おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜狩猟祭 アストリアへ〜

おっさん、練習する

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 もう無理って何度も言ったのに。

 朝起きて腰も足もだるくて違和感ありまくりの体を起こすとバスルームで顔を洗う。

 昨日、お試しのつもりでディーを誘うような行動をとってみた。
 あからさまに誘うということがわからず、何となく雰囲気を醸し出してみたのだが、効果はあったと思った。
 でもそれはディーが俺を好きで、俺もディーが好きで、お互いに気持ちがあるから効果があったのかもしれないと考えた。

 顔をタオルで拭き、寝癖を直す。
「う~ん…」
 昨日と同じ行動をアレにした時、本当にその気にさせることが出来るんだろうか、と悩んだ。
「正解がわからん…」
 ボソリと呟いて使用済みタオルを籠に放り込む。


 何が悲しくて男の俺が女みたいに色目を使わにゃならんのだ。


 そう思い、ハハッと自虐的に笑いながらバスルームを出ようとして、昨晩2人にどろっどろに溶かされ、受け入れた腰に鈍い違和感を感じた。
 その腰を摩りながらハタと気付く。


 女みたいに?


 そう考えた自分に僅かな衝撃が襲う。
 じゃぁ、男に抱かれて喘いでいる俺は何なんだ。
 この世界に男女の区別はない。
 この貴族という階級社会や仕事においても、男のくせに、女のくせに、という言葉を聞くことはなかった。
 なのに俺は男女を分けて、その基本行動は違うと無意識で考えていた。


 違うんだ。
 俺が間違っていた。
 理解したつもりで、出来ていなかった。
 根本的なところで、俺は男女差別をしていた。


 唐突に理解した。
 あの箇条書きの行為を恥ずかしいと感じた理由の中に、女性がする行動だからという考えが含まれていた。
 俺だけが勝手に、女みたいな行動だと思っている。きっと他は誰1人としてそうは思っていない。
 それは女性に対してかなり失礼なことだというのも気付き、反省した。

 今、翔平という個人が性の対象にされている。だからこの罠が成り立つ。そこに男女の区別は一切ない。
 誘うという行為に男女の区別はない。 
 そう意識を変えて行くと決意した。








