おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜赤い月〜

152.おっさん、連続でヒールをかける

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 午後10時47分。

 ロイが近付いてくる。
 もう、半分まで進んだ。
 ものすごいスピードで、街道ではなく、土地の高低差や森林地帯をものともせずに、一直線に俺の元へ向かって来ている。
 おそらくあと3、40分もすればこの平原が見える所まで、俺が張った感知魔法の範囲内にその反応があるはずだ。

 床に座り目を閉じて、ロイが近付いてくる魔力を感じていた。

「ショーヘイさん」
 キースが静かに俺の隣に座ると、床に通信用魔鉱石を置いた。
「ユリア様からです」
 パチッと目を開けてキースと魔鉱石を見た。
「ショーへー兄様、聞こえますか?」
「うん。聞こえるよ」
「ロイ兄様がそちらに向かったそうですね」
「ああ。もう王城から半分くらいの所まで迫ってるよ」
「少し、お時間いただけますか?」
 遠慮がちに言うユリアに、見えなくても微笑む。
「いいよ。大丈夫」
「先ほどの民話について、私なりに考えてみたんですが…」
 そう言われて、彼女の考察に興味が湧いた。

 ユリアはこの国の暗部を束ねる長。その頭脳明晰と高い情報処理能力には舌を巻く。
 先日のコークス家の件でも、彼女は黒騎士が集めた情報を纏め精査し、完璧な計画を立てて一族を一網打尽にした記憶も新しい。
 そんな彼女の考察は、きっとロイを救う手掛かりになると思った。

「うん。聞かせて」
 ユリアが魔鉱石の向こうで深呼吸するのがわかった。
「まずは、民話が事実を元にしているという前提の上でお話しますね」
 ユリアの声にじっと耳を傾ける。
「事実だと思われるのはヨウム飼いの存在と狼が野盗一味の1人だったということです。
 それと、ヨウム飼いが負傷した狼を助け、一緒に暮らし、2人の間に愛が芽生えたことを事実だと考えても不思議はないと思います」
「なるほど」
「虚だと言えるのは、ヨウム飼いが殺されたこと。狼が元の仲間たちを追い返したこと。創造神がヨウム飼いを復活させたこと。
 この3つは脚色された内容だと思うのです」
「何故そう思ったの?」
「創造神の存在自体が虚構だからです」
 きっぱりと断言するユリアに思わず苦笑した。ユリア自身、無神論者だと言ってのけたことになるからだ。
「つまり、ヨウム飼いは死んではおらず、怪我を負っただけ…。瀕死の状態だったってこと?」
「はい。事実は、狼がヨウム飼いを助けたんだと思います」
 ユリアの言葉にハッとする。
「狼の願い。自分の命をヨウム飼いにっていうのは…」
「そうです。
 狼は、瀕死のヨウム飼いを救うために、ヒールを行使したんです。
 それも自分の命を削るほど」
「それじゃぁ、色を失ったっていうのは…」
「おそらくは自身が持つ魔力以上の力、生命力を使ったせいではないでしょうか」
 ユリアの考察に理屈は通っているように感じた。
「それを当時の人は創造神が起こした奇跡として語り継いだわけか…」
「そうだと思います」
「なるほどね…」
 頭の中でユリアの話を反復し、筋が通っていると、改めて思った。

「もう一つの、狼が仲間を追い返したのも嘘だっていうのは?」
 3つの内の2つは筋が通ったが、もう1つが嘘だというのは何故だろうと、ユリアに聞く。
「ここから先は、完全に私の想像の話です。ですから、そのつもりで聞いてくださいね」
 魔鉱石の向こうで、ユリアが苦笑しているのが目に浮かぶようだった。
「わかったよ」
「狼は愛する人を傷つけられて、理性を失ったんじゃないかと思ったんです」
 ユリアの言葉に、俺がスペンサーにレイプされかかった時のロイの姿が思い出された。
「あ…」
「元仲間たちは、追い払われたのではなくて、理性を失って暴れ回る狼から逃げた、というのが正しいのかと…」
 理性を失った狼が暴れる姿が想像出来た。
「この狼の状態が正しければ、満月の夜、理性を失った狼が暴れ回る」
 ユリアが少し間を開け、ゆっくりと続きを言った。
「もし、この民話が実話で、この満月の夜が赤い月だったとしたら。
 この民話が語り継がれる内に、赤い月の部分だけがすっぽりと抜けてしまったとしたら」
 ユリアの言葉を飲み込み、じっくりと思考する。

