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王都編 〜狩猟祭 ハニートラップ〜
おっさん、作戦を開始する
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一夜明け、爽快な気分で目が覚めた。
豪華なホテルと変わらないベッドとふかふかな布団に包まれて爆睡してしまった。
ベッドから出て大きく伸びをしつつ、衝立から顔を出すと、オスカーもキースももう起きて、きっちりと身支度も整えていた。
「6時半にはクロエ達が来ますから、今のうちに顔を洗っておいてください」
「はい」
キースに言われて天幕内の隅にある洗面場所で顔を洗い、自分である程度髪を梳かす。切りたい切りたいと思っている内に髪がかなり伸びてしまい、もうどうでも良くなっていた。
6時半きっかりに衣装担当の3人が大荷物を抱えて現れ、聖女への変身が始まる。
きっちり1時間かけて見事な聖女が出来上がって衝立から姿を見せると、キースもオスカーもその姿を誉めてくれる。
「綺麗ですよ」
聖女仕様の俺に向けられる言葉にも言い加減慣れた。素直にありがとうとお礼を言う。
迎えに来たシギアーノ家の執事に促され、食事をするための天幕に案内された。そこでロイ達とも合流し、ジェロームとジャレッド、シェリーが座る席に通された。
「おはようございます」
シェリーが立ち上がり、すぐに挨拶してきたが、ジェロームとジャレッドは面倒くさそうにしているのがありありと伝わってくる。
王族を目の前にしているのに、その不遜な態度に内心ムッとした。
昨夜、享楽に耽り終わった2人と挨拶した時にも思ったが、どうやらジェロームが頭を下げるのは、王と後継である宰相のサイファーだけで、アランやディーに対して敬意を払うつもりはないと気付いた。
王族と言えど世襲制度が絡む。
ジェロームにとって後継ではない王族はその他大勢の中の1人にしか過ぎず、媚びを売る必要はないということだ。
「ささ、聖女はこちらへ」
ジェロームが俺の手を取り、自分の隣へ誘ってくる。
それに対して俺は早速色々と考えたお色気大作戦を開始した。
椅子を引いて俺を座らせるジェロームの手にわざと自分の手を重ね、それがあたかも偶然といった体で、恥ずかしそうに手を引っ込める。
ジェロームも驚いたようだが、俺の態度にニヤァと顔を歪ませ、俺の行動を見たロイ達、護衛騎士達は驚く者と、目を逸らす者に別れた。
朝食の間、ジェロームはくちゃくちゃと咀嚼音を立てながら食べ、喋りまくる。
いかにこの狩猟祭が素晴らしいものか、それを取り仕切る自分がいかに優秀か、ドヤ顔で俺にアピールしてきた。
当然、全てシェリーが仕切っており、ジェロームもジャレッドもただそこにいるだけのお飾りというのは全員理解している。
だがそこはあえて、ジェロームを褒めちぎり、持ち上げまくった。
アランもディーも、心にもないことを平然と言い、周りで聞いていた護衛達は笑いを堪えるのに必死だった。
「ジェローム様は、本当にこの国に必要な方なんですね」
アランとディーがアレを持ち上げる言葉に対して、俺は尊敬の眼差しをジェロームに向け、憧れる、というような意味も視線に込めてみる。
その俺の目に頬を紅潮させながら、ジェロームはフンスフンスと鼻息を荒くしてさらに自分で自分を褒めまくった。
心の中で全員が爆笑し、嘲笑っていることなど知る由もない馬鹿さ加減に、ジェロームが可愛くすら見えてくる。
「聖女よ、午後にはワシ自ら会場内を案内しよう」
「本当ですか?嬉しいです。ありがとうございます」
ニコニコと微笑みながら返事をする。
「それでは、ワシらは午前中の仕事を片付けてくる。行くぞジャレッド」
散々1人で喋りまくり、席を立つ。
「聖女よ、お前は賢いな」
立ち去る時に、ジャレッドが俺の肩に触れ、するりと首から耳まで指を滑らせた。
思わず感じた悪寒と鳥肌を悟られないようにジャレッドに微笑む。
「私もこれで失礼致します。
皆様に挨拶をされたい方々が大勢いらっしゃっておりますので、午前中、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
シェリーがようやっと仕事らしい内容を告げ、キースに午前中の行動予定を説明し、運営本部へ戻って行った。