 移動4日目。
 朝食を終えた後、衣装担当の3人に聖女に変身させられた。今日の夜にはアストリアに到着するからだ。
 ロイも馬車に乗り込み、いつもの騎士服を身につける。
「随分、早かったな」
 アランが苦笑する。ディー同様、ロイがまだ本調子ではないことを察しているようだった。
「移動中休めるだろ。問題ない」
 そうは言っても、今日の夜にはアストリアに到着するから、そんなにゆっくりと休めるわけでもない。
「ショーへーは狩猟祭について詳細を聞いているか?」
「だいたいは」
 アランに聞かれて、キースに教えてもらったことを思い出す。
「昨日連絡があり、参加者は昨年同様300人ほどだそうです。
 帝国やキドナ、シグルドの貴族、各商会の方々も来られると」
 キースが参加者名簿を見ながら言う。
「マールデン国からも」
 ディーが続ける。
 初めて聞く国の名前に反応した。
「わが国からさらに北、瘴気の森の向こう側に住むエルフの王が治める国です。
 今回は第7王子が参加されるそうですよ」
「7番目…メルヒオールか」
「帝国からは、レンブランド公爵他4貴族、キドナからは第2王子のバシリオ様、シグルド国からはベネディクト伯爵他2貴族が参加されると連絡を受けています」
「レンブラントっていやぁ、オスカーの実家じゃねーか。オスカーの甥っ子が来んのか」
 ロイが知っている顔を思い浮かべる。
「そのようです。セリオ様です」
 久しぶりだなぁ、と笑う。
「キドナって、俺を狙った国だったよな」
 キドナの間者に襲われて、暗器で刺されたことは今だに根に持っている。
 さらに、第1部隊と合流した後、王太子の親衛隊にも襲撃された。
「今回は第2王子ですからね。王太子とは真逆の派閥です。バシリオ王子は王太子よりも我々に友好的で、おそらくは兄の愚行を詫びる目的もあると思いますよ」
 それを聞いて、外交問題を思い浮かべて苦笑する。国同士の話になると、全くの畑違いだし、首を突っ込むわけにはいかない。
「商会は?」
「ヤクモ商会のエリオール様、イラリオ商会のジェフ様、リノ商会のアンジェリカ様、帝国のクラーク商会のエドワード様」
 知った名前が出てきて反応した。
 海沿いの街ミルアで出会った、ジュノーである日本人を祖先に持つヤクモ商会。そこで出会ったユーリとシンの若いカップルを思い出して顔がにやけた。
 さらに、ハーフリングのエドワード・クラーク。その恋人はロイ達とも旧知の仲で傭兵だった。しかも、エドワードはその幼い見た目と違って、腹の底が知れない。彼は俺がジュノーであることも見抜いている。
「クラークねぇ…」
 ディーもクラークの名を聞いてうっすらと口角を釣り上げる。
 参加者の名前を次々と挙げられても覚え切れるわけもなく、全体的に有力者が揃うんだという認識だけに留めることにする。
 俺の目標は目下の所、アレの失脚で、他のことにかまけている暇はない。
「他にも、狩人で有名なマルセル兄弟や、ランクSやAの傭兵の名前も多数見受けられます」
 傭兵が参加する理由には、王侯貴族にスカウトされることを狙う意味もあるらしい。
「こりゃぁ、本気でやらんと優勝狙えんな」
 ロイが笑う。
「みんな狩猟コンテストに参加する感じ?」
「全員ではありませんよ。
 基本はお祭りですから、観覧や遊び目的で来る人がほとんどです」
 ディーがキースから名簿を受け取って、さらっと名前を確認して行く。
「貴族だけじゃなくて、一般人も大勢来る。そっちの方が圧倒的に多いだろう。あわよくば貴族に見初められるかもしれないからな」
 アランが苦笑した。
 実際に、今までにも平民が貴族に見初められて結婚した事例があったそうだ。
「それに今回は聖女を見るために集まってくる奴もいるし、観光客だけですごいことになるぞ」
 ロイの言葉に、また注目されるのかと乾いた笑いを漏らす。
「人が増えれば、それだけ危険も増えます。ショーヘイさん、絶対に1人で行動しないようにしてくださいね」
 キースがじっと俺を見て注意を促した。
「あともう一つ、懸念材料もある。
 それは現地についてから説明するが、お前は絶対に近づいちゃならん場所があるんだ」
 アランに言われて首を傾げた。
 まぁ、現地で説明してくれるというのだから、素直に従おうと思った。

 ざっと参加者達の話が終わり、それぞれが自由に過ごす。
 ロイは俺によしかかり眠ってしまい、ディーも大きな欠伸をしていた。




 狩猟祭の会場であるアストリア森林地帯は、植生が豊富で多くの野生動物が生息していることで有名だった。
 1年を通して狩りが行われており、森林地帯手前の平原に街があり、狩りを楽しむための施設も充実している。
 宿泊施設や武器屋、道具屋、獲物の処理場、レストランなどの飲食店が並び観光地化されていた。

 アストリアで狩りをするためには、狩猟権という許可状が必要となる。
 街でこの狩猟権を購入し、森に入る手続きをする。名前や住所、緊急連絡先、滞在期間などを提出する決まりになっていた。
 森はとても広大で、たまに狩りに夢中になりすぎて遭難してしまう者、はたまた力量以上の獲物を狙い、逆に返り討ちにあう者もいて、救助に向かうこともあった。
 そのため、街には専門の狩人の他に森の案内人、救助隊なども組織されていた。

 狩った獲物はそのまま持ち帰ってもいいし、持ち帰れない獲物に関しては買取も行っている。さらに有料で解体してもらうことも可能となっている。
 獲物によっては、肉だけではなく、牙や骨など、宝飾、装飾品の素材に、また皮や毛皮も再利用する。
 動物保護の目的から乱獲を防ぐために、動物の種類によって狩る数も決められており、厳密なルールがあった。


 狩猟祭はこの街を含めた平原が会場となっていた。
 狩猟祭のために、数百の天幕が張られ、決められた天幕で4日間を過ごす。
 他にも4、500名が余裕で入れる巨大なドーム型天幕も建てられて、そこで夜会のようなことも行われる。

