おっさんが願うもの

猫の手

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王都編 〜歴史〜

おっさん、建国を知る

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 肌寒くなった外の空気を思い切り吸い込みながら、大きく背筋を伸ばした。
 クローゼットの中に用意されていた少し厚め上着を羽織って、ロイとオスカー、キースと共に外に出る。
 昨日はほぼ外に出ていないので、瑠璃宮の庭園を抜け、王宮とは逆側に散歩に出た。
 まだ王城の中には行ったことがない場所がたくさんあり、その建物を見ながらキースに説明を受ける。
「あちらは研究棟です。魔法や魔道具の研究と開発をしています」
「ぜーんぶ片付いたら、きっとショーヘーはあっちに行くことが多くなるかもな」
 ロイが呟き、ジュノーの知識から新たな魔道具を作るのか、と少しだけ楽しみになった。
「この間発見された地下宮殿を誰が調査するかって揉めたらしいぞ」
 オスカーが笑い、研究者というのは誰しもが興味のあることに関して躍起になるものなんだな、と笑った。
「あの地下宮殿、シェルターだったのかもな」
 ぽそっと呟く。
「シェルター? なんだそれ」
「要するに、避難所、かな。何か災害があった時に逃げ込む場所のことだよ」
「ああ…」
 なるほど、と3人が考えこみ、キースが言った。
「案外、そのシェルターだったのかもしれませんね…。
 ショーヘイ様を探している時、たくさんの部屋を見ましたが、倉庫のような部屋が多かったですし、数百年前に運び込まれたであろう、物資が置かれていました」
「確かにな」
 オスカーも頷く。

 研究棟の外観を見学し、再び瑠璃宮に戻る。
 すっかり寒くなって、上着なしではもう外を歩くことは出来ないほど冷えていた。
「もうぐ冬なんだろ?
 雪ってどのくらい降るんだ?」
「結構降りますよ。ひどい時は民家のドアが開かなくなるほど降り積もります」
「え、そんなに?」
 それはかなりじゃないか、と驚く。
 元の世界では、降っても5センチから10センチくらいだし、すぐに解けてしまう。
「じゃぁ、冬はずっと積もったまま?」
「そうだな。3月になってようやっと解け始めるって感じか。
 ショーヘーは寒いの苦手か?」
「そうだな。苦手かも」
「俺は割と平気だ」
 ロイが笑い、思わず、犬は喜び庭駆け回り、という童謡の歌詞を思い出して1人で笑ってしまった。
「雪が降ったら、かまくらでも作ろう」
「カマクラ?」
「ああ。人が入れるくらいの雪山を作って、その中をくり抜いてだね」
 身振り手振りを使って説明すると、面白そうだ、とオスカーも笑った。
「あと、雪合戦とかー」
 冬の遊びを3人に教え、笑いながら瑠璃宮へ戻った。

 40分ほど散歩に出て体も温まる。
 体を鍛えるということはしていなので、動ける時に体を動かさないと運動不足になりそうだったし、ご飯が美味しくて食べてしまうので、太りそうだった。



 瑠璃宮に戻って上着を置きに自室に行き、2階の会議室に行く。
 そろそろアラン達が来るはずだ。
 その前に、護衛達が勢揃いした。
 広い会議室が一気に狭く感じる。
 それぞれが思い思いの場所に座るが、当然のようにロイとディーが俺の隣に座った。
 いつも右にロイ。左にディー。
 何か取り決めでもあるんだろうか、とどうでもいいことを考えていた。
 キースがテキパキとお茶の用意をしてそれぞれに配っていく。
 お茶が配り終わった所でアランとギルバートがメイドに案内されて会議室に姿を現した。
「すまんな、こっちに集まってもらって。今日は夜会でショーヘーが受けた誘いの報告と、そばにいたお前達の話を聞きたい。」
 アランがキースからお茶を受け取りながら席に着く。
「ショーヘイ君、今日も可愛いですね」
 ギルバートが俺たちの後ろを通りつつ、俺の頬を撫でて行く。その指の動きにゾクッとしてしまった。
「それじゃあ始めよう」
 アランが言い、全員の顔付きが変わる。