「はぁぁ…」
周囲を行き交う使用人や他貴族に気付かれないよう、深い息を吐いた。
「お疲れさん」
近くに座るロイが苦笑しながら言い、俺が好きな果物を皿に取り分けて、渡してくれた。
「ありがと」
食後のデザートにシャクシャクと梨のような食感の果物を頬張り、その味に癒された。
朝食後は王族用天幕に一緒に移動した。そこで王族と聖女への挨拶が行われる。
アラン、ディーが上座に用意された席に座り、俺は聖女として、上座と直角に用意された控えの椅子に座る。
その背後にキースとオスカーが立ち、ロイ、グレイはディーとアランの後方に、ジャニス、アビゲイルは天幕の出入口付近に護衛として立った。
外で近衞騎士シドニーとアールが天幕に入る来訪者のチェックを行い、残りの近衞が天幕を囲むように警備する。
貴族が次々と入れ替わりたちかわり挨拶にやってくる。
「アラン殿下、ディーゼル殿下におかれましては…」
「聖女様は本日もお美しく…」
次々と似たような文句から始まり堅苦しい挨拶が続いていく。
貴族の位階順というわけでもなく、挨拶の申し込み順に、挨拶と言葉を交わす。
中にはチェルニー伯爵家のブリアナや、ディアス男爵家のティムという見知った者も挨拶に来て緊張を解いた。
ブリアナのマシンガントークには、ディーもアランも声に出して笑い、彼女は絶対に簒奪者や黒幕とは無関係だと心の中で確信した。
挨拶にきた貴族の中には、はっきりと狩猟祭に参加して、獲物を俺に捧げると言ってのけた者もおり、何と返事していいのかわからず苦笑することもあった。
貴族達の挨拶が終わると、各商会からの挨拶が続いた。
ヤクモ商会のエリオールは、婚約者マルコがロイ達に救われたことに礼を言いつつ、さりげなく商会をアピールして行った。
ミルアにいるレオナールもユーリとシンも元気だと聞いて、数ヶ月前のことを懐かしく思い出した。
そして、締めくくりであるかのように最後に現れたクラーク商会のエドワードとブラッドに、その場に一瞬緊張が走る。
「ご無沙汰しております」
5人以上で挨拶に来た他の商会と違い、たった2人で挨拶に現れたことに、彼が何かしらの思惑があるのは手にとるようにわかった。
「エド様、あの時はお世話になりました」
ディーゼルが先に言った。
「いいえ、こちらこそお役に立てて光栄です」
ニコリとエドワードが微笑む。
「つかぬことをお聞きしますが」
エドワードが俺をチラリと見て、続ける。
「ショーヘイ様が、殿下やロイ様とお付き合いされていること、ジュノーであることは秘密と言うことで間違いありませんか?」
いきなり核心を突かれて、一瞬だけ顔を顰める。2人だけでここに来た理由がこれだとすぐに気付いた。
「その通りです。
ショーヘイさんはあくまでも聖女としてこちらで保護したことになっています」
「こちらにも事情があってな。
悪いが口外しないでもらえると助かる」
ディーもアランも苦笑混じりに言った。
「かしこまりました。そのように致します」
エドワードがペコリと頭を下げる。
「私も今回は商会ではなく、個人的に狩猟祭に遊びに来させていただいているので、商会関係のお話はいたしません」
言いながら、ブラッドを振り返る。
「彼がコンテストに参加したいというので…」
ブラッドが一歩前に出てお辞儀をした。
「今回、ロイも久しぶりに参加すると聞きまして」
ニヤリとブラッドが笑い、ロイに挑発的な視線を送った。
「なんだぁ?俺に挑戦するってか」
ロイもブラッドの言葉に笑う。
「勝負だ。手ぇ抜くなよ」
ブラッドの言動にエドワードが苦笑しその態度を嗜めると、ブラッドが慌てて取り繕う。
「戦争では世話になったそうだな。優秀な人材だと聞いている。
コンテストが楽しみだ」
アランが笑った。
「それはそうと殿下。
お耳に入れたいことが」
エドワードの表情が一瞬で変わり、その目が何かを企むように細められる。
「昨晩遅く、闇夜に紛れて侯爵の私兵が数名招き入れられています。
ブラッドが目撃したのですが…」
「その私兵の中に見知った者がいたので」
続きをブラッドが言う。
「ハイメという男です。
あれはダメだ。帝国、シグルド、メイフォールで指名手配されています。
一瞬見ただけですが、間違いありません」