 この狩猟祭を見にくる観光客達は、貴族や招待客達の天幕に近付くことは出来ない。
 天幕の周囲には柵と結界が施されて、関係者以外は立ち入り禁止になっていた。
 なので、貴族達とは離れた場所に、観光客のための宿泊用天幕が無数に張られ、屋台や露天もたくさん集まって、この時期だけ一つの村が出来上がる。
 一般人からも狩猟祭への参加が認められているため、腕に覚えのある狩人達がこの仮設村に宿泊し、狩猟に参加することになっていた。


 その規模は数万人に及び、シギアーノ領の、公国にとっても大きなイベントになっていた。
 開催期間は4日間だが、その準備のため、シェリーの指示の元専門の担当部署が設けられ、1年かけて準備を進める。
 設備や飲食関係はもちろんだが、警備にも気を遣わねばならない。
 シギアーノ領の自警団を各地から集めるが、それでも足りず、毎年王宮に警備の支援要請が行われていた。
 今年は騎士団第4部隊の28名が派遣され、翔平達よりも前に現地入りしている。
 同行しているアドニスとサイモンも、現地では警備の方に回り、帰路に着く時に再び合流する手筈になっていた。

 例年必ず、立ち入り禁止エリアに侵入しようとする輩がいる。
 その目的は盗みであったり、貴族との既成事実を作ろうとする邪な考えを抱く者達だった。
 大抵は結界壁に阻まれて断念するが、中には出入りする貴族の従者を装って侵入する輩もおり、このイベントで100名近い逮捕者が出ることも珍しいことではなかった。





 日も落ち、辺りが暗くなる頃、アストリアに到着した。
「すげぇ…」
 車窓から外の様子を眺めて唖然とする。
 街道沿いを魔鉱灯の街灯が明るく照らしている。
 その両脇にはたくさんの人が居て、皆会場である平原に向かって歩いていた。
 貴族の馬車、一般の馬車が列をなして一本道を進んでいく。王家の馬車といえども特別扱いされず、そのまま列に入って静かに進んだ。
 だが、沿道を歩く人達が王家の家紋に気付き、進むにつれて沿道沿いに人びとが溢れ始めた。
「アラン様!!!」
「ディーゼル様ぁ!!!」
 6台のうちどの馬車に乗っているかはわからないだろうが、王族を一目見ようと沿道から大声で叫ばれた。
 それに対して、2人が馬車の窓を開けてゆっくりと手を振って応える。
途端にきゃあああ!という黄色い声と歓声があがった。
「ロイ様よ!!」
「英雄ロイ様もいるぞ!!!」
 誰かがロイに気付き叫ぶと、ロイも2人と同じように窓を開けて手を振る。
 王都についた時のパレードのように、人々の間をゆっくりと進み、3人の慣れた様子を眺め、感心した。
「聖女様!!」
 そして、とうとう俺の存在にも気づかれて叫ばれる。
「聖女様!!こっち向いて!!」
 仕方ない、とキースに席を変わってもらい、アランの隣に移動すると、窓際に近寄って、向かいに座るロイと同じように外に向かって手を振った。