 赤い満月の夜、愛する人を傷つけられて理性を失い、その状態で愛する人を癒し、色を失い白い狼になる。

「それだと、順番が…」
「そうなんです。今のロイ様の状況を考えると、ほぼ逆ですよね?」

 今のロイは、最初から白くて、赤い満月で理性を失い、愛する人を襲う。
 流れから見ると逆だし、内容も少し違う。

「ですので、これは本当に妄想の類なんですけど、記憶遺伝の一種かと…」
「記憶遺伝…?」
 初めて聞く言葉に首を捻った。
「はい。その狼が赤い満月の夜に衝撃的な体験をしたことが、その細胞に記憶され、子孫に引き継がれているのではと」
「つまり、現象だけが記憶されたってこと…?」
「はい…」

 赤い満月の夜に、

 “理性を失い本能のまま暴れた”
 “愛する人を命をかけて救った”

 という二つの行動が、何故そう至ったのか、という原因を省いて

 “本能に支配される”
 “愛する人を求める”

 という二つの現象として記憶された。
 
 ユリアの考察に言葉が出ない。
 数十秒、沈黙が続いた。

「ショーへー兄様?」
「ああ、ごめん。聞いてるよ。
 考察がすごくてびっくりしちゃって。ほんとすごいよ。」
「情報が少ないので、全部私の想像でしかありませんが…」
「そんなことないと思うよ。民話だけじゃなくて、状況や種族のことを熟考した上で導き出した考えだろう?
 もしかしたらこの民話は白狼族の始祖の話なのかもね。
 俺はユリアちゃんの考えが正解だと思う」
 思わず、ちゃん付けで呼んでしまい、あ、と口を押さえる。
 魔鉱石の向こうで、ユリアが小さく息を飲んだのが聞こえた。
「始祖…。本当ですわね…。もしかしたら、この民話は白狼族の村で語り継がれたものだったのかもしれませんね…」
 しばし間が空いた。
「…あの…もう一回名前呼んでくれます?」
「あ、えっと…。ユリア、ちゃん」
 馴れ馴れしくしく呼んでしまったことにまずかったかな、と苦笑しながら、再度ちゃん付けで呼ぶ。
「…嬉しい。今度からずっとそれで呼んでくださいね」
 ユリアが思いの外嬉しそうな声を上げた。鼻歌まで歌いそうな感じが伝わってくる。
「ありがとう、ユリアちゃん。
 ロイを助けるヒントになりそうだよ」
「…良かった…。ショーへー兄様。ロイ兄様を救ってください。よろしくお願いします…」
 ユリアが少しだけ涙ぐんだような声を出し、通信が切れた。
「はぁ…」
 小さな息を吐く。
「ユリア様…。見事な考察ですね…。あの短い民話で、誰もあそこまで考えることは出来ません。
 どう思われますか?今の話」
「うん…。正解かどうかは別としても、かなり参考にはなったよ」
 キースを振り返って微笑む。
「記憶遺伝か…」
 初めて聞く言葉であったが、いつだったか、現在の日本人が昔よりも背が高く、手足が長くなったのは、食べ物の影響もあるが、祖先が欧米人を見て、その姿を羨ましいと思ったことが遺伝子に記憶として組み込まれ、子孫に反映されたからだ、と誰かが言っていたのを思い出した。
 その時は嘘だぁ、と笑ったのを覚えているが、今のユリアの話が本当なら、衝撃的な体験や、強い思いというのは遺伝子に組み込まれるのはあながち嘘ではないのかもしれないと思った。
 元の世界と、この世界の人の構造が同じなのかどうかはわからないが、喜怒哀楽の感情は同じなことはわかっている。

 ロイを救う。
 ロイを救いたい。

 そのために俺に出来ること。

 少しだけ光が見えた気がした。







 午後11時22分。

 ロイがすぐそこまで来ていることがわかった。
「キース。俺の感知魔法の範囲内にロイが入ったよ。
 あと3kmくらい。5分くらいで着く」
 キースが頷き、ミネルヴァからも同じ連絡が来ていたことを言い、天幕から出てレイブンに伝える。

「抜剣!!
 ゲイル班前へ!!」
 天幕の外からレインの号令が聞こえてきた。
 膝の上で手を組み、白くなるほど強く握りしめた。

 始まる。

 一度ギュッと目を瞑った後、顔を上げてもう一度決意を固めた。


 あと2km。

 1km。

 



「撃て!!!」
 天幕の正面、広場の端の上空に跳躍したロイの姿が確認出来たのと同時に、ゲイル班の遠隔攻撃が始まった。
 5人の騎士が一斉に氷魔法をただロイ1人に向かって放つ。

 ドドドドド!!!