「まずはショーヘーに話しかけた順番に名前を挙げてくれ」
 キースが書記の役割を担い、末席に座ってペンを持つ。
「最初に話しかけてきたのは、ディアス男爵家の次男、ティム様でした。
 特産品について話して、一度領地を見に来てくれと」
 俺は持っていたメモ帳を取り出すとペラペラとめくって説明する。
 そのメモ帳を見た数人が驚く表情をしつつ、アランやギルバートは目を細めて薄く微笑む。
 昨日の午後、思い出せる限りの夜会での誘いをメモっておいたのだ。
「特に気になることは?」
「ありません。爽やか好青年って感じですね」
「気になるぞ。あいつ、ショーヘーにきっと惚れた」
 ロイがムッとした表情で言い、その時一緒に話を聞いていたアビゲイルも、そうね、と笑った。
「ショーヘーは人たらしだからな。それは仕方ないわ」
 グレイが突っ込む。
「人たらしって…」
 そんなことした覚えもないのに、何てことを、と顔を顰める。
「まぁまぁ、ティム・ディアスは除外してもいいと思うか?」
「思いますが…ロドニーも最初は全くわかりませんでした。
 ですので、完全に除外出来るかは…」
 その本性を見るまで、全く気付かなかった。普通の男で、敬虔なガリレア聖教会の信者だと思ったのに、実は違った。
 その経験を踏まえると、100%ティムが違うとは言い切れない。
「そうだな」


 そして次々に声をかけてきた貴族達の名前を出し、それぞれの印象や疑うべき要素を見出して行く。
 俺だけじゃなく、そばにいて話を聞いていた騎士にも確認をとっていく。
 そして、注意すべき人物の名前が浮き彫りになる。

 ジェンキンス侯爵家次男ウォルター。
 ルメール伯爵家3男ザカリー。
 ローレン男爵家長男ヴァージル。
 ブルーノ男爵家次男ダミアン。
 リンドバーグ子爵家3男ヴィンス。

 芸術鑑賞を趣味とする会を作っている、この5名の名前があがる。

 さらに、

 シギアーノ侯爵家長女シェリー。
 マース侯爵家次男アーネスト。
 ジェンキンス侯爵家次女クレア。
 チェルニー伯爵家長女ブリアナ。
 ルメール伯爵家次男フランク。
 
 独身貴族ばかり集まる会の主要メンバーの名前が上がった。
 この独身ばかりの会には、たくさんの次子以下の子息子女達が入れ替わり立ち替わり参加している。
 さらに、帝国を始めとした諸外国の貴族、富裕層の一般人なども参加しており、お茶会や園遊会などを開催していた。
 つまりは、集団お見合いの会だな、とキースの資料を見ながら考えていた。

「一番最初ということもあって、ほとんどが様子見みたいな感じでしたね」
 特に気になる誘い方をしてきた人はいないと、アランに報告する。
「中にははっきりと下心丸出しの輩もいたわよ」
 ジャニスが、イライジャ・ルメールの遊び仲間の事を言い、あれは頭も良くないし、兵隊にもならないわ、と呆れ顔で言った。

