいかと」
「オレたちもそこそこ苦労したからなあ。悪い子じゃないのはわかるんだが」
ヴェロニカがつぶやくと、他の三人もうなずきました。その様子からそれなりに振り回されたのがレイたちにも分かります。
「それでさっきヴェロニカが言ってたけど、攻撃魔法が使えるのか?」
「わたくしはビショップになりましたの。白魔法も黒魔法も、なんでも使えるようになりますわ」
そう言って顔の前で右の拳を握りしめました。
「いずれはですね、お嬢様」
シャロンの言葉を聞いて、ケイトは上げていた拳を下ろしました。
「はい。今はまだ少しだけです」
ケイトが使える魔法は【治療】【浄化】【解毒】【火球】【水球】、そして【鑑定】のスキル。レイとサラを足して二で割ったような構成です。一人いたらキャンプで役立ちそうだとレイは思いました。
やはりレベルが上がりにくい上級ジョブですので、固有魔法と固有スキルは増えにくいでしょう。もちろんレベルとは関係なしに得られるスキルや魔法もありますが、一般的なものに限られます。シーヴの持つ【抜き取り】など、そのジョブ固有のものはレベルアップか転職でしか得られないんです。
「ところでその物騒なやつはどうしたんだ?」
レイは壁に立てかけてあるハルバードに目をやりました。刺してよし、斬ってよし、殴ってよしの三拍子そろったポールウェポンです。さすがに街中では危なくないように、刃の部分に布が巻いてあります。
「ビショップといえばメイスでしょう」
「それはハルバードじゃないのか?」
「いえ、メイスです」
「……」
「照れますわ」
「見つめてるわけじゃない」
レイが反応に困ったところで、シャロンがススッとレイの横に立ちました。
「お嬢様がメイスだとおっしゃれば、ペンでもロウソクでもメイスになります」
「迷惑なお嬢様だな」
「ご主人さま、話を終わらせるには、ちょっと物騒なメイスと思ったらいいのではないです?」
「メイスも十分物騒だけどな」
メイスはレイも一本持っています。杖の一種ですが、基本的には殴打用の鈍器です。戦棍とも呼ばれ、プレートアーマーですら一撃で凹む威力があります。
レイたちはヒュージキャタピラーの頭を潰すのに使っています。剣では斬りにくいですからね。
「それで今さらですが、ここにいらっしゃるのはどなたですか?」
ケイトは話を変え、レイの側にいる女性たちを見ました。レイも三人を順番に見た。三人は目配せをしてから自己紹介を始めます。
「レイの恋人のシーヴといいます。ジョブはニンジャです」
「同じく恋人で幼馴染のサラ。ジョブはサムライ」
「奴隷のラケルです。ロイヤルガードです」
「一応俺がリーダーで、ジョブはロード」
「「「全員上級ジョブ⁉」」」
「わ、わたくしの立場が……」
ケイトの顔が一気に暗くなりました。彼女からすると、自分が得たビショップのジョブならレイの役に立つだろうと思っていましたが、このパーティー編成ではほぼ余剰戦力になってしまいます。黒魔法はサラが持っています。白魔法はレイが使えます。【鑑定】のスキルはシーヴにもあります。物理攻撃力ならラケルのほうが上です。
四人のジョブを聞いた『草原の風』のメンバーは驚いただけですが、ケイトは泣きそうな顔になりました。それを見てレイは慌てました。
「で、でも俺かサラが下がらなくてもいいから楽になるよな」
「そ、そうだね。入れ替わりもなかなか大変だから」
急いでレイとサラがフォローを口にしますが、その言葉は嘘ではありません。
あまり魔法は使いませんが、使う瞬間は無防備になりやすいので、戦闘中に魔法を使う場合は後ろに下がるようにしているからです。今後は戦闘中の魔法はケイトにまかせればいいでしょう。
「わたくしでもお役に立てますか?」
「立つ立つ。間違いない」
レイはケイトと一緒に行動したいわけではありませんが、女の子を泣かせたくはありません。
「ではレイ様のお嫁さんにしていただけますか?」
「それは……第一夫人ってことか?」
「はい」
「それは無理」
レイがきっぱりと言った言葉を聞いた瞬間、ケイトは目を細めました。
「どうしてなのですか?」
「どうしてもなにも……俺の好みはキリッとしたタイプだから」
レイはそう言いながらシーヴを見ます。ケイトが美人なのは間違いありませんが、あえて言うなら可愛い系です。
「む~っ」
ケイトは頬を膨らませました。まるでマンガのような膨らませ方に、本当にそんな顔をする人がいるんだなと、レイは冷静に分析してしまいました。良くも悪くもケイトは素直なんです。
レイたちが話をしている横で『草原の風』は「修羅場だな」「血の雨が降りそう~」などと話していますが、レイとしてはそこは譲れません。
しばらくするとケイトは頬を膨らませるのをやめ、表情を戻しました。
「仕方ありません。できる女は話しがわかるのです。とりあえず二号で我慢してさしあげますわ」
「二号は私だよ」
「ご主人さま、私は何号なのです?」
「別に順番は決めてないだろ?」
正室はシーヴだとレイは決めていて、サラもそれには納得しています。
「それで、ケイトが来るのは決まったとして、シャロンはこれからどうするんだ?」
「私は——」
「もちろんわたくしと一緒ですわ」
「ええっ⁉」
ケイトはそう言い切りましたが、シャロンはありえないという顔をしています。
「これから先も一緒なのですか? お嬢様がレイ様とお会いできたのなら帰ろうかと思っていたのですが。かなり本気で。心の底から。冗談ではなく」
「何を言うのですか。主人とメイドは一心同体。たとえ火の中水の中。死ぬまで一緒に決まっているではありませんか」
「水の中はともかく、火の中は勘弁してください。それと、私の方が寿命が長いのですが」
◆◆◆
「それじゃあオレたちはここを中心に活動してるから、どこかで会ったらよろしくな」
「俺たちはいずれは南に向かうつもりだけど、もう少しここにいる。見かけたら声をかけてくれ」
レイと握手をすると、ヴェロニカたち『草原の風』は明日に備えてギルドを出ていきました。
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次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。
だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。
主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。
そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。
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