 空中で逃げ場もないロイに氷塊が叩きつけられ、ぶつかり割れた氷のカケラが周囲に飛び散って、煙の様に宙を舞った。
「出るぞ!」
 オスカーが叫び飛び出すと、その氷の煙の中へ突っ込む。

 ガアアン!!

 重たい金属がぶつかり合う音が聞こえ、その衝撃で舞っていたカケラが四散する。
 2人が地上に降り立ち、オスカーの長剣を、ロイが右手一本だけで受け止めていた。
 当然刃を掴んでいるため、その手が切れて指に刃が食い込んでいるが、ロイは平然と犬歯を剥き出しにして笑っていた。
 ロイが長い舌を出し、嬉しそうにペロリと自分の唇を舐め、剣を掴んだまま力任せに引っ張り、オスカーの顔面へ殴りかかる。
「っち!」
 オスカーが掴まれた剣がロイの手から離れないことをすぐに悟り、すぐに長剣を手放すと、その拳を背を反らしてかわしつつ、すばやく地面に伏せて、ロイの足を掬い取るように足払いをかける。
 足元を掬われたロイが真横に倒れるが、右腕を地面に叩きつけるように支えにすると、腕一本を軸に腰を捻り、両足をヘリコプターのプロペラのように回転させ、立ち上がりかけたオスカーの脇腹に踵をヒットさせる。
 メキッとオスカーの肋から音がして、オスカーが顔を顰めつつ、後ろに跳躍して距離を取る。

 オスカーが後ろに跳んだ瞬間、ロイを追いかけてきたミネルヴァと、グリフィスを先頭に4人の騎士が一斉にロイに向かってそれぞれの武器を振り下ろし、ロイはニヤァと笑いながら、全ての剣を僅かな動きでかわしきった。
 だが、騎士達も負けてはいない。かわされることは想定済みで、近距離から攻撃魔法をロイに叩きつけると、それをかわせなかったロイが後方に吹っ飛ばされた。

 翔平が天幕の中でオスカーが負傷したことを感知して、すぐにヒールをかける。
 オスカーの折れた肋が2本、すぐに元に戻った。
「ありがてぇ」
 金色の粒に囲まれたかと思った瞬間、怪我が治療され、オスカーが笑う。ロイが捨てた自分の剣を拾った。

「オスカー!複数でかかれ!!」
 レインが後方から叫び、今の戦いからロイの能力を把握して指示を出す。
「個別攻撃は避けろ!4人以上で纏まってやれ!!」
「了解!!」
 天幕前に散らばっていた騎士達が、誰と誰、という合図もなく、自然に近くにいる者同士で連携を始める。

 平原から森まで吹っ飛ばされたロイが、ここに来た時のスピードで天幕に向かって突っ込んでくる。
 似たような天幕が並んでいるのに、その中から、一直線に翔平のいる天幕だけを目指してくるので、迎撃する方も的を絞りやすかった。

 5人で連携した騎士がその手に黒い鞭のような物を振るい、向かってくるロイに放つ。
 3本の鞭は素早い左右の動きでかわされたが、2本は、左腕と右足に絡みついてロイの進行を止め、そのままロイの体を地面に叩きつける。
 すかさずかわされた3本の鞭が再びロイを襲い、両腕ごと上半身に巻き付かせた。最初にロイを捕らえた2本も腕と足から解かれると、3本に重ねて上半身に巻きつき、拘束した。
「ガ…ァァ」
 ロイが力で拘束している黒い鞭を解こうとするが、ギッチリと巻きついた鞭はびくともせず、体を捩りながら暴れた。
「雷撃!」
 同時に鞭を伝って雷魔法が放たれ、ロイの体に雷撃が落ちた。
「ガアアアアァァ!!!」
 ロイが衝撃に大声で叫び、雷撃が終わった直後、前のめりにどさりと倒れ込んだ。

 そのロイの叫び声が翔平の所にまで届き、翔平は思わず耳を塞ぎ、ギュッと目を閉じる。

 ロイの体から焦げた匂いと、プスプスと燻ったような煙が立ち上る。
 5人は黒い鞭を緩めず、しばらくロイの様子を伺う。
 ピクリとも動かないまま5分ほど経ち、完全に気を失ったかと思われたが、それでも周囲の騎士達は警戒を解こうとしなかった。