「キース」
 ずっと聞き手に回っていたギルバードがキースを呼ぶ。
「ショーヘイ君への贈り物で気になった人はいますか?」
「はい」
 キースが次の資料を提出する。
 一体キースはいつこういう資料を作っているんだろうか、とその仕事ぶりに驚くしかない。
「先日も申し上げましたが、チェルニー伯爵家次女コリーナ様、ローレン男爵家次男エリオット様、ミラー子爵家3男ジェラルド様、以上のお三方が、熱烈にアピールしています。
 特にジェラルド様は先日の夜会でも必死に声を掛けようとしておられましたが、タイミングを掴めなかったようで…」
「ジェラルドって…あたしを殴った奴よね」
 アビゲイルが果実酒の瓶で殴られたことを思い出して顔を顰める。
「はい。帰ろうとしたショーヘイ様を引き止めようと、さらに興奮剤によって我を失ったようです」
 アビゲイルを殴った奴と聞いてムッとした。そんな奴の誘いなんて絶対受けたくないと思ってしまう。
「ただ、ジェラルド様は貴族位階の中でも下の方ですが、貴族同士の付き合いよりも、ボランティアや市政に参加しておられます」
 ボランティアと聞いて、思わずいい奴じゃん、と素直に思ってしまう。
「ああ、そういや、俺も孤児院のボランティアで話したことあるな」
 グレイが思い出したように言った。
「俺もだ。ジェラルドと、確かワグナー子爵家の次男ギデオン、ガルシア子爵家3男グレゴリーの3人でよくボランティアに参加してんな」
 オスカーが自分が参加したボランティアで3人と話をしたと言い、その場にいた全員がオスカーに視線を向けた。
「オスカーがボランティア!?」
 全員が意外、という目を向けた。
「なんだよ、おれがボランティアに参加すんのがおかしいか」
 それに対してオスカーは不貞腐れたように顔を顰めた。
「わかりました。キース、引き続き贈り物に注視してください」
「はい。かしこまりました」

「他に気になることはなかったか?」
 アランが全員を見渡して確認し、無言の返事を受け取って報告会終了となった。

「ああ、ショーヘイの護衛をあと2名追加しようと思っていたんだが、当面の間、お前達だけで頼みたい。
 気心知れた奴の方がいいだろうし、今は色々ゴタゴタしていて人員を避けなくてな」
 アランが最後に騎士達に告げる。
 騎士達は何も問題ないと了承し、今日の護衛担当であるグレイとアビゲイルを残し、会議室を出て官舎に戻って行った。
 ロイとディーも嫌そうな顔を全面に出し、ため息をつきながら会議室を出て行く。
 さりげなく、俺の手を握り、肩や腕を撫でて行くのを忘れない。

「ちょっとショーヘーと2人で話がしたいんだが、席を外して貰えるか」
 残ったメンバーにアランが言い、素直に俺とアランを残して会議室を出てくれた。
 俺と2人で。
 間違いなくキースのことだとピンと来る。キースもおそらく気付いているのだろう、一瞬動きがぎこちなくなった。
 思わず、他の人たちには悟られないよう顔を背けたまま、口元をニヤつかせた。