 恥ずい。

 引き攣った笑みを浮かべながら、手を振り声援のような声をかける人々に会釈する。
「すっかり板についてきたな」
 ロイに嫌味のように笑われた。



 馬車が進み、貴族と一般人の馬車が分岐で別れて行く。
 馬車の台数が減り、少しだけ動きがスムーズになった車窓から、一般人向けの天幕が並んだ平原を見て、煌々と灯りが灯り、ズラッと無数の大小様々な天幕が並ぶ光景に、神社の夜祭のような風景を思い出した。
 数キロ範囲の円の中に、仮設村が出来上がり、たくさんの人達の姿も見える。
 観光客らしい人達の中に、ちらほらと狩人らしき姿も見ることが出来た。
「すごい人だなぁ…」
「年々盛況になっていきますね」
「全くだ。これをシェリー1人で仕切ってるんだからな」
 ディーとアランの会話を聞きながら、シェリーが忙しく働いているのを想像した。
 ジェロームもジャレットも来ているはずだが、きっと2人は何もしていないだろう。きっと天幕でだらけているんだろうなと、顔を顰めた。
「見えたぞ」
 言われて窓ギリギリまで顔を寄せて前方を確認すると、木の柵に囲まれたたくさんの天幕と、警備兵が巡回で歩き回っているのが見えた。
 そのまま馬車が柵の中に入り、少し進んだ所で停まる。
 護衛騎士達が素早く馬車から降り、俺たちが乗る馬車に近付き、整列する。
 アラン、ディー、ロイ、キースと続き、キースのエスコートで馬車から降りた。
「遠いところ、ご足労いただきまして、誠にありがとうございます」
 降りてすぐ、シェリーが静かに近づき、俺たちに深々と頭を下げた。
 久しぶりにシェリーに会ってニコリと微笑むと、シェリーも素の笑顔を見せてくれた。
 そして、その目線がチラッとアビゲイルを見たことも見逃さなかった。
「シェリー嬢、今年もまた盛況ですね」
 ディーが声をかけつつ、シェリーの手をとって口付ける。
「おかげさまで。これも一重に協力してくださる皆様のおかげです」
 アランやディーと言葉を交わし、俺を向き直ると、改めて綺麗なカーテシーをした。
「聖女様。ようこそお越しくださいました。どうぞお楽しみください」
「ありがとうございます。今からとても楽しみです」
 微笑みながら頭を下げた。


 シェリーの案内で奥に進む。
 周囲にいる貴族や、富裕層の招待客が、俺たちに気付くとすぐに頭を下げて道を開ける。
「アラン様、ご機嫌麗しゅう」
 口々にアランやディーに対して挨拶を
投げかける貴族達の顔を見ながら、どこの誰だったっけと、必死に頭の中で人物名鑑のページを捲った。
 それにしても、自分の領地のイベントの筈なのにジェロームやジャレッドの姿が見えない。王族の出迎えに出てこないというのは如何なものだろうと思った。
「申し訳ありません。今侯爵と兄は別件で離れておりまして」
 そんな俺の表情を見たシェリーが察して説明してくれる。
「まずは聖女様の天幕へご案内致します」
 シェリーを先頭に5分程歩き、一際大きく派手な天幕の前で止まる。
「こちらが聖女様、隣が侯爵と兄の天幕になります。私は運営側の天幕におりますので、ご入用の際はそちらにお声がけを」
 並んだ天幕は繋がっているように密接していた。あからさま過ぎる建て方に冷笑する。
「どうぞ」
 シェリーが入口の幕を開けると、近衞と護衛騎士は外で控え、俺とアラン、ディー、ロイ、キースが中に入った。
「うわ…豪華…」
 その内装に驚く。
 壁が布張でなければ、普通のホテルの部屋のような、大きなベッドにソファ。円卓や椅子、キャビネットなどの家具が備え付けられていた。
 素直に感想を漏らすとシェリーはクスッと笑い、すばやく遮音魔法をかける。
「ショー、本当にありがとう」
 今回の計画の関係者だけが集まった所で、シェリーの雰囲気がガラッと変わる。
 タタッと小走りで俺に近寄ると俺の手を握った。
「ディーも、アラン様も、本当に感謝しています。これで、私の苦労も報われる…」
 その声は若干涙声になっていた。
「シェリー、まだ始まってもいないよ。これからが本番だ」
 そんなシェリーの手を握り返し、微笑んだ。
「そうね…。本当にごめんなさい…。酷いことをさせて…」
 シェリーの顔が歪み、これから俺がする内容に謝罪してくる。
「大丈夫」
 安心させるように言い、笑った。
「シェリー、着いて早々悪いが、アレが今後どういう動きをしてくるか、わかっている範囲で説明を頼みたい」
 アランが言い、シェリーが意識を切り替えると、すぐに説明を始めた。



 今ジェロームとジャレッドは、別に用意された天幕で愛人達と快楽に耽っているそうだ。
 周りでちょろちょろされると邪魔で、動きづらいので、俺達が到着する30分程前から移動してもらっていた。
 おそらく2時間はその天幕から出てこないし、アラン達が到着したことも知らせないと言った。
 その事実を聞いて、誰もがアレに対してバカにしたような笑みを浮かべた。