 そしてパチッとロイの目が見開いた瞬間、ロイの周囲に魔法陣が出現し、周囲にところ構わず滅茶苦茶な魔法弾が放たれる。
「くそ!!」
 5人のうち、2人が鞭から手を離してその場から退避し、残る3人で再び雷撃を放つが、今度は気絶することなく、雷に打たれながらも、メキメキとロイの両腕の筋肉が盛り上がり、徐々に鞭に隙間が出来て行く。

 ブチ、ブチ、と鞭が切れる音が聞こえ始めると、その数秒後には、5本の鞭が引き千切られて拘束が解かれた。
 自分を拘束していた騎士の1人に突進したが、その背後から別の騎士が仲間を守るように飛び出し、大剣をロイに振り下ろす。
 その場で大剣所持の騎士4人と乱闘が始まり、ロイは大剣をかわしつつ、1人づつ体術で殴り飛ばし、蹴りを入れ、大剣2本を拳で叩き折った。



 ドン!ドン!ドン!

 爆発音が連続で翔平の耳に届き、地響きが座った地面から直接体に伝わる。
 感知魔法を展開した頭の中のソナーが、騎士達が複数で纏まってロイに攻撃を加えているのがわかる。
 ロイを弾き返し、または騎士達がロイに弾き飛ばされ、感じている光の点が目まぐるしく、ものすごいスピードで動いていた。


「ふ…ぅ…」
 汗が落ちる。
 負傷者が尋常じゃない。
 一度で瀕死になるものはいないが、ロイの攻撃で、骨が折れ、肉が裂け、血を流す騎士が増えて行く。
 すぐにヒールを行使して、皆を治療して行くが、少しでも気を抜くと、治療が遅れて致命傷になりかねない。
 床に両手をついて、はぁはぁと荒い呼吸を繰り返した。
「ショーヘイさん…」
 キースがそばにより、流れ落ちる俺の汗をタオルで拭ってくれた。



「ロイ!正気に戻れ!!」
 誰かが叫ぶ。
「ロイ!」
 騎士達が口々にロイを呼び、剣を振るい、魔法弾を放つ。
 それでもロイは嬉しそうに笑いながら、血だらけになって翔平の元へ進む。
 ジリジリとその距離が近付いて来ており、100mほど離れた所で戦っていたが、今は50mまで迫っていた。
「お前達!下がりなさい!!」
 それまで後方に居たギルバートが前線に飛び出し、疲労の色が見え始めた騎士達を下がらせた。
 それと同時に、レイブンとレインも前線に出る。
 3人が前に出た瞬間、前線に居た騎士が下がり、それぞれが一時休憩し息を整え、次の攻撃に備えた。
 その後方から、ディーが光の弓矢でロイを狙い、何本もその矢をロイに向かって放ち、後退する騎士を追いかけようとするロイの行手を阻む。

 ギルバートの黒刃がクロス状にロイの胸を切り裂くが、ロイが咄嗟に背中を反らしたため、深傷にはならず、反らした反動を利用して、ギルバートに頭突きを喰らわせる。
 ギルバートはその頭突きを腕をクロスさせたガードで受け止めるが、その重さに骨までビリビリと響く衝撃に顔を顰めつつ後方に跳躍した。
 そのギルバートの体がロイの視界から消えた途端、レインの長剣がロイを襲う。
 上下左右から刃が目にも止まらぬ速さでロイを襲い、少しづつロイの体が押されて、後退して行く。
 レインがロイに向かって身を乗り出し、長剣を左から右に大振りに横一線に切り込むと、ロイが背を反らしながらかわし、バック転とともに爪先でレインの顎を狙う。
 ほんの数ミリの距離で蹴りをかわしつつ、片足を半歩下げるが、その蹴りの風圧で、レインの胸から顎を浅く切り裂いた。
 それと同時に先ほど放ったレインの横一線の剣圧が遥か後方の木々を切り、倒木の音が響いた。
 レインが下がり、ロイがバック転で地面に足をついた瞬間、レイブンの大剣がロイの頭上から振り下ろされる。
 ロイが右に体を捻り、わずか数センチ真横を刃が通過して地面に突き刺さった。
 レイブンがその深々と突き刺さった大剣を、地面の土もろ共ロイに向かって掬いあげるように振り上げると、バサッと土がロイにかかり、ロイが一瞬目を閉じた瞬間を見逃さず、反転させた大剣をロイの脇腹に野球バットを振るように叩き込む。
「グゥ…」
 大剣がロイの左脇腹にヒットして、真っ二つに体が切り裂かれることはなかったが、ロイの肋を何本も折り、そのまま数十メートル後方へ弾き飛ばした。
「頑丈じゃのぉ」
 レイブンが大剣をドンと肩に担ぎ笑う。