「すまんな…」
 2人だけになって、アランが照れくさそうに頭を掻く。
「いいえ~」
 もうニヤニヤが止まらない。
「なんだよ、その顔」
「別に」
 そう言いながら笑いが止まらない。
「アラン様…」
「アランでいい。敬称はいらん」
 ニヤつかれてムッとしたように言う。
「じゃ、遠慮なく。
 アラン、良かったな。おめでとう」
 満面の笑みをアランに向けると、アランも照れくさそうに笑った。
「ショーヘー、ありがとう。
 キースから全部聞いたよ。あいつ、思い切り派手に勘違いしやがって…」
 苦笑しながら言うが、それでもその顔はキースへの想いが溢れている。
「一目惚れだったのか?」
「多分な…。キースに出会ったときはまだ13歳のガキだったからな…。
 その時は好きだなんだっていう気持ちよりは、構いたい、構ってほしい、そんな風に思ってたと思う」
 アランが素直に当時の気持ちを思い出しながら話す。
 それを聞いて、好きな子にちょっかいかけたい子供の恋愛を想像して破顔する。
「キースに惚れてるって気付いたのは入学する直前か…。誰か1人、執事かメイドを選べって言われて、キースしか思い浮かばなかった。
 だが、キースはまだ2年目で専属になれるような立場じゃなくてな。それでも我儘を押し通したんだ」
「キースも嬉しかったって言ってたぞ」
 そう言うと、そうなのか?それは聞いてない、と嬉しそうに笑った。
「まぁ、3年ほぼ同室で過ごすんだ。下心ありありだったけどなw」
 アランがニヤニヤしながら言い、その言葉に声を出して笑った。
「思惑通り、キースを手に入れたが…。まさかここまでかかるとはな…」
 約20年。
 お互いに想いあって、そのベクトルは互いを向いているのに、すれ違ったまま交わることはなかった。
「アラン…絶対に離すなよ」
「ああ、離すもんかよ」
 そうアランが笑う。
「それでな、お前に許可を貰おうと思ってな」
「許可?」
「ああ」
 アランが申し訳なさそうに笑う。
「お前達の関係を隠せと言っておいて言える立場じゃないんだが…。
 キースとの婚約を発表しようと思ってる」
 その言葉に嬉しそうに笑顔を作る。
「許可なんていらないよ。むしろ急いだ方がいい。
 また拗らせるぞ」
 揶揄いを含めて言うとアランが笑う。
「ありがとう。本当に感謝している」
 アランが俺の手を握る。
「ディーゼルが、ロイがお前を選んだのがよくわかる」
 アランが立ち上がり俺を立たせると、正面から抱きしめる。
「本当にありがとう」
 おめでとう、と言い、その背中をポンポンと優しく叩く。
 アランが俺を離し、じっと顔を見つめられた。
「なんだろう、姿は全く似てないんだが、ショーヘーは母に似てる」
 レイブンやディーに、ロイにも言われたことをアランにも言われる。
「そ、そうか?」
「ああ。そばにいると安心する。
 包み込んでくれるような…、優しくて温かい」
 アランが懐かしさを込めた表情を浮かべ笑った。


 
 会議室を出ると、すぐ側にキースが立って待っていた。
「片付けますね」
 入れ違いに使用済みの茶器を下げに入って行った。
 アランがキースを見つめているのを横目に、俺はその場から離れた。
 その足で一階に行き、グレイ達がいるだろう談話室を目指した。
 談話室をノックすると、やっぱりグレイとアビゲイル、ギルバートが談笑していた。
「話ってなんだったんだ?」
 グレイに聞かれるが、ロイとディーのことだった、と嘘をつく。
 アランとキースの婚約のことは、俺の口からではなく、本人達から発表してもらいたいと思った。
 だが、ギルバートと目が合うと、その優しげな微笑みから、彼が全てお見通しだと一瞬で気付いてしまった。
 そのギルバートに同じように微笑み返し、ポカポカと温かい心を早く誰かと共有したいと待ち遠しくなった。



 アランの手が茶器を片付けるキースの手に触れる。
「キース…」
 背後からキースを抱きしめ、その頬に手を添えると口付ける。
 すぐに頬を染めたキースが振り返り、静かに唇を重ねた。
 何度も何度も。
 今までの隙間を埋めるかのように、甘いキスを交わした。
「今すぐここで抱きたいが…無理だな…」
「駄目ですよ、我慢してください」
 クスクスとキースが笑い、再び重ねるだけの口づけを交わした。




 アランとギルバートが戻って行き、キースが先ほどの報告会の議事録を作るため自室に戻り、俺は図書室で別の本を探す。
 ズラッと並べられた本の背表紙を指でなぞりながら、どの本を読もうか悩む。
 知りたいことはたくさんある。
 何から知ればいいのか、それも悩む。
 そして、同じ様式の本が並ぶ前で止まった。