 今夜はとりあえず、アレは挨拶だけで済ませるしかない。それ以上のことはしてこないし、させない。

 作戦開始は明日からとなる。
 まずは、アレに会場内を案内させる。
 アレは聖女を連れまわし、柵内にいる貴族達に、自分のモノであるとアピールをして歩くだろう。その際、翔平は黙って付き従いアレに寄り添うような行動を取る。
 そして夜は前夜祭。
 柵内にある夜会用の巨大な天幕の中でパーティーが開催されるが、そこでもアレは翔平を自分の妻のように隣に侍らせる筈だ。
 2時間ほどでパーティーが終わるが、その間おそらくアレは翔平を休憩と称して個室に誘ってくるであろう。
 その個室で如何わしい行為に及ぼうとするはずなので、翔平はそれを受け入れる素振りを見せながら、かわしつつ焦らす。

 そして本祭が始まる明後日。
 開会式が終わりコンテストが始まった後は、仕留められた獲物が運ばれてくるまで、アレからのアプローチにひたすら耐える。
 獲物が集まり始め、ランキングボードが動き始めると、アレも狩りの様子に気を取られるので、その時はアレから離れ、散策する。
 前日のパーティの時の翔平の演技次第だが、この日の夜に罠を仕掛ける。
 アレが翔平に対してはっきりと手を出すかどうかはシェリーが見極め、翔平を連れ出して、ある場所まで誘導するように差し向ける。
 翔平は疑う素振りも見せず着いて行き、そこでアレに襲われるフリをする。
 本当に襲われるのではなく、フリで良い。なんなら自ら服を破き、乱暴されそうになった体でその場から逃げ出す。
 後は近くで待機してた護衛騎士にアレを捕らえてもらう。

 シェリーが流れを説明し、事前に渡され昨日読んだ書類とほぼ一致している内容に頷いた。
「ある場所、というのは?」
「ここから森に入って200mほど進んだ先に用意した天幕で、資材置き場として周知してありますが、中身はアレの娯楽用です。
 今まさにそこでジャレッドと5人の愛人達とSEXを愉しんでいるでしょう」
「アレには主催者と聖女が消えても何も問題ないと言い訳も用意しますので、状況と場所が確保されれば絶対に事に及ぶ筈です」
「本祭1日目の後ってことだな」
「ええ。夕食中かその後か、周囲の状況を見てタイミングを判断します」
「監視は?」
「そこは私の監視としてついていた黒騎士を使わせていただきます。
 彼女なら、アレに悟られることなくその行動を監視し逐一報告してくれますので」
 シェリーの口から黒騎士という言葉が出て、ユリアとシェリーの間に、何らかの条約が締結されたと誰もが理解した。
「罠としては申し分ないな。問題があるとすれば…」
 アランが呟き、俺をじっと見た。
「俺だよね」
 その視線に苦笑する。
「頑張るよ」
 笑いながら言ったが、自信があるわけではない。だから一つこちらから提案した。
「俺の演技がダメで、アレが罠に引っ掛からなかった時、最後の手段を使おうと思う」
 これはシェリーとユリアが考えた内容には入っていなかった。完全に俺のオリジナルだ。
 何としても成功させなくては意味がない。だから、最後の手段として考えていた。
「もしアレが俺に手を出してこなかった場合は、俺から手を出すことにするわ」
 俺の言葉に、全員が俺の考えを察していたのか顔を顰める。
「俺から無理矢理にでもその資材置き場に誘って、俺からSEXに誘う。
 もちろん、途中で逃げるよ」
 ロイとディーが深いため息をついた。
「お前なら、きっとそう言うと思ってたわ」
 ロイが呆れるように言い、ディーはメガネを外して目頭を揉む仕草をした。
「でもね、多分その最終手段は必要ないですよ。貴方の演技できっとアレはその気になります」
 昨日、まんまと演技に騙されたことを根に持っているのか、ディーが顔を顰めて俺を見た。
「まぁ、あくまでも最後の手段ってことで。俺だってそんなことしたくないしな。演技の方頑張るよ」
 笑いながら言った。
「ショー…ありがとう…」
 シェリーが泣きそうな表情で言った。
「よし。それじゃとにかく明日からだな」
 アランが話を打ち切る。
 一度外に出ると、ここから50mほど離れた所に似たような豪華な天幕が見え、それがディー達の宿泊先だと教えてもらう。その隣の一回り小さな天幕が騎士達のものだった。