 後方で3人の戦いぶりを見ていた騎士達が、王の言葉に苦笑した。





 午前2時26分。
 月が沈むまで残り2時間42分。

 今だに戦闘は続いていた。
 ロイの攻撃は止まない。
 騎士達はひたすらたった1人の攻撃を弾き返し、向かってくるその体を押し返す。
 全員が無言になり、ただひたすら戦闘を繰り返していた。

 だが、自己修復するロイと、怪我は翔平のヒールで治るが体力は回復しない騎士達に、明らかな違いも見え始めていた。
 何度か前線から下がり、ポーションで回復を促すが、それにも限界があった。
 ほぼ全員が肩を上下させて荒い呼吸を繰り返していた。
 翔平も天幕の中で、キースに支えられないと起きていられないほど魔力の消耗が激しく、ぐったりしていた。
 一度に大量の魔力を消費することはないため、気を失うことはないが、それでも3時間、連続でヒールを行使し続け、騎士達と同じように荒い呼吸を繰り返していた。
「ショーヘイさん、ポーションを」
「ん…」
 びっしょりと汗を掻き、震える手でキースから小瓶を受け取り一気に飲み干す。それだけで少しだけ体が楽になった。
 頭の中のソナーで騎士達の様子が光の点として位置と状態がわかる。その光が徐々に弱くなっていることに気付いていた。
 だが、ロイの光の点は、一向にその輝きが弱まることなく、ずっと強い光を放っていた。




 午前3時18分。
 月が沈むまで残り1時間50分。

 膠着状況に陥る。
 ロイが足でトントンと軽く地面を叩きなら体をほぐすような動きをしていた。
 その顔は本当に楽しそうに笑っていた。
 その一方で、騎士達はロイを見てうんざりしている。
 誰1人として笑顔の者はいない。
 それもそのはずで、すでに数人は体力と魔力の限界を迎えていた。
 リミッターが外れ、本能だけで動くロイは、まさに歩く災害という言葉が相応しいと誰しもが思った。



 ロイが動く。
 ニヤァと大きな口を開けて笑い、舌でベロリと唇を舐めた後、静かに両腕を広げる。
 その動きに全員が身構えて攻撃に備える。
 ロイの魔力がゆっくりと膨れ上がる。まるでわざとこれから放つ魔法を見せつけようとしているかのように、ゆっくり、ゆっくりと魔力を集中させ、高めて行った。

 翔平にも、そのロイの魔力が伝わる。
 ビリビリと肌の表面に刺さるような魔力に、ロイが放とうとしている魔法がなんなのかわかった。
「だ!ダメだ!!」
「ショーヘイさん!?」
 慌てて立ちあがろうとしたが、魔力を消費し過ぎて体が思うように動かず、前のめりに転ぶ。
 そんな俺をキースが慌てて助け起こした。
 だが、そのキースの腕を振り解き、気力で体を奮い立たせて立ち上がると、天幕から出ようとする。
「駄目です!ショーヘイさん!!」
 俺の体を背後から押さえつけたキースを、身体強化魔法をかけて振り払うと、バサッと音を立てて出入口の幕を払う。
「全員防御魔法展開!!!全力で!!!早く!!!!」
 外に出た瞬間、大声で遠くまで響き渡る声で叫んだ。
 数人が俺を振り返り、俺の声の通りに己を防御魔法で包み込む。
 数十メートル先で俺の姿を見たロイの顔が歪む。
「ガアアアアァァァァ!!!」
 その口から歓喜の咆哮が上がり、ロイの周囲に百を超えるの小さい魔法陣が一気に浮かび上がる。
「な!なんだありゃ!!」
「守れ!!!皆を守れ!!!」
 俺がさらに叫び、騎士達全員を一人一人を包み込む魔法壁を張った。
 次の瞬間、魔法陣から無数の弾丸が放たれる。
 それは、以前俺が使い、ロイが簡単に覚えてしまった魔力を圧縮して作る弾丸魔法だった。
 その弾丸一発一発が魔力を固められて作られた物で、ミネルヴァはこの魔法が19層の結界壁を一瞬で破壊したのを目撃し、その威力を体験済みだった。
「自分を守ることだけに集中して!!」
 ミネルヴァが叫び、咄嗟にレイブンに駆け寄ると、同じく王を守るために、ディーやギルバート、レインが集まり、王の周囲に防御壁を展開する。
 