ブラッドが真剣な目を向ける。
「先日、コークス一族の罪を暴かれたばかりですが、このハイメもまたコークスから依頼を受け誘拐事件を起こしています」
「何故侯爵の私兵だと気付いた」
「全員同じ装備品だったのと、招き入れたのがご子息のジャレッド様直属の執事でしたので」
エドワードとブラッドの話を聞いて、一気に場が緊張した。
俺も、その私兵を何のために使おうとしているのか、と眉間に皺を寄せるが、それ以前に2人の話に違和感も覚えた。
「情報感謝する」
「お役に立てて何よりです」
エドワードが微笑みながら立ち上がると、それでは、と天幕から出て行こうとした。
「ブラッド様」
思わず、俺は声をかけ引き止めてしまった。呼び止められたブラッドが俺を振り返る。
「一つだけ質問よろしいですか」
「どうぞ…」
ブラッドが言い淀む。
「貴方は夜遅くに何をしていたんですか?」
俺の質問に、何人かが表情を一瞬変え、すぐに元に戻した。
「…眠れなくて散歩に」
「そうでしたか」
ブラッドの返答に納得したという表情で微笑んだ。
エドワードの口元が笑っていたのを見逃さなかった。
これで予定されていた全員の挨拶が滞りなく終了した。
「ショーへー、ヒヤッとさせんなw」
アランが笑いながら言い、俺も、ごめん、と言いながら笑った。
「え?何かヒヤッとする場面あった?」
ジャニスが聞いてくる。
見渡すと、わかっている者とそうでない者がいたので、説明した。
「たまたま見たっていうブラッドの話は嘘だよ」
笑いながらジャニスに教えた。
「なんで嘘ってわかんのよ」
ジャニスが納得いかないという声を上げる。
「闇夜に紛れて招き入れたってことは、隠れてコソコソしてたってことだろ?
周囲に人がいないことも確認してるはずだ。
なのに、ブラッドはそれを目撃して、なおかつその中にハイメがいたなんてわかるわけねーだろ」
オスカーが笑う。
「それに、招き入れたのがジャレッド直属の執事だと断言したことも変だよ。
帝国の人間であるブラッドが他国の侯爵家の使用人を知っていることがおかしい」
「じゃぁ、何?どういうこと?」
ジャニスは食い下がる。
「コークスの件で、人身売買や奴隷商の犯罪が浮き彫りになってな。
帝国を含めた近隣諸国に通達を出してあるんだ。
おそらくブラッドはギルドから依頼されて、誘拐の実行犯であるハイメを追って来たとみるべきだな」
アランが腕を組み、不敵に笑う。
ジャニスが納得したようなしてないような微妙な顔をする。
「ブラッドはハイメがシギアーノの私兵として雇われたことを知ってここに来た。
エドワード・クラークはそれを利用して、俺たちに貸しを作る気だな」
ロイがずる賢いやり方に呆れたように笑う。
単純に、ハイメという犯罪者を追って来ただけなら、エドワードは必要ない。
ブラッドが個人的にここに来てハイメに近づけばいいだけだ。
だが、エドワードはそれをあえて情報として俺たちに教えた。
エドワードはシギアーノが素性の知れない輩を私兵に雇ったことに何かあると考えた。ブラッドに同伴してここに来たらコソコソと隠れて私兵を招き入れていたことを知って、その何かが確信に変わる。
その何かはわかっていないだろうが、公国への情報として高く売れると目論んだのだ。
「高い貸しですね…」
ディーがため息混じりに言う。
「高くても安くても一つの貸しだよ」
ニコリと微笑みながらディーを見る。
「私兵については、エドとブラッドを大いに利用すればいいさ。
それでも貸し一つであることには変わりないし」
俺の言葉にアランとディーが笑う。
「お前も大概ずる賢いな」
俺の言葉の意図がわかったロイも笑った。
私兵の件はブラッドに任せておけばいい。ブラッドがハイメを狙い、その動きを監視するのはわかっている。
だから、わざわざこちらが動く必要はないと思った。
「もー!わかんない!誰かわかるように説明してよ!」
ジャニスが地団駄を踏んだ。
同じようにグレイもアビゲイルも眉間に皺を寄せて詳細を求めた。
キースにシェリーを呼びに行ってもらい、シェリーが来るまで、細かく3人に説明した。
「じゃぁその私兵の目的は…?」
説明されて理解したグレイが聞く。
「目的はわかりません。
ショーヘイさんを拉致するためか、他に理由があるのか」
「拉致の必要はないわよね?
シェリーが完全にアレに協力して、聖女を手に入れる計画を立てているんだから、拉致する意味がないわ」
アビゲイルが最もなことを言う。
「そうなんですよね。でも、他に私兵を使う理由が…」
ディーが考え込む。
そこに、シェリーが天幕にやってきた。
「何か情報があるとお聞きしましたが…」
急いで来たのか、少しだけ息が上がっていた。
天幕の中央に全員が集まり、エドワードからの情報をシェリーに伝える。
簡単に説明しただけで、シェリーは理解したようで、口元に手を当てて考え始めた。
「私兵…そういえば、知らない顔が何人かアレと兄の警備に加わっていました…。
特に気にしてはいなかったんですが…。あれの私兵はよく入れ替わるので」
シェリーが今朝天幕周辺で見かけた5人の私兵を思い出しながら言った。
「シェリーにも雇ったことや、ここに呼んだことも知らせないってことは、何か企んでいることの証拠だな」
オスカーが呆れたように言い、足りない頭で何をしようというのか、と馬鹿にしたように笑う。
「その私兵については、ブラッドに監視させましょう。
こっちから頼まなくても、ブラッドははハイメを狙っているから注視するはずです。
私たちはエドとブラッドの挙動に気をつけていればいい」
ディーが言い、アランが頷く。
「そうだな。ここでその私兵に探りを入れようとしたら、逆に警戒されて目的がわからなくなるかもしれん」
「俺たちが入ってハイメに逃げられたらブラッドが可哀想だしな」
ヒヒッとロイが笑う。
「本当に何がしたいのか…」
シェリーの眉間に皺が寄り、ため息をついた。
「ま、とにかく私兵の件はひとまずブラッドに任せよう。
エドワードも、その動きを見て何か閃いたらこっちに言ってくるはずだ。俺たちにたくさん貸しを作っておきたいだろうしな」
アランがまとめ、この話は打ち切りとなった。
「ショー」
シェリーが戻る前に俺をじっと見た。
「髪、どうしたの?」
一部真っ白になった髪をマジマジと見て、不思議そうに首を傾げた。
「ああ、ちょっと魔力を使いすぎちゃってさ。変?」
「ううん、変じゃない。似合うと思うわ」
「ありがとう。俺も結構気に入ってる」
そう言って笑う。
「シェリー、きっと上手く行くよ。大丈夫」
シェリーが嬉しそうに微笑むが、すぐに申し訳なさそうな顔をする。
「今朝のショーの行動で、アレはかなりその気になってるわ。
もしかすると、計画が前倒しになる可能性もあるかも…」
「そうなんだ。俺の演技もなかなかだな」
そう言って笑うと、シェリーも薄く笑った。
「それじゃ、また…」
ペコリと会釈して、天幕から出て行くのを目で追っていると、やはりシェリーはアビゲイルの方を見て気にしていた。
アビゲイルと一瞬だけ目が合い、嬉しそうに笑ったのを見逃さなかった。
こっちの作戦も立てないと。
心の中でほくそ笑んだ。
豪華なホテルと変わらないベッドとふかふかな布団に包まれて爆睡してしまった。
ベッドから出て大きく伸びをしつつ、衝立から顔を出すと、オスカーもキースももう起きて、きっちりと身支度も整えていた。
「6時半にはクロエ達が来ますから、今のうちに顔を洗っておいてください」
「はい」
キースに言われて天幕内の隅にある洗面場所で顔を洗い、自分である程度髪を梳かす。切りたい切りたいと思っている内に髪がかなり伸びてしまい、もうどうでも良くなっていた。
6時半きっかりに衣装担当の3人が大荷物を抱えて現れ、聖女への変身が始まる。
きっちり1時間かけて見事な聖女が出来上がって衝立から姿を見せると、キースもオスカーもその姿を誉めてくれる。
「綺麗ですよ」
聖女仕様の俺に向けられる言葉にも言い加減慣れた。素直にありがとうとお礼を言う。
迎えに来たシギアーノ家の執事に促され、食事をするための天幕に案内された。そこでロイ達とも合流し、ジェロームとジャレッド、シェリーが座る席に通された。
「おはようございます」
シェリーが立ち上がり、すぐに挨拶してきたが、ジェロームとジャレッドは面倒くさそうにしているのがありありと伝わってくる。
王族を目の前にしているのに、その不遜な態度に内心ムッとした。
昨夜、享楽に耽り終わった2人と挨拶した時にも思ったが、どうやらジェロームが頭を下げるのは、王と後継である宰相のサイファーだけで、アランやディーに対して敬意を払うつもりはないと気付いた。
王族と言えど世襲制度が絡む。
ジェロームにとって後継ではない王族はその他大勢の中の1人にしか過ぎず、媚びを売る必要はないということだ。
「ささ、聖女はこちらへ」
ジェロームが俺の手を取り、自分の隣へ誘ってくる。
それに対して俺は早速色々と考えたお色気大作戦を開始した。
椅子を引いて俺を座らせるジェロームの手にわざと自分の手を重ね、それがあたかも偶然といった体で、恥ずかしそうに手を引っ込める。
ジェロームも驚いたようだが、俺の態度にニヤァと顔を歪ませ、俺の行動を見たロイ達、護衛騎士達は驚く者と、目を逸らす者に別れた。
朝食の間、ジェロームはくちゃくちゃと咀嚼音を立てながら食べ、喋りまくる。
いかにこの狩猟祭が素晴らしいものか、それを取り仕切る自分がいかに優秀か、ドヤ顔で俺にアピールしてきた。
当然、全てシェリーが仕切っており、ジェロームもジャレッドもただそこにいるだけのお飾りというのは全員理解している。
だがそこはあえて、ジェロームを褒めちぎり、持ち上げまくった。
アランもディーも、心にもないことを平然と言い、周りで聞いていた護衛達は笑いを堪えるのに必死だった。
「ジェローム様は、本当にこの国に必要な方なんですね」
アランとディーがアレを持ち上げる言葉に対して、俺は尊敬の眼差しをジェロームに向け、憧れる、というような意味も視線に込めてみる。
その俺の目に頬を紅潮させながら、ジェロームはフンスフンスと鼻息を荒くしてさらに自分で自分を褒めまくった。
心の中で全員が爆笑し、嘲笑っていることなど知る由もない馬鹿さ加減に、ジェロームが可愛くすら見えてくる。
「聖女よ、午後にはワシ自ら会場内を案内しよう」
「本当ですか?嬉しいです。ありがとうございます」
ニコニコと微笑みながら返事をする。
「それでは、ワシらは午前中の仕事を片付けてくる。行くぞジャレッド」
散々1人で喋りまくり、席を立つ。
「聖女よ、お前は賢いな」
立ち去る時に、ジャレッドが俺の肩に触れ、するりと首から耳まで指を滑らせた。
思わず感じた悪寒と鳥肌を悟られないようにジャレッドに微笑む。
「私もこれで失礼致します。
皆様に挨拶をされたい方々が大勢いらっしゃっておりますので、午前中、お時間を取らせてしまい申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」
シェリーがようやっと仕事らしい内容を告げ、キースに午前中の行動予定を説明し、運営本部へ戻って行った。
「はぁぁ…」
周囲を行き交う使用人や他貴族に気付かれないよう、深い息を吐いた。
「お疲れさん」
近くに座るロイが苦笑しながら言い、俺が好きな果物を皿に取り分けて、渡してくれた。
「ありがと」
食後のデザートにシャクシャクと梨のような食感の果物を頬張り、その味に癒された。
朝食後は王族用天幕に一緒に移動した。そこで王族と聖女への挨拶が行われる。
アラン、ディーが上座に用意された席に座り、俺は聖女として、上座と直角に用意された控えの椅子に座る。
その背後にキースとオスカーが立ち、ロイ、グレイはディーとアランの後方に、ジャニス、アビゲイルは天幕の出入口付近に護衛として立った。
外で近衞騎士シドニーとアールが天幕に入る来訪者のチェックを行い、残りの近衞が天幕を囲むように警備する。
貴族が次々と入れ替わりたちかわり挨拶にやってくる。
「アラン殿下、ディーゼル殿下におかれましては…」
「聖女様は本日もお美しく…」
次々と似たような文句から始まり堅苦しい挨拶が続いていく。
貴族の位階順というわけでもなく、挨拶の申し込み順に、挨拶と言葉を交わす。
中にはチェルニー伯爵家のブリアナや、ディアス男爵家のティムという見知った者も挨拶に来て緊張を解いた。
ブリアナのマシンガントークには、ディーもアランも声に出して笑い、彼女は絶対に簒奪者や黒幕とは無関係だと心の中で確信した。
挨拶にきた貴族の中には、はっきりと狩猟祭に参加して、獲物を俺に捧げると言ってのけた者もおり、何と返事していいのかわからず苦笑することもあった。
貴族達の挨拶が終わると、各商会からの挨拶が続いた。
ヤクモ商会のエリオールは、婚約者マルコがロイ達に救われたことに礼を言いつつ、さりげなく商会をアピールして行った。
ミルアにいるレオナールもユーリとシンも元気だと聞いて、数ヶ月前のことを懐かしく思い出した。
そして、締めくくりであるかのように最後に現れたクラーク商会のエドワードとブラッドに、その場に一瞬緊張が走る。
「ご無沙汰しております」
5人以上で挨拶に来た他の商会と違い、たった2人で挨拶に現れたことに、彼が何かしらの思惑があるのは手にとるようにわかった。
「エド様、あの時はお世話になりました」
ディーゼルが先に言った。
「いいえ、こちらこそお役に立てて光栄です」
ニコリとエドワードが微笑む。
「つかぬことをお聞きしますが」
エドワードが俺をチラリと見て、続ける。
「ショーヘイ様が、殿下やロイ様とお付き合いされていること、ジュノーであることは秘密と言うことで間違いありませんか?」
いきなり核心を突かれて、一瞬だけ顔を顰める。2人だけでここに来た理由がこれだとすぐに気付いた。
「その通りです。
ショーヘイさんはあくまでも聖女としてこちらで保護したことになっています」
「こちらにも事情があってな。
悪いが口外しないでもらえると助かる」
ディーもアランも苦笑混じりに言った。
「かしこまりました。そのように致します」
エドワードがペコリと頭を下げる。
「私も今回は商会ではなく、個人的に狩猟祭に遊びに来させていただいているので、商会関係のお話はいたしません」
言いながら、ブラッドを振り返る。
「彼がコンテストに参加したいというので…」
ブラッドが一歩前に出てお辞儀をした。
「今回、ロイも久しぶりに参加すると聞きまして」
ニヤリとブラッドが笑い、ロイに挑発的な視線を送った。
「なんだぁ?俺に挑戦するってか」
ロイもブラッドの言葉に笑う。
「勝負だ。手ぇ抜くなよ」
ブラッドの言動にエドワードが苦笑しその態度を嗜めると、ブラッドが慌てて取り繕う。
「戦争では世話になったそうだな。優秀な人材だと聞いている。
コンテストが楽しみだ」
アランが笑った。
「それはそうと殿下。
お耳に入れたいことが」
エドワードの表情が一瞬で変わり、その目が何かを企むように細められる。
「昨晩遅く、闇夜に紛れて侯爵の私兵が数名招き入れられています。
ブラッドが目撃したのですが…」
「その私兵の中に見知った者がいたので」
続きをブラッドが言う。
「ハイメという男です。
あれはダメだ。帝国、シグルド、メイフォールで指名手配されています。
一瞬見ただけですが、間違いありません」
ブラッドが真剣な目を向ける。
「先日、コークス一族の罪を暴かれたばかりですが、このハイメもまたコークスから依頼を受け誘拐事件を起こしています」
「何故侯爵の私兵だと気付いた」
「全員同じ装備品だったのと、招き入れたのがご子息のジャレッド様直属の執事でしたので」
エドワードとブラッドの話を聞いて、一気に場が緊張した。
俺も、その私兵を何のために使おうとしているのか、と眉間に皺を寄せるが、それ以前に2人の話に違和感も覚えた。