 ディー達と別れ、俺とキース。そして今夜の担当であるオスカーが残り、他は移動した。

 オスカーにも今の罠の内容をざっと説明する。
「男を誘う演技ねぇ…お前に出来るか?」
 天幕の中の円卓に座り、キースが淹れてくれたお茶を飲む。
「出来る出来ないじゃなくて、やらなくちゃ」
 そう微笑みながら言い、そしてじっとオスカーを見る。
 自分なりに男を誘うという雰囲気を作り、テーブルに両肘で頬杖をつきながら、自分の唇を触る。
「ねぇ…」
 じっとオスカーの目を見つめ、頑張って甘ったるい声を出してみた。
「…なんだよ…」
 オスカーの眉間に皺が寄った。
 薄く微笑み、唇に触れていた手を離すと、テーブルに置かれたオスカーの手に重ねた。そしてその甲と指にをツッと指でなぞり滑らせる。
「……あー…、うん…大丈夫そう…だな」
 オスカーが少し引き気味に言い、手を引っ込めた。
 その瞬間、ニパッと破顔する。
「こんな感じどうだ!?」
 いつもの翔平に戻ってオスカーは明らかにホッとしていた。
「あーいーんじゃねーか…?」
「ショーヘイさん…」
 間近で今の様子を見ていたキースも眉間に皺を寄せる。
「キース、お前はどう思う?
 いけてる?誘ってるように見えた?」
「はぁ…」
 キースが深いため息をついた。
「ショーヘイさん、あんまり演技しない方がいいかもしれませんよ」
「なんで?」
 キースに言われて、ダメ出しかと思い、どこが悪かったのか聞こうとした。
「とにかく、あんまり考え過ぎないようにしてください。
 貴方はそのままでも充分そそりますから」
「は?」
 そのままと言われて、昨日もディーに同じことを言われたことを思い出す。
「そのままでもいいって、俺、普段から男を誘ってるように見えるわけ?」
「いえ、そういうわけでは…」
 ムッとした表情の翔平に、キースも失言したとすぐに気付く。
 ショーヘイが立ち上がると、キースの真横に立ち、スルッとその柔らかなウサ耳を撫でる。
「なぁ…」
 そのままキースの耳を触りながら、上半身を折り、テーブルに寄りかかると、キースの顔を覗き込むように覗き込む。
「俺って、そんなにそそる…?」
 首を傾げて、上目遣いでキースを見上げつつ、サワサワと耳を触り続ける。
「ぅ…」
 キースの頬が少し赤くなった。
 少しだけ頬を染めたキースを見て満足したように体を起こすと、グッと拳を握る。
「よし。何となくわかってきたかも」
 そして、ぶつぶつと呟きながら誘う演技というものを考え込み始めた。
「……演技ですか」
 キースが翔平に触られた耳を自分で撫でて、その感触を忘れるように摩る。
 目の前にあった翔平の唇に目を奪われ、つい先日キスしたいと思った微かな劣情を思い出してしまった。
 オスカーもまた間近で見た翔平の行動に顔を顰める。
 翔平に手をなぞられた時、不覚にもゾクッと腰の辺りに微かに快感が走った。
 もしこれが飲み屋で、翔平が知らない奴なら、俺はいけると判断して俺から誘いをかけていただろう。
「おい、キース…」
 オスカーが翔平を見ながら、そっとキースに近づき小声で話す。
「ヤバいぞ。あの真面目君を止めろ」
「…無理です…」
 キースもまたこそっと返事した。
「こりゃ…、あれは本祭の夜まで耐えられんかもな…」
 オスカーが苦笑した。
 キースも成り行きに任せるしかないと、腹を括った。
 


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