 弾丸が魔法陣から、ガトリングガンのように連続で放たれる。
 しかも真っ直ぐ飛んでくるわけではなく、蛇行し、四方八方から向かってくる。

 自分達が張った魔法壁と、翔平が作った魔法壁が、その弾丸を弾き、ガンガンと音が鳴り響いた。

 弾丸魔法が止まらない中、ロイが翔平を見つめ舌を出して、はっはっと呼吸する。
 その目はすでに翔平しか見ておらず、歓喜に全身を震わせて、口からはだらだらと涎を垂らした。


 欲しい。
 食らいたい。
 貪りたい。
 俺の。
 俺のものだ。


 脳内で本能が叫ぶ。


 ロイが動く。
 弾丸が飛び交う中、ロイが真っ直ぐ翔平に向かって突進した。

 その尋常じゃない速さに誰しもが目視で追いつけず、それでも真っ直ぐに翔平に向かっていることがわかって、翔平を振り向く。

 ギン!!!

 金属がぶつかる音が響いた。

 ロイの腕が翔平を掴もうとした瞬間、翔平の前に飛び出したキースの黒刃がロイの腕を止めていた。
 目の前で、キースがロイを止め、ロイが邪魔なキースに向かって連撃を放つが、キースはことごとくかわし、拳を蹴りを受け流す。
 だが、それも長くは続かなかった。
 スピードはともかく、パワーは圧倒的にキースを上回っており、ロイが放った回し蹴りがキースのガードした腕を折りながら、そのまま真横へ吹っ飛ばした。
「キース!!!」
 翔平が叫び、さらに、キースに襲いかかる弾丸から守るために、キースの周囲に魔法壁を展開し、寸での所で弾丸を防いだ。

 一瞬ロイから視線を離したせいで、ロイの腕が俺を掴むのを防げなかった。
「ぐあ!」
 その爪が肩に食い込み、強烈な痛みに襲われた。
「ショーヘイさん!!」
 ディーがレイブンから離れ、俺に向かって走り出す。
 騎士達も、その場から動き、こっちへ向かおうとするが、飛んでくる弾丸が魔法壁にぶつかる度に襲ってくる衝撃波に押されて行手を阻まれる。 
 ロイが、叫んだディーの方を見た。
 その歓喜に歪んだ顔が、ディーを見た瞬間、スッと真顔になった。
「……ィ」
 俺の肩を掴み、顔だけをディーに向け、ロイが何かを呟いたのを見逃さなかった。
「ヒール!」
 すぐにキースにヒールを使い、折れた両腕を治す。
 ロイの様子が変わったことを見逃さなかったのは、俺だけじゃなく、ギルバートもまた動いた。
 一瞬で最大まで魔力を高めたギルバートが、飛んでくる弾丸よりも早く動いてかわし、次の瞬間にはロイの背後に回り込み、何かをロイに投げ付ける。
 ほんの一瞬だけディーに気を取られ、顔を背けていたロイの背中に、何かがぶつかると、パン!と弾けた物体から黒い液体のような物が溢れ、アメーバのようなドロッとした物がロイの両腕を包み込むと、一気に収縮して固まる。
 俺の肩に食い込んでいたロイの手が黒い液体によって離され、異変に気付いたロイが身を捩るが、もうその時にはロイの腕が後ろに周り、そのまま力を失い、がっくりと膝を折る。
 それと同時に無数にあった魔法陣も、飛び交っていた弾丸も全て消失した。

「あ…」
 その黒いドロドロしたものを、俺は見たことがある。

 この世界に来て間もない頃、同じ物を見た。
 ロイを封じ込めるために、スペンサーが用意していた魔力を吸収するアーティファクト。
 まさに今、それと同じ物がロイを拘束した。


 俺は、肩の痛みも忘れて、その場にへたり込む。


 両腕を後ろで拘束され膝をつき、前に頭を垂れるその姿は、まさにあの時と同じものだった。




 午前4時8分。
 月が沈むまで残り丁度1時間前の出来事だった。



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