「情報感謝する」
「お役に立てて何よりです」
エドワードが微笑みながら立ち上がると、それでは、と天幕から出て行こうとした。
「ブラッド様」
思わず、俺は声をかけ引き止めてしまった。呼び止められたブラッドが俺を振り返る。
「一つだけ質問よろしいですか」
「どうぞ…」
ブラッドが言い淀む。
「貴方は夜遅くに何をしていたんですか?」
俺の質問に、何人かが表情を一瞬変え、すぐに元に戻した。
「…眠れなくて散歩に」
「そうでしたか」
ブラッドの返答に納得したという表情で微笑んだ。
エドワードの口元が笑っていたのを見逃さなかった。
これで予定されていた全員の挨拶が滞りなく終了した。
「ショーへー、ヒヤッとさせんなw」
アランが笑いながら言い、俺も、ごめん、と言いながら笑った。
「え?何かヒヤッとする場面あった?」
ジャニスが聞いてくる。
見渡すと、わかっている者とそうでない者がいたので、説明した。
「たまたま見たっていうブラッドの話は嘘だよ」
笑いながらジャニスに教えた。
「なんで嘘ってわかんのよ」
ジャニスが納得いかないという声を上げる。
「闇夜に紛れて招き入れたってことは、隠れてコソコソしてたってことだろ?
周囲に人がいないことも確認してるはずだ。
なのに、ブラッドはそれを目撃して、なおかつその中にハイメがいたなんてわかるわけねーだろ」
オスカーが笑う。
「それに、招き入れたのがジャレッド直属の執事だと断言したことも変だよ。
帝国の人間であるブラッドが他国の侯爵家の使用人を知っていることがおかしい」
「じゃぁ、何?どういうこと?」
ジャニスは食い下がる。
「コークスの件で、人身売買や奴隷商の犯罪が浮き彫りになってな。
帝国を含めた近隣諸国に通達を出してあるんだ。
おそらくブラッドはギルドから依頼されて、誘拐の実行犯であるハイメを追って来たとみるべきだな」
アランが腕を組み、不敵に笑う。
ジャニスが納得したようなしてないような微妙な顔をする。
「ブラッドはハイメがシギアーノの私兵として雇われたことを知ってここに来た。
エドワード・クラークはそれを利用して、俺たちに貸しを作る気だな」
ロイがずる賢いやり方に呆れたように笑う。
単純に、ハイメという犯罪者を追って来ただけなら、エドワードは必要ない。
ブラッドが個人的にここに来てハイメに近づけばいいだけだ。
だが、エドワードはそれをあえて情報として俺たちに教えた。
エドワードはシギアーノが素性の知れない輩を私兵に雇ったことに何かあると考えた。ブラッドに同伴してここに来たらコソコソと隠れて私兵を招き入れていたことを知って、その何かが確信に変わる。
その何かはわかっていないだろうが、公国への情報として高く売れると目論んだのだ。
「高い貸しですね…」
ディーがため息混じりに言う。
「高くても安くても一つの貸しだよ」
ニコリと微笑みながらディーを見る。
「私兵については、エドとブラッドを大いに利用すればいいさ。
それでも貸し一つであることには変わりないし」
俺の言葉にアランとディーが笑う。
「お前も大概ずる賢いな」
俺の言葉の意図がわかったロイも笑った。
私兵の件はブラッドに任せておけばいい。ブラッドがハイメを狙い、その動きを監視するのはわかっている。
だから、わざわざこちらが動く必要はないと思った。
「もー!わかんない!誰かわかるように説明してよ!」
ジャニスが地団駄を踏んだ。
同じようにグレイもアビゲイルも眉間に皺を寄せて詳細を求めた。
キースにシェリーを呼びに行ってもらい、シェリーが来るまで、細かく3人に説明した。
「じゃぁその私兵の目的は…?」
説明されて理解したグレイが聞く。
「目的はわかりません。
ショーヘイさんを拉致するためか、他に理由があるのか」
「拉致の必要はないわよね?
シェリーが完全にアレに協力して、聖女を手に入れる計画を立てているんだから、拉致する意味がないわ」
アビゲイルが最もなことを言う。
「そうなんですよね。でも、他に私兵を使う理由が…」
ディーが考え込む。
そこに、シェリーが天幕にやってきた。
「何か情報があるとお聞きしましたが…」
急いで来たのか、少しだけ息が上がっていた。
天幕の中央に全員が集まり、エドワードからの情報をシェリーに伝える。
簡単に説明しただけで、シェリーは理解したようで、口元に手を当てて考え始めた。
「私兵…そういえば、知らない顔が何人かアレと兄の警備に加わっていました…。
特に気にしてはいなかったんですが…。あれの私兵はよく入れ替わるので」
シェリーが今朝天幕周辺で見かけた5人の私兵を思い出しながら言った。
「シェリーにも雇ったことや、ここに呼んだことも知らせないってことは、何か企んでいることの証拠だな」
オスカーが呆れたように言い、足りない頭で何をしようというのか、と馬鹿にしたように笑う。
「その私兵については、ブラッドに監視させましょう。
こっちから頼まなくても、ブラッドははハイメを狙っているから注視するはずです。
私たちはエドとブラッドの挙動に気をつけていればいい」
ディーが言い、アランが頷く。
「そうだな。ここでその私兵に探りを入れようとしたら、逆に警戒されて目的がわからなくなるかもしれん」
「俺たちが入ってハイメに逃げられたらブラッドが可哀想だしな」
ヒヒッとロイが笑う。
「本当に何がしたいのか…」
シェリーの眉間に皺が寄り、ため息をついた。
「ま、とにかく私兵の件はひとまずブラッドに任せよう。
エドワードも、その動きを見て何か閃いたらこっちに言ってくるはずだ。俺たちにたくさん貸しを作っておきたいだろうしな」
アランがまとめ、この話は打ち切りとなった。
「ショー」
シェリーが戻る前に俺をじっと見た。
「髪、どうしたの?」
一部真っ白になった髪をマジマジと見て、不思議そうに首を傾げた。
「ああ、ちょっと魔力を使いすぎちゃってさ。変?」
「ううん、変じゃない。似合うと思うわ」
「ありがとう。俺も結構気に入ってる」
そう言って笑う。
「シェリー、きっと上手く行くよ。大丈夫」
シェリーが嬉しそうに微笑むが、すぐに申し訳なさそうな顔をする。
「今朝のショーの行動で、アレはかなりその気になってるわ。
もしかすると、計画が前倒しになる可能性もあるかも…」
「そうなんだ。俺の演技もなかなかだな」
そう言って笑うと、シェリーも薄く笑った。
「それじゃ、また…」
ペコリと会釈して、天幕から出て行くのを目で追っていると、やはりシェリーはアビゲイルの方を見て気にしていた。
アビゲイルと一瞬だけ目が合い、嬉しそうに笑ったのを見逃さなかった。
こっちの作戦も立てないと。
心の中でほくそ笑んだ。
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