 サンドラーク全史

 この国の歴史書が目に止まり、その第1巻を手に取って表紙を捲り目次を確認する。
 目次には初代国王から3代目までの名前があった。
 その分厚い本を戻し、同じコーナーにある別の歴史書の背表紙を眺める。
 この国を作ったギルバート、ロマ、初代国王となったルイス・サンドラーク。
 無償に成り立ちを知りたくなり、数ある歴史書の中から読みやすそうなA3ほどの「建国物語」と書かれた大きな本を選ぶと腕に抱える。
「それ読むのか…」
 グレイが抱えた大きな本を見て顔を顰める。
「グレイも好きなの選べば?」
「俺はいい、頭が痛くなる」
 その言葉に笑う。
 アビゲイルも本を選んだらしく、3人で俺の自室に戻ると、窓際の1人掛け用のソファに座って本を開いた。
 アビゲイルは応接セットに座り、本を読み始め、グレイはアビゲイルの向かいのソファに横になると目を閉じた。

 昼食後もずっと本を読み耽り、この国の成り立ちの物語にのめり込んでしまった。







 今から808年前。
 公国が出来る前、この土地はグランベル帝国の一部で、サンドラーク地方という辺境の地だった。
 当時のグランベル帝国は建国1200年を迎え、大帝国として栄えていたが、もともと軍事国家だった影響か、皇帝の座をかけて身内同士で争いが絶えない国だった。

 そんな中、第17代皇帝が次代を決める前に崩御し、4人の王子達が皇帝の座をかけて争うことになる。
 だが、第4王子のルイスだけは、最初から継承権を放棄し、サンドラーク地方の領主の権利だけを貰い、引きこもった。 
 帝国内の数ある貴族達が3つに分かれ、サンドラーク地方を除く帝国内が3つに分断されるほど紛争は激化する。

 ルイスはただ皇帝が決まるまで沈黙を貫いたが、内戦の戦火から逃げてくる一般人、争いを是としない貴族や富裕層、騎士、兵士達を全て受け入れて行った。

 ルイスには2人の側近がいた。
 帝国騎士、竜族のギルバート。
 大賢者、ハイエルフのロマ。

 ルイスには思惑があった。
 1200年という帝国の歴史には、必ず戦争や内乱が付き纏う。
 王族として国を統治することを学びながら、争いによって皇帝の座を勝ち取り国を統べるという考えが、どうしても理解出来なかった。

 皇帝とは何か。

 ずっとその疑問が頭から離れなかった。
 そして自分がその皇帝争いを目前にした時、幼少期から構想していた計画を実行に移す。

 争いのない国を作る。

 内乱で苦しむのはいつだって民衆だ。  
 国のために民がある帝国の考え方を否とし、民のための国を作ろうと考えた。

 何年もかけ賛同者を密かに集め、ギルバートとロマを味方につけた。
 さらに、その部下達や、一部の富裕層、貴族出身の若者達。
 それらを引き連れてサンドラーク地方へ移り、逃げてくる者を受け入れて、領地から立国するための体制を整えて行く。

 そんな中、サンドラーク地方にシュウが現れる。
 彼は、ジュノーであった。
 領都に程近い森で発見され保護されたシュウはすぐにロマに引き合わされた。
 当時28歳だったシュウは、突然迷い込んだ異世界に戸惑いつつも、数ヶ月で順応する。
 そして、彼はジュノーの知識を発揮する。
 自分の置かれた状況を理解し、かつ帝国の状況を把握して、ルイスの考えに賛同し、数々の助言をもたらす。
 シュウが現れたおかげで、何年もかかると思われた立国の準備が着々と進み、国としての体制がみるみるうちに整っていく。
 それもそのはず。シュウは元の世界で歴史を専攻する学者であり、立国において必要な構想を打ち出し、戦略を立案した。

 内乱は10年に及び、第2王子だったジェードが皇帝となる。
 その間、サンドラーク地方は確実に発展を続け、終結から2年後、12年で蓄えた金を献上することでサンドラーク地方を買い取った。
 内乱で疲弊し、国庫も尽きかけていた帝国にとって、目の前に差し出された金は喉から手が出るほど必要なもので、新皇帝ジェードは、渋々とサンドラーク地方を手放した。

 ルイスは、グランベルからサンドラークへと性を変え、サンドラーク公国を建国した。
 たった12年で建国を成し遂げたのは、ルイスの、
 争いがない国を、
 民が平和に暮らせる国を、
この2つの強い思いによるものだった。
 内乱中も、そのルイスの考えを聞き、賛同したものが、国内外から続々と集まり、内乱終了後には、多数の死者を出した帝国を超えるほどの人口になっていた。
 さらに、帝国内で唯一無事で、発展を続けるサンドラーク地方を乗っ取ろうとした有力貴族や、新皇帝の軍を、ギルバートとロマ率いる親衛隊がことごとく撃破した。
 建国後もしばらくは帝国と緊張状態が続いたが、世界最強と呼ばれるギルバートが統率する軍に、寄せ集めの帝国軍が敵うわけもなかった。

 その後、シュウは宰相となり、さらに国のためにジュノーの知識を発揮する。
 民のためにインフラを整える。街道の整備や流通などを発展させ、公共事業というシステムも作り上げた。
 どの国にも属していない未開だった地域へ調査団を送り、魔鉱石の鉱山を発見する。
 さらに、元々現住していた住民たちへ、土地を奪うわけでもなく、自治権を与え共存し、物資や技術の提供を惜しまなかった。
 帝国へも助力を惜しまず、緊張は薄まり、良き隣人としてその地位を固めて行く。

 ルイスは建国から126年後、全国民に惜しまれ、見送られてこの世を去った。
 シュウは187歳まで生き、最後まで宰相として公国のために尽くし、夫であるギルバートの腕の中で、笑顔で息を引き取った。





 建国物語を読み終え流れた涙を拭う。
「すごい話よね」
 アビゲイルが泣いている俺に声をかける。
「ああ…。すごいと思う」
「多分、いっぱい脚色してあるんだろうけど、でも史実として伝わっているから、だいたいはあってると思うわ」
 アビゲイルも子供の時に親に教えてもらい、本を読み、その内容に感動したと言った。
「驚いたよ。建国にジュノーが関わってたなんて。しかもギル様の伴侶だなんて。全然知らなかった」
 涙を拭いながら笑う。
「今度、機会があったら聞いてみたら?」
「そうだね。同じジュノーとして、すごく興味深い」
 大きな本を閉じ、はぁと感動のため息をつく。
「ギル様とシュウ様の恋愛本もあるのよ」
「そうなの?…読んでみたいかも」
「面白いわよ。図書室にあるんじゃないかしら」
 アビゲイルがニコニコと笑う。
「もう食べられない」
 突然グレイが言った。
 その声に驚き、2人でグレイを見ると、ソファで寝こけたグレイが涎を垂らしてムニャムニャと寝言を言っていた。
 その寝言にアビゲイルと顔を見合わせて噴き出す。
 もうそろそろ夕食の時間で、起こしてやろうとグレイの鼻をくすぐる。
 大きなくしゃみをしてグレイが起き上がる。
「あれ、ステーキは?」
 起き抜けにグレイが言い、2人で爆笑した。





 その日の夜、ベッドに入ってから読んだ建国物語を思い出していた。

 シュウというジュノー。
 ギルバートの伴侶だったシュウ。

 キースに教えてもらったギルバートの好みのタイプを思い出す。

 黒髪、童顔…。

 シュウという名前や、ギルバートの好みを合わせると、もしかしたらシュウは日本人だったんじゃないかという考えが湧き起こる。
 ギルバートが俺にちょっかいをかけてくるのは、俺とシュウを重ねて見ているせいかもしれない、と思った。

 シュウも男性で、男性のギルバートと結婚した。
 彼もまた性の差がないこの世界に苦しんで悩んだのではないだろうか。

 明日、ギルバートとシュウの恋愛本を探してみようと思った。
 そして、ギルバートにも是非シュウの話を聞いてみたいと本気で考えた。

 目を閉じて、シュウはどんな人だったんだろうと想像しながら、眠りについた。


 
 